第13話(15) 『決断』
ステラの言葉の意味を理解する。
だが理解したからこそ、どうしてそれを彼女が知っているのかがわからなかった。
「どうして、あんたがそれを……」
「もしあの部屋に入ってたらルナは本当に殺されてた。夢の世界に囚われたアンタを連れ戻そうとして、そしてきっと【原罪の悪魔】に見つかって魂を壊されていたでしょうね! それを、考えもせずに……!」
「……っ!」
「私があの時連れ出さなかったらルナは……!」
「私がって……まさか」
瞳を揺らがせながら問う俺に答えたステラの言葉で、ほとんど確信に近かったものが全くの見当違いであると気付かされる。
……ずっとあの魔族は、ベルゼビュートの仲間だと思ってた。
魔族が俺を不幸にする以外の行動をすることは無いという確信があったから。
だが違った。
ステラが言うにはあの魔族に見えた者はステラで、部屋にルナが閉じ込められそうになる前に奪うのではなくむしろルナを救出したことになる。
「どうして……」
「はあ?」
「どうして、あの時あんたはあそこにいた……あそこを知ってるのは俺達だけだったはずだ。俺達、だけだったから……」
三人で行くしか……無かったんだ。
それなのに、どうして。
だがそこまで考えて、俺は先程ノアが言っていたことを思い出す。
これまでずっと俺の動向を見ていたのなら、ステラが後からついて来ることは可能だったことだろう。
特にルナがこいつらの仲間であったのなら、心配でついて行ったのも頷ける。
「そう、か」
そしてどうやって気付かれずについて来れたのかも、自問自答し解を成した。
ついて行かなくても可能なんだ。
こいつらには何処からでも目的地に到着することが出来る《ディストーション》の魔法がある。
であればあの場に隠し扉が無かったとしても俺達に気付かれずにあそこに来ることは可能だったはずだ。
ステラが、ルナを奪った悪党なのではなく。
ステラが、俺という悪党からルナを助けてくれたんだ。
「……は?」
「……」
それが事の顛末。
故に俺は未だノアによって拘束されながらも躊躇なくステラに向け頭を下げた。
「なんの、つもり……?」
困惑し、意味がわからないと思っているはずだ。
それでも事の顛末を完全に把握した俺には既に先程までの負の感情など一つも無くて、ただただ頭から湧き出る感情を吐き出した。
「ルナを助けてくれて……ありがとう」
「……はあ?」
「あんたの言う通りだ。もしも、あの時あんたが来てくれなかったら……俺は今度こそ全てを失ってた。誰か一人でも、失うことになってた」
本当に少しでも歯車が狂ってしまっていたら、何か一つが欠けていたのだ。
けれど今俺は、結果的にではあるが誰一人欠けることなく今を生きることが出来ている。
ベルゼビュートによって突き付けられた死体の山だけじゃない。
俺のせいでいなくなってしまったテーラやルナも、みんなまだ俺の腕の中に残ってた。
小さな光は、未だ俺の前で輝きを放ち続けているんだ。
「……ありがとう」
だから再度、感謝の言葉を口にする。
それが脈略もない自己中心的なものだったとしても、今の俺にはそれしかステラを賞賛する言葉が思い付かなかったから。
最早恩人だ。
俺がまだ俺のままでいられるのは、コイツのおかげなんだ。
「ふざけ、ないで……」
それでもステラは決して謝ってほしいわけじゃないのだろう。
もっと根本的な原因を排除したいと思っているはずだ。
「だったらもう! ルナには近付かな――!」
「シロカミ、大丈夫?」
「――っ!」
だから怒りのままにそれを口にしようとした時、頭を上げない俺の傍に寄り顔を伺ったのはルナだった。
ステラの言葉を途中で遮り、両手両足を拘束されている俺を見て心配の言葉を向けた後、無表情ながらチラリとノアへと視線を向ける。
「……ノア」
名を呼ばれたことでどうして欲しいかが伝わったのだろう。
ノアは小さく肩を竦めて了承の意を示すと、ルナは俺に取り付く黄金に手を当てた。
「待ってよルナ!」
だが、それを止めたのはステラだ。
「コイツはルナを殺そうとしたのよ!? もうコイツとルナを一緒に居させるわけにはいかない! 価値が無いの! なのに、どうしてコイツをわざわざ助けようとするの!?」
