第14話(8) 『平穏の片隅だけでも』
書物題名『人間界に降り立った本物の天使様への見解』
聖書には「天使とは神に仕えその言葉を人間に伝える役割を持つ」と記載されているが、過ごし方や生き方、文明に違いはあれど、概ね考え方としては聖書の内容に間違いは無い。
それはこの宗教社会を維持するために間違うことなどあってはならない絶対事項であるため、たとえ間違っていることがあったとしても訂正することは出来ないだろう。
――故にこの場においては天使様の持つ特徴のみを記載することとする。
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天使様は非常に強い『愛』をその身に宿す存在だ。
全ての存在に『愛』を振り撒くことはなく、基本的には同種同士であっても『愛』の格差は人間の数十倍も多く顕著に表れるらしい。
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天使様は神様を除き、特殊な事例を除いて一人しか愛することが出来ない。
それは常識的な理屈や感情ではなく、愛する者を本能が決定付けた瞬間、それ以外の全ての存在に対して情欲や接触に多大なる嫌悪感を抱く遺伝子としての特徴があるようだ。
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天使様は非常に排他的な思考を持っている。
基本的に天使という種族には『求愛』『親愛』『友愛』の三種類の愛が存在し、そのカテゴリー内に一つも入らない存在には一切の興味を持たず不快感すら示す性質を持つ。
だがそのどれかの『愛』に入った存在に対してはその負の性質が一変し非常に強い興味を抱き、何よりも最優先に考え、守り、その者の思考に強く染まる性質を持っている。
特に三つの『愛』全てを見出した『究極の愛』を抱く者に出会ってしまった場合、世界が変わるような高揚感を抱くと同時にその者の傍に立つために一切の手段を選ばなくなってしまう事例が非常に多く天界では報告されているのだとか。
しかし天使様はこの『究極の愛』を持つ者を伴侶として選び、また仮に対象者が相互に『愛』を向けていなかった場合もたとえ愛が結ばれることが無くとも自身の人生を全て使用してその者に幸福を与えようとする非常に強い献身性を有しているため、天界ではむしろ当たり前のものとして受け入れられているようだ。
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上記の遺伝子的特徴があるからか、天使様の身体は人間とは比べ物にならない程の腕力、頑丈さを有している。
それは男女によってステータスの配分が異なるようで、男性は頑丈さに加え精密な飛行能力に配分が多くされているが、女性は頑丈さと腕力に大きく配分されている傾向があるようだ。
天使様方にとってはこの身体能力自体が当たり前のことであったが故に疑問に思うことすら無かったようだが、人間側の見解からすると天使という種族と『愛』は非常に密接な関係を有していることから、愛する者を必ず守ることが出来るようにするためにそのような進化を遂げたのかもしれない。
故に天使様が人間の完全上位互換の存在であることは疑いようのない事実なのだろう。
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だが天使様全てが同様の特徴を持つことから、これはあくまで人間側の主張でしかないものの、我らのようなか弱い種族を守るためにそのような進化を遂げたという可能性も大いにあるだろう。
聖神ラトナ様は、我ら人間のことを深く考えて下さっているのだから。
■
天使様に興味を持ってもらい、尚且つ『愛』を向けられるようなことがあれば、人間と天使様方の関係は非常に良好なものになるに違いない。
とはいえ、逆に考えれば人間に興味を持ってもらわなければ真逆の結果になることは明白であるため、天使様特有の価値観にこちらが合わせる必要があるだろう。
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そこで、天使様は聖神ラトナ様を信仰しているのだから、人間が誇れる唯一の存在である聖女様と接触させたらどうだろうか。
