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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第12話(13) 『動かず得たものは』

 ……死んだ。

 目の前で、何の躊躇もなく二人の騎士が自害した。


 自分の命を自ら絶つなんて、余程の理由が無ければ到底出来ることではない。

 だから何か理由があるはずだと幾ら思考を巡らせても、カルパディアが転移魔法陣を起動させるために死んだというあまりにもあっけない答えが返って来るだけだ。


 そんなことが、あり得るのかよ……?

 たかが他人が使う魔法陣を起動するためだけに自分の命を投げ出すなんて、そんな…….。


 理解出来ない未知の思考と行動に、俺は動揺することしか出来ずにいた。


「再起動するためとはいえ、相変わらず趣味の悪い方法だ。だが……ふふ。近い未来聖神ラトナ様のお傍で仕えることになる私の為に命を使えたんだ。有難く思うべきだろう」


 だがそんな俺とは対照的にカルパディアの態度は毅然としている。

 だからこそ、まさに今目の前で二つの命が失われたというのに笑みを浮かべたままのカルパディアに俺は畏怖の感情さえ抱いてしまった。


 コイツは……紛うことなき本物の【悪】だ。

 このまま生かしておけばこの先俺達にどんな不幸をもたらすかわからない。


「……ぅっ」


 だがその想いに反して、どうしてか俺の足が前に進むことはなかった。

 どれだけ前に出ようとしても、身体が、心が、それに警鐘を鳴らしているのがわかる。


 ……悪党の考えていることはこれでもよくわかっているつもりだった。

 だがそれはあくまで、悪党としての俺と同等かそれ以下の奴だけだったからこそ奴らの思考を自分と重ねることが出来ていたのだということに気付く。


 俺には、善人を殺すなんて思考は抱けない。

 故にあれだけ同等かそれ以下だと思っていたカルパディアの思考が急にわからなくなってしまった。

 それはベルゼビュートと対面した時に感じたものと同じもので、俺の身体は奴に恐怖を感じているのだということを身体を震わせることで教えてくれる。


 相手はただの司祭という肩書を持つだけの人間だ。

 極大の悪意を持ってはいるが、戦いに身を置いてきたようには到底思えない。


 仮に戦ったとして、負けるはずがないのだ。

 だがそう思考は結論付けているのに、やはり身体がそれに疑問を示し言うことを聞いてはくれなかった。


 仮に俺が今飛び出して……この男に勝てるのか?

 天界と違ってこの世界の戦いには『魔法』という肉眼ではわからない明確な強さがある。


 もし不用意に飛び出し、その結果ベルゼビュートの時のような戦いを真っ向から否定してくる魔法を撃たれてしまえば、俺はその時点で地に這い蹲り奴に見下ろされるだけ結果となってしまう。


 事実それで動けなくなって、テーラは俺を守り一人転移され……死んだんだ。


 もう二度とあんな結果になるわけにはいかない。

 リスクとリターンを天秤に乗せ、それがどちらに傾くのかを考えればやはり私怨のままに飛び出すのはあまりにも悪手だった。


「死体の処理も面倒だ。このまま放置し、戻った時に部下に回収させるとしよう。手袋越しだろうとこんな小汚いもの、触ろうと思うだけで蕁麻疹が出てしまいそうだ」


 まるで汚物を見るような目で死んでしまった騎士たちを一瞥しカルパディアは光を宿した魔法陣の中心部に手を置いた。


 そうすると更に光が強くなり、転移魔法陣の魔力がより高まっていくのを感じる。

 魔力のある世界で生まれる人間だからこそ当然その使い方など熟知しているだろうしこれで強者と断定はやはり出来ないが、魔力を自在に操れるというだけで飛び出すリスクはより増大するだろう。


 あの騎士たちには悪いが、今この場で奴を裁くことは出来ない。

 戻った時に部下に遺体を回収させるということは今後もあの転移魔法陣を使うということだ。

 つまりは先程の方法であの転移魔法陣は完全に復活したことを意味し、これから先もずっとカルパディアや奴の手先が三番街にいつでも侵入出来てしまうということでもある。


 その時、毎回二人の犠牲を払うのか?

