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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
202/227

第15話(3) 『助けた代償』

 人が死ぬ光景を見ることに慣れてないなんてことは、わかってた。

 だからこれまでずっと、セリシアのために悪党を排除したことがあったとしてもなるべくそういう汚れ役をみんなにはさせないように、見ることが無いようにしようって、そう思って俺はずっと一人で悪党を【断罪】してきたんだ。


 俺の、気遣いだった。

 それなのにそれは気遣いとしての機能すら有していなかったらしい。

 そもそもの大前提として人を殺したことなど一人もいないとへレスティルはそう告げる。


「それはあくまで許されているだけで誰もがその高い崖を飛び降りることが出来ない、所謂言葉だけの覚悟だ。そうしてしまうぐらいの敵意を向けると、そういった表明に過ぎないんだ。聖女様だってそんな行為を認めはしない」


「だ、だって街全体に結界が無いんだ……いつだってそうしないといけないぐらいに、この街は――」


「君の言い分は正しい。だが、理屈と感情は違う」


「――っ!」


「……『普通』は。何かを殺すことなんて出来ないんだよ。メビウス」


「――――」


 ……わかってたさ。

 だからこそ()()()であるみんなはそんな普通とはかけ離れた考えを持ってるんだなって思ったんだ。


 だけどそれは俺の勘違いでしかなくて、みんなは『敬虔な信徒』でしかないのだと、お前こそが『狂信者』なのだとヘレスティルはそう言いたいのだろう。


 けれど、お前の言う『狂信者』にならなければならない理由が……目の前にあっただろ。


 ならどうすれば良かったというのか。

 お前らは何も知らないから作戦のことだけを考えられるかもしれないけど、相手は……悪魔なんだぞ。


 お前らにはわからないだろ。

 全部を悪魔に奪われたことのないお前らには。


 決して思い通りにはならない。

 少しでも隙を見せて、大丈夫だろうと思った時にはもう大切な人たちは殺されているんだ。


 そうならないようにしようとすることの、何が悪い。

 結果的には街を、みんなを助けることが出来たじゃないか。


 セリシアだってこのことを知らないまま生きることが出来る。

 たとえ残虐な光景だったとしても、みんなにとっては殺されない事の方が大切なはずだろ。


 なのに、みんなは俺を責めるのか。

 死んでないのに……助けてあげたのに……それなのに……!


「おれは……」


 ――金色の瞳が、煌めいている。


 ……そうだよ。

 たとえ俺の勘違いがあったとしても、みんなは俺を責めるんじゃなくて、感謝するべきことのはずだろ!?


「俺はみんなを、守ってやっただろッッ!! あのまま行けば誰か死ぬかもしれなかったんだぞ!? お前ら騎士団がみんなを無傷で守り切れる保証が何処にあったって言うんだ!! そんなに言うなら全員一度に捕まえてみろよ!? 出来もしない綺麗事をごちゃごちゃ並べるなんて、子供にだって出来ることなんだよ!!」


「……」


「なあみんな、わかるだろ? 仕方のないことだったんだ。あの怪物たちはみんなを怖がらせて、セリシアの守ってきたものを壊そうとした悪党だ。誰かが【断罪】しなくちゃならないんだよ! だから……な? わかるよなぁ!?」


「「「「…………っっ」」」」


「な、なんで……!」


 どうしてか湧き上がる怒りを抑えることが出来なくて思わず罵声に近い言葉を出してしまったが、それでも俺の言ったことは正しいものであるはずだ。


 なのに街の人達はより畏怖を宿した瞳を俺に向けるだけで共感の声が上がることは無かった。

 子供たちは俺の神経を逆撫でさせないよう気を遣ってるのか声を押し殺しながら泣いていて、そんな子供たちや女の人達を男衆が背中に隠しながら震える身体に鞭打って俺から守り抜こうとして見せている。


