第13話(8) 『知りたい欲望』
恐らく、全員だ。
今この場で死んでしまった騎士三人全員が恐らく今俺が見てしまっている変わり果てた姿になってしまっているのだと思う。
残り二人の顔は見てないが、こんな姿……あと二人も見る勇気を持つことは出来そうになかった。
……こんな状態に最初からなっていたのなら、生きていたわけがない。
死んでいたのに動くだなんてあり得ないことだというのに、そう思ってしまう程騎士の顔面は生命活動を行えるような状態ではなかったんだ。
「ね、だから言ったでしょ? 元々死体なのに首を斬ることを躊躇する必要なんてないんだよ」
「……どうして」
「ん?」
「どうして、こいつらは動いてた……」
ヨゾラの言葉の意図はわかった。
でもそれならそもそもこの騎士たちが動いていたという意味がわからなくて、俺はあまりの動揺から自分で考えることを放棄し、全てを知っているであろう少女に解答を委ねてしまっている。
「その布の裏を見てみなよ。魔法陣が描かれてるでしょ?」
ヨゾラの解に従いフェイスベールの裏を見てみると、そこには確かに魔法陣が描かれていてうっすらと淡い光を放っていた。
だがその光の色は俺が人間界に来てから初めて見る『黒色』だ。
「それは脳に強制的に指令を出して死体を指示した通りに動かすことが出来る呪いの魔法陣だよ。心臓を貫かれても、顔を壊されても……脳さえあれば身体を操作することが出来るんだって。だから、解放してあげるには首を切り離すのが一番手っ取り早かったってわけ」
「……っ」
「だからね……死が救済なこともあるんだよ」
そう言うヨゾラの表情は先程までとは打って変わって騎士たちに対する同情心を見せていて、その言葉に俺は何も言えないでいる。
あまりにも騎士たちが可哀想だ。
痛い思いをして死んだのにそれを勝手に利用されるなんて、そんなの死者に対する冒涜だろう。
確かに騎士である以上死は避けられないものではあるが、それでも死んでしまったのならその死体は弔ってあげるべきだ。
これを帝国がやっているのか、それともカルパディアが自身の力でそうさせているのかはわからない。
どちらであろうと最悪過ぎるが、もしもこれがカルパディアの持つ魔法によって引き起こされたものであるのなら、ますます奴に対する殺意が湧き上がってくる。
「いーなー。死ねて羨ましいなー」
けれどそんな俺とは対称的に、やはりあくまで少女の態度は同情だけだ。
一応死者に対する礼儀はあるのか頭部をそのままにすることなくフェイスベールを掛け直しているものの、その後すぐに指で軽く突き始めたから礼儀としても本当に少しだけ。
流石に物申したい態度であるため、指摘しようと眉を潜めながら口を開いた。
「おい――」
「でもナイフを握ったことすら無いだろうに特攻させられて可哀想。こ~んな騎士服も着せられちゃって。顔は女の子の命なのにこれをやった人は相当性格が悪いとみた」
「……は? 騎士じゃ、ない?」
「……うん? そうだよ?」
だがその出掛かった言葉は、ヨゾラによるあまりにも軽く言い放った事実によって一瞬で途切れさせられることとなる。
「……まて。待てよ……」
理解が追い付かず、思わず静止の声を呟いた。
いや……理解出来ていないんじゃない。
ただこの胸の内に浮かぶ予想を自分自身で受け止めるのに時間が掛かってしまっただけだ。
でも予想だけでは確定しないから。
だから俺は嫌な予感を抱きつつも意を決して口を開いた。
「こいつらは、騎士じゃないのか……?」
「そんなわけないじゃん。ただの、か弱い女の子たちだよ」
「――――」
そしてその意に沿ってヨゾラが突き付けた現実は、いとも容易く俺の言葉を失わせる。
いや、最初からその予想は出来ていたはずだ。
あれだけ華奢な身体で尚且つ魔法も使わずナイフ捌きだって拙い、騎士としての訓練など欠片も受けたことが無さそうな立ち回りだったことからそんなことわかりきっていたことのはずだろ。
……それでもこうして告げられるまで、俺はそれを受け入れずそんなはずがないと心の中で誤魔化してたんだ。
それは偏に、ただの女の子の命が三つも失われてしまったという事実に目を向けたくなかったから。
でも現実から目を逸らすには、この場はあまりに死臭に満ちてしまっていて。
「どう、して……女だけなんだ」
故に知らないことを少しでも無くそうと俺はヨゾラに何度も質問を投げかけてしまっている。
「姿が見えてるならわかる……子供や女だったら人によっては本気を出せないことだってあるだろうし、戦いにおいて多少なり有利なのは間違いないだろうから。でも、これは違うだろ……顔も身体も全部隠して、それでも普通の女の子だけを無理矢理戦場に駆り出させるだなんて……なんで」
別にこれが男だったとしたら疑問に思わないと言いたいわけじゃない。
でも戦闘という面に重きを置くのであれば、鍛えていない女よりも鍛えていない男の方がよっぽど使い道が多くあるはずなのだ。
頭数を用意出来るのなら一般人の男でもそれなりの脅威になることの方が多い。
それにこれまで三番街を襲撃してきた奴らは全員男だったのに、どうしてこの姿の連中だけが女なのか。
たくさんのことが、俺にはどうしてもわからなかった。
いや……わからないことはそれだけじゃない。
この三人についてのことをコイツが知っているということは、この少女もまたこれらに関係があるという可能性が高いということでもある。
