第14話(2) 『失敗の真実』
やはり二人の目的地は三番街だったようだ。
俺達も同じように三番街へと到着した後、すぐに中央広場が見える位置まで寄って木々の後ろに隠れ様子を伺うことにする。
「なんだ……?」
だが、俺の視界に映る三番街の光景は異質だった。
中央広場には既にほとんどの住民たちが集まっていて、まるでセリシアが来ることを予期していたかのように一挙一動を固唾を呑んで見守っている。
それだけじゃない。
コメットさんたち三番街聖神騎士団の面々も、セリシアがここに来ることを把握しているみたいだった。
「皆さん。お集まりいただきありがとうございます。本日は大事なお話があり、このような場を設けさせていただきました」
みんなの視線を一身に浴びながら、セリシアは前に立つ。
神妙な様子でありながらセリシアは真剣な瞳でこの状況を受け入れていた。
……なんだよ。
なんでそんな顔してるんだよ。
焦燥感が募る。
何をしようとしているのかわからないが故に今すぐ割り込み状況を操作したい欲求に駆られながらも、俺は必死に身体を固めて動かないことに努めていた。
セリシアの傍にへレスティルがいる以上、今飛び出せば必ず奴らは俺を止めようと動くはずだ。
それでセリシアの話の内容もわからずぶち壊したりしたら、俺が話題を知る機会が無くなってしまう。
セリシアにも……迷惑を掛けることになる。
だから足を地面にめり込ませてまで自身を抑制していると、やがてセリシアは真っ直ぐに前を向いて口を開いた。
「へレスティルさんから聞きました。また新たな問題が起きてしまったこと。その数々の問題を皆さんにも共有するべきだと思って、このような場を設けています」
「――っ!」
「昨日から……カルパディア司祭が三番街に戻って来ていないみたいなんです。そしてその日の夜にカルパディア司祭が宿泊している施設に侵入者が訪れた形跡があると教えていただきました。……その数々の問題が起こって、その対処が出来ていないのは全て聖女である私の怠慢さが原因です。本当に、申し訳ありません」
これまで起きた問題を住民たちに告げ、セリシアは深く頭を下げて重い責任を受け止めている。
本部の連中はと言えば、聖女であるセリシアが頭を下げている様を見続けるのがあまりにも苦痛だったからかほとんどの連中が顔を下げ極力それを見ないよう努めていた。
……ふざけんな。
なんで、セリシアが悪いみたいになってるんだよ。
セリシアが謝ってること全部、あれだけイキっていたにも関わらず何の成果も得れてないお前ら本部の騎士団のせいだろ。
頭を下げるべきなのはお前たちの方なんじゃないのか……!?
なのにヨゾラや俺を捕まえられず、そしてカルパディアを一人にした責任をセリシア一人に押し付けるなんて、それでよくいっちょ前に文句を並べられたもんだ。
セリシアの謝罪に動揺しているのは決して俺だけじゃない。
街のみんなもセリシアが頭を下げる現状に違和感を覚えていたから慌てて彼女の顔を上げさせようと声を上げていた。
「か、顔を上げてください! どうして聖女様が謝るのですか!?」
「そうですよ! それは聖女様が行うべき責務では無いではないですか!」
そうだよ。
教会で生活を送ってるセリシアにどうやってその状況を防げば良かったって言うんだ。
「これは、聖女である私の責務なんです。本来はこういったことが無いように街全体を結界で保護する必要があることは皆さんも知っていると思います。なのに、私はその役目を放棄して……皆さんに教会運営のための維持や三番街の発展に多大なる貢献をして頂いているにも関わらず、聖女としての責務を私は果たすことが出来ていません。それはたとえ皆さんに受け入れて頂けた故の判断だったとしても、その代案は確立しなければなりませんでした」
……確かに、君の言っていることは正しいと思う。
けど違う。
違うんだよ。
君と話して、君の笑顔で救われている人はたくさんいるんだ。
実際に聖女の存在を見ることで安心することが出来ている人達がいる。
君の頑張りを、君の本心を近くで見てきて、君の理想を応援したいと思ってる人達が大勢いるんだよ。
それは決してマニュアル通りに生きている一番街や二番街には無いものだ。
そもそもこれまでの出来事だって、セリシアの手を煩わせるようなものじゃなかった。
今回だってそれは同じだ。
君が苦しく思う必要なんて何一つ無いんだよ……!
「それは我ら三番街に住む者みんなが受け入れていることです! 決して聖女様が行ってきたことと私達が納めている税が釣り合っていないなんてことはありませんよ!」
「本来我らが当たり前のように受け取ることの出来ない祝福も聖女様のおかげで授かることが出来ています! 聖神ラトナ様が見守って下さっているのです! 必ず三番街はまた以前と同様の日々を送ることが出来るようになるのですから、聖女様は気にせずいつも通りの日々を過ごして下さい!」
そうだよ、その通りだよ。
セリシアはこれまで通りのままで良いんだ。
後のことは全部俺や騎士団に任せて、いつもみたいに笑ってくれていればいい。
それが俺や三番街のみんなが辛い毎日を耐えられるための光になるんだから。
……なのに、セリシアの顔色は晴れない。
申し訳なさそうに顔を伏せ、ただ住民たちの言葉を受け止めていた。
「……違うんです。私は聖女として……皆さんに謝らなければならないことがあります」
謝らなければならない、こと……?
