第14話(1) 『共通点があるから』
ワープゲートに入り暗い世界の色が鮮明になった時、出た先は三番街の森の中だった。
「結局朝になってるじゃねぇか……」
空を見上げると既に暗闇は晴れ太陽が顔を出してしまっている。
朝になる前までに帰るつもりだったのに、収穫があったとはいえ結局長話をしてしまった自分に酷く嫌悪感を抱いてしまった。
……また教会に帰れなかったな。
子供たちもセリシアも、もう俺を見限ってしまっても仕方のないくらいに俺は何度も約束を破ってしまっていた。
「……大丈夫?」
顔を暗くしていると、一緒について来てくれたルナが俺の顔を覗き目が合った。
……いや、多大な収穫は確かにあったんだ。
ヨゾラについて行き、あそこまで時間を引き延ばしたからこそこうして失ったと思っていたルナとまた会うことが出来た。
それはもう、大切な人の評価よりも余程重要視されるもののはずだ。
「何でもないよ。心配してくれてありがとな」
「うん」
「とりあえず教会に帰るか。腹とか減ってないか?」
「……減ってない。シロカミは?」
「俺は……もう、空腹とかも感じなくなっちまったよ」
というより、もう痛みすらも感じない。
多分俺の身体はもう限界で、それでも精神力だけで俺は今ここに立てているのだと思う。
むしろ今固形物とか食べたら、もしかしたら吐いてしまうかもしれないな。
最近はめっきり食事も取らなくなってしまってたから、自分の胃の調子なんてもうわからない。
そんなことを考え思わず自虐的な笑みを浮かべてしまったけど、俺を見続けるルナに心配を掛けさせないよう誤魔化すように頭を撫でることで切り替えて、教会の方へと歩みを進めることにする。
「なあルナ」
森の中をルナと一緒に歩いてる最中、俺はあの場で時間が無くて聞けなかったことをせっかくだから聞くことにした。
「俺の今着てるこの服さ……もしかしなくてもお前らのと一緒の奴だよな?」
そう言ってフード部分をくいっと上げながらルナに狐フードの上着を見せる。
「うん。ずっと着てていいよ」
「それはまあ今後次第だけど……なんでこれを俺に渡したんだ? 俺の目に入るように置いてあったってことはお前らは俺にこれを着て欲しかったんだろ?」
「……ノアの考えはルナにはわからない。でも、ずっと着てていいよ」
……そりゃわからないか。
俺もあの女の考えてることなんて外からじゃほとんど読み取れなかった。
でも、逆に読み取れなかったからこそあいつが無駄なことをするわけがないという確信がある。
ただ単に俺が闇に隠れやすくするためなのか、はたまたもっと崇高な考えがあるのかはわからない。
だが本人に聞けなかった以上それに思考のリソースを割く必要は無いし、何だかんだでフードがあるおかげで俺が今まで出来なかった顔を隠すという行為を可能にしているから、少なくとももうしばらくはルナの願い通りにこれを着続けることになるだろう。
あいつらも俺がこれを着ていることに何の指摘もしなかったから、多分貰っても良い物なんだろうしな。
……それに、本当に気になるのは他にある。
故にあくまで日常会話の体を装って、探りを入れるべく言葉を続けた。
「あいつらとは仲良いのか? 言っちゃなんだが中々胡散臭い連中だったけど」
「ルナが生まれた時からずっと一緒にいる。ノアもステラもヨゾラも、ルナの家族なの」
「家族……」
そうなのか。
だから……家族のために人を殺したって言うのか?
