表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
190/227

第14話(3) 『心配してくれていても』

 後先なんて考えてなかった。

 多分少しでも冷静になったら、俺のこの行動があまりにも悪手であると気付き後悔していることだろう。


 でも、それは未来であって今じゃない。

 故に俺はボロボロの姿を堂々とこの場にいる全ての人達に晒していた。


「メビウス君……!?」


「……君か」


 全ての注目を一身に浴びながら、それでもズカズカと中央広場に侵入しへレスティルを睨み付ける。

 明らかな敵意をへレスティルへと向けながら俺は怒りのままに口を開いた。


「聖女の力が弱まったからもうその時点でセリシアは用済みだって、あんた達はそう言いたいのかよ!? 他の聖女じゃ逆立ちしたって出来ないことをセリシアはしてるだろ! 帝国に戻るのはそんな聖女様じゃなくて、役目を果たせてもないくせに権威だけを主張してここに突っ立ってるお前らの方じゃねぇか!!」


「ち、違うんですメビウス君。へレスティルさんや騎士団の方々が悪いのではなく私が……」


 へレスティルに詰め寄る俺を止めようとして近付くセリシア。

 でもそんなことを君が思う必要すら無いから、俺はそんなセリシアの手を握り柔らかな声色且つ論するように言葉を紡いだ。


「セリシア。君はそんなことで悩まなくて良いんだよ。君は紛れもない聖女様で、君がいるだけで三番街のためになれている。君の存在が、『平和の象徴』になることが出来てるんだ。だから帝国に行く必要なんかない。みんなだってそう思ってる。そうだろ、みんな?」


 そんな俺の言葉に賛同するように、街のみんなも一斉に共感の声を上げる。


 当たり前のことだ。

 そもそも現状聖神騎士団の成果が何一つとして無い以上、街のみんなの心の拠り所はセリシアただ一人に集中している。


 つまり聖神騎士団がセリシアに対して何かを言う権利なんかあるわけがないんだ。

 だから……気にしなくていい。


「ですが……」


 みんなの期待を、セリシアは無碍にすることは出来ない。

 上手く俺達を納得させることが出来る言葉を言えないセリシアに丸め込めると感じた俺は、更に畳みかけるように安心させるための言葉を紡いだ。


「心配なんだよな。みんなが辛い日々を過ごすことになるんじゃないかって。でも大丈夫だよ。たとえ何があっても必ず俺がどうにかするから。だから、大丈夫だ」


「それでは駄目なんですっ!!」


「――っっ!」


 だが安心してくれるだろうと思って言った言葉はむしろセリシアの心に火を付けて、悲しそうな表情で俺の言葉を強く否定した。

 驚く俺を視界に収めながら、それでもセリシアは必死な顔で口を開く。


「それでは、メビウス君が……」


 そう言いながら、声は徐々に小さくなる。

 名前を呼ばれたことには驚いたが、それでもセリシアを安心させるべく言葉を続けた。


「せ、聖女だからって、君にばかり厄介事を押し付けるなんて間違ってるだろ……君の責任感の強さはよく知っているつもりだけど、だからって一人で抱え込もうとしなくたって……!」


「それはっ! メビウス君だって同じです……!」


「……っ」


 セリシアの言葉に思わず言葉に詰まる俺だが、それでもセリシアは拙いながらも必死な顔で街のみんなに視線を向ける。


「これまでのことは全て聖神騎士団の方々から聞きました。皆さん、メビウス君にばかり頼りすぎるのは良くありません。今、メビウス君は私達のために自分の睡眠を削ってまで行動してくれています。そしてそれは全て、聖女である私の不甲斐なさが原因です。皆さんを不安にさせメビウス君に頼ってしまっていることこそが、聖女として恥ずべきことなんです」


