第13話(6) 『奇襲』
窓に映った奇襲の光景。
月明かりに反射して光る鋭利な刃を見てから避けるにはその距離はあまりにも近過ぎていて、振り返ることが出来ずに心臓を突き刺されてしまう未来がすぐそこにまで迫っていた。
「――――」
もしも窓に映ってる背後の光景に気付かなければ、俺は成す術もなく殺されていただろう。
だが俺は決して、何の変哲もない突きという動作を正面で見てからでしか避けられないような体たらくを晒して生きてなどいない。
「――――ッッ!!」
刃を視認することを諦め、瞬間的に横に身体をズラすことで突き付けられたナイフを躱すと、そのまま脇に騎士の伸びた腕を挟み込みナイフを持つ手に裏拳を叩き込んだ。
瞬間、衝撃により手からナイフが離れ落下し、そのまま両手で挟んだ腕を掴み扉側へと投げ飛ばす。
顔を隠した騎士は成す術もなく飛ばされて地面に激突し何とか距離を取ることに成功したが、俺は目の前の騎士に対し追撃を入れることが出来ずにいた。
「――っ?」
……あまりにも、軽すぎる。
全身を隠したローブを着ているため身体のラインははっきりとわからないが、脇で挟んだ腕も戦いに身を置く立場にしてはあまりにも華奢で筋肉も無くて、この場に立つには相応しくない身体つきをしているようにみえる。
恐らく……女だ。
女だからといって戦いの場で手加減するつもりなど毛頭ないが、目の前の騎士にだけはどうしても強く出ることは出来そうになかった。
「素人ですらない……だろ。こんな奴が騎士なんてことあり得るのかよ……?」
確かに退魔騎士の女のように、一見前線には出ないような風貌の奴はいる。
でもそういった奴は大抵自ら接近するようなことはしないし、戦いの場においては魔法を使って攻撃を行うはずだ。
少なくとも退魔騎士のルビアには戦いに赴いた者特有の気配を感じていた。
なのに、ナイフって……この魔法世界において何の工夫もないただの突きを行う奴など相手にすらならないだろう。
「――――」
「――――」
「――――っっ!?」
投げ飛ばされたまま起き上がることが出来ずにいる騎士を見て動揺していると、突然風呂場と寝室からも同じような風貌の騎士が二人出て来た。
ナイフを持って、同じように突進してくる。
でもその直線的な行動が功を成すようなことあるわけがなくて、俺は困惑しながらも回避を徹底するしかなかった。
「――――」
「――――」
「な、なんなんだよ……」
ここまでくると投げ飛ばすことだって躊躇してしまう。
恐らくはカルパディアが不在の間ここを守るために配置されていたのだろうが、こんなの俺以外の悪党が仮に来たって一般人じゃない限り余裕で制圧出来る相手だ。
刃渡り13cm程のナイフを騎士たちは振るい続けているが立ち回りも相手の反撃を警戒していないのではないかと思ってしまう程に近くて、最早死ぬ前提の無謀な攻勢に戸惑うばかりだ。
「――――」
先程投げ飛ばした騎士もようやく起き上がり、諦めることなく攻撃を再開し始めている。
でも明らかにダメージが入ってるから身体はよろよろとふらついていて、防御力もほとんどないことが丸分かりだ。
故に俺の表情にも焦りが滲み始めてた。
「こんなのが幾ら束になったって、勝てるわけないだろ……!? 何もしなければ俺も手荒な真似はしない! だから一旦武器を収めてくれ!」
そもそも、この場において悪党なのは俺なのだ。
殺す気満々なのは置いておくにしても、この三人は騎士として自分の役目を果たそうとしているだけで何の非も無いのは明らかだ。
だが俺だってここに来た以上、流石に騎士相手なら自分の身の安全のためにも手荒な真似をすることに躊躇などしない。
でも……でもこの三人は身長的にもセリシアとどっこいぐらいで、こんなのを相手に暴力を振るうなんて俺にはどうしても出来なかった。
だから声を荒げて静止を求める。
でも騎士たちは無言を貫くばかりで、全く攻撃の手を緩めはしなかった。
「くっ……! なんで……!」
死にたいのか……!?
この狭い空間でここまで簡単にあんたたちの攻撃を避けることが出来てるのに、それでもまだ反撃が来ないと思ってるのかよ……!?