初めて会って、俺がルナの首を絞めるなんて馬鹿なことをしようとした時、ルナは人を殺したことがあると言っていた。
そしてノアから聞いた奴の信念とそれを照らし合わせたら……ルナがどんな奴を手に掛けたのかを想像するのはそう難しくはないだろう。
もちろん、これが単なる俺の妄想でしかない可能性は大いにある。
でも、もしもこの想像が正しかったとしたら……やっぱり、ルナは昔の俺と同じだ。
家族の幸せのために、善人を殺す。
それは駄目だと過去を思い出した今だからこそ断言することが出来るが、ルナはあそこにいる限りきっと一生それに気付けない。
でもルナなら、今からでも変わることが出来るはずなんだ。
けれどそのためには、あいつらとは決別するべきだとも思う。
だが家族が大切だというのは俺もまたよくわかってるから、今の俺にはそんなことルナに言えるわけがなかった。
「……」
ステラがルナを俺から助け出したように、きっとあそこにいた全員が互いに家族を大切に想ってる。
多分、目的を成し遂げるために誰一人見捨てずに協力し合っている姿は、やり方はおかしいとしてもきっととても尊いものであるのだろう。
だから……一つだけ、目的を成し遂げるための行動を変えることは出来なくてもルナにこれ以上手を血で汚させないようにするための方法はある。
……俺が、ルナの代わりになれば。
そうすればルナはこれから先何の気概もなく平穏な日々を送り続けることが出来るはずだ。
「シロカミ?」
「……ん、なんでもねーよ」
ここ最近のルナは俺が暗い顔をしていたらすぐに気付いてしまうから、少しだけ嬉しく思いつつも表情を元に戻す。
マジで俺のこと見すぎなんだよ。
でも、そのおかげでこの結論をすぐに出すのは早計だと思い直せた。
俺の信念なんかよりもルナの事情を解消することの方が大切なのは事実だ。
でも……それを選んでしまったら、俺が先程ルナを理由に否定したノアの信念をほんの数分で肯定したことになってしまう。
それは俺の本位じゃないから、代わりになるのではなく出来る限り他の方法でルナをそうさせないようにすることを考えるべきだ。
それにたとえあいつらの信念が俺のものとかけ離れていたとしても、それでルナの家族を貶す材料として使うのは違う。
「良い家族だな。みんなお前のことを大切にしてるのが俺にも伝わって来たよ」
「うん。みんなはルナのわからないことを教えてくれるの。ルナは何も考えなくて良いんだって」
「――――」
それ、は……
「…………」
「シロカミ?」
ルナはまた俺を心配してくれるが、その言葉でルナのこれまでの生き方がどんなものだったのかを想像することが出来てしまったような気がして、俺は目を見開きながら思わずその場に立ち尽くしてしまった。
無知で無垢が故の……利用。
あの時の、子供の頃の俺と……同じ。
……でも。
でも、だ。
この感情はあいつらの目的を知らなければ曝け出しては駄目なものだと思う。
少なくとも、家族だと思っているルナに外野が押し付けていい感情でないのは確かだ。
「……何度もごめんな。でももう大丈夫だ。早く教会に帰ろうぜ」
「うん」
今の俺に出来ることはルナと教会とをたくさん繋げて、少しでも多く正しいことを教えることだけ。
だから今はもう何も考えないようにして、俺はルナと共に教会へと向かう足を速めることにした。
――
森を抜け教会が見える位置まで辿り着いた俺達だったが、視界に映るものによって道に出るのは避け木々の後ろに隠れ様子を伺うことにした。
「聖神騎士団……?」
視界に映るのは教会の鉄門。
その鉄門の前には、まるで教会を守るように鎮座している二人の聖神騎士が待機していた。
騎士団が教会に来てるのか……?
一瞬そう思ったものの、次の瞬間には騎士団が教会に来る理由を思い出して思わず眉を潜めてしまう。
恐らく昨日俺がへレスティルに言った、カルパディアの傍にいた身元不明の騎士たちについての件の事実確認をセリシアにしに来たのだろう。
それだけだったらまだいい。
でも話はそれだけで終わるわけがなくて、ヨゾラのせいで発覚したカルパディアの部屋に現れた謎の侵入者についての話もセリシアに通してしまっているはずだ。
あれがバレてしまったせいで、本部の騎士団が来ているにも関わらず侵入者を三番街に通してしまうという本来なら有り得ない失態が起きてしまったことになる。
それは本部の連中のプライドをズタズタに壊したと共に、内部犯の可能性も視野に入れてしまったはずだ。
そしてそれを聞いたセリシアの心身的負担がどれ程のものになるかなど考えたくもない。
俺のせいだ。
早く合流して、少しでも良い方向に変えないと……!
