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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第13話(3) 『悪い人』

 ずっとテーラを見つめていた。

 腹が減ろうが喉が渇こうが何も気にしなくなるくらいに、俺は彼女の寝息を聞き続けていたと思う。


 気を緩めた瞬間、大切な人はいとも容易く命を落とす。

 ずっと……ずっと、思い続けていたことだ。

 故にテーラの寝息のトーンが少しでも変化した時、すぐにセリシアを呼べるようにと俺はずっと気を張っていた。


 それに今は、まだテーラから離れたくなかったんだ。


「……」


 本来であれば、たとえ三番街に多くの聖神騎士団がいたとしてもこんな所で足踏みしている場合ではないのだ。

 少しの異変も見逃さないようにするためにも、これまで同様すぐにでも三番街を周って警戒を怠らないようにしなければいとも容易く平穏は崩れ去ってゆく。


 それは俺が一番よくわかっているはずで、テーラにも同じことが言えるとはいえやはり数の問題から鑑みるに重要視すべきは三番街でなければならないはずだ。

 それなのに未だ椅子から立ち上がろうとしない俺はきっと、堕落しているに相応しい性根の腐った天使なのだろう。


 あれだけ理屈と感情が云々と言っておきながら……俺は今、自分勝手に感情を優先しているのだから救えない。


「……やっぱりまだいた」


 だがそうやって自分の心を闇の中に浸からせている間にも残酷に時は過ぎ去ってゆく。

 部屋の扉が開かれ、呆れたような息を吐く少女の声が俺の耳へと届きゆっくりと視線を向けた。


「お兄さん……」


 すると視線の先には、声の主であるユリアに加えその後ろから顔を出すパオラの姿が映し出されている。

 いつもの二人組がいつも通りに生命活動を行えているという事実に安堵しつつも、心配そうな目をパオラから向けられていることが居た堪れなくて、俺はそっと視線を外した。


 二人が何をしに顔を出したのかはわかってる。

 セリシアに告げられた通りにテーラの様子を見に来たのだろう。


「テーラは……まだ意識は戻ってない」


「そんなの言われなくてもわかるよぉ。流石に半日で目を覚ますだなんて聖女様ですら思ってなかったよ? なのにず~っと座り込んで。……まあ動き回ってた時よりは健全なのかな」


「飲み物持ってきました……! お兄さん、飲んで……?」


「……ああ。ありがとな」


 今よりにも前に一度二人はここに来て俺がいることに驚き、そして心の準備が出来ていなかったが故に逃げていったからその兼ね合いで飲み物を用意してくれたのだろう。

 有難くパオラから水を受け取って口の中を潤すと、今更ながらに身体が水分を欲していたことに気付いて警鐘を鳴らし始めていた。


 ……ユリアの言葉は正論だ。

 幾ら傷は癒えたとはいえ、テーラはかなりの日数を寝ずに耐え続けてきた。

 ダメージの回復に加えて心身共に疲れ果てているのだから、半日で目を覚ますことなどあり得ないだろう。


 わかってたさ。

 状態の確認の有無ならともかく目が覚めたかどうかを現時点で思考しているなど、ユリアからしてみれば俺の発言はあまりにも至極当然のものだったに違いない。


 呆れられて当然だ。

 でも、どうしても早く目を覚まして欲しいという願いは無くなってくれないんだ。


 無言のままパオラから受け取った水をこくこくと飲んでいると、望んだ回答を得られなかったが故にユリアはそそくさとセリシアから教わったであろう方法でテーラの状態を確認している。


「……よ、しょ」


 脈拍や体温、触診で異常が無いかを確認した後、ユリアは小さく息を吐いて何故かそのままベッド脇に腰を下ろした。


「……何してんだよ」


「疲れたからちょっときゅーけー。疲労回復することこそが、また頑張る気力になるのです」


「ふーん……起こすなよ」


「わかってるっ」


 この部屋には椅子が一つしかないから、そう言うなら別に無理に退かすようなことはしない。

 そもそも教会の維持管理にユリアたちは大きく貢献しているのだから、ここにある物は全て使う権利がある。


「え、えっと……」


 だがユリアは思うがままに行動出来るが、少し奥手なパオラはそうはいかない。

 ユリアと同じように座っていいのか、はたまた立ったままの方が良いのかと、俺とユリアとを見合いながら硬直してしまっている。


「パオラはお兄さんの膝に座りなよ」


「えっ……!?」


「どうせお兄さんは断らないんだから大丈夫」


「え、えっと……」


「……お前が良いなら別にいいぞ」


「う、うん……わかった」


 別に俺の膝に座るのは良いが、ユリアの隣も空いているというのに手招きしなかったことが若干気になる。

 けどパオラも特に抵抗なく頷いたからその疑問は捨て去ることにし、俺はパオラを軽く持って膝へと乗せた。


 ……本当に軽い。

 もしも軽くでも投げてしまえば簡単に遠くへ飛んでいってしまうのではないかとすら思ってしまう程に小さな命だ。


 これで生きられているのなんて、最早奇跡だろ。

 普段なら考えもしない思考だが、今の俺にはそれが何よりも感慨深い気持ちになった。


「元気に……過ごせてるか?」


「あはっ、なにそれ。もちろん過ごせてるよ。聖別の儀式も終わったからしばらく私達がやる必要のある仕事は無いし、週一の礼拝も今は中止してるみたいだからむしろ退屈なくらいだよ」


「……そっか。退屈だと思えるのは平和である証だ。幸せに暮らせてるみたいで良かった」


「ふ~ん……なんか最近、お兄さん固っ苦しい言い方するね」


「……そう、かな」


「そうだよ。自分がいつも私達とどんな風に話してたか、もしかして忘れちゃった?」


 ……確かに、いつもの俺らしくないかもしれないな。

 以前だったらもっと気さくに冗談とかも挟んでただろうし、今の俺の言葉にはユリアたちにとって余計な重りのようなものがあるように思える。


 直接的な言葉にはしないが、ユリア的にはいつも通りにして欲しいというのが本音なのだろう。

 でも正直今の俺には、意識を失っているテーラの目の前で苦笑いすら浮かべたくなかった。


 だからユリアの問い掛けには無言を返す。

 けどユリア自身も別に回答を求めていたわけではなかったみたいで、足をぷらぷらと振りながらも言葉を続けた。


「それに……まるで他人事みたいに言うんだね?」


「……いっちょ前に駆け引きしようとするのはやめろ」


「やだなぁ、駆け引きなんてしてないよぉ~。私が何を求めてるかはお兄さんもわかってるくせに」


「お前だって、無駄だってわかってるだろ」


「……まあね」


 ユリアは優しいから、セリシアとは違った方法で俺の歩みを止めようとしてくれている。

 無駄だと、止まるはずがないと内心わかっていたとしても、それでも僅かな可能性に賭けて何度も言葉を繰り返してくれているのだ。


 本当に……みんな優しすぎる。

 俺なんかにどうしてそこまで時間を掛けてくれるのかは理解に苦しむが、それでも心配してくれることに関しては嬉しく思う。


「パオラはどうだ? 何か変化とか無かったか?」


 顎の下に来るベレー帽が少しだけくすぐったいが、それでも無理に取りはせずパオラにそう問い掛けた。


「な、ないよ? あ、で、でも……聖女様とお兄ちゃんは忙しそう……」


「……そうなのか?」


「メイト兄がここを出て行くまであと三か月もないからね。メイト兄が教会を出ないに足る器であるかどうかの試験と出て行くことになった時にどうするのかを、聖女様は段取りしてるんだよ」


「は……!?」


 ユリアやパオラは当然のような反応をしているが、そんなの……人間界で生まれ育たなかった俺は知らなかった。


 いや……いつかメイトがここを出て行くことは知ってたさ。

 それはセリシアから聞かされていたし、丁度今日カルパディアとの話し合いの際でそんな話も出ていたから。


 でも、早過ぎだろ……メイトがいなくなるとか……それに。

 せっかく聖別の儀式が終わって休んでくれると思ってたのに、全然暇になってないじゃないか……!


「じゃあセリシアはその話を進めながら、三番街のこともどうにかしようとしてるって言うのか……!?」


「……待ってよ。別に聖女様一人でやってるわけじゃないよ。帝国の偉い人と文書を送り合いながら少しずつやってるの。だからお兄さんが気にすることじゃないから。そもそも、聖女様が何もしないってこと自体聖女である以上あり得ないんだからさ」


「だとしても、無駄な苦労が無いように誰かが手伝ってやらないといけないだろっ」


「お兄さん……」


 やっぱりセリシアに三番街について苦労を掛けるわけにはいかない。

 それでメイトの未来のことが疎かになってしまえば、それこそメイトを送り出すことになってしまった時に俺は心の底から「頑張れ」と言えなくなってしまう。


「あ、あの、お兄さん……教会にいようよ……」


 パオラが不安そうに服を引き俺を見るが、残念ながらそれに応えることは出来そうにない。

 今の俺は既に、目先の問題をどうするかだけが思考を支配し切っている。


「……動けるのは俺だけなんだ。セリシアを助けられるのは、俺だけなんだよ」


「……もう本部の聖神騎士団もいるんじゃないの」


「……本部の連中、か。まあ、そうだな」


 ユリアは眉を潜めて俺を射抜くが、その瞳が俺の物と重なることはない。


 こんなことをしてる場合なんかじゃなかった。

 ああそうだ。

 お前にはこんな無駄な時間を過ごしてる場合なんて無かっただろ、メビウス・デルラルト。


 出来ること、やらなきゃいけないことはたくさんあって、ちょっと足が止まったら途端に堕落しようとする自分が憎たらしくて仕方がない。


「だからそいつらも、俺が守ってやらなきゃいけないだろ」


 ユリアだけじゃなく、他の奴らもみんなそう言った。

 聖神騎士団に、任せればいいって。

 俺だって人々を守るのが仕事である騎士たちが死んでしまったとしても、それが仕事のリスクなのだから仕方がないって割り切ることは出来るさ。


 でもだからって、死んでもいいわけじゃない。

 誰一人死なないでみんなを守り抜いた先にある未来が一番良いに決まってる。


 ならやっぱり止まれないし、どう足掻いたって俺のやるべきことが変わるわけじゃない。

 でもユリアにとっては俺の発言は我慢出来ないことだったらしく、少しだけ肩を震わせて虚ろな瞳を向ける俺を睨み付けた。


「……なら私達の気持ちも守ってよ」


「お、お姉ちゃん……」


「メイト兄も私もカイルもパオラもリッタも、みんなが望んでることはしてくれないのに、いっちょ前に全部を守ろうだなんて……出来てないじゃんっ」


「……取捨選択は大切だ」


「ならさ! ……なら、こっちを優先してよ。私達がどんな気持ちでお兄さんを送り出してると思ってるの?」


「なら今は嫌っててくれて構わない」


「――っっ」


 これまで直接的な言い回しをせず余裕のある姿を俺に見せていたユリアだが、きっともう我慢の限界が来てしまったのだろう。

 声を上げては俺の返答に口を閉じわなわなと身体を震わせると、そのままベッドから降りて俺の目の前へと詰め寄り感情的に声を荒げた。


「ふ、ふざけ、ないでよ……そうやって突き放せば言うことを聞いてくれるとでも思ってるの!?」


「……俺は、いつだってお前たちのためを想ってる」


「だからっ!」


「だから……死んでほしくないんだっ」


「……っ」


 どれだけ心配されても、これが……俺の本音だ。

 これまでの俺の、行動原理の全てなのだ。


 きっとユリアやパオラにはわからないだろう。

 自分が突然惨たらしく残忍に殺されてしまうだなんて、想像すら出来ないはずだ。

 それは幸せなことであると同時に、ずっとそのままでいてほしいと思うからこそ、誰かが陰から見守ってなければならないと思う。


 俺には、出来ることがあるのだ。

 それをしないでただ教会に残り時間を潰すというのは、まさに堕落した天使に相応しい末路を辿ることになる。


「…………」


 ……決めた。

 俺が間違っていた。


 テーラのことはやっぱり、ユリアたちに任せるべきだ。


「わっ……!?」


 俺の膝に座るパオラの両脇を持って、そっと床へと足を付かせる。

 驚き、それでも俺のしようとしていることがわかったパオラは泣きそうな目で俺の服を掴み続けていた。


 ……でも、そっとその手を解きほどく。

 そして踵を返して扉へ向かうと、その様子をジッと見ていたユリアが強めの口調で口を開いた。


「今何時だと思ってるの?」


「……」


「もう夜だよ。子供も大人も寝る時間。今から教会を出るなんて言わないよね?」


「……もう夜だったのか」


 カーテンを一度も開いて無かったためわからなかったが、どうやら相当な時間俺はここに座っていたらしい。


 そりゃユリアが呆れて当然だ。

 日中に一度見に来て二度目も見に来たら同じ体勢で微動だにしていなかったら俺だって呆れてしまうことだろう。


 でもユリアの言葉は俺には響かない。

 それこそ夜だから、だ。


「夜だからこそ、行く必要があるんだ」


「なにそれ……」


「わからなくていいさ」


 悪党は闇に潜み、光を喰らおうといつだって近付いて来る。

 それを思い至らないことは平穏な日々を過ごせている証だ。

 むしろ子供がそれを意識してしまったら、それはもう平穏な街とは言えないだろう。


 だからそれだけ言って扉を開いた。

 ユリアもパオラも俺を止めようとはせず、ただ視線を向けられているのが背中から伝わって来るだけだ。


 その視線を知らないフリして、俺はそのまま部屋の外へと一歩を踏み出す。


「私達は諦めないから」


 だが最後の最後で呟いたユリアの言葉に、俺は再度立ち止まった。

 それは偏に、そうまでする理由がわからなかったからだ。


「……なんで」


「お兄さんも家族だからに決まってるじゃん」


「――――」


 でもその真意を伝えられた時、どうしようもないくらいに子供たちへの愛おしさが溢れてしまった。

 振り向きたくて仕方がないけど、それは堕落への分かれ道だと己を律することで何とか振り向きそうな身体を止めて、俺は何も言わずに部屋を出る。


 ……部屋に取り残された二人に、静寂が訪れる。

 だが徐々にその静寂は崩れ落ち、小さな女の子の嗚咽声だけが響いていた。


「えぐっ、うぐっ……! わ、私……駄目なこと、いっちゃったかなっ……!?」


「……そんなことないよ。きっとそう遠くないうちにバレてただろうし、パオラは何も悪くない。だから泣いちゃ駄目。ね?」


「ぐすっ……ぅん」


 自責の念を背負うには7歳のパオラではあまりにも幼過ぎる。

 だがそれは11歳であるユリアだって同じだ。


 パオラが悪くないように、自分だって悪くない。

 そして兄と慕う少年だって悪くないから、誰かわからない悪党にユリアは恨みを抱いて堪らない。


「……全部、いつの間にか誰かが解決してくれればいいのに」


 パオラを抱き締め慰める。

 僅かな泣き声を聞きながら、ユリアはただただジッと閉じられた扉を見続けていた。

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