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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第12話(11) 『頷くばかりで』

 そうやって話し合いを終わらせ三人で外にある鉄門前へと辿り着くと、カルパディアはこちらを振り向き再度セリシアへと笑みを浮かべ直した。


「既に騎士団には話を付けていますので、聖女様が騎士団長に話を通せばその通りに動くはずです。私も用事が終わり次第合流致します」


「わかりました……」


「それと……騎士団が教会の維持管理を行う場合、当然のことではありますが、より良い安全を維持するため彼には教会を出て行って頂きます」


「えっ!?」


 先程の会話には無かった、あまりにも唐突な対応にセリシアは驚きを隠せないみたいだ。

 俺の居場所を確保しようと、慌ててセリシアはカルパディアに説得しようとしてくれている。


「子供たちもメビウス君を信頼しています。むしろ私はメビウス君がいてくれるから、教会を少し離れても子供たちが安心出来ると思ってカルパディア司祭の提案を受け入れたんです。それを、出て行けなんて……」


「彼は本来この教会に居てはいけない部外者です。聖女様方にとっての評価はそうでなかったとしても、帝国の人間として所在の知れない彼の滞在を許すわけにはいきません。彼の滞在拠点は、騎士団が使用しているテントを利用して頂きます」


「で、でしたらメビウス君も私と同じ所で……」


「彼だけ、特別扱いをするのですか?」


「そ、そんな、つもりじゃ……」


 セリシアは別に俺を特別扱いしてるわけじゃない。

 自分の決めた選択によって俺がその影響を受けることが我慢ならないだけだ。


 まあ俺とセリシアは【聖痕】を共有してるから別に特別扱いしたとしても納得出来るものである気もするが、確か【聖痕】の存在を知る者は限られているという話だったからそれを知らない奴らにとっては俺に対する彼女の言動や行動は不満や疑念の原因になるのかもしれない。


 街のみんなが今更そんな風に思うことは無いだろうし、恐らくカルパディアの言っているのは本部の連中のことなのだろう。


「ですが、どうしてメビウス君だけ……」


 だがそういう思想があったとしても、全ての人を平等に見ることが出来るセリシアには外部の連中が持つその想いがわからない。

 たとえ俺がこの街の人間じゃなく、非教徒で、更には素性すらわからない見るからに怪しい人間(天使)だったとしても、彼女にとってはそれすらも些細なことなんだ。


 だからこそ、教会で俺だけが弾かれることに苦悩しているんだ。

 それが嬉しくもあるが、同時に危うくも感じた。


 きっとセリシアは自分の判断で頷くことは出来ないだろう。

 彼女は決してイエスマンでは無いから、先程のように強引にでも考えを改めてもらおうとしてしまうのかもしれない。


 これまでは、それでもよかったはずだ。

 聖女として相応しい発言であれば、むしろ強引である方がみんなセリシアの言葉に不満の一つも抱かず受け入れてくれるだろうから。


 だがこれに関してはやはりカルパディアが正論で私情だと思われても仕方のないことだ。

 本部の連中にとっては俺とセリシアが培ってきた色々なものなんて全くもってどうでもいいことなのだから。


「彼はあくまで、聖女様一人の決断だけで留まることが出来ているだけの三番街にとって異質な存在です。しかも彼は本来支払うべき莫大な税すら納めていないでしょう。この【イクルス】に在住するためにどれ程の金額が掛かっているのか……聖女様ならよく理解しているはずです」


「……っ」


「そんな血税をこの男に捧げるなど……このまま一生、信者の方々の厚意や優しさに甘えるのですか? それが果たして聖女と呼べるのか……知恵の浅い私にはわかりませんが、どうなのでしょうね?」


