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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第15話(1) 『静止の声すら』

 【イクルス】を囲む城壁。

 その壁の上で、三人の男女が燃え盛る三番街の惨状を見下ろしていた。


「状況は上々と言った所じゃな。とはいえ、どうしてここまでこの街に固執するのかは未だわからんままじゃけど」


「……」


「何か聞いてたりするのかの、お二人さん?」


 その中の一人、所謂魔法使いの風貌をしている小柄な女は勿忘草わすれなぐさ色の髪を靡かせながらも、特徴的な尖った耳が軽く跳ねその姿を強調させている。

 そんな女が仲間らしき少年少女二人に含みのある笑みを浮かべながらそう問い掛けるが、各々興味の無さそうな態度をするだけだった。


「シトリーは何も知りません。シトリーはただクロケル様のお役に立つために行動するだけです。それ以外に、何も考える必要はありませんので」


「冷めてるのぅ。そんな人形みたいな生き方楽しいのかえ?」


「うるさいですよ……どうせ逆らっても悪魔に殺されるだけなのはセーレさんも理解しているでしょう。シトリーはもう抗うのは諦めました。考えることも……クロケル様の導きに従うだけです」


「……オリアスはどうじゃ?」


「……知らない。ボクは……ボク自身のことも、知らないから」


「かぁ~どいつもこいつも枯れてるのう。同じ『契約』に縛られ、狂わされているだけだというのに」


 自らをシトリーと名乗る肩から口までをピッチリとした布で隠した銀髪の少女や、赤髪に黒のメッシュが入ったオッドアイの青年オリアスの不愛想な態度を受けセーレは呆れたように肩を竦めるが、そんなセーレの『契約』という言葉にシトリーとオリアスもまたピクリと眉を潜めて見せる。


 その『契約』という言葉が、この場においてどれだけ感情を揺さぶるものであるのかはこの場にいる全員が理解していた。

 故にこの中で唯一『何か』を諦めず常に思考を絶やさないセーレは知りたいという欲求のままに自身の今有る仮説を共有しようと言葉を紡いだ。


「フェネクスの尻拭いをさせられているにしても、あまりにも【原罪の悪魔】が介入し過ぎているとは思わんか? うち達の時はこんなにも用意周到にはされてなかった。なのにあの男にだけここまでの大盤振る舞い……うちにはあの男が【原罪の悪魔】のお眼鏡に適う者だとは到底思えないのじゃよ。であれば他に、この街に【原罪の悪魔】の――」


「うるさいですよ」


 だがその考えすらもシトリーの冷たい拒絶によって遮られる。


「考える必要なんて無いと、何度言ったらわかるんですか。悪魔の契約は絶対で、契約した以上二度とこの呪縛から逃げることなんて出来ない。……悪魔を出し抜こうとしているのかは知りませんけど、シトリーは巻き込まないでください。それにもしそれがクロケル様の意に反する事柄なのであるならば……今この場でシトリーが貴方を殺しますよ」


「……おお怖い。せっかくここにいる女子おなごは二人だけなんじゃから、うちはもっと仲良くしたいと思っておるというのに」


「……仲良くしたって意味ないでしょう。どうせシトリー達全員、自分の欲望を満たすことしか考えて無いんだから」


「……ふふっ。達観しとるのう」


 依然として飄々とした態度で受け流すセーレだが、この場において異端と評されるのが自分自身だということをこの数回の応酬で理解する。

 顔合わせは何度か行っていたとはいえ現時点ではただの他人だという事実を強く意識したセーレはシトリーの言葉を否定することはせず含みのある笑みで返すだけだ。


 だが――共通するものはある。


「「「――――」」」」


 不意にこの場にいる全員が反射的に顔を上げた。

 三番街は先程と同様に燃え盛り、聖神騎士団による人々の避難誘導が行われているだけで特筆すべき変化は無い。


「……始まるようじゃな」


「……はい」


「……」


 それでもこの場にいる全ての人間が状況の変化を確かに感じ取っていた。

 それは偏に、彼女らの身体に刻まれた【呪印】が強く闇色の輝きを放っていたからだ。


 この場において、その輝きは呪われた開戦を意味する。

 それは事前情報として聞いていたからというだけでなく全員の魂に【呪印】がそう語り掛けているからに他ならない。


 だから全員が顔に陰を掛けて、逃れられない現実に向き合うために闇の力を使うことを受け入れた。


「……では手筈通り、先陣をお願いします。――ガミジン」


 そんな中で、シトリーが不意に後ろにいる4人目の人物にそう告げる。


「――――」


 月明かりではその姿を照らせても顔全てを明るみにすることは出来なくて、視覚情報として得られたのは長い黒髪を一つに纏め白色の貴族風の服を着込んでいるというだけで、そんな風貌の男が一歩前へと歩みを進めた。