もちろん我らにとって聖女様は非常に大切な方々であるため無闇に決定付けることは出来ないが、天使様を有象無象に交流させるよりは余程期待値が高いのは間違いないはずだ。
どうなるかはわからないが枢機卿様にお伺いを立て、教皇様に伝達してもらうことを検討するよう司祭様に掛け合うべきだ。
聖女様を守護する役割を担う天使様……便宜上『守護天使』と名付けよう。
上記の目的を達成するためにも、より天使様の特徴や文化を理解する必要があるだろう。
~~略~~
――
これが、へレスティルから受け取った本の内容の一部だ。
結局へレスティルの考えは変わらなかったから俺は教会の外に出ることは出来ず、かと言って今更普通面して食卓に立つことも出来なかったから、俺は誰にも見つからないように懺悔室の中に一人籠っていた。
その両手には以前へレスティルから受け取っていた天使に関する情報が記された一冊の本があり、それを一通り読んだ俺は思わず苛立つように眉を潜める。
「テメェらが勝手に俺達を評価してんじゃねぇよ……」
先程通りざまに見かけたルナは当然ではあるがセリシアたちの輪に入れているみたいだからそこは安心だ。
いや……元々がそうだったんだから簡単に輪に入れて当然か。
むしろ教会の環境が変わったのは俺が来てからで、俺がこれまでやってきたことが無ければこんな心配をすることすら野暮であることのはずだ。
その証拠にみんな教会にいるはずの俺を探してた。
俺がここに来てさえいなければ本来は起こり得なかった感情だ。
……でもきっと、そう動いてくれた理由もそう遠くないうちに忘れてくれる。
姿を見る回数が減れば減る程、その人に割く思考が少なくなるのが人の心なのだから。
「……何やってるんだろうな、俺」
椅子ではなく床に座り、一人隠れ縮こまっている俺の矮小さが浮き彫りになる度に思わず自虐的な笑みを浮かべてしまう。
どうすればいいのかを既に大勢に指摘されていても、それを認めてもいないから俺は『変わらない』ままでいられているはずだ。
だから俺はこのまま、ただ時間が過ぎ日が昇るのを待ち続けているだけで良い。
それだけでいいと、そう思っていたのに。
「シロ兄……いる?」
気を遣うようなノックの音で、ぐるぐる回っていた思考は一瞬で散って行った。
「――っ。ああ、いるよ」
「入っていい……?」
「……ああ」
立ち上がり椅子に座り直してから入室の許可を出すと、おずおずと扉を開け顔だけ覗かせたカイルがいた。
カイルにも相当気を遣わせてしまってるんだなと思いつつもそれを辞めさせるための言葉を今の俺は持ち合わせていないから、ただどうしたんだろうという疑問だけを持つことにする。
「今……時間あったりする?」
「ん……ああ、大丈夫だぞ。何か手伝ってほしいことでもあるのか?」
「えっと……い、一緒にお風呂入ろ!」
「は?」
てっきり早急に人手が必要な事態でも起きているのかと思ったがそれはここ最近足を進めてきた事態故にそう思ってしまっただけで当然そんなことはあるはずがなく、如何にも平和的な要求だった。
故に思わず呆けた息を吐いてしまったものの、声質が低めだったこともありカイルはそれが拒否によるものだと思ってしまったようで、肩を跳ねさせながらも目を伏せてしまっている。
「あ……やっぱ、駄目、だよね」
「あ、ああいやごめん。ちょっと驚いただけだ。でも、風呂か……」
別に一緒に入ること自体に抵抗があるわけじゃない。
ただ、それがよりにもよって今だということが問題だ。
視覚情報からもわかるが、今の俺には多くの包帯が巻かれている。
それに横腹も貫かれている関係上その傷も未だ完全に癒えているわけじゃないから、正直これらの傷をカイルに見せるのにはかなりの抵抗があった。
……でもきっと、今だからこそカイルは勇気を出して俺にこんな提案をしてくれているのだろう。
そう考えればその想いを無碍にはしたくないし、むしろ嬉しく感じられた。
……服を脱ぐのは無理だけど、ある程度カイルの要求に応えてあげることは出来るか。
「あー……今怪我が結構痛くてさ。だから一緒に湯舟に浸かるとかは出来ないけど、カイルを洗ってやることぐらいは出来るから構わないぜ」