「そ、それは……」


 カルパディアの思惑はどうあれ、やはり俺でも奴の言葉に反論は出来ない。

 俺はこの世界の政情についてはよく知らないが、この【イクルス】に住んでいるということがどれだけ大変なのかというのはそれなりに知っているつもりだ。


 実際に以前は毎日何処からか物資を積んだ馬車が相当な回数三番街を出入りしていたし、それにお金を払っているような印象も抱かなかった。

 他の街がどんなものか知らないためあくまで予想でしかないが、恐らく働いたお金のほとんどを教会、帝国に寄付する代わりに生活のほとんどを帝国が支援しているのかもしれない。


 非教徒が言っていた内情もあるし、少なくともこの【イクルス】と他の街とでは相当な格差社会が現れているのだと思う。


「……」


 本部の連中が俺をどう思おうがどうでも良いが、その不満がセリシアにまでいってしまうことだけは駄目だ。


 奴の思惑通りに動くのは癪だが、これ以上君が苦悩する姿も……見たくない。


「わかりました。確かに司祭サマの言う通りです」


「――っ!?」


 だから既に話し合いも終わったことで口を開いても構わないと判断し、俺は奴の思惑を受け入れた。

 セリシアは驚き、不安そうな様子で俺を見るが、俺は出来る限りセリシアを安心させようと柔らかな笑みを浮かべることに努めた。


「メ、メビウス君っ」


「心配して下さって、ありがとうございます聖女様。でも、野宿しろと言われないだけマシですよ。司祭サマには……それなりの温情を掛けて頂いていると思います。だから私なんかのためにこれ以上悩まないで下さい」


「なんか、なんて……」


「聖女様は私の事より、街のみんなのことを考えてあげるべきです」


「……っ」


 ……ほら。

 これでいいんだろ。


 お前の思惑通りに動いてやったんだから、これ以上セリシアを虐めようとするんじゃねぇよ。


「ぁ……」


 そんな想いを籠めてカルパディアを睨み付けるが、奴は飄々とその敵意を受け流すだけだ。

 だから俺はセリシアを背に隠すように一歩前に立ち、そのまま奴を睨み付ける。


「……そろそろ良いでしょう。早くその用事とやらを終わらせに行ったらどうですか」


「先程から随分と勝手に口を開いているようですが……まあいいでしょう。――彼は自分の立場をよく理解しているようです。聖女様が無理を言えば街の方々だけでなく彼にも無理を」


「随分と舌が回るな。話したがりか? 壁と話せよ」


「……ふふ」


 奴がここまで俺を排除するためにセリシアを使おうとしているのは、自分の持つ権力では俺を遠ざけられないと理解しているからだ。


 その健気な頑張りに気付いたから、俺ももう吐き気がするような敬語をしないようにした。

 だがそうしてカルパディアを威嚇したからといって奴の思惑が乱れはしないだろう。


「……わかり、ました」


「……」


 奴の言葉に、優しいセリシアは抗えない。

 頷くことなどわかりきっていたから俺も後ろを振り向くことはせず、ただカルパディアを睨み付けるだけだ。


 奴はそんな俺達の態度に笑みを浮かべ返すと、そのまま開いた鉄門を超えて俺達に背を向ける。


「では本日はこれで失礼致します。帰宅は夜になると思われますので、その後の話し合いについてはまたお時間を頂くことになりますが、どうか明日にさせて下さい」


「……はい。何から何まで、ありがとうございました」


 そうして小さく頷くセリシアを一瞥し軽く会釈すると、カルパディアはそのまま外で待機していた聖神騎士団らしき騎士二人と共に教会を出て行った。


 カルパディアが帰る様子を見せたことで思わず小さく息を吐く俺だったが、ふと奴の後ろに付いて行く二人の騎士に目が行った。


 ……今まで見たことがない聖神騎士だ。

 というか、騎士……なのだろうか?


