第14話(7) 『狂信者』
――夜になった。
テーラによる情報を得た後も、俺は未だに動けずにいた。
もちろんまだどうするかの方針を確立していなかったから当然のことではあるのだが、それでも教会をすぐに出ることは既に確定していたというのに、それすらも全て外的要因によって阻まれることになる。
日中に言っていた、聖神騎士団の教会警備が始まったのだ。
それによって教会にはへレスティルを含めた本部の連中が20人程教会へとやって来ていて、内と外の両方の持ち場へと就き始めている。
それに伴い教会内の行動についてをセリシアと話していて、結局俺が教会内で出来ることなんてほとんど無かった。
……もちろんそれは、俺が子供たちから逃げ続けていたからという理由も多分に含まれてるけど。
――だが、その動けない状況は終わりを告げる。
へレスティルとセリシアによる対談が終わったことで、ようやくへレスティルがフリーになった。
だから俺は教会の表庭の前に立つへレスティルへと近付いていく。
胸の内に、強烈な怒りを含ませて。
「余計なこと言ってんじゃねぇよ……!!」
「……これはまた随分と喧嘩腰だね。私は騎士団長として常に最善の行動が出来るよう心掛けているつもりなんだけど」
開口一番怒りのままに睨み付けると、俺に気付いたへレスティルは流石に戸惑いを隠せないのか呆れたように肩を竦めた。
確かにへレスティルの対応は騎士団長の行動として理解出来る範疇にある。
だが理解出来るだけで、それが正しいというわけじゃない。
少なくとも教会に人員を割くという行為は、俺にとっても三番街の安全にとっても決して最善の策とは言い難いものだ。
「教会を守るのは俺一人で充分だ。むしろ不特定多数の人間を結界の中に入れる方が問題があるだろ。騎士の誰がセリシアに悪意を抱いているかもわからないのに傍に置くなんて、そんなのが正しいと本気で思ってんのかよ……!」
「……騎士団の中に内通者がいると?」
「問題はそこじゃねぇ。教会には一応だけど結界はまだ残ってる。なら内通者がいるかとか関係なく重要なのは三番街の守りを手薄にしないことのはずだ。……あんたらはカルパディアの傍にいた騎士が誰かも把握出来てねぇんだろ……!? セリシアを失うわけにはいかないんだよ。あの子の周りには石ころだって置かせるわけにはいかないんだ。それは騎士団長であるあんたが一番良くわかってることのはずだ!」
セリシアに……いや子供たちにも悪意を向けるような奴を近付けちゃいけないんだ。
それに三番街にいる人たちが死んだら結界は壊れて、結局セリシアや子供たちの命も危うくなる。
重要なのは教会の守りではなく、三番街の守りなのだ。
俺はその事実をベルゼビュートから教えられたため一般的に知れ渡っていることなのかはわからないけど、街のみんながあれだけ自分の命を軽視していることから考えるにこれは一般的には告げられていないことのはずだ。
伝えても良いが、この情報が知れ渡った時悪事を働く奴がいるかもしれない。
知れ渡っていない以上は言わない方が良いのだろう。
だからへレスティルが知らないとしてもいい。
それでも、聖女としての力が弱まっているセリシアにより他者を近付かせる行為はどう見ても悪手と言っていいものだ。
「……ふぅ」
故に俺の言っていることは間違って無いはずなのだ。
少なくとも可能性としては決してゼロとは言えない、警戒して当然の事。
だというのにへレスティルはそんな俺の睨みを受け止めると、目を細めて流し目を送り。
「君はまるで……狂信者のようだね」
「…………は?」
そんな意味のわからない言葉を俺へと吐いた。
その言葉に非常に強い嫌悪感を抱いたものの何故か俺の頬に一筋の汗が零れ落ち、口がどうしてか強く震える。
上手く表情を作ることも出来なくて、引き攣った笑みを浮かべてしまいながらも何とか音を言葉へと変えた。