疑問を示す俺や住民たちを前に、セリシアは正面を向いたまま胸の前で両手を重ねて。
「今の私は、聖女としての力が弱まってしまっています」
やがて覚悟を籠めた瞳で、一番言ってはいけない真実をみんなに告げた。
「「「「――――ッッ!?!?」」」」
……全員、戸惑いと理解が追い付くことが出来ず静寂が辺りを包んでいた。
聖神騎士団もそれについては初耳だからか、驚きの目でセリシアに視線を合わせてしまっている。
「……っっ」
対して俺は、心臓が大きく跳ねるだけで驚きはない。
俺だけは、これまでのセリシアの様子から彼女の状況に薄々勘づいていたからだ。
セリシアを突き飛ばしてしまった時に【聖神の奇跡】が発動しなかったこと。
へレスティルの言うカルパディアとの握手で今回に限り【聖神の奇跡】が発動しなかったこと。
テーラの治療に使用した【聖神の祝福】の出力が落ちてしまっていたこと。
違和感はたくさんあった。
だから薄々勘づきつつも何も言わず、余計にセリシアを守らなければならないと思っていた。
でも、それを本人の口から言ってしまうのは聖女にとって致命的なんじゃないのか。
司祭が行方不明になったことなんかよりも、余程重大なビックニュースであるはずだ。
だから、中央広場には戸惑いと不安が空気を支配する。
それを一身に浴びながら、それでもセリシアはぎゅっと身体に力を入れて言葉を紡いだ。
「【聖神の奇跡】が悪意や攻撃に反応しづらくなっていて……【聖神の祝福】も以前と比べてかなり効力が落ちてしまっています。傷を塞ぐことすらままならなくて……聖女として期待されている役割を今後果たすことが出来なくなってしまっているんです」
「ど、どうしてそんなことに……!?」
「誰かに何かされてしまったんですか!?」
「聖女の力が弱くなるなんて、そんなの聞いたことがありませんよ!」
それは俺もずっと気になっていたことだ。
だから必死に耳を澄まして、セリシアの言葉を待ち続けている。
「……皆さんが目を覚ました頃、空に紫色に光る円状の物が出ていたのを見たと教会の子供たちが言っていました。その時からなんです。でも、それが何かはわからなくて……」
わからないという回答に、街の人達はざわめいている。
当然教会のみんな以外はほとんどが夢の世界に囚われていたから、セリシアの説明を聞いても当然納得出来るものではないだろう。
「…………ぇ」
だが俺は。
俺だけは、その真実に心臓を大きく跳ねさせてしまっていた。
……その波紋なら、俺も知ってる。
俺の……俺が安易に起動した魔導具もまた、同じような波紋を広げていた。
また、俺の、せいなのか……!?
また俺のせいで、ベルゼビュートの思惑通りにセリシアは聖女のままで居られなくなってしまっているというのか。
「う、嘘、だ……」
顔を覆い、動揺のあまり瞳が揺れ動いてる。
それでも話が中断されるわけではないから、セリシアは言葉を続けた。
「ですから……カルパディア司祭が提案された通りに、一度帝国に戻るべきだと思っています。帝国に戻れば新たな聖女が……四番目の、ちゃんとした聖女が三番街に任命されることになりますから、皆さんの負担を大きく減らすことが出来ると思うんです」
「――ッ!?」
そんなの駄目だ……!
みんなそんなこと求めちゃいない。
たと、え……君が聖女の力を弱めてしまっているとしても、三番街には君が必要なのは事実なんだよ!?
だがそれに追従するように、傍にいたへレスティルも声を張り上げる。
「もしも本当に聖女としての力が弱まっているのなら、聖女様の言う通り三番街の本来想定されている維持を行うためすぐにでも次の聖女様を任命する必要があります」
「…………は?」
なにを、言って。
「想定されている聖女の力を持たないお方に【イクルス】で役目を果たすことは荷が重いでしょう。今後はこのようなことが無いように四番目の聖女様には三番街全土に結界を張ることを義務化させます」
「……っ」
「一時的に聖女様が不在になることで信者の皆々には多大なる不安を与えることにはなりますが、その間我ら聖神騎士団が必ず皆を守り抜くと約束します。安心して、聖女様のご決断を受け入れて下さい」
まるで街のみんなを説得するかのような、本心からの言葉。
事実を隠さず言うことで、街のみんなに対する説得力を強めようという魂胆なのだろう。
セリシアもへレスティルの言葉を受け顔を曇らせながらも事実だと思っているからか沈黙を貫くだけだ。
だが――
「お前は何を、言ってるんだよッッ!!」
我慢出来なくなった俺がルナを置いて三番街の中央広場へと飛び出したことで、全員の意識がこちらへと向くこととなった。