第13話(4) 『事態変化』
教会を出て三番街の様子を確認しに行く。
そうする手筈だったはずなのに、まるでデジャヴのように俺は礼拝堂から出た先で立ち止まっていた。
それは偏に、鉄門の先にへレスティル含む本部の聖神騎士団がやって来ていたからだ。
「……何の用ですか」
相変わらずぞろぞろと余計な数を連れて来る騎士団に嫌気が差しながらも、道の邪魔であるため先頭のへレスティルに仕方なく声を掛ける。
騎士団的には礼拝堂から出て来たのがセリシアではなく俺だったからかあまり歓迎している様子は無さそうだが、それでも俺が来たのは、どうやら騎士団がセリシアを呼び出すために鐘を鳴らす前だったためタイミング的には丁度良かったみたいだ。
「夜分遅くに申し訳ないが、こちらには急を要する事情がある。悪いが聖女様を呼んで来てはくれないか」
「……今何時だと思ってるんですか。もう教会のみんなは寝る時間です。たとえ急を要することだとしても明日に回して下さい」
「そうはいかない。事は三番街どころか聖女様の安全にも関わることでもある。聖女様や聖徒の方々には申し訳ないが、一刻の猶予も無いんだよ」
「……その事って言うのは?」
「今朝司祭様が教会に向かってから、その後の消息が途絶えたんだ」
「……!」
表には出さないものの、へレスティルの重々しい口調から発せられた言葉は俺の追いやっていた記憶を呼び戻すに充分なものだった。
俺にとっては結果的にではあるものの転移魔法陣が破壊されたことによってカルパディアがしばらく三番街に戻れないという充分な成果を上げたが聖神騎士団にとってはそうじゃない。
司祭を守ることを職務ともしている彼女らにとって、守護対象がいなくなったなど決して在ってはならないことだ。
焦って当然だな。
カルパディアがどれ程の権力を帝国で有しているのかは知らないが、このまま見つからなかった場合の騎士団らの処罰は相当重いものになるに違いない。
だからこそ、緊迫した雰囲気が本部の連中を包み込んでいるのが良くわかった。
「聖神騎士団としては早急に捜索を開始する必要がある。だが闇雲に探すわけにはいかないため情報収集を事前に行ったものの三番街の住民からは誰一人司祭様の姿を見たという情報は持ち込まれなかった。そうなると、最後に司祭様と会話を行ったのは聖女様ということになるんだよ」
「……要は聞き込みをして、司祭サマが何処に行ったかを知りたいってことですか」
「ああ」
「……だったら、やっぱりそれだけで聖女様を起こすわけにはいきません」
要件はわかった。
だが……カルパディアが消失したことでへレスティルたちにとってそれがどのような意味を持つのかを理解しても、それで今ある教会の平穏を壊させるわけにはいかない。
俺がそう解を出すと、騎士団長としてのへレスティルは途端に鋭い目を向ける。
「……それがどういう意味を持つのか、理解しているのか?」
「もちろんです。でも別に騎士団に歯向かいたいってわけじゃない。ただ彼女が語れることは俺でも語れるってだけだ」
聖神騎士団の要求に頷くつもりはないが、だからといってただ俺の都合だけで闇雲に騎士団の要求を拒否したわけじゃない。
単純にそこまでして呼ぶ意味が無いから、聞きたいことがあるならセリシアの代わりに俺が今ここで話してやるって言ってるんだ。
流石にこの会話から、セリシアがカルパディアと話していた際に俺も同席していたということは理解しただろう。
そんな俺の言葉にへレスティルは考え込む仕草をしていた。
俺の言っていることが本当であるかどうかの信憑性が欠けているのだ。
実際そうして悩むぐらいならセリシアを呼んだ方が確実だろうし、騎士団長としての判断であればどちらを選択するかなど決まってる。
だが同時に、ここで足踏みしていることが重要だとも思ってないはずだ。
セリシアを起こすのは忍びないと思っているのは敬虔な信者である騎士団も同様だろうし、同じ情報を持っている俺がここにいるのだからそれを見ずにセリシアを呼び出すことは無駄な行為とも取れてしまう。
公か私か。
へレスティルは今、選択の場に立たされている。
「……身元不明人である君の発言を信用することは出来ない」
だがやはり昨日本人が言っていたようにへレスティルは公私を分け、あくまで騎士団長としての距離感で解を出した。
でもだからといって俺だって退くことは出来ない。
「今この場で鐘を鳴らすのはこちらとしても忍びない。だからもう一度だけ言う。聖女様をここに呼び出してくれ。これは帝国にとって、とても重要なことなんだ」
「聖女様も俺の知ってることと同じことを言うだけだ。司祭サマは話し合いの後すぐに用があるって言って教会を出て行った。聞いてないのか?」
「……君の言葉に耳を貸すことは出来ないと言った。聖女様の口からである必要があるんだ」
「司祭サマの傍には二人の騎士が立ってたんだぞ。あんたたちが知らないってことはないだろ」
「……二人の、騎士?」
生贄として死んだとはいえそっちのお仲間がカルパディアの傍にいたのだから、そもそもカルパディアに騎士を就かせるよう判断したであろうへレスティルが知らないはずがないだろう。
だが当のへレスティルはどうしてか疑問符を浮かべながら俺の言葉を反芻している。
「……その騎士の特徴は?」
「全身が隠れるぐらいのだぼだぼのローブを着て、顔をフェイスベールで隠してた二人の騎士だよ。あんたたちの『不死鳥』とは違ってその二人は『古龍』のエンブレムを付けてたけど、あんたが護衛として就かせたんじゃないのか?」
「…………いや」