「お、俺の何処が狂信者なんだよ……俺じゃなくて、あんた達の方が狂信者だろ……」
だって、その俺が向けているという狂信者の感情は……話の流れからしてセリシアに向けているってことになるじゃないか。
そんなわけないだろ……俺はいつだって、あの子を聖女としてじゃなく一人の優しい女の子として見続けている。
むしろ狂信者と呼ばれるべきは俺なんかじゃなくて、聖神ラトナを信仰し彼女の感情を無視して考えるお前たちの方じゃないか。
なのにへレスティルはそんな俺の否定を意に介さない。
「実は、聖女様からも君について聞いていたんだ。神が嫌いで、信仰心も無いにも関わらずその神の遣いである聖女の自分のことをいつも見てくれていると。支えていてくれると、そう言っていたよ。……だが実際に蓋を開けてみれば、全くそんなことは無かったが」
「……っ」
「君は誰よりも『聖女』を過剰に守護し、不変であることを強要しそれを妄信しているように見える。そのためなら手段を選ばず怒りのままに主張する姿は、まさしく狂信者と呼ぶに相応しいと私は思うよ」
……そんなことない。
全部、お前の勝手な戯言に過ぎない。
「か、勝手な妄想だ。俺はいつだって、あの子のためを想ってる! みんなが笑顔である日々を過ごすためにはセリシアが一番に落ち着いた日々を送る必要があるはずだ。そのために、俺はあの子があの子らしく過ごせるようになる道に導いているだけなんだよ! 強要なんてしてないし、あの子が変わるって言うなら俺だって……」
その変わった後のあの子の新たな信念が正しいものであるように、また手を貸し続けるだけだ。
なのにへレスティルはそんな俺の主張を聞いても尚その表情が変わることは無かった。
「……じゃあ君は?」
「……は?」
「君はその日々を送る人に、入ってないの?」
「――――」
そう言って俺と目を合わせるへレスティルの瞳には、何度も見てきたボロボロの少年の姿が映っている。
慌てて顔を隠しながらも、それでも必死に自分が狂信者ではない理由を答えなければならないという強迫概念に従って、喉から落ちてしまいそうになる言葉を捻り出した。
「……俺は」
それでもまだ呑み込みそうになる言葉をまた必死に上げて。
「俺は、三番街の人間じゃないから」
俺が狂信者になんかなっているはずがない一番の理由を告げた。
誰も自分が幸せになれないのに、信者になんてならないだろ。
俺は三番街の住人じゃないんだから、本来この街がどうなろうが知ったこっちゃない立場なんだ。
それでもこの街の平穏を願っているのは……偏に俺の放っておけない性格が災いしているだけのこと。
こんな俺の何処に狂信者だと言われる要素があると言うんだ。
「君は笑顔が素敵だと聞いたが、今の所見れた試しが無いな」
「あ……? そんなこと誰から」
「私の友人からだよ。……とにかく今は業務中だ。文句を言いに来たならそれは受け入れよう。話が終わりなら早急に教会に戻りなさい」
俺の言い分にへレスティルは肩を竦めて見せ、それ以上のことは言わずに騎士団長としての口調に戻し話を切り上げようと顔を逸らした。
そのあしらうような態度に思う所はあるものの、これからどうするかの決定権を俺が持っていない以上どれだけ言っても騎士団長であるへレスティルに最終的な判断を委ねるしかない。
これだけ言っても変える気がないのなら、やはり聖神騎士団には何を言っても無駄だということがわかっただけで充分だ。
「最後に、一つだけ聞いてもいいか」
だが俺だって、ただ文句を言うためだけにへレスティルに接触したわけじゃないのだ。
俺がそう言うとへレスティルも一応ではあるが耳を傾ける気になってくれたようで、もう一度だけ顔をこちらへ向けてくれた。
「……なにかな」
「【イクルス】の近くか【帝国】の近く……もしくはその経路内にデカい塔があるはずだ。それについて何か知ってることはないか?」
