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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第13話(11) 『車椅子に座る女』

 白髪……じゃない。

 長い灰色の髪を車椅子に座った女は垂らしていた。


 静かで儚げな印象を人に抱かせるような顔付きをした女は白を基調としたシンプルながら見ただけで多機能とわかる車椅子に腰掛け、淡藤色の瞳からは何処か達観したような雰囲気を感じさせる。


 車椅子の色に合った白の装いをしつつもシャチの模様をした黒ローブを肩に掛けていることで黒が異質となり、そのローブだけがやけに俺の視線を奪わせていた。

 女の傍にはメイド服にパンダのフードを持つ上着を目深く被った少女も立っており、顔はよく見えないものの女の付き人なのだろうというのは察することが出来る。


 だが見た目はどうあれ、女の並べた耳触りの良い言葉は癪に障るもので、俺は警戒を強めながらも奴の動向を伺っていた。

 けれどそんな俺の思考など全く気にしていないかのように、ヨゾラは灰髪の女へと近付き慣れた様子で甘え始めている。


「もぉ~疲れたよぉ~。天使君凄い怖いんだもん。でも、主に言われたことはちゃんとやったよ☆」


「ふふっ。ええ、ありがとうございます。ですがあのメッセージは少々リスクが高い行為でしたよ。タイミングが違えば、今とは違う結末になっていたかもしれません」


「ふふんっ。でもその罪過よりも……功績を上げたでしょ?」


「――ええ。撫でて差し上げます」


「やったぁ~☆」


 床に膝を付き、スリスリと灰髪の女の膝に頬を擦りつけながら撫でられているヨゾラの顔付きは年齢相応のもので、余程の信頼関係によって生まれた表情だというのは他人である俺にもわかる。


 そんな様子を、見守るべきもの、決して壊れてはいけないものだと思ってしまうのは、きっと俺がこんな光景に憧れているからだ。


「……」


 だが、それが警戒を解いていい理由にはならない。

 俺には俺のやらなければならないことがあって、そのためなら他人など幾らでも蹴落とす必要があることを受け入れている。


 だから壊したくないと思いつつも、俺の虚ろな瞳がその日常が終わり本題に入ることを望み続けていた。


「ふふっ。そんなにジッと見つめられると照れてしまいます」


 その視線に最初から気付いていたのかそうじゃないかはわからない。

 それでもゆっくりと流し目を送りこちらを見る女は、そんなことを言いながら少しも照れてなどいない静かな表情で俺を見ていた。


 どいつもこいつも……人を値踏みするような目をしてきやがって。

 女の物腰は柔らかいが、とてもじゃないがそれが本心だとは思えない。


「必要があったとはいえ、突然連れて来てしまい申し訳ありません。ヨゾラのしてしまったことは貴方にとっての罪過であることは言うまでもありませんが、その償いは今後必ず行うと約束します」


「ヨゾラ、ね」


「……あ、そういえば名前教えるの忘れてた! うさ耳フードの可愛いヨゾラちゃんで~す☆」


「……自己紹介は早めにするものですよ」


「主だってまだしてないのにぃ」


「ふふっ。ですから、自分を咎めるための言葉でもあります」


 本当に今更過ぎる自己紹介だ。

 というかコイツの場合一人称が自分の名前だから、名前だけ告げるのなら自己紹介もクソもない。


 だが実際にそれを車椅子の女もしていないのは事実なため、ヨゾラに続くように灰髪の女は正面で俺を捉え、胸に手を当てたまま柔らかな笑みを俺へと向ける。


「改めまして。私はこの地の主であるノアと言います。こちらに立っている子はステラ。三人共々、仲良くして頂けると嬉しいです」


「……」


 小さく頭を下げるステラと呼ばれたフードで顔の見えない女の動作を見ながらも、一応は全員の名前を知った形になって俺も名前を告げるべきかと一瞬だけ思案した。

 だが冷静に考えて奴らは俺の名前も、俺が天使だという正体も知っていることを思い出したから何も言わずに口を閉じることにする。


 そんな俺の態度にノアは笑みを浮かべながらもゆっくりと口を開いた。


「【聖隷せいれい】の命を奪ったことに関して、どうかヨゾラを責めないであげてください。ヨゾラが言ったように【聖隷】の命を奪うことこそが彼女たちにとっての救いになるのは事実ですから」


「【聖隷】って……なら、どうしてその【聖隷】ってのはカルパディアの味方をしてるんだ。どうせあんたらはカルパディアのことも知ってるんだろ」


「……ふふっ。ええ。メビウスさんの言う通り、カルパディア司祭のことも調査済みです。ですが【聖隷】に関してという話であるなら、彼が直接関係しているということはありません。それは彼女たちが……あくまで帝国の所有物だからです」


「――っ!」


 【聖隷】というのがあの騎士の格好をした少女たちだということは話の流れから推測することが出来る。

 だから話の腰を折らずに聞いていたが、ノアの口から発せられた言葉に俺は驚きのあまり目を見開いた。


 ……もしもその【聖隷】を帝国が創り出していたとして、その用途が命を軽んじるようなものとしてではなく、少女たちの尊厳を大切に守り、尚且つそれなりに必要性のあるものであったのならばほんの少しは帝国に対するこの感情も落ち着いていたと思う。