姿自体は俺がこれまで見てきた騎士団のものとは大きく違っていたがルビアのような『退魔騎士』の事例もあるし、てっきりそういう部隊もあるのかと思っていたのだがへレスティルの反応を見る限り違うらしい。
だがそれなら、じゃああの二人はなんなんだという話にもなる。
聖神騎士団じゃないどころか騎士団長すら知らない存在であるなら、もしかしたらそもそも帝国に所属している人間では無いのかもしれない。
『不死鳥』ではなく『古龍』のエンブレムを付けていたのは気になるが、単純に俺やセリシアを騙すためということなら幾分か納得もいく。
だがそれは一連の流れを全て知っている俺だからこそ互いの情報を上手く落とし込むことが出来ているだけで、カルパディアの裏の顔を知らないへレスティルではそうはいかない。
にわかには信じられないが故に、俺を信じるべきか否かをイマイチ決めきれずにいるみたいだ。
「……司祭様は教会に向かうだけだから護衛は必要無いと言った。にも関わらず護衛は二人いて、その二人は身に覚えのない姿をした身元不明人だったなど……到底信じられないことだ。それに……『古龍』の管轄の者が同行する話は出ていなかった」
「……でもここで話し込んでいるのも時間の無駄だと思いますけど」
「君がそれを言うのかと言いたい所だが……その話が嘘であれ本当であれ、どの道聖女様に確認するにも関わらず嘘を吐くメリットなど君には無いはずだ。まさか我ら聖神騎士団に紛れ込んでいたとは思いたくないが、君の話が本当であれば既に司祭様はその二人によって誘拐された可能性もある。君の言う通り、今はすぐにでも三番街内を捜索する必要があるか……」
対外的に見ればそう思うのも無理はない。
実際は誘拐どころかその二人はカルパディアによって暴行を加えられただけじゃ飽き足らず生贄として殺されたし、幾ら探した所で転移魔法陣を壊した以上奴はしばらく三番街には戻って来れない。
だから、これから聖神騎士団が行うことは全部無駄だ。
無駄だが、それを指摘するような真似はわざわざしない。
「……わかった。今回は君の話を信じよう」
俺が一切退く気を見せないのもあり、へレスティルは俺の言葉を信じて動くことに決めたみたいだ。
本来であればこんな判断をする騎士団長などありえないものの、聖女であるセリシアのためを想った行動だからこそこの世界では許される。
事実俺の言葉には一つも嘘偽りは無いしへレスティル自身も素ではある程度俺に心の内を見せてくれているわけだから、信じないという選択肢が起きることは無かっただろう。
「俺も手伝った方が良いですか?」
まあ嘘は言ってないが全ての真実を明かしたわけでもないので、ここは敢えてするつもりもないことを言ってみる。
「……いや、これは我ら聖神騎士団の失態だ。先程君が言ったようにもう夜も更けている。不安かもしれないが教会にも警備を付けるから君ももう休むといい」
「……わかりました」
まあ、そうだよな。
それに先頭にいるへレスティルは気付いていないのだろうが、後ろに並ぶ騎士たちの瞳に宿る俺に対しての敵意はかなりのものだ。
嫌われるようなことをした覚えも無いし、結局は部外者なのに教会で暮らせている俺の立場が気に喰わないだけなのだろう。
まあ昔からそうだったけど、好意を持ってくれる人と敵意を持つ奴に大きな差があるのは良くあることだしそれもまた俺の美徳だ。
性格が悪いという自覚もあるからこそ俺のことを嫌う奴には何も思わないし、だからこそこんな俺に優しくしてくれる数少ない人達を守りたいって思えるんだ。
ただ……警備か。
まあこれを拒否することは出来ないだろうし、今は大人しく従っておこう。
「明日であれば聖女様も起きていますから、その時に真意を確かめて下さい」
「ああ。こちらも念のため全騎士の人数に洩れが無いかを確認し次第司祭様の捜索に入る。……時間を取らせて悪かったね。ありがとう」
「いえ、頑張ってくださいね。応援してます」
朝であればセリシアに確認を取ることを止めたりはしないさ。
だから素直に鼓舞してみると、へレスティルも小さく笑みを浮かべ返してそのまま騎士たちを連れ三番街へと去って行った。
……遠くなってゆく騎士たちの背中を見ながら貼り付け続けていた無垢な笑みの仮面を外し、そこには虚ろな顔だけが残されている。
「……何が頑張ってくださいね、だ」
どうせ見つからないだろうけど精々頑張ってくれという、鼓舞ですらない戯言を簡単に口に出来る自分に自虐的な笑みが零れてしまいそうだ。
ただ直近の俺の評価を少しでも良くしようという、打算だけでの応援の言葉。
それで俺の評価が上がったとして、それが本当に俺自身の評価になるわけじゃないというのに評価が上がることで自分の都合の良い展開にさせやすく出来るかもしれないという考えだけで、こんな簡単に耳当たりの良い言葉を言えてしまっている。
「……これが俺だろ」
でも、それはこの世界に来てから今になるまでずっと俺がやってきたことだ。
本当の俺の姿を見せたら、それだけで今まで培ってきたものは全て消え去ってしまうだろう。
だから偽る自分が醜いとは思っても、間違ってるとは思わない。
自分の本性を隠し、評価を得て、みんなが手に入れた平穏な日々のほんの少しのおこぼれを貰う。
それだけでいい。
犯罪者には、それぐらいの幸福で充分だ。
でもまずはその平穏な日々をみんなが手にする必要があるから、俺はこの状況が一番動きやすいタイミングだということに気付いていた。
「……行こう。チャンスは……今しかない」
カルパディアが不在で、尚且つ聖神騎士団の指揮系統が混乱している今俺が出来ることはたくさんあるから、俺は黒狐のフードを頭に被り教会を出てまた闇夜に溶け込んだ。