俺が天使だということを知っていて、尚且つ俺がここに来ることもわかっていたのだとしたら……もしかしたらカルパディアについても何か知っていることがあるかもしれなかった。
「お前は……全部知ってるんだろ? いや、最悪全部は知らなくてもいい。でも知っていることがあるなら、俺に教えてくれないか。俺には……やらなきゃいけないことがあるんだ」
俺には情報が必要だ。
これまで何の手掛かりも見つからなかったけど、その手掛かりを目の前の少女が一欠片でも持っているというのならそれは充分大きな物になるはずだ。
手掛かりを得て、そうしてカルパディアを【断罪】することが出来れば……この人達の死も少しは浮かばれるに違いない。
「んー……くすっ」
だがそんな俺の問いを受けたヨゾラは何を思ったか立ち上がると、後ろで手を組みながらステップを踏むように突如として部屋を回り始めた。
その不可解な行動と意味深な笑みに眉を潜めたその瞬間、ヨゾラは突然俺の顔前へと近付くとそのまま俺の口元に指を当てる。
「天使君が何を言おうとしてるのか、当ててあげようか」
「あ……?」
「お前は一体何者なんだ。何の用でここに来たのか。悪党の目的は何なのか。どうして俺を助けたのか。どうして、この子たちが死ななければならなかったのか……わからないこと何もかも、知りたくて知りたくて堪らないんだよね?」
「――っ」
癪に障るような言い回しで俺に流し目を送るヨゾラに思わず言葉を詰まらせてしまうが、ヨゾラはそのまま口元から指を離すと焦らすようにゆっくりと俺の周りを歩き始める。
――その言葉が、その揶揄うような態度が、ふと俺の脳裏にベルゼビュートの顔をフラッシュバックさせてくる。
そんな様子があまりにもあの悪魔に似過ぎていたから、耳元で囁く声に怒りを抑えるので精一杯だった。
「全部教えてほしい。何もせずに答えを導いてほしい。自分で探すのは大変で辛くて面倒くさいから、勝手に何もかも自分のもとに来るようにしてさえくれれば、ただ人を殺すだけで自分の行いが正当化されるのに」
「……違う」
「でもそうやって仮に無責任に答えだけが来てくれたとしてもそれじゃあ自分が頑張ったことにはならなくて、他者から与えられる同情も納得も受け取ることは出来そうにないから、適度にヒントをくれさえすればそれで良いって……そうやって手軽に手柄が欲しくて欲しくて堪らないんだよね?」
「違う……!」
「でもそれって凄く――欲望深い、堕落だね」
「黙れよッッ!!」
否定しても、まるで俺の全てを見透かしてるいるかのような態度で口を閉じない少女に悪魔の面影を合わせてしまったから、怒りが憎悪へと一気に変わってヨゾラに合わさるその面影にそれをぶつけようと紅い瞳が煌めいた。
――だが。
「いいっっ――――!?!?」
瞬間、先程の倍以上にも感じられる程の激痛がまたしても両目に走って、俺は咄嗟に両目を押さえて蹲ってしまう。
流石にもうこれで三度目だ。
視界がチカチカと点滅を繰り返し歪んでゆく感覚に苛まれながら、それでもこれまでの経験からジッとしていればじきに治まるとわかっていたから、俺はこれから襲い掛かるであろう激痛にただただ耐えてみせようと決意を固める。
「――――……っ?」
けれど今回は何故かその激痛も一瞬だけですぐに治まり、訳もわからず苛立ちと困惑が募るばかりだ。
「くそっ……なんなんだよ……!」
激痛が走ったり突然治まったり、ここ最近ずっとこの目の痛みに翻弄され続けてしまっている。
でも今回ばかりは今までのように感情が痛みでリセットされるようなことは無くて、故に抱いていた憎悪もそのままに、悪態を吐きながら目を覆っていた手を離してヨゾラを睨み付けた。
――だが、ヨゾラの表情は睨み付けた俺の目を見た瞬間どうしてか強い笑みへと形を変えて。
「……やっと出たぁ☆」
口角を吊り上げたまま、俺の瞳と自身の瞳を交らわせていた。
そのニマニマとした笑みが、俺の意識を歪ませる。
「……あ?」
だが露骨に眉を潜めて苛立ちを露わにする俺を前にしても、ヨゾラは全くその笑みを崩さない所か唐突に窓の方へと指先を向けだした。
「そこの窓見てみなよ~。天使君にとって、とっても面白いものが見れると思うな☆」
言っている意味も奴の感情の根源も、何もかもわからない。
自分だけが全ての知識から取り残されているんじゃないかと錯覚する程に、俺はいつも疑問を浮かべてばかりだった。
いつもそうだ。
この世界に来てからいつも、俺は他人の導きに従ってこれまでずっと生き永らえてきた。
今だって奴に抱く憎悪の感情を上から塗り潰すように、その真意を知ろうとする知的好奇心によって初対面の少女の言うことを聞こうとしている自分がいる。
「だって……知りたいんでしょ?」
「……っ」
だから、そんな俺の心情を見透かしている少女の言葉にも従うしか無いんだ。
半ば諦めながら俺は素直にヨゾラの指示に従うことにし窓に反射する自分を見た。
ボロボロの顔によってより小汚く見える白髪に、重く黒い隈がよりその陰を色濃くしている。
鏡のように反射する窓に映った、月明かりが無ければ暗闇に溶けてしまいそうな陰気な顔がそこにはあった。
いつも通り、何度も見てきた自分の顔だ。
それでも、一つだけ違った所があって。
「――――へ」
窓に映る自分の瞳。
そこには……紅色だったはずの瞳を金色にした――悪魔がいた。