 みんな俺に、笑顔を向けてくれていたのに……たった一度のことだけで俺の言葉は誰の耳にも届いてはくれなかった。


 だけど多分、まだ街のみんなは恐怖こそあれど俺を心の底から嫌悪しているわけじゃないのだろう。

 そうだったら今頃俺は、恐怖を振り切ってでもセリシアと一緒に居ることをみんなに糾弾されているはずだ。


「ぅ……」


 なまじそれがわかる分、みんなの恐怖心が俺の心に酷く響いた。

 つい先程まで抱いていた怒りはどうしようも出来ない憤りへと変わって、言葉にならない呻き声に似た音を喉から捻り出している。


 そんな俺を前に、へレスティルはゆっくりと言葉を紡いだ。


「……いいかメビウス。普通の人はね、血に慣れていないんだよ。死体にも、命が奪われる瞬間も、本来ならば一生見ることのない空想上のものでなければならないんだ。もしも普通に生きていた人々がそれを見るようなことがあれば……それはもう、二度と平穏な日々を送ることは出来なくなる」


「……ぅ、ぁ」


「それに、言っただろう。もうじき協力者が来ると。その子さえ来てくれれば魔物たち全てを無傷で拘束することは可能だったんだ。君の言う綺麗事を実現するための手筈はもう既に出来ていた。……君のしたことは、住民たちに決して消えることのないトラウマを植え付けただけだ」


「――――」


 そんな作戦なんて全部綺麗事だ。

 そもそも幾ら言葉を並べたって、未だにその協力者とやらは来てないじゃないか。


 ……だけどもしも。

 もしも本当に確実に実現出来るものであったのなら。

 それはつまり、俺のしたことは本当に無駄だったということになる。


 反論したい。

 結果的には俺のおかげでみんなは助かったのだと、自信を持ってそう言いたい。


 でも、俺が決してみんなに味わってほしくない『死』という概念を俺自身が植え付けてしまったという事実が酷く俺の心を蝕んでいた。


 俺が、みんなにとっての平穏な日々を失わせた張本人だと。

 その事実がどうしても俺には受け入れることが出来ずにいる。


 だけど言葉はもう何一つとして出なくて、ただ顔を落とし呆然と立ち尽くす俺を前にへレスティルは目を伏せると、淡々と今後のすべきことについてを俺に告げた。


「……我ら騎士団の公務を妨害したとして、君を拘束させてもらう。本来なら君の考えも尊重するつもりだったが、こうなってしまった以上早急に君を【帝国】へ向かわせるよう聖女様にお伺いを立てることにする」


「――っ!? ふざけっ! セリシアは関係ないだろ!?」


「わからないのか? 君のしたことは、教会がしたことにもなるということを」


「そんなのっ!」


「君には既に、教会に関わりすぎた――責任がある」


「~~~~ッッ!!」


 そんなこと言われたって……教会で出来ることすら俺には何も無いのに……セリシアに俺のした事実を伝えるだけじゃ飽き足らず、本来俺だけが背負うべき責任も教会に押し付けなければならないというのか。


 そんなの、迷惑どころじゃ……!


「く、ぅ……!」


 やらせない。

 そんなこと、させるわけにはいかない……!


 だけど事実を伝えるだけのへレスティルに俺が出来ることなんて何一つとして無くて。

 きっと教会に戻れば、俺はセリシアの失意と子供たちの恐怖の顔を見せられることになる。


 そんなの、嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ……!


 だけど、だけどどうしたら。

 そんな時今日夢で見た、子供の俺がしてきたことが突如としてフラッシュバックする。


 そうだ――ここにいる奴を全員殺せば、或いは。


「――――ッッ!!」


 駄目だ。

 それだけは駄目だ!