「えっ!? じゃ、じゃあいいよ! 俺はただシロ兄にゆっくりしてもらいたかっただけだから! ……あっ」
「……ははっ」
多分、言うつもりはなかったんだろうな。
いつもはやんちゃだけど本当に優しくて気を遣える子だ。
本当に……こういう平和な一幕を過ごしていると、途端に何もかもしてあげたくなってしまう。
「いいや、もう決めたね。一度やる気を出した俺を止めることは誰にも出来ない。この『そよ風の流し者』と呼ばれた俺の背中流し技術をお披露目する時が来たみたいだな」
「え、何その異名……絶妙にダサいよそれ」
「おい」
妹直伝の異名だぞ。
やれやれ、これは誇れるに値する称号だというのにやはり妹の高度な思考回路は有象無象ではわからないみたいだ。
もちろん俺もわからんけど、エウスが言ってるなら大体褒め称えられるべきものなわけ。
まあそんなことは置いておくにしても、カイルの気持ちを汲んであげたいという気持ちに変わりはない。
「ほら行くぞ。ついでにメイトとリッタも誘うか」
「あ……うんっ!」
すれ違いざまにカイルの頭を撫でつつ風呂場に向けて歩き出す。
嬉しそうにぱたぱたと二人を呼ぶべく駆けていくカイルの後ろ姿を眺めていると、カイルが来るまでに抱いていた感情などすぐに上書きされてしまった。
……まだ俺の事、家族だって思ってくれるんだな。
何も出来ていない俺にも、お前はまだ笑顔を向けてくれるのか。
「……駄目だろ」
でも……そんなの駄目だ。
三番街の人間でも、本来この教会で一日を過ごしていいわけでもない俺が何の功績も無く幸せを傍受することが出来てはならない。
だってそんなの、ここにいるのが俺以外の『誰か』でも無益の幸福を手にすることが出来るってことになるじゃないか。
それが苦しくて、けれどそんな感情とは裏腹に受け入れてくれていることがどうしようもなく嬉しくて……この一時だけは以前までの俺に戻れているような気がした。
――
きっと、もしも騎士団が教会に来ていなかったら、俺はまたカイルの願いを断っていただろう。
そしてまた悲しそうな顔を俺に見せないようにと無理をした振る舞いを見せられて、今までのように心の中で自虐する一時を送っていたはずだ。
聖神騎士団が教会を守っているからこそ叶えられた『今』だ。
三番街の警戒を出来ないのはかなりキツイが、それでもこうやって教会に居られているおかげでカイルの笑顔を見ることが出来たのは聖神騎士団の賜物だ。
……今日ぐらいなら、いいのかもな。
今は夜だから外に出れないが明日になったら俺が外に出ることは騎士団にも疑問視されないだろうし、夜も警戒を怠らないようにするために二度とここには帰って来ないことになる。
ならば、今日だけは。
そう思いながらズボンの裾を上げ風呂場の前で意気揚々と子供たちが来るのを待っていると、やがてメイトとリッタを引っ張りながら寄って来るカイルの姿が目に入った。
「シロ兄~! 連れて来たよ~!」
「……! 師匠ホントにいるじゃん……」
「あっ! シロお兄ちゃん!」
カイルに手を引かれながらも呆然と驚く様子を見せるメイトと無垢な笑顔を向けてくれるリッタとで反応はかなり異なっているが、やはりみんな俺の存在を認識しても眉一つ曲げはしなかった。
食事の席にも顔を出さなかったというのに俺を歓迎し、俺がいるのを当たり前だと思ってくれている。
だから虚ろながらも俺も屈託のない笑みを溢し高らかに声を上げた。
「ようやく来たなお前ら。さあ全員一列に並べ! 恥ずかしがらなくていいぞ。俺が一人一人服を脱がせてやろう」
「は~い!」
「リッタの次は俺ね!」
「ボクはいいですから……そういう歳でもないので」
「恥ずかしがるなってぇ」
「いや……マジで言ってるので」
んー思春期だな。
まあメイトは仕方ないだろう。
俺もそのぐらいの歳だった頃は全く甘えることなんてしなかったし、無理にすることでも無いしな。
躊躇なくバンザイしたリッタの服を脱がし駆け足で風呂場に突入するリッタを微笑みながら眺めつつ、次を期待して待つカイルの番に取り掛かろうとする。
「……あの」
「ん?」
だがカイルの服を掴んだ所で、不意に少しだけテンションを落としたメイトが声を掛けてきた。
……なんだ。
やっぱり甘えたくなってしまったか?