 仮に転移魔法陣が自由に使えるのであれば俺達もいつでも使えることになってしまうため、流石に何らかのロック方法は用いているはずだ。


 生贄を使うなんて俺が魔法陣を起動した時は無かったし、もしかしたらそれがロックを解除する方法としているものなのかもしれない。


 俺には到底理解出来ない価値観だが、奴はそれがむしろ光栄であることだと本気で思っている。

 故に抵抗なく転移魔法陣を何度も起動し、その度に生きるべきたくさんの命が失われていくのだ。


「……っ」


 だが、我慢しなければならない。

 目先の利益を求めた結果どれだけの人を失うことになったのかを、俺はこの身で理解しているのだから。


「……くっ」


 だから感情に任せて動くな。

 動いちゃ、駄目だ。


「《転移魔法》発動」


 そして、俺が自分の身体に意識を向けている間に恐らく転移魔法陣使用に必要な魔力を送り終えたのだろう。

 テーラの家にあった転移魔法陣の起動はとても簡単だったから、やはりこれだけ魔法陣が大きいとその分要求するものも増えるものなのだろうか。


 もしかしたら転移先の距離によって魔法陣の大きさも異なっていくのかもしれない。


 とはいえ現実として、その順序で転移魔法陣は完全起動を果たしカルパディアは淡い光に包まれていた。

 死体を媒介としたからかいつの間にか転移魔法陣の色は青白いものから赤黒い色へと変貌を遂げていて、見慣れたはずの血の色が酷く気持ち悪く思えてしまう。


「……っ」


 自分の無力さに苛まれながら、何もせず転移魔法陣の光に包まれていくカルパディアを見続けている。


 転移魔法陣に俺も入ることこそが、俺の持つべき責任だ。

 でも、カルパディアに勝てるかわからないこの状況で不用意に敵陣へと入り込めば、自分の自責の念だけで決めた選択によって俺が無駄死にする可能性は充分に高い。


 俺には、やらなければならないことがあるのだ。

 三番街を守り抜き、教会のみんなを守り抜き、そして……セリシアの理想を叶える。

 それを最優先するべきで、衝動に任せて魔法陣に乗ることこそが愚者の証明であると……理解しているさ。


 でもそれで、俺の代わりに犠牲となったテーラの仇を取らずにいていいと思ってるのか。

 生贄として自害させられた騎士の無念を晴らさずに【断罪】という自分の信念を貫き続けることが出来ると、本気で思ってるのかよ。


「ぅ、くっ……!」


 でも理屈と感情がせめぎ合い、結果的に理屈が勝って俺の足は動かない。

 そうして――閃光が部屋全てを強く照らして、そのあまりの眩しさに俺は思わず目を閉じた。


「――ッッ!」


 瞼の先から見える光がもう一度だけ強く光ったかと思うと、やがて光は失い始めゆっくりとぼんやりとしたものへと変化する。

 目を慣れさせるように細め少しずつ目を開けると、既に魔法陣の上には何も無く点火された篝火によって生まれた明かりが二つの死体を照らしているだけだ。


「……本当にどうしようもないな。俺」


 感情による後悔が押し寄せてきて、思わずそうポツリと言葉を吐き出した。


 理屈ではそうだったさ。

 この場でただ眺めていることが最善だったのは間違いない。


 俺が守らなければならないのはあくまで三番街のみんなであって、本部の連中である騎士二人がどうなろうと知ったこっちゃないと今でも尚思ってる。

 でも、だからと言ってその騎士たちが悪意によって簡単に虐げられ殺されたという事実を俯瞰して受け入れることなど出来るわけが無かった。


 あくまで俺が心の底から死のうが殺されようが構わないと思っている連中は、人を虐げ陥れようとし平穏な日々を壊そうとする悪党だけだ。


 故に俺はあの二人の仇を、取らなければならなかった。

 それが俺の理屈ではない感情の全てだ。


 なのに俺は……無力だ。

 カルパディアの背にベルゼビュートの影を見出して、リスクとリターンを天秤に掛けて動かなかった。


 勝てる自信が無かったんだ。

 少なくとも、人間界に来たばかりの俺だったら、今頃感情に身を任せてカルパディアに聖剣を振るっていたはずだ。


 成長したと言えば聞こえはいいが、俺はこれが成長だとは思えない。

 臆病になっただけでしかないと自分自身を客観的に見てそう思う。


「……帰ろう」


 せめて騎士二人を埋めるぐらいはしてあげたいけど、変に動かせばカルパディアが戻って来た時に誰かが来たのだと察し、より警戒心が高まってしまうからそれも出来ない。


 埋めてあげることすら出来ないんだ。

 本当に何もしてあげられないから、俺は無力感に苛まれながら尻尾を巻いて逃げるしか選択肢が無かった。



 ――――だがその直後、突如として俺の視線の先にある道が大きく照らされることとなる。



「――っ?」


 その光は俺によってある程度遮光されていることから、恐らく背中側から光源が出ているのだろう。

 同時に強い魔力の放出を感じて本能的に後ろを振り向くと、そこには先程停止したばかりの転移魔法陣が再度輝きを放ったことでそれが光源となったのだと気付く。


 そしてそれはつまり、今度は向こう側から転移魔法陣が起動したことを意味していた。


「――――ッッ!?」


 カルパディアが戻って来たのか……!?