 小柄で、尚且つ顔をフェイスベールのような物で完全に隠し、騎士服ではなく身体のラインの見えない純白のローブを着込んでいた。

 ローブに施されていたエンブレムは『不死鳥』じゃなく『古龍』であることから、恐らくへレスティルの管轄とは違う部隊なのだと思う。


 聖神騎士団には『退魔騎士』というものもあるみたいだし、あれらもそれと似たような役割を持っているのだろうか。

 司祭には必ず『古龍』の部隊が付かなければならないのか……とも思う為結論は出せず、結局真相はわからずにカルパディアの姿が見えなくなってしまった。


 であればと……カルパディアが完全に見えなくなった所で、俺はゆっくりと後ろへと振り向いてみる。


「……っ」


 セリシアの表情は暗く、俺の心がズキリと痛んだ。

 でも、これは君の決めた選択だから……俺がそれを責めたり、あまつさえ頭ごなしに否定するつもりはない。


「……セリシア」


 ……ただ、この選択が君のずっと持っていた信念を歪ませた上でのものでないのか。

 それだけはどうしても、聞かなければならない。


「本当にこれが……君の理想の実現に繋がるのか?」


「……」


 投げかけた問いに対して、帰ってきたのは暫しの沈黙だけ。

 それでも焦らずジッと彼女が口を開くのを待っていると、弱々しく揺れる瞳がゆっくりと俺へと重なった。


「……わかりません。でももう、何も知らなかったということが無いようにしたいんです。私、メビウス君があんなことになっているなんて知らなくて……明日も儀式があるからと、何も知らずに眠りに付いていました」


「……」


「メビウス君は……どうして、あの状態から目を覚ますことが出来たんですか?」


「……っ」


 ……言うべきだろうか。

 それとも、誤魔化すべきなんだろうか。


 真実を言えばきっとまたセリシアは自分を責めてしまうだろう。

 だがたった二日でこれまで隠してきたことが全て明るみになってしまっている現状を鑑みれば、恐らくここで隠し通すことを選んでもまた何処かで明るみになってしまうような気がした。


 それで今度こそ多くの信用を失うことになるくらいなら……今、言うべきだと思った。


「…………ルナが、助けてくれたんだ」


「……!!」


「俺一人じゃどうすることも出来なくて、あのまま永遠に囚われそうになった所をルナが救い出してくれた。……で、でも君にも助けられたんだ。君が共有してくれた【聖痕】が一時的なストッパーの役割を担ってくれたからこそ、俺だけが意識を取り戻すことが出来たんだよ」


「……そう、なんですね」


 ルナまで関わってるだなんて、きっと想像もしていなかったことだろう。

 何故か焦ったようにセリシアのおかげでもあることを伝えたが、口を閉じ目を伏せるセリシアの姿は思わず目を逸らしたくなる程俺の理想と遠ざかっていて、彼女が笑っていないだけでここまで教会は暗く淀んでいくのだとその空気を肌で感じた。


「私……やっぱり自分勝手でした。知らない事ばかりで、どうして聖女がマニュアル通りに動くべきなのかということをきちんと理解していなかったのだと気付いたんです」


「……」


「ですから……カルパディア司祭の言ったように、一度もとに戻そうと思います。やっぱり私には、聖女の在り方を変えることは……出来なかったみたいです」


「……そっか」


 なんとか俺に向けたセリシアの笑みはとても弱々しくて、儚く散ってしまいそうな危うささえある。


 ……俺は三番街を守り抜いた。

 それはセリシアの笑顔を守り、彼女の抱く理想を成し遂げるための手助けがしたかったことも理由の一つだ。


 でもその中に、彼女の気持ちは含まれていなかったような気がする。

 それは俺だけじゃなく街のみんながセリシアという聖女を守る為だと言って、一個人の気持ちを軽視した結果だ。


 ……でも、俺もみんなもそれが間違いだったとは今でも思わない。

 たとえセリシアに状況を伝えたとして、それで彼女が三番街に来てみんなを救い出すことが出来たとしても……【聖別の儀式】で蓄積した疲労のことを含めて、その間やその先にセリシアが危険になるようなことが起こるということだけは駄目なのだ。


 そのリスクが少しでもある以上俺もみんなも、この先もきっとセリシアに色々なことを隠し続けるのだと思う。


「大丈夫だよ、セリシア」


 だからそれは変えられない。

 だが、だからといって君が自分の理想