そう思い嬉々として視線を向けると、俺の考えとは裏腹にメイトの表情は声色と重なり真剣そのもので、愁いを帯びつつも俺に顔を向けていた。
「……受け入れてあげてくださいね」
「……? どういう意味だ?」
「……ごめんなさい。ボクからはそれだけしか言えません。あとは、師匠次第ですから」
突然の言葉に察することが出来ず眉を潜める俺だったが、メイトがそう言うのであれば俺もその場で言えることは何もない。
「シロ兄早く!」
「ん、ああ」
特に俺の動きを止めるような素振りも見えなかったから、メイトにそう言われたからと特に何かを変えることなく頭の片隅にだけ置いて急かすカイルの服を上げる。
だがそうやって服を脱がせた時、露出したカイルの背中を見て……俺は思わず目を見開く。
――カイルの背中には、全体を覆う程に深い……巨大な火傷痕があった。
「――――」
まるで何か大きな物を押し付けられたかのような窪みが痛々しい程に未熟な肌を崩していて、俺は頭の中が真っ白になりながらも突如として脳が強烈に業炎を上げる。
その衝動を抑え付けることも出来ずに俺は勢いよくカイルの両肩を強く掴んだ。
「誰にぃ――!!」
「……」
「――ッッ!!」
だがそれは、ジッと俺を見つめるメイトによって静止される。
……ようやく、先程の言葉の意味を理解した。
ここで俺がやるべきことは顔も知らない相手に怒りを露わにすることでも、カイルを慰めることでもない。
メイトが言ってくれた言葉を思い出せ。
受け入れることが出来るかどうかは……俺次第だろ。
「せ、背中のこれ……どう、したんだ?」
そっと手の力を抜き俺は自分でも引き攣ってしまっていると自覚しつつも、平常心を保つよう心掛けながらそう問い掛けた。
「……? わかんない。なんか昔からずっとあるんだよ。気持ち悪いし偶に痒くなるから嫌なんだよね」
「い、痛くないか? 何か変な感じとか」
「うん、痛くないよ! どうしたのシロ兄?」
……やっぱり、カイルはこれが何かを理解していないみたいだ。
当然だろう。
ここまでの大火傷を見ることなんて中々無いから『火傷』するとどうなるか自体知らないだろうし、カイルの言葉からこの火傷痕と炎が直接関係しているなど微塵も思わないはずだ。
だからこそ、この火傷痕に驚き騒ぎ立てては駄目なのだ。
カイルの抱えているであろう過去と何らかの関係があることは明白だ。
カイルの普段の態度や今の様子からその過去の記憶すら意図的か無意識かで心の奥底に封じ込めているのかもしれない。
どちらにせよ、現状カイルが気にしていないという事実を尊重するべきだ。
少なくともこれは、他人が問い詰めていい問題じゃない。
「……ん、何でもねーよ。それよりほら、服脱いでさっさと突入して来い!」
「わー!」
「馬鹿お前っ! いきなり湯舟に飛び込むなよ~!」
「リッタも~!」
「……げ、元気だな~」
だからいつも通りを意識して風呂場へと向かわせたはいいものの、子供のはしゃぎっぷりを甘く見ていたらしくカイルもリッタも盛大に湯舟へと飛び込んでいた。
そんな二人の元気な姿に、ホッと安堵の息を吐く。
多分いつも通りでいられてたよな。
けどそうすることが出来たのは、事前にメイトが口添えしてくれていたからだ。
もしも事前に言われていなかったら、俺は顔も知らない相手に激昂しその怒りの形相をカイルに見せこれほどの火傷痕がどういう意味を持つのかを勘付かれてしまっていたかもしれない。
そうしたらきっと……もうカイルが誰かに笑顔を見せることが無くなってしまう可能性だってあった。
それを事前に防いでくれたメイトを見るとメイトもはしゃぐ子供たちに呆れながらも安心しているみたいだから、俺の返答は間違っていなかったと確信することが出来た。
「……ありがとな、メイト」
「いえ。やっぱり……師匠がボクの師匠で良かったです」
「……それ、もうそう呼ぶの辞めろよ。俺は口だけで、結局お前に何一つ教えることが出来なかった」