 流石に向こうで再度転移魔法陣の再起動を行ったにしては早過ぎるから、恐らく時間差での転移猶予というものがあるのかもしれない。


 なんにせよ動向を見ていた俺に気付いたか何か忘れ物でもしたのかは知らないが、仮にこのまま地上へと戻るつもりならマズすぎる。

 一本道である以上、奴より先に俺が上に行かなければ必ず鉢合うことになってしまうだろう。


 すぐにでも上に行かなければならない。

 だがそう思う理性とは対称的に、本当に転移者はカルパディアなのかという疑念もあった。


 仮にカルパディアではなく他の悪党であるなら、それは情報アドバンテージにおいて必ず何処かで役に立つはずだ。

 けれど、それで俺の存在がバレてしまってはそれこそ元も子も無いだろう。


 その二つが天秤に乗り競い合って、それでもどちらにも傾かないから立ち止まっていると、タイムアップかのように転移魔法陣は部屋全体を包み込む眩い閃光を放った。


「――ぅっっ!?」


 時間切れを強く意識し右手で聖剣の柄を持って警戒しつつも目が眩まないよう腕で顔を隠すと、やがて転移による閃光は散って行った。


 ……別の悪党か、それともカルパディアか。

 俺がここにいるのを知ってるか否かで対応も変わってくるため、決して聖剣から手を離さずに細めた瞼をゆっくりと開いた。




 だが開いた瞳は、更に大きく見開かれることになる。




「はぁ……! はぁ……!! 上手く、いったっ……!!」


「ぇ…………」


 転移魔法陣の上に座り込んでいたのは別の悪党でもカルパディアでもなく、一人の……女の子だった。


 純白の髪は薄汚れ、着込んだ服は刃物で斬り裂かれたかのようにボロボロで血赤く染まってしまってる。

 刺し傷や血が流れてしまう箇所は失血死することがないよう氷によって皮膚ごと塞がれていて、荒れた息を肩で吐く少女の姿は最早満身創痍と言っても差し支えない程だ。


「……ぅそだ」


 俺は……この女の子を知っている。

 だがそれと同時に、これは俺の想像した都合の良い妄想なのではないかという不安もあった。


 だって……生きているはずがないのだ。


 もうあれから何十日経ったと思ってる。

 幾ら頑丈な天使とはいえ水や食料が無ければ脱水や餓死で飢え死ぬし、しかも転移先は気が休むはずのない悪党の巣窟だったはずだ。


 そんな所で何十日も生き永らえ、あまつさえ転移魔法陣を起動させて戻ってくるなど妄想の中ですらあまりにも出来過ぎだと思う程だ。


 だけど、幾ら瞬きをしても俺の視界が変わることは無くて。

 呆然と口を震わせる俺を前に、その女の子は痛む身体に鞭打ってなんとか立ち上がろうと力を籠めた。


「――っっ!?」


 ――だが今度こそ消えようとしていた魔法陣の光は、またその輝きを取り戻そうとしていた。

 少女は焦ったように後ろを振り向き、転移魔法陣の中心部に向けて手を突き出し魔力を籠める。


「ぅっ……!」