 だが死体を操ってカルパディアがこれまでに【聖隷】を使った用途は、苛立ちの捌け口や生贄として……そして侵入者を殺すためと、死んでいった少女たちの尊厳を踏みにじるようなものばかりだ。


 もしこれがカルパディアの独断によるものだったとしても……それなら帝国は何のために【聖隷】なんかを創っているのかという疑問が出るだけ。

 でもノアやヨゾラの言動や行動から察するに、恐らく俺の思いたいような使い方はされていないのだろう。


 だからその真意を知るために俺はノアに問い掛けた。


「……どうして、帝国はそんなことをしてるんだよ」


「……その問いには答えられません。そもそも【聖隷】という存在自体、帝国内でも極一部の人間しか知らない極秘情報です。それを一介の司祭が知っていて、尚且つ運用することなど本来は出来ないはずですが、カルパディア司祭が帝国の上層部にとって有益だと思えるような『何か』を行っているのであれば、話は変わってくるでしょう。それか……それ以外の方法で入手したか」


「……」


「いずれにせよただ一つ言えることは【聖隷】と出会ったら躊躇なくその命を奪うことこそが彼女たちのためになるということです。帝国という世界を根本から変えることが出来る力を誰一人持つことが出来ない以上、私達に出来るのはその方法しかありませんから」


 確かにノアの言う通り、きっと【聖隷】という存在は無くならない。

 誰もが帝国の内情を暴くことが出来ない以上、俺達はその存在を受け入れた上で出来ることをやらなければならないのだ。


 であればノアの言っていることは正しい。

 それに対処法云々の前に【聖隷】というもの自体を知っているだけでも情報としては非常に有益なもののはずだ。


 ヨゾラの言う通り、俺の知りたいことを何の躊躇もなく教えてくれたノアには多少の好感は持つことが出来た。

 その情報に嘘があるとは聞いた感じ思えないし、納得出来るものであるのは事実だ。


 ……でも、俺が本当に知りたいのはそんなことじゃない。


「……【聖隷】っていうのが何かはわかった。でも俺にとって大事なのはどうしてあんた達が俺をここに連れてきたのか、だ。目的はなんだ。ただの見学として俺をここに連れてきたわけじゃないだろ」


「それは貴方が、私達と同じ『資格』を持っているからです。資格を持っているからこそ、私達は貴方をここに招待しました」


「資格……?」


「……ふふっ」


 何のことか皆目見当も付かない。

 疑問を示す俺を前に、ノアは微笑むだけで解答を告げることはなかった。


「今この場で答えを告げるのは簡単ですが、私だけ腰掛けた状態で話を続けるというのも申し訳なく感じてしまいます。ですので改めて、腰を据えてお話を続けませんか? 貴方の好きな紅茶も、それなりの物を出せますよ」


 俺の好きな、ね。

 この世界に来てまだ数ヶ月しか立っていない俺の、それも初対面の好みすら把握しているなんて、一般人にされたらすぐにストーカー認定してしまう所だ。


 だが先程の情報の開示からして、ノアが俺のことを知っていることについてはこの際受け入れることは容易だった。

 そもそも俺なんかの情報よりもよっぽど得るのが難しい帝国の内情を知っている時点で、俺についての情報など筒抜けだと思って間違いないだろう。


 故にノアの言葉に引っ掛かりを覚えたのはその点では無かった。


「……別にここで構わない。あんた、足悪いんだろ? むしろあんたの方が大変なことが多いのに他人にまで気を遣う必要なんてない。周りをこき使うぐらいに堂々としててもいいぐらいだ。俺のことは気にしなくていいから」


「……!」


 もちろん警戒を解けないから、所在の知れない相手と茶会など出来ないという理由もある。

 でも自分を卑下にして申し訳なく感じるのは違うと思うから本心からそう告げると、ノアは一瞬だけ目を丸くした後に無意識に漏れ出た笑みを手で隠しながら、切り替えるためかクッションとしてゆっくりと目を瞑っていた。


「……情報通りと言えばそれまでですが、本当に甘い方なのですね。ですがここまで来て断るのは得策ではありませんよ。私達は、貴方の金色に輝く瞳についても解を出すことが出来ます」


「……俺のことを何でも知ってるのなら、長く留まるつもりはないってことも是非わかってもらいたいもんだな」


「ふふっ。わかっていますよ。わかっているからこそ、貴方をこの場に引き留めようとしているのです」


「……」


 そう言われ、俺は自身の目元に手を添える。

 鏡が無いからわからないが、今俺の瞳は一体何色になっているのだろうか。


 茶会するような時間は無いと、そう一蹴するのは簡単だ。

 だが冷静に考えればコイツらが俺の飲む紅茶に毒を入れるような可能性はかなり低い。


 何故なら俺を殺すつもりなら、あの時ヨゾラが助けなければそうなっていたからだ。

 だが彼女たちは俺を助けて、一応ではあるが話を設けるための誠意も俺に示している。


 故にここまでのお膳立てをされても尚自分の要求だけを突き付けるというのは、子供のすることだと自覚していた。


 ……実際、借りを作ったのも事実だ。


「……わかった。あんたの意図を汲む」


 だから俺は少しだけ考えて、ノアの言葉に小さく頷く。


「ありがとうございます、メビウスさん」


 ノアも満足そうに笑みを浮かべて、そうして俺達は席を設けて話を行うこととなった。

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