第13話(5) 『陰より出でて』
テーラを助けるべく起こした転移魔法陣の破壊だが、副次的ではあるものの俺にとって大きな成果を生みカルパディアの計画を崩すことが出来たのは間違いない。
であれば……動くのは今しかない。
カルパディアが不在であり、尚且つ奴を捜索するために聖神騎士団が散らばる機会など今を除いては二度と起こることはないだろう。
大きな地位を持つカルパディアを【断罪】するために必要なのは、悪事の証拠を手に入れること。
大事なのは俺が殺したことでカルパディアが姿をくらませた際の理由が、真実を暴かれ裁かれるのを恐れたからこそ逃亡したということにしなければならない。
そのためにはどうしても、本部の連中にカルパディアが悪党だと納得させるための証拠が無ければならないのだ。
そしてそれはきっと……俺の進む先にある。
「……」
月夜に僅かに照らされた森の出口で、俺は目の前の大きな建物を見上げていた。
存在自体は知っていたが、これまで全く意識などして来なかった教会並みの敷地を持つ建物。
街のみんなの言う『滞在施設』の前に俺は今立っている。
いつもならいるはずの警備も、守る対象がいないことに加え今は各騎士の点呼を取っている最中なためいない。
今が、侵入する絶好のタイミングだ。
「一日だけだけどカルパディアが寝泊まりしてた場所、か」
大抵宿泊施設に来た一日目にやることと言えば、それが日中だろうが夜だろうがこれから必要になるものの準備をすることだろう。
それは天使だけの性質じゃなく人間でも同じなはずだ。
であればしばらく三番街に滞在する予定だったカルパディアの部屋は、帰って来る前提の有様になっている可能性が高い。
「……そう上手く行けばいいけどな」
……だが。
正直に言えば、俺は可能性が高いと思ってる考えを確定だと断言することは出来なかった。
それは奴が一般的な思考を持つ司祭である前に、丈量酌量の余地もない極悪非道な悪党だからだ。
強い悪意を持ち尚且つそれを隠す者は、いつ如何なる時であろうと本性を隠す。
それはまさしく俺と同じで、同じだからこそ奴が簡単に証拠を置いておくようなことはしないという確証があった。
でも、だからといってこのチャンスを逃すわけにはいかない。
一日であろうと少しでもそこで過ごしていたのなら、きっとほんの小さな何かが落ちているはずだ。
希望を抱いてはいないが、可能性を捨ててはならない。
だから俺は重々しい一歩を踏み出して滞在施設の中へと入って行った。
――
あくまで帝国から来た権力者の滞在用に作られた施設であり公的な宿泊施設ではないから、ベッドメイキングや料理提供等も権力者を給仕するのは騎士の役目だ。
だから当然、滞在施設には静けさが漂っていて、窓から注がれる月明かりだけが施設全体を薄く照らしていた。
一階のフロアの広さから見るに、寝室として作られた部屋は二階か三階にあるはずだ。
それを確定させるかのように、壁に取り付けられたマップには俺の考え通りの結果が記されている。
「会議室とかもあるのか……」
帝国からの使者や来訪者に過ごさせるためということで、用途のある部屋自体も多そうだ。
本来であればたとえ権力者といえども聖女に会うことはかなり難しいそうだから、大体のことをここで行えるようにしているのだろう。
だが……これはこちらの都合ではあるが寝室が多過ぎる。
そりゃあ本格的な宿泊施設よりは大きく劣るが、聖神騎士団がいつ戻って来るかわからない現状で馬鹿正直に部屋一つ一つを確認していくわけにはいかない。
何か手掛かりとなるような物があれば話は早いんだが……そんな時、ふと脳裏にある考えが思い浮かんだ。
「……そうだ。泊ってるなら鍵があるはずだ」
聖神騎士団が中央広場に設置されたテントで過ごしている以上、今この場で使用されている鍵は一つしかない。
そしてそれはこの施設にて管理されているはずだ。
ここにはそもそもフロントというものが無い以上誰かに鍵を預けることは出来ないため、カルパディアがその鍵を自身で持ったままである可能性は非常に高い。
キーボックスさえ見つけることが出来れば、部屋の名前が書かれた場所の一つだけに空白があるはずだ。
そう結論付けた俺は早速鍵の保管場所を探そうと一階部を物色し始めた。
一番最悪なパターンがあるとすれば、滞在施設の管理者がいないが故に鍵の管理が聖神騎士団側になってしまってるぐらいだ。
そうなれば流石の俺も手出しは出来ない。
なるべく荒事は避けたいため、俺は僅かな希望を捨てずに施設内を動き回った。
「……あった」
時間にして10分かかったかどうか。
けれどその粘りが功を成したのか、物色の末に一つの部屋の隅にお目当てのキーボックスが設置されているのを見つけることが出来た。
諦めなくて良かった。
安堵の息を吐きつつもキーボックスを開けると、やはり俺の予想通りキーボックスに並べられた鍵の中で一つだけ空白があるのを見つける。
「……ちっ。1号室かよ」
だが俺の目の前に映っている部屋の番号はまさかの何の意外性もない二階に上がって一番目の部屋で、カルパディアの拘りの無さに加え最早一部屋ずつ蹴り開けることを選択した方が良かったという結果に思わず苛立ちを隠せずにいた。