 どうして俺はこんなことばかり考えてしまうんだ。

 へレスティルの言う通りいつだって俺には殺しという選択肢があるのだと改めて気付かされる。

 どれだけ否定しようとしても、みんながみんな俺を【悪魔】とそう呼んで、俺もまたそれを受け入れざるを得ないことをしている事実が嫌になる。


 でもならどうすればいいのかと思えば、へレスティルの考えを変えさせるようなものも無くて、このままただ三番街から遠ざけられる結末を迎えることになってしまうだろう。


 俺がいなくちゃ……三番街は壊されてしまうのに。

 ベルゼビュートによって、死者の尊厳すら踏み潰されてしまうような結末を迎えてしまうというのに。


 なのに……なのにっっ。


「彼だけを責めるべきではないでしょう」


「――!」


 思考がぐちゃぐちゃになって、最早へレスティルの言い分を受け入れるしかなくなっていた時、突如風に乗った声が静寂の中央広場へと響き渡った。

 その言葉がこの場で初めて俺に寄り添ったものであったから咄嗟に声のする方へと身体を向けると、そこには先程まで静観を決めていたコメットさんが立っている。


 コメットさんは一度だけ俺を横目で見た後、みんなが聞こえるようにへレスティルへと声を上げた。


「そうまでして彼を責めるのは、我ら聖神騎士団には何ら非が無いと言っているのと同じです。そこまで彼を責めるのであれば彼がこんなことをする前に私達が止めれば良かっただけだ。だが事実としてそれをせず、私達は静観していた。だというのに結果だけ見て大勢で責め立てるなど……帝国騎士として、恥ずべき行為ではありませんか」


「ですがコメット隊長、貴方もわかっているはずだ。私達には私達の策があった。それをこの街の住民ではない一般人が崩壊させ、必要のないことをしたのは事実です」


「つまりどちらにも非があった。どちらにも、責められる謂れがある。そうではありませんか、『不死鳥の騎士団長』殿」


「それは……そうですね、コメット隊長の言う通りです」


 へレスティルがどうして指示を出さなかったのかはわからない。

 俺を巻き込む恐れがあったのかもしれないし、この場の騎士たちではあの戦場に介入することが出来るタイミングが無かったのかもしれない。


 または街のみんなと同じように聖神騎士団ですら怪物たちを蹂躙していた俺に恐怖を抱いていた可能性だってある。


 なんにせよコメットさんの言葉をへレスティルは受け入れていた。

 そのままコメットさんは街のみんなへと身体を向けると、胸を張り騎士としての威厳を持った顔付きで声を張る。


「皆もだ! 確かに皆が見てしまったものは到底呑み込めるものじゃない。彼の行動が悪手で無かったとも私は言わない。だが彼が、メビウス君がこの街を脅威から救ったのは紛れもない事実だ! 皆のために、聖女様のために行ったことだ!」


「……!!」


「彼も皆に感謝してほしいわけじゃない。皆が彼に抱く恐怖心を、持ってはいけないとも思っていないだろう。だからこそ、助けるために行動した彼だけを悪者として非難するのは間違っている。彼だってやりたくてやっているわけじゃないんだ。そこをどうか、わかってあげてはくれないか」


 そう言ってみんなの反応を待たずコメットさんは俺のために頭を下げてくれていた。

 騎士団たちも街のみんなも、隊長という立場であるコメットさんが一般人のために頭を下げたという事実に驚いている。


 ……俺を庇うメリットなど無いと、わかっているはずなのだ。

 どんなにコメットさんが俺を庇おうと、へレスティルの判断が訂正されることはきっと無い。


 それでも俺だけが責められているこの状況は良くないと思って、自分だけでもとコメットさんは俺の味方をしてくれた。

 自分が聖神騎士団の隊長としての地位を危ぶまれているにも関わらず、俺のことを……考えてくれたんだ。


「コメットさん……!」


 街の人達の反応はやはり芳しくない。

 その表情や態度には、どうしても受け入れることの出来ない引っ掛かりのようなものがあるのかもしれない。


 それでも、少なくとも今俺はコメットさんに救われた。

 こんな気持ちになったのはセリシアを除けばコメットさんだけだ。


 ……みんなに嫌われるのは耐えられない。

 それでも、たった一人でも俺のやったことを肯定はせずとも寄り添ってくれる人がいた。


 元々全肯定されたいわけでも無いし、自分の行いが常識的では無いということもわかってるから、コメットさんが味方でいてくれるだけで今の俺にはもうみんなの瞳に宿る想いを気にしなくなっていた。