 そして城壁の先に手を掲げ、黒い泥のようなものが幾度に渡って三番街の森の中へと落下していく。


 その様を眺めながら……三人はボソリと小さく呟いた。


「「「全ては、欲望に満ちた果実を――実らせるために」」」


 それがどういうことなのかを理解出来るのは…………悪魔に全てを奪われた者だけだ。



――



 三番街の中央広場。

 大熊との戦いがあってからかなりの時間が立っていたからあの日崩壊した建物は全て修繕されたはずだった。


 なのにまたしても、いとも容易く修繕が終わったはずの街は破壊の限りを尽くされている。


 ――それは何故か。

 それは、中央広場に何処からか現れた数多の怪物が街を襲っているからだ。


 怪物の姿はあまりにも異質だった。

 まるで様々な生物を融合させたような人型の姿をしていて、明らかに現世において実在する生物ではないことを物語っている。


 大勢の聖神騎士団が剣を振るい応戦し、街の住民たちを一か所に集めようとへレスティルの指揮のもと避難と攻防が同時に繰り広げられていた。


 だが幾ら事前に何者かによって森に火が放たれていたとしても、誰しもが城壁で囲まれた街の中に怪物が大量に出てくるだなんて思わない。

 まずは街のみんなを火元から離れさせ消火することを優先にしていたため突然の出来事に聖神騎士団であろうと対応は困難を極めていた。


「三番街聖神騎士団は民の誘導を! 我ら帝国直属部隊は絶対に『魔物』を民に近付かせるな! ――ルビア!」


「――《チェイン・ジェイル》」


 へレスティルが各所に指示を出しルビアの名を呼ぶと、突如として10個の輝く魔法陣が空中に展開された。


 退魔騎士と呼ばれる者が持つ『光魔法』だ。

 そこから光の鎖が勢いよく射出され魔物たちへと巻き付くと、ルビアは前に広げていた手を強く握る。


「――《ロック》!」


 すると巻き付いていた光の鎖は完全に固定され、魔物の動きを完全に拘束させていた。

 前方に迫っている魔物は全て拘束することが出来たため、攻防を繰り広げる聖神騎士団の援護としては相当な貢献をしたことになるだろう。


「前方の魔物は拘束しました。でもまだ魔物を殺せない以上、時間稼ぎにしかなりませんよ」


「セルスはまだ来ないのか?」


「……多分、また迷ってると思います」


「あいつの力ならどうにでもなるというのに、何日経ってると思ってるんだ全く……!」


 ルビアの言う通り、未だ魔物と戦闘を行っている騎士たちの刃は届いていない。

 それはまるで時が過ぎるのを待っているかのように意図されているが故の動きだ。


 だが、だからこそ押し込まれる。

 決して魔物の手が騎士に届くことは無いが、知性があるのか無いのかわからない魔物をその場に留めるというのは難しくて、無傷で攻撃を捌くためにはどうしても少しずつ後退する必要があった。


 そして幾ら膨大な訓練を受けている騎士団とはいえ、多対一を長時間続けるような状況に陥れば回避し続けることもまた困難になる。

 未だ森からは魔物が現れ続けているため、一度でも部隊が崩れてしまえば途端に戦線は崩壊してしまうだろう。


 だからこそ当初の予定通り速やかに住民たちをこの場から離れさせなければならない。

 そう思った矢先、一筋の汗を流すへレスティルの前にコメットが駆け寄った。


「騎士団長。中央広場付近に住む住民の集合は完了しました。混乱を最小限に収めるためにも複数回に分けて教会へ向かわせることを提案します」


「……わかりました、そうしましょう。――三番街の民は教会へと避難させる! 三番街聖神騎士団は誘導班と別動隊に分け残りのエリア内にいる住民たちを集めてくれ! コメット隊長は聖女様に魔物襲撃の旨を伝え教会を解放させてください!」


「――わかりました」


 訓練の賜物かそれとも魔物が弱いからなのかは定かではないが、未だ魔物たちとの攻防は継続することが出来ているため、ある程度の時間は余裕を持つことが出来ている。

 住民の避難さえ終わればこの状況をすぐにでも打開することが出来るとへレスティルは確信していた。


 騎士団長であるへレスティルと騎士隊長であるコメットが戦場に参加せずに済んでいることが良い例だ。

 あまりにも都合の良い、誰も失わないギリギリの状態を維持することが出来ていることに僅かな疑念は抱くものの、へレスティルは騎士団長としての責務を果たすべく今出来ることの最善を常に考えていた。


 ――たとえどんな疑念があろうと、教会に住民たちを向かわせることが成功すればやるべきことの最低ラインはクリアする。


 そう確信していたのに……何故かコメットは動かない。

 動かず、ただ教会に続く一本道から目を離さずにいた。


「――っ? コメット隊長! 事態は一刻を争います! 早く教会、へ――」


 それが不可解だったから、へレスティルは騎士団長として語気の強い口調で叱咤を浴びせようとコメットの向かう視線へ追従する。


 ……だがへレスティルもまた、視界に映る光景に目を離すことが出来ずにいた。


「――――あれは」


 コメットがぼそりと呟く。

 コメット、へレスティルと続いて近くにいたルビアも不審に思い視線を向けると、教会に続く道から一人の少年がこちらに歩いて来ている姿が映っていた。


 純白の髪は力無く垂れ真っ黒な上着に身を包み、頬にはガーゼを、身体の至る所には包帯を巻き痛々しい姿を晒している姿は何処か歪で、両腕からはバチバチと見たことのない火花が飛び散っている。