「……? シロカミ、辛そうだから」
「だ、だから……コイツはアンタにとって害でしか無くて……助ける必要なんてないの。また同じことを繰り返すことになるわ!」
……きっと、ステラの言う通りだ。
俺と一緒に居れば、ルナはまた危険な目に遭ってしまうだろう。
助けてくれるのは有難いけど、俺はステラの言葉を否定出来ない。
なのにルナは無表情のまま小首を傾げて。
「シロカミといると楽しいから。だから、これからも助けるの」
「……っ」
自分の胸に手を当てながら当たり前のようにそう言って、ステラがその言葉に硬直している間に闇魔法で黄金を破壊しルナは俺を助けてくれた。
「大丈夫?」
「ああ……ありがとな、ルナ」
「うん」
若干手首の痛みを感じつつも持っていた聖剣を鞘に納めて、ルナに感謝を伝えながら頭を撫でる。
ルナはくすぐったそうにしながらも無抵抗でそれを受け入れてくれているから、この手から伝わる熱がルナが生きていることをようやく俺の身体に刻み込んでくれた。
そんな俺達の姿を見て、ステラは苛立ちを隠さずに拳を握り締めている。
「どうしてルナは……!」
……本当に、どうしてルナはあんなことをした俺を助けてくれるんだろうな。
敵意を向けられても仕方がないくらいにあの時の俺はあまりにも軽率だったというのに、ルナは全くあの日のことを気にしてないように見える。
確かにルナからしてみれば部屋に入ろうとした所をステラに引き留められただけだから被害の張本人である自覚が薄いだけなのかもしれないけど、それでも一言言う権利ぐらいはあるというのに。
ステラだって、ただルナが心配なだけなんだ。
心配だからこそ俺みたいなクズの傍にいて、それで辛い思いをすることになるのが許せないから少しでも早く俺から離れさせようとしているのだろう。
気持ちは痛いくらいにわかる。
わかるからこそ、俺がステラに言える言葉は何も無かった。
「……一応ではありますが、話は済んだようですね」
一連の流れを清聴して、事の終わりを感じ取ったのだろう。
ノアは全体を見て茶会を続けることは難しいと判断し、車椅子を俺の前へと進ませていた。
「すみません主様。勝手に話に割り込んでしまって……」
「良いんですよ。言いたい言葉を無理に呑み込み溜める必要など、私達には無いのですから」
その間に自分の勝手な行動を謝罪するステラを柔らかな言葉で包み込む。
そのまま俺の前にまで来ると、ノアは俺に手を差し出していた。
「改めて貴方に問いましょう。私達の組織にはルナもいます。どうですか? 貴方も、私達と共に来てはいただけないでしょうか」
「組織……?」
「ええ」
問い掛けるが返答はない。
あくまで俺が手を取るまでは教えないつもりか。
俺に手を貸してくれると言うが、そもそもこいつらの組織の目的がわからない以上素直に頷くことなんて出来るわけがない。
……だが正直、初見の時と比べればノアたちに対する抵抗がだいぶ薄くなっていたのは事実だった。
それは偏にルナが彼女たちの仲間というのもあるし、何よりあの時ルナを助けてくれたステラに対する感謝の気持ちが強くあるからだ。
きっと協力してもらえれば、もっと簡単にカルパディアを裁くことが出来るのだろう。
……だが、それでも。
「……尚更、あんたたちと一緒に行くことは出来ない」
俺はノアの手を取ることは出来ない。
「……それは何故でしょう」
拳を握りそう言う俺を、ノアはうっすらと笑みを浮かべながら見る。
でもその問いに対する答えは、ルナが生きていると知ったからこそ決めることが出来たんだ。
「俺が【断罪】する理由を、こいつが知っているからだ」
アルヴァロさんを【断罪】するかどうか悩んでいた時、ルナが俺に思い出させてくれた。
俺は目的を成し遂げるために人殺しをする道を選んだんじゃない。
昔からずっと平和や平穏な日々が続くように、それを壊そうとする悪党を【断罪】することを選んだんだ。
だから何の罪も無い人を殺してまで目的を成し遂げようと考える奴らの手を取るわけにはいかない。