でもまあいい。
リスクに不安を抱きながら行動を起こすよりも確実性を得てからの方が心情的にも楽だったし無駄では無かったと思うことにする。
とにかくすぐに向かおう。
そう思い急ぎ足で二階に向かい、上がってすぐ傍の扉の前へと立った。
視界の先には『01』と書かれた扉がある。
鍵を閉め忘れているというあるはずもない可能性を考え扉を引いてみるが、当然扉はがっつりロックされていた。
……よし。
蹴破るか。
まあ窓を割って入ろうがロックを壊して入ろうが、どの道そう遠くないうちに騎士団にバレるのだし、それならまだ内側から破壊した方が幾分かマシだろう。
「ふっ――!」
だから俺は躊躇なく勢いを付け、目の前の扉を蹴破った。
破壊音と共に扉のロックが壊れ金具は曲がり、大きく変形した扉を開くことで部屋全体が露わになる。
天界では別に扉を蹴破ったことなど一回……いや二回? ぐらいしかなかったのに、人間界に来てからはたった数ヶ月で俺の蹴破り人生を更新してしまっていて、自分が昔よりも落ちぶれたことを実感してしまった。
でもその選択をしたのは俺だ。
それに元々その選択肢が俺の中にある時点で人間界だろうが変わらなかっただろう。
だから今更何とも思わない。
俺はゆっくりとカルパディアの泊まる部屋の中へと入って行った。
「……悪党のくせに随分良い部屋で寝てたみたいだな」
一応滞在施設ということで、部屋の中に入ると視界に見える中で一番の存在感を放つものは大きなベッドだった。
キング……いやクイーンサイズか?
一号室がこれとなると、恐らく他の部屋も同等のベッドサイズを有しているのだろう。
部屋も寝室と居間とで分かれ広く、生活用魔導具もふんだんに使われていて生活する分には何一つ困らなそうだ。
【イクルス】という街がそもそも帝国からの権力者が多く来る構造になっているからこそ、こういった場所への金払いは惜しみないのだろう。
権力者さまさまだな。
だがそうやって金を落として待遇を良くした権力者が、それよりも権力の強い聖女であるセリシアを追い出そうって言うんだから笑えない。
だが……それを阻止するために俺がいる。
時間もあまり残されていないことだし、早速俺は居間の隅にある大きなバッグを開くことにした。
男のバッグなど漁りたくもないが今回ばかりは仕方ない。
ぱんぱんに詰まった荷物を全てバッグから取り出し、取り付けられているポケット等に入った物も見逃さないよう、注視しながら全て確認する。
「……っ」
だが幾らバッグの中を探しても、俺が望むような物が見つかることはなかった。
可能性があるとすれば、お目当ての物は常に持ち運ぶことが出来る程小さいぐらいか。
いやむしろまさに今日俺が望む物を別拠点に持って行くつもりだったのかもしれない。
「くそっ……」
であれば、この場で俺が出来ることはほとんど無くなってしまった。
転移魔法陣を破壊したことに後悔など微塵もないが、それでもこれではカルパディアが戻って来ないと何も始まらないような気がしてくる。
一度戻るか……? だが、戻ってどうなる。
ここの扉を壊してしまった以上、聖神騎士団が戻って来た途端に事は大きくなるだろう。
それで俺に不利益が被るようなことは無いが、より三番街の警備は厳しくなりその危険不安はセリシアにも向かってしまうはずだ。
もう二度とこんなチャンスは来ないだろうし、部屋に入る方法もこれしか無かったから俺の判断が軽率だったとは思わない。
けれど成果を得られなかった場合、俺がしたことはセリシアをより三番街から遠ざけるための材料を増やしただけになるため、それだけが俺の後悔を生み出すことになる。
何か……何か、ほんの少しの証拠でも。
そう願わずにはいられないが、焦った所で急いては事を仕損じるだけだ。
……とにかくまずは外の様子がどうなっているかだけ確認しよう。
聖神騎士団がもう戻って来ていたらマズいので周辺確認をするべく俺は取り出した荷物をバッグに詰め直した後立ち上がり、壁に隠れながら窓のカーテンを小さく開き外を見た。
「……まだ帰って来てはいないみたいだな」
窓は開けてないから外の音は聞こえないものの、騎士が来るであろう方向に未だ人影はない。
月明かりで外はそれなりに明るいとはいえ遠くが完全に見えるわけではないから、流石に聖神騎士団が来る場合は明かりの魔導具なり炎魔法なりで照明が光るはずだ。
暗闇では光はとにかく目立つ。
少なくとも二階から見える高さには暗闇しか無いからもうしばらくは猶予があるだろう。
「……ふぅ」
そのことに安堵しカーテンを閉めようとそれを握った時、ふと窓に映る自分の姿に視線が向いた。
……どうして、窓に映り込む自分に視線が向いたのか。
それは偏に、俺以外の物体が移動したように見えたからだ。
「……っ?」
月明かりに照らされた部屋が窓に映り込む。
「――――ッッ!?」
すると俺の真後ろには既に、ナイフを俺の心臓目掛けて引く影がいて。
それは影では無く純白のフェイスベールで顔を隠したあの時の騎士と……同じだった。