「お、俺のことはいいんだよ! 三番街のみんなが……君が、生きていてくれるのなら――!」


「メビウス君は、あれから一度も寝てないじゃないですか!」


「……ぅっ」


 気迫も無いが、それでも心の底から心配してくれているのが伝わって来て俺は再度言葉を詰まらせてしまった。


 セリシアの大声を何度も聞いたのは初めてだ。

 毎度毎度どうしてこう、俺の望んでいる平穏な日々とは大きくかけ離れた感情をセリシアに、よりにもよって俺が出させてしまうのか。


 瞳を揺らがせ焦点を合わせられずにいる俺を前に、そんなセリシアの必死な想いが伝わってしまったからか三番街の人達もざわざわと声を上げた。


「メビウス君は騎士団じゃありません! 普通の、男の子なんです……皆さん、どうかメビウス君を休ませてあげてください……!」


「……っ」


「私の失敗の肩代わりをさせていい人じゃ、無いんですっ……!」


 そうして苦しそうな顔をしてセリシアは街のみんなに頭を下げた。

 そんなことを俺のせいでさせてしまっているという事実に苛立ちと憤りが募るが、街のみんなはセリシアの謝罪を受けて無条件で「確かに」と納得し始めてしまっている。


 結局、どれだけ説得力のある言葉を俺が並べようと信者の心に一番響くのはセリシアだけだ。

 でも今回に至っては、多分それだけじゃない。


 それは俺の今の姿が……至る所に包帯を巻き、虚ろな目をしたまま酷い隈をこびり付かせているという、誰が見ても限界だとわかる姿がみんなの目に止まってしまったからだろう。


 けど……駄目だ。

 止めてくれ……!