そう思い、焦りながらもすぐに教会に戻ろうと立ち上がる。
――くいっ。
だが立ち上がろうとした俺の裾を、どうしてかルナが軽く掴んだ。
出鼻を挫かれつつもルナからアプローチしてくるのは珍しいため、驚きつつ再度しゃがんで目線を合わせた。
「……どうした?」
「……」
聞いたが、ルナは無表情のまま何も言わない。
それでも何か思う所があるようで、俺は教会にいる騎士の姿を見てある仮説を生み出した。
……今までもしかしたらとしか思わなかったが、今のルナを見て確信する。
「……ここで待ってるか?」
「……」
「ちょっと休憩するか」
申し訳なくは思ってるみたいだし、優しい声音でそう言った。
だが無表情ながら顔を落とすルナに俺は小さく息を吐いて軽く頭に手を乗せ、そのまま木々に腰を下ろすことにした。
「……」
「……」
しばしの沈黙が俺達を包み、鳥のさえずりだけが耳に届く。
……そろそろ聞いてもいいか。
ノアたちに会ったことで、ルナの背景も……それなりにわかって来たし。
「お前……騎士団に見られたくないんだろ」
「……」
そう聞くと、ルナはコクリと素直に頷いた。
やっぱりか。
思い返してみると、ルナが俺の傍からいなくなるのはいつも俺が聖神騎士団と接触した時だった。
その理由ももうそれなりにわかるから別に理由を聞こうとは思わない。
けれどルナは案外すんなり教えてくれるみたいで、ゆっくりと口を開いた。
「ルナは三番街の住民じゃないから。無断で三番街に侵入していることが明るみになっちゃ駄目だってノアが言ってた。だからずっと隠れてたけど、ある時聖女に見つかっちゃったの」
「……!」
「そしたら、これからも来て良いって。ルナが三番街の住民じゃないことなんて知ってるはずなのに、騎士団に連れて行かずにずっと隠してくれるって言ってくれたの」
「そう、なのか……」
セリシアがそんなことを……。
三番街を守護する役目を持つ聖女であれば、本来そんな身元もわからない怪しい奴はすぐにでも騎士団に通報しなければならないはずだ。
それなのにセリシアは聖女としてではなくルナの気持ちを大切にして、ルナをずっと守ってくれてた。
それはきっと、セリシアの言う聖女失格に相応しい行いなのだと思う。
でも……だからこそ。
「……そっか」
彼女らしい……法や正義に縛られない優しい考えだ。
聖神騎士団にルナの存在がバレてしまえば根掘り葉掘り聞かれてしまうのは当たり前のことで、その後どうなるかの具体的なものが想像出来なくても、ルナにとって辛いことになるのはセリシアもわかっていたのだろう。
だからこそたとえ非難されることであっても、聖女として失格だとしても、その選択を取るセリシアは……正しい。
そしてその行動が俺に繋げてくれたものなのだと思うと、やはりルナとの共通点が多いように感じて、思わず顔を綻ばせてしまった。
「じゃあ似てるな、俺達」
「似てる?」
「ああ。三番街の住民じゃなくて、教会のことを良く思ってて、そして共犯者だ。……どうだ? 似てると思わないか?」
「……うん。似てる」
あんな最悪な出会い方をしたというのに、まさかこんなに長く一緒にいることになるなんて当時は思ってもみなかったけどな。
今はルナのことを無条件で信じることが出来るくらいに俺達の絆が深まっているから、ちょっとばかし新鮮だった。
でも、だからこそ。
絆が深まっていると自負するからこそ、俺のしてきたことは決して赦されていいことじゃない。
「だからこそ……ごめん。あの時、俺の軽い決断のせいでステラの言う通りになってたかもしれなかったこと、本当に悪いと思ってる」