テーラの言ってた、転移魔法陣で繋がっていた塔。
これはあくまで仮定だが、恐らくその塔は【イクルス】から見て一週間以内に到着出来る距離にあるはずだ。
そう思った理由としては、単純に塔に転移したカルパディアが【イクルス】に戻るまでの日数を考えた時、その日数が短ければ短い程俺にとって問題があるからだ。
これが仮に二週間以上掛かる距離にあるのならそれでもいい。
だが物事は常に最悪を想定するべきで、更に言えばセリシアを【帝国】に連れて行くという行為自体が目的のトリガーになっているのであれば【イクルス】から【帝国】までの経路内にその塔があるのではないかという予想もある。
なんにせよ塔という存在自体そう多くは建設されているということは無いだろうから、騎士団長であるへレスティルなら俺の望むものではなくとも何らかの情報は持っているんじゃないかという期待故の問い掛けだった。
「ふむ……」
そんな俺の問いに疑問を抱きつつも興味を持ったのか、特に拒絶することなくへレスティルは思案する。
やがて思い出すものがあったのか、へレスティルは思考に浮かんだ言葉を口にした。
「……【レリクイアの塔】」
「え?」
「大体2日ぐらいかな。君の求めるものでは無いかもしれないけど、隣接する三つの塔が【イクルス】からかなり離れた所にある。ただあそこはかなり昔から立ち入り禁止区域に設定されているから、外観としてしか使用用途は無いけどね」
……多分それだ。
テーラからは塔が三つあるという話は聞かされていないが、そんなの彼女の緊迫した状況の中で確認など出来る筈も無いから可能性としては充分にあるだろう。
「どうして立ち入り禁止になってるんだ?」
「それは【レリクイアの塔】に強力な力を持つ『聖遺物』があると言われているからだ。それが何かは公にされていないけど、聖遺物保護の観点からずっと【帝国】の管理下に置かれている。最後に人が入ったのは100年も前のはずだよ」
……なるほどな。
だったらその塔をカルパディアが私物化することはそう難しくはないはずだ。
流石に【帝国】の人間以外が塔に出入りしている所を見られたらその情報が【帝国】に行き大事なるのは間違い無いだろうが、聖神騎士団を連れていて尚且つ司祭の格好をしている者が塔に入っただけなら上層部の人間に見られない限り不審に思われることはないだろう。
そうか……だから【聖隷】に聖神騎士団の服を着せていたのか。
しかもそれにベルゼビュートが関与しているのであれば、より確実性を増して行動することが出来てしまう。
カルパディアの思惑のピースが徐々に嵌まっていく感覚があった。
「それがどうかしたのか?」
独りでに思考する俺を前に、その真意をへレスティルは問い掛けてくる。
だが既に欲しかった情報を手に入れた俺にはこの場において長居をする必要性など一つも無かった。
「いや……ただ気になっただけだ。言われた通り教会に帰るよ。……精々頑張れ。俺は俺のやり方でみんなを守るから」
だから俺は自分勝手に話をぶち切り、悪態を吐きながら踵を返して教会に向け歩き出す。
そんな俺の態度にへレスティルはため息を吐きながら、忠告としての言葉を背に吐いた。
「……協力を求めないというのは、いつか自分の身を滅ぼすことになるよ」
「……」
「子供が大人に手を貸してもらうことを躊躇する必要なんてないんだから」
「~~~~ッッ!!」
……真に受けなければいいだけのことだ。
なのに俺は自分を『子供』と評されたことに強烈な激情が巻き起こって、脳が沸騰したまま怒りの形相で勢いよく振り向いた。
「……っ」
だが既にへレスティルは俺に背を向けたまま正面の警備に従事していて、自分が酷く偏狭な人格を持ち続けていることを突き付けているようで俺は歯を食い縛り拳を握り締めたまま再度教会へと戻って行く。
「……余計なお世話なんだよ」
心の底ではそれを理解している自分から、目を逸らし続けて。