流石にもうこれ以上余計な時間を掛けるわけにはいかない。
どんな手段を用いようと彼女たちを戦闘不能にすることは出来るが、出来るだけ手荒な真似はしたくないから予め準備していた方法の一つを使うことに決めた。
彼女たちの攻撃を回避する度に部屋中の床に足を付けていたため、既にその足を通して床面に雷の魔力を付与させている。
小さな火花が床から僅かに洩れていることに、俺しか見ない彼女たちは気付いていない。
「《ライトニング【地雷】》……!!」
だから全員が丁度付与させた魔力に足を付けた瞬間、俺は全身から魔力を放出させることで設置した地雷を起爆させ、地雷は一気に雷撃となって彼女たちの身体に襲い掛かった。
「「「――――」」」
雷撃を一身に受けたにも関わらず絶叫すら上げないのはやはりおかしいが決して効いてないわけではなく、抵抗することも出来ず身体を大きく痙攣させた彼女たちの持ったナイフは全て床へと落ち、そのまま脱力して倒れ込んだ。
「何とか形になってよかった……」
イメージを掴んではいたが使う機会が中々無く実戦で使ったのは今回が初めてだったため、死なず、尚且つ後遺症が残らないぐらいに調整することが出来るかは不安だったものの、なんとか魔力が散らず魔法として機能するぐらいの調整が出来たみたいだ。
見た感じ痙攣して身体が思うように動けなくはなっているみたいだがまだ意識はちゃんとある。
この様子だとあと30分か1時間は動けないだろう。
このままここに置いておくわけにはいかないし、外で隠れていたということにして騎士団に渡した方が良いのだろうか。
カルパディアがいたらまた利用される可能性もあるから素直に明け渡すことは無かっただろうが、今のタイミングだったらへレスティルがマトモな使い方をしてくれるはずだ。
終始言葉を発しないため多分自分たちが何者かを吐くことはないだろうが、流石に拷問とかはせずに保護してくれると信じたい。
「世話焼かせるなよな……俺がもし極悪非道な悪党だったら今頃あんたら死んでたんだぞ」
しゃがみ、倒れる彼女たちを見下ろしながら呆れるようにそう吐いた。
「……なんであんたら、あんな奴に付いてるんだよ」
尋問しても意味はない。
でも……その理由だけは聞いてみたいもんだ。
あんたらの命をそこらへんに落ちてる石ころぐらいにしか思って無くて、利用するだけ利用して死体すらも置き去りにするような悪党にどうしてそこまでしてついて行くのか、それだけは俺にはどうしても理解出来ない。
でもきっと、それも答えてはくれないのだろう。
初対面の相手にまで気を揉むような時間は今の俺には残されていないから、僅かな罪悪感を抱きながらも見逃すという選択肢を除外し、ここの捜索が終わり再度回収する時まで外で待ってもらうことにした。
「……殺されないだけマシだろ。もしもあんたたちが生贄にされたあの二人みたいなことをまだカルパディアに命令されていないのなら……きっとそう遠くないうちに自由に生きることが出来るはずだ」
奴は簡単にコイツらを使い捨てる。
このままカルパディアに良いように使われることよりも聖神騎士団に一度保護してもらった方が良いに決まってる。
そして解放される頃には、もうカルパディアはこの世にいないはずだ。
たとえそうならずカルパディアがこの街に戻って来てしまったとしても、へレスティルに納得のいく説明をしなければならないためそう簡単に回収されることもないだろう。
奴さえ死ねば、この人達も何の気概も不安も無く生きていけるはずなのだ。
「そしたら今度はこんな血生臭いことしないで、平穏な日々を送れるといいな」
俺が願えることはそれくらいしかないけど、でもそれは紛れもない心の底から思う俺の本心だ。
思わず俺にしては柔らかな表情をしてしまったような気がするけど、三人往復で運ぶのは時間が掛かるから早速行動に移すことにした。
一番最初に襲い掛かってきた奴の方がダメージが大きいため最初に連れて行くことにして、俺は倒れてる騎士をそっと抱き抱える。
相変わらず軽過ぎる重さを感じながら抱える場所を調整して持ち上げやすくすると、そのまま立ち上がるべく俺は両足に力を籠める。
だがそこまできて――不意に耳に届いたのは、金属が床と接触した音だった。
「――――ッッ!?」
振り返った時には、既に俺の視界いっぱいに広がったあり得ない光景。
「――――」
「――――」
雷魔法によって戦闘不能にしたはずの騎士二人が床に落ちたナイフを手に持ち、既に俺の心臓に向けてナイフを突き出していた。
「くっ――!!」
両腕は使えないため迎撃することは出来なかったが、咄嗟に重心を後方に置き跳ぶことで何とか刺されることなく回避することに成功した。
だが同時に受け身も取れないため、跳んだが故に床に尻餅を付き思わず痛みで小さな呻き声を上げてしまう。
それでも、距離を取ることが出来たのなら俺ならそこから幾らでも挽回することが出来る。
「――――」
唯一抱き抱えていた騎士の手にローブの裏から取り出したであろうもう一本のナイフが握られていることに気付くまでは――そう思っていた。
その刃先は既に俺の首元へと向けられている。
天使であろうと急所を刺されたら自慢の耐久も無いに等しいから、首を貫かれたら俺は血を撒き散らしのたうち回りながら絶命するのを待つ時間を送ることになるだろう。
「――――ぁ」
だが体勢的にも時間的にも、既に密着してる状態で俺が避けることが出来る行動というのは存在しなくて、俺はただ迫り来る刃を見ていることしか出来ずにいた。
刃が――迫る。
でもその刹那――――突如として俺を捉えていたはずの首が、飛んだ。
再度攻勢に出ようと既に踏み込んでいた二人の騎士の首も共に飛ぶ。
「――――は?」
操り手のいなくなった刃は儚くも俺に届くことなく手から落ち、その代わり俺の視界には大きな血飛沫が上がった光景だけが鮮明に映し出されていて。
大きな音を立てて倒れる二人の騎士の音を聞きながら、力無く垂れ下がる一つの身体を抱えていた俺は、死の臭いを間近で感じ大きく瞳を揺らがせていた。
「ぅ、あ……」
だがそんな俺の姿を…………いつだって月明かりは照らし続けてる。
「ふぅ、危なかったね~?」
月の光を背後に、一人の少女が……窓枠に座っていた。
血塗られた巨大な大鎌を持ちながらゆっくりと振り向く俺と目が合うと、少女は人を殺したというのに罪悪感など欠片も感じていないような笑みを浮かべて。
「大丈夫? 天使君☆」
まるで知っていることが当たり前かのように、簡単に俺の名を呼んでいた。
その姿はまるで……死神のようだった。