「シロカミは何も悪いことしてないよ?」
「そうでもねぇよ。俺は……誰一人救えなかった」
ステラが遮って来たから言うタイミングが無かったが、今この時にこそ謝罪するべきだと思って俺はルナに頭を下げる。
本当だったら……すべてを失ってたはずだった。
三番街も教会のみんなも、テーラもルナも全員死んで、俺の腕の中には何一つ残らない結末を迎えるはずだったんだ。
だけど、結果的には全部を取り戻すことが出来た。
だからもうそれを絶対に失わないように、俺は今こうしてここにいる。
「もうお前を傷付けるようなことはしない。次はお前に頼らないで、自分の力だけでどうにかするから。だから……赦してくれとは言わないけど……本当に、ごめん」
「どうして?」
「どうしてって……だから、お前を一度守れなかったから……」
「大丈夫だよ」
もう同じ失敗を繰り返したくないんだ。
そう思って想いの丈を伝えるが、そんな俺とは打って変わってルナは当然のように首を傾げた。
「ルナはシロカミの共犯者だって約束したから。だから、大丈夫だよ」
共犯者だと言うが、あれはあくまでアルヴァロさんの時だけの話で今はもう名ばかりだけで充分なんだ。
本気で今でもルナのことを共犯者だと思ってるわけじゃない。
でも確かに俺はルナに助けられた時に、お前の力を貸してくれと言ってしまった。
それを当のルナが永遠にだと認識してしまっているのであれば、今後のためにも修正するべきだ。
「いやそれは……」
「約束したから」
「うっ……」
「だから、大丈夫だよ」
だから訂正しようと視線を向けると、その瞳をルナがジッと見つめ返してきて、俺は思わず肩を跳ねさせてしまった。
「いや、そうは言っても……」
「……」
「うっ……」
ルナの表情は相変わらず無に等しいが、その顔からは強い感情のようなものをひしひしと感じる。
本人にそう念押しされてしまえばこちらとしても無理に否定することは出来なくて、ここは俺が折れるしかないみたいだ。
「……ははっ。わかったよ」
折れた状態でルナを見てみればむしろその圧が可愛く思えて、俺は柄にもなくくつくつと喉を鳴らした。
「なんかお前の考えてること、少しはわかってきた気がするわ」
「……そうなの?」
「ああ。自意識過剰じゃなければな」
多分これは俺がわかるようになったのではなく、ルナが表情ではなく行動で示すようになってきたからだと思う。
小さく見える変化ではあるが、最初に出会った時とは大違いだ。
俺は初めて会った時よりも大きく関係性が変わったなと、なんだか感慨深い気持ちになれた。
「……!」
そんな話をしている内に教会に動きがあった。
木々からその様子を伺うと、礼拝堂からへレスティルとセリシアが出て来て、そのままへレスティルがセリシアに頭を下げている姿が見える。
……なんだ?
遠目から見えるセリシアの表情は少しだけ陰を落としているように見えた。
そんなセリシアはへレスティルと共にどうしてか礼拝堂を出て鉄門の方へと歩き出している。
……何処かに出掛けるのか?
セリシアたちは鉄門を超えると、そのまま二人の騎士を守衛として置き教会を出て緩やかな坂を下ってゆく。
木々に身を隠し気配を消して二人が俺達に気付かず進む姿を確認した後、俺とルナは互いに顔を見合わせていた。
……目的地は三番街か?
何の予定があって三番街に向かうのかはわからないが、セリシアも行くのであれば俺達が取る選択肢は一つしかない。
「……後をつけるぞ」
嫌な予感がする。
心に秘める大きなざわめきを感じながら、俺達はゆっくりと二人の後をついて行くことにした。