俺は俺であるままに三番街やセリシアを守り抜くことこそが、俺が俺である証なんだ。
「俺を……三番街に帰してくれ」
今度こそ話は終わりだ。
収穫もあったが、もうかなりの時間が経っているだろうし一刻も早く三番街の状態を見に行かなければならない。
ノアも引き止めるつもりは無いのか、あくまで俺の答えを尊重して小さく息を吐くだけだ。
そして腕を前に出し、中指に嵌められたヨゾラと同じ指輪をかざすと、俺の横にいつものワープゲートが現れる。
……素直に帰してくれるんだな。
本当に俺の知りたいことを教えてくれて、勧誘しに来ただけだったみたいだ。
底が見えない、無知故の不可解な恐怖。
それを奴らからは感じるけど、それでもノアの言う通り俺の意見や主張を尊重してくれているからもう敵意を向けはしない。
でも帰るなら、せっかくだしルナの意見も聞いてみることにする。
「ルナも一緒に行くか? セリシアも子供たちも、長い時間お前と会えなくて寂しがってたぞ」
「アンタねぇ!」
「申し訳ありませんが、それは出来ません。ルナには今別の任務を頼んでいます。しばらく三番街の教会に向かうことは――」
「うん、いいよ」
「……あちゃー」
「ルナっ!」
「……以前までと比べて、自己主張するようになりましたね」
特に何も考えずに提案してしまったが俺の提案はそちら的にかなり問題のあるものだったようで、ステラにキレられノアに否定されたもののやはりルナは受け入れてくれた。
「……わかりました。ルナのことはメビウスさんに任せましょう」
多分これもノアの言った通り、ルナに命じられていることは決して強制ではないのだろう。
あくまでルナの主張を尊重した上でそれを了承するというのは、上に立つ人間としてかなりの人格者である証明だ。
故に各反応は様々だが、結局ノアはルナを引き止めることを諦めた。
全員が俺達が出て行くのを見守るみたいだから、俺もその意図を汲みルナを傍に置いてワープゲートに入ろうと一歩を踏み出す。
「メビウスさん」
「……!」
だがルナと共に中に入ろうとした俺を、最後にノアは引き止めた。
視線だけそちらに向けるとノアは柔らかながらも心配の目を俺に向けていて、その目がこれまで他の人間によって受けてきたものと同じものだということに気付き思わず顔を顰めてしまう。
「……せめて、眠った方が良いですよ。疲労を持ち越すことは一見メリットに見えてもその実デメリットにしかなりません。『今』ではなく『未来』を見通すことも大切です」
「……ご忠告ありがとう。でも俺はそんな自分が嫌いじゃない」
「自分では、自分の変化に気付けないこともあるということです」
「……良いんだよ、俺のことは」
やっぱりみんな同じことを言うんだな。
状況が変わるわけでも無いのに心配心配って、そんなの余計なお世話でしかない。
それに三番街のみんなとは違い他人の心配ほど気味悪いものも無いし、俺は特に意識せず軽く流した。
「それともう一つ」
「まだあるのかよ」
「私達は貴方を諦めませんよ。貴方は必ず私達の手を取るのですから」
……どうしてそこまでして俺を諦めないのか理解に苦しむ。
それにノアの表情はまるで俺が手を取るのを確信しているかのようだった。
いや多分……信じて疑っていないんだ。
「……随分と自信満々だな」
「ええ。私、一度手に入れたいと思ったものは必ず手に入れることにしているんです」
そう言うノアは会って一番の笑みを俺に見せている。
その余裕ある、まるで全ての万物は自分の物なのだという驕りにも似た欲望の霞みは思わず俺の瞼を跳ねさせる程だった。
「……強欲だな、あんた」
「そうですよ? だからこそ、罪が赦されないことが苦手なんです」
「苦手、ね。嫌いの間違いだろ」
「ふふっ」
彼女の笑みからはその真意を読み取ることは出来そうにない。
きっとノアはまだたくさんのことを俺に隠しているのだろうが、それを全て知ろうとすることはヨゾラの言葉通り欲望にまみれていることであると自分でも思うから、俺も気にすることなくワープゲートを通り抜けることにする。
「行こう、ルナ」
「うん」
願わくば、ここで得た情報が【断罪】の糧になることを信じて。