確信することが出来たと同時に、俺の心に浮かんだのはメイトに助けられてしまう程に無神経な俺という存在への嫌悪感だけだ。
もちろんこれが肉体的疲労に起因した精神的疲労によるものだということはわかっているが、それでも実際最早メイトに師匠と呼ばれるに値する存在では無いという自負がある。
俺は約束の一つも満足に守れてない。
これから先も、完全に三番街に平穏な日々が戻るまでその約束を果たす気だってもう無いんだ。
口だけだったんだよ。
教えることが出来ていない以上、尊敬されるような呼び名を言われるというのは間違ってる。
「……はあ」
なのにメイトはそんな俺の態度に露骨にため息を吐くと、ジトっとした目を向けながらも真っ直ぐに口を開いた。
「明日も、明後日も。その次の日だってあるでしょ? ぐちぐちぐちぐちと……アンタは大人なんだから堂々と胸張ってればいいじゃないですか。少なくともボクは……いやボクたちはそう思うから、師匠への態度を変えることはありませんよ。いつだってあとは、師匠次第です」
「……俺次第」
「それにボクだって、ずっと師匠のことを待っているだけの日々を送ってたわけじゃないです。もしかしたら師匠が思ってる以上に強くなってるかもしれませんよ。……ふんっ」
本心を言うのは気恥ずかしかったのかぶっきらぼうにそう言って目を逸らすと、メイトはそのままパパっと服を脱いで風呂場へと駆けて行ってしまった。
……本当に12歳の頃の俺に見習わせたいぐらいに良い子だ。
だからこそ当時の俺みたいに父さんを失って自暴自棄になった挙句捻くれてしまうことが無いように平穏な未来を送らせてあげたいと思う。
それを……セリシアが叶えてくれているのだ。
ここにいる子供たちはみんな辛く険しい過去がありながらも聖女の庇護のもと今が平和だからこそ笑うことが出来ている。
「……」
メイトの言った、俺次第という言葉の意味。
それを理解することは出来ているものの、自分の望む選択を選ぶことは今は出来ない。
既に俺の選んだ道は決まってる。
故に明日には俺がそれを享受することは出来ないけど。
それでも今ある平穏な日々の片隅を少しでも味わうために、俺もまた風呂場へと足を踏み入れた。
「よし、じゃあまずはリッタから洗――」
「それぇ!」
「――――」
そしてまずは最年少のリッタから洗ってあげようとそう思ったその瞬間、突如として俺の顔面に大量の温水がクリティカルヒットする。
一気に流れ落ちる水と共にぽたぽたと髪先を伝ってせっかく濡れないようにとズボンの裾を捲ったりもしたがそれも全部無駄になってしまったなとそんなしょうもないことをぼんやりと考えていた。
そんな俺とは対照的に、メイトとカイルは驚愕と心配が混ざり合ったような何とも腑抜けた顔で俺を見ていた。
「ちょっ! リッタ! ふざけ過ぎだよ!」
「だ、大丈夫シロ兄!? あー服がぁ……」
「シロお兄ちゃんもいっしょにはいるでしょ! リッタもあらってあげる!」
突然の出来事におどおどとするメイトとカイルと、むしろ正しいことをしたと胸を入るリッタの対比が何とも子供らしい混沌と化していて、傷が痛むとかまた包帯を巻き直さなきゃいけないなとか、そんな冷静な感情が俺の心を渦巻いている。
「……ははっ!」
でもそれら全部を払い除けてしまえる程の楽しさを感じてしまって、俺は漏れ出た笑みを自覚しながらここぞとばかりに湯舟の水を桶で掬ってお返しとばかりにリッタへとぶちまけた。
「やったなこの野郎! 悪戯好きのクソガキにはこの滝打ちの刑をお見舞いだ!」
「きゃー!!」
「ぶはっ!? し、師匠! ボクにも当たってるんですけど!」
「お、おおー! 俺もやる俺もやる!」
子供特有の高い声とドタバタとはしゃぐ音が大きなお風呂場で反響し曇りがかっていた教会に明るさを作り出す。
童心に返ったような甲高い声は、まさしく平穏な日々と呼ぶに相応しい一幕で。
それはまさしく、今までずっと暗いだけだった夜すらも明るく照らせているような気がした。