 全部、コメットさんのおかげだ。

 だがそう言ってくれるコメットさんに対し、それでもへレスティルは厳しい目を向けている。


「……ですが甘やかす方が無責任ではないですか。それはただ、彼をより歪めるだけですよ」


「どういう選択をするのかを決めるのは、私達ではありません」


「……彼はまだ子供です」


「それこそ、メビウス君を侮辱する言葉だ」


「……理解出来ませんね」


 互いに互いの考えを伝えているが、その実俺にはもうへレスティルの言い分など届かない。

 やっぱりコメットさんはセリシアと同じように、俺を『俺』として見てくれているのだとわかるだけで、他の騎士の戯言など全部どうでもいいとさえ思えてくる。


 だがやはりへレスティルは決してコメットさんの主張を受け入れようとはしなかった。


「コメット隊長がどれだけ彼を擁護し、そしてその擁護が理解出来るものであったとしても……未だ三番街に魔物をけしかけた黒幕が不明である以上住民たちをこの場に残すことは出来ません。結局教会で保護してもらう必要があるため三番街の聖女様には事情を説明することになりますよ」


 ……確かにへレスティルの言う通り、セリシアは必ず事情を聞いてくる。

 流石に全住民が教会に押し掛ければ、問題の規模がどれ程のものかなど誰かに言われずともわかることだ。


 流石に誤魔化しは通用しない。

 結局俺の想像通りの顔を俺に向けることになるはずだ。


「……っ」


 だから乾いた喉から僅かに滲む唾を無理矢理呑み込み、他に本部の連中が納得出来る方法が無いかを脳を全力で回転させて考える。

 でもやっぱりこの状況下じゃどんな方法だろうと悪手に終わってしまうような気がして、俺は無力感から顔に陰を落とし歯噛みした。


 でもコメットさんの顔色は変わらない。

 俺とは違いいつだって毅然とした態度で、へレスティルを真っすぐ見据えていた。


「騎士団長の言う通りそれが最善でしょう。ですが、聖女様に無益な心労を掛けさせたくないという考えは何も彼だけが抱いているわけではありません。私達信者の総意でもあります。教会で保護するにしても長時間『聖徒』以外が教会に滞在することは禁句とされていますし、かといってこの現状を打破する必要があることも事実です」


「その通りです。ですから結界が本来とは異なった用途で使用されている以上、こちらとしても三番街の聖女様には他の聖女様よりもご協力をお願いしなければならないことがどうしても増えてしまいます。聖女様には多大なるご迷惑をお掛けすることになりますが、それでも聖神騎士団としての責務は果たさなければなりません」


「だからこそ、聖神騎士団としてだけでなく現実的な考えをするべきです」


「――っ?」


 そんなコメットさんの言葉にへレスティルは眉を潜める。


「騎士団という枠組みに嵌まってはどうしても成し遂げられないものもあります。命が掛かっている以上、大切なのは選択の結果どうなるか。街を守り聖女様を守る。その二つを同時に行うことが出来る方法が、一つだけあるでしょう」


 それは何なのか。

 誰しもがへレスティルの言い分が一番正しいものであると思っているはずだ。

 それを覆す程の方法があるのなら、へレスティルとしても自身の主張を変えることはきっと厭わないだろう。


 聖神騎士団や街のみんなの注目がコメットさんに集まる中、コメットさんは堂々とした張りのある顔で口を開いて。


「――メビウス君。彼なら、今までのようにこの危機を救う方法を見つけてくれるはずだ」


 コメットさんの視線と共に全員の視線が今度は、俯いていた俺へと向けられたことに気付いた。

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