 白髪から覗く紅い瞳はあまりにも暗く虚ろであるはずなのに、その瞳孔は明確な負の感情によって煌めているように見えた。


「あの人……」


「どうして、彼が……」


 手を差し伸べたルビアも、それなりに気に掛けていたへレスティルもこんな深夜にも関わらず起きてここまで来た少年に驚きを隠せずにいる。

 それは偏に、少年のしてきたことや思想を理解する程の関わりを持つ時間をまだ持てていなかったことが原因だ。


 だからこそ、この場でコメットだけが少年が何をしにここに来たのかを理解していた。

 彼がこの状況を見て、この惨状を知って自分がどうすることが正しいことだと思っているのかを、あの時……コメットだけが詰め所で聞いていたから。


「……始まるぞ」


 独りでやる。

 その結果何を成そうとしているのかを……コメットだけが、わかってる。



――



 ……聞こえる。


『ギャハハハハハハハハッッ!!』


『イヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッ!!』


 あの時、俺が怯え、俺の考えが間違っていたことに気付いた時に聞こえた、絶望を見下すような醜い悪魔の嗤い声。


 どうしてか聖神騎士団は迫り来る怪物たちを剣で貫こうとはしなかった。

 街のみんなにいつ怪物の魔の手が伸びるかわからないこの状況下で、だ。


 ……やっぱり、何もわかっちゃいない。

 平穏な日々を過ごしてきたこいつらには、本物の悪魔がどんな思惑を持ってこの状況を創り出しているのかをまるでわかっちゃいないんだ。


 ――だから俺は歩みを止めない。

 視界に映るのは固まっている明らかに全員じゃない中途半端な数の街のみんなと、俺を見て立ち止まる二人の女、コメットさん、そして攻防を繰り広げる見たくもない惨状だけだ。


 街のみんなは俺の姿を見たかと思うと少しだけ安心したように息を吐いていて、それが俺が必要とされているという事実をこの身に伝えてくれていた。


「……」


 すれ違うコメットさんは俺に視線を向けるだけで何も言わない。


「あなた、どうしてここに……」


 すれ違うルビアは困惑したように俺に声を掛けるが、そんな問いに答える必要は無い。


「待て! 夜に言っただろう! 街の安全は我ら聖神騎士団が保障する! 君は大人しく教会で待っていろと! 聞いているのか!?」


 すれ違うへレスティルが俺の腕を掴もうとするが無理矢理弾いて、止まることなく戦場へと足を踏み締めた。


「……まさか」


 その後ろ姿を見て、へレスティルは何を思ったのだろうか。

 眉を潜め僅かに思考を過ったものが正しいものであるかをまだ図り切れずにいるようで、口を半開きにしながらもその場から動こうとする気配はない。


「――ッ!? ぐあッ!?」


 故に止め時を失った俺は大柄な怪物と戦闘を繰り広げている一人の聖神騎士の注意を削ぐ形となり、真横に立った俺に意識を向けたその一瞬の隙に剣を弾かれ聖神騎士は怪物によって遠くへと吹き飛ばされてしまった。


 そしてその怪物は次に……俺へと標的を移し替える。


『ギャハハハハハハハハハハハッッ!!』


 高らかな嗤い声を上げながら一寸の躊躇もない剛腕が俺の真上で振り下ろされた。

 だが刹那――既に俺はその場にいなくて、『ウイングソール』によって剛腕に沿うように怪物の顔前へと風を纏い跳んでいた。


「《ライトニング――」


 拳を構える。


「――ッッ!? 止めなさいッッ!!」


 その行為によって俺が何をしようとしているのかがわかったのだろう。

 へレスティルの焦りを含んだ怒声が俺の耳に届くが、俺の冷酷な紅い瞳は怪物の顔面だけを捉え続けていて、今だけは全ての音が遮断されていた。


 そうだ。

 だから、何も聞こえない。

 聞こえないから、俺の拳に強烈な雷の魔力が凝縮されて。


「――【撃鉄インパクト】》」


 冷たい声と共に怪物の顔面だけが――吹き飛んだ。

 歪で不快感のある衝撃音と共に怪物の首からは大量の鮮血が噴き出していて、それは平穏な日々を壊す悪党に相応しい末路だ。


 普段だったら、殺した瞬間をみんなに見せるなんてことは絶対にしなかっただろう。

 でもこいつらは人じゃなく化け物だから、俺のこの功績は罪過よりも優れていて、【功罪】によって赦されるべき正しい殺害であるはずだ。


 だから……躊躇する必要なんてない。

 これまでみたいに隠れてじゃなく堂々とみんなを守り、俺がどれだけこの街を守ってきたのかをしっかりとみんなに示すことが出来る。



 ……そうだ。

 俺がこの三番街の、みんなにとっての。


 ――天使になる。

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