 これが俺が三番街で唯一出来ることなんだよ。

 みんなを守ることすら許されなかったら、俺がここにいる意味が無くなってしまうんだ。


 それにもし、俺がみんなのために行動することが出来なくなってしまったら。


『人生は――選択の繰り返しだ』


 ――またあの時みたいに、悪魔に全てを壊されてしまうんだ。


「……やめろ」


「……っっ!」


 呟くように、自分でも驚くぐらいに低い声が喉から吐き出た。

 その否定的な拒絶の言葉にセリシアは少しだけ肩を跳ねさせるが、状況を鑑みたへレスティルが俺達の間に割って入る。


「聖女様の言う通り、君に三番街を守る責務は無い。今後の対応は追々決めるが、それこそ聖女様のお言葉を素直に聞くことこそが君が行うべき責務だよ」


「お前……!!」


「今は引くべきだ、メビウス君」


「――っ! コメットさん……」


 へレスティルに対する怒りが顔に出てしまって衝動のままに睨み付けながら詰め寄ろうとすると、その安易な行動をコメットさんが俺の肩を掴むことで静止させた。


 コメットさんの顔を見たことで一瞬だけその怒りが低下する。

 視線を向ける俺に対し、それをコメットさんは顔だけで誘導させた。


「――ぅっ」


 そこには――顔に陰を落とすセリシアがいる。


 俺の怒りに、俺の憤りに、辛そうな顔をしながらどうにかそれを受け止めようとしている風に見えたから、俺は居た堪れなくなり渋々その静止を受け入れるしか無かった。


 彼女のそんな顔を見ると、どうしても自分が間違っているんじゃないかと思ってしまう。

 間違っていると思ってしまうから、一刻も早くセリシアを笑顔にさせなければならないと動いてしまうのだ。


「……ごめん。確かに君の言う通りだ。俺、君に心配ばかり掛けてるよな」


 俺はただ……君を心配しているだけで、君に心配されたいわけじゃない。

 だから形式上ではあるが本心に見える謝罪の言葉をぺらぺらと並べ立て軽く自分の頬を掻いて見せる。


「……! あ、謝らないで下さい! 私こそ、大きい声を出してしまってごめんなさいっ……」


 するとそれだけで、セリシアは安心したように顔色を明るくしてくれた。


 ……彼女は俺が嘘を吐くなんて思ってもいないんだろう。

 人を疑うことを知らず、たとえ嘘かもしれないと脳裏に過っても、それでも信じようと思ってくれているのだ。


 そんなセリシアだから……俺は。


 でも……それでもだ。

 セリシアを帝国に向かわせるのだけは、止めなければならないのだ。


「でも頼む。帝国に行くことだけはまだ待ってくれないか? 教会の子供たちだってセリシアと離れることを望んじゃいない。きっと悲しんで……泣いてしまうかもしれない」


「……!」


「……心配なんだ。あいつらがこの先、ちゃんとした人生を送れるのかって。君だって、こんな簡単にあいつらと離れようとは思ってないんだろ?」


 本当に俺はクズだ。

 今言うにはあまりに卑怯過ぎる言葉を、何の躊躇もなくこうやって吐き出せている。


 セリシアの良心に訴えかけ、それで半ば強引に納得させようだなんて、そんなの家族にするべきことじゃない。


「――っ」


 ……でもっ、死ぬよりはマシだろっ。

 俺だって嫌だけど、それでも環境が『変わる』ようなことがあっちゃいけないんだ……!


「そうですよ聖女様! 有難いことに聖神ラトナ様が私達を見守って下さっているおかげで、幸いにも私達の誰も傷付いていません!」


「聖神騎士団だって騎士団としての仕事を全力でするんでしょう!? なら危険な目になんて遭いませんよ! 私達には『あなた』がいるのですから!」


 みんなの言う通り、君は……『聖女様』なんだ。

 たとえどれだけ聖女としての力が弱まろうとも、セリシアという女の子が『聖女』であったという事実がある限り、本当の最悪が起こらない限り君は『聖女』のままでいられる。


 そしてその最悪を起こさないようにするのが俺の役目だ。

 これまでと同じように、全部俺がどうにかするだけで君が悩む必要は何一つとして無くなるんだから。


「で、ですが……」


 みんなの後押しもあって、セリシアは良心が痛み深く悩んでいる。


「……」


 ここで結論を出すには時間が掛かるとへレスティルも思っているはずだ。

 ここで時間を掛けてまた三番街の警備を疎かにすれば、今度こそ本部の聖神騎士団というアドバンテージを失ってしまうことになる。


 どうしようもない闇魔法で動けなかったというのに、お前たちは三番街の聖神騎士団を散々貶し責任を追及した。


 それと同列になるんだ。

 そんなの、お前らみたいなプライドだけで生きている連中には耐えられないだろ。


「……わかりました。どの道三番街を守護する新たな聖女様の任命には時間が掛かりますから、聖女様の今後については今は追及しないようにしましょう」


 もちろん俺の本部の連中に対する評価は主観でしか無いが、それでもへレスティルの返答は俺にとって都合の良いものであったから一応ではあるが心の中で安堵する。


 だがそれだけでは終わることはなく、へレスティルは今後の方針としての言葉を続けた。


「ですが聖女様の力が弱まったというのは前代未聞のことです。聖女様の力が弱まっていると知りながらこの場に留めるということは、もしも仮に聖女様が傷付くことがあった場合……我ら含め、ここにいる全ての人間の首が飛ぶことになります。それでも構わないと、皆はそう言うのですね?」


「ああ」


「君の返事だけは良いみたいだが……他は、どうでしょう?」


 そんなの、聞くまでもない。

 みんなも同じ気持ちに決まってる。


 そう信じて疑っていなかったから同調を受けるべく振り向くが……その顔らは、俺の思っていたものとは大きく異なっていた。


「え、えっと……」


「それは……」


「…………は?」


 その場にいるほとんどの人達が、瞳を揺らし顔を背けていた。

 中には子供を傍に寄せる家族もいて、とてもじゃないが賛同の声を上げてもらう雰囲気では無かった。


 どうして、即答出来ない。

 セリシアに何かあること自体が問題なんだから、へレスティルの言い分なんて起こるはずもない戯言でしか無いだろ。


 仮に、最悪の結末が起きるようなことがあったとしても。

 その時点でもう死んだも同然なんだし、みんなは神サマを信じているんだから、死ぬことなんか怖くないはずだ。


 それなのに、どうして……


「……君はやっぱり天使だね。本当に、人間の弱さを理解していないみたいだ」


「あ……?」


 疑問を浮かべる俺に、へレスティルは俺にしか聞こえない声でそんなことを言ってくる。

 だが意味がわからず困惑する俺を無視してそのままへレスティルは言葉を続けた。


「聖神騎士団として、私達には三番街を守護する責務があります。ですが、聖女様がまだこの場に滞在すると仰るのであれば我らも聖女様のご判断に従いましょう。……ご決断を、お願い致します」


「……っ」


 そうだ。

 結局大事なのは、セリシアの選択だ。


 俺がどれだけ説得しようとへレスティルが幾ら正論を並べ立てようと、セリシアの判断基準によって全ての事は進められる。


 だから全員の視線がセリシアへと集中した。

 期待や不安……様々な感情が自身へと注がれていることを自覚し、セリシアは身を硬直させて多大な責任を今まさに背負わされている。


 でも……たとえその重荷を取り払ってあげたいと思っても、今回ばかりはその選択の一つを取り除くことは俺には出来ない。

 自分が選択を強要していることを知りながら、それでも俺には君以上の決定権なんてないから……君が聖女様である以上君に選んでもらわなきゃならないんだ。


 故に、俺は彼女から目を逸らさない。

 そしてセリシアの綺麗な瞳がふと俺の虚ろな瞳と交差したことで、セリシアは自分の瞳を大きく揺らがせる。


「……もう少し、この場所に残ります。やっぱり私には三番街の聖女としての責任がありますし、メビウス君の言う通り、子供たちを見捨てるような形はしたくありませんから……」


 そしてセリシアは……俺を選んでくれた。

 その言質に俺はホッと安堵の息を吐き、改めてセリシアの選択に心の中で感謝する。


「……わかりました」


 選ばれなかったへレスティルだが、その表情に落胆は無くあくまで騎士団長としての威厳ある姿で口を開いた。


「聖女様がそう仰るのであれば、我らも全力で聖女様をお守りすると約束します。しかし、依然としてこの街に正体不明の侵入者がいたという事実に変わりはありません。聖女様がこの場に留まる以上、今後も変わらず三番街を封鎖し【イクルス】全土に捜査網を敷いて一刻も早く侵入者を捕らえる必要があります」


「……っ」


「皆は事が解決するまでは慌てず騎士団の指示に従って下さい。不要不急の要件が無い限りは、森の中に入らないようにお願いします」


 へレスティルはセリシアの判断に従った上でそれを成し遂げるための手段を考えこうして指示を出しているわけだから、やはり騎士団長としての責務を果たすことを第一に考えている。


 落し所としてもこんなものだろう。

 正直今回に限ってはセリシアの良心に俺がつけ込んだが故の決定だから思う所はあるけど、それでも平穏な日々を取り戻すためには必要なことなのだと思い直して、俺は目を逸らすことなくこの決定を受け入れた。


 そして話は終点に着いた。

 セリシアは改めて街のみんなへと身体を向けると、陰のある顔色のまま頭を下げる。


「これで現在確認出来ている情報の共有は以上になります。皆さんの大切な時間を私に下さり、ありがとうございました」


 ……結局、セリシアの気持ちは依然晴れず、みんなの気を遣うような態度と共に締めの言葉を口にして街のみんなも各々やるべきことをやるために散って行った。


「……」


「……」


 ……その間、横目でセリシアを深く見る。

 ズキズキと胸が痛くなる不快感に耐えながら、俺は彼女の辛そうな顔を受け止め続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