 だが身体に力が入らないのか手の平で構築されようとしていた氷の魔力は形を成さず飛散してしまって、脱力し地に膝を付きながら弱々しい瞳で魔法陣を睨み付けていた。


 状況と態度から見るに、今度こそ悪党たちが戻って来るのだろう。

 文字通り、俺の大切な人を……今度こそ殺すために。


「――――――――」


 その状況に気付いた瞬間、俺はこれまで考えていた理屈も感情も捨て去って本能のままに大部屋へと飛び出していた。


「――――ぇ……?」


 ――顔を上げる少女の瞳に、うっすらと腹が見える程に服を靡かせた人影が映る。


 転移魔法陣の前まで来た俺はその少女を片手で胸に抱き二次被害を出さないようにしながら、右手に全身全霊の魔力を籠めた。


「《ライトニング【撃鉄インパクト】》!!」


 そして『ウインググローブ』で強化した拳を勢いよく叩き付けると、強大な雷拳が床を抉り転移魔法陣ごと床表面を粉砕させる。

 再度胸に抱く少女を寄せて飛び散る破片から守りながら急ぎ床面の状態を確認すれば、既に転移魔法陣は魔法陣としての体制を失い、宿っていた魔力は消え光を失わせているようだった。


 これでもう、転移魔法陣を再起動することも不可能なはずだ。


 ……ホッと安堵の息を吐く。

 だがそんな安堵も束の間、すぐに抱えている少女のことを思い出した。


「大丈夫か!?」


 慌てて顔ごと視線を向けると視界にはゆっくりと俺と視線を重ねる女の子がいて、少女の瞳には心底心配そうな顔をする俺の姿が映っていた。

 だからか、少女はこんなに傷だらけにも関わらず弱々しい笑みを俺へと向けてくれて。


「……ふ、ふ。かならず帰るって……言ったやろ?」


 力なんて入らないだろうにそれでも腕を上げようとするから、俺も急いで彼女の手を取り意図を汲んで俺の頬へと手を這わせた。


「よかった……」


 そう小さく呟きながら彼女の細く華奢な指は俺の隈を軽く撫で、安心したようにゆっくりと目を瞑り、やがて眠ったのかほんの小さな息遣いだけが音色のように耳に届く。


「~~~~っっ」


 そんな権利なんかないのに、俺自身が泣きそうだった。

 氷で塞いでいるとはいえ傷が露出している分俺よりも身体はボロボロだ。


 どれだけ平穏とは程遠い日々を過ごしてきたのか想像することすらおこがましい。


 それでも、生きていてくれた。

 胸に抱いた少女の熱が、吐息が、今も尚俺の身体を通して伝わって来ている。


「く、ぅっ……!」


 眠っている少女を起こさないようにしながら、存在を確かめるようにぎゅっと労わるように抱き締めた。


 ずっと死んでしまっていると思ってた。

 でもそれは俺の思い違いでしかなくて、今確かに潤う視界に忘れもしない姿が映し出されている。


 俺を助けるために犠牲になろうとしてくれた、大切な女の子。

 俺と同じ天使の……テーラは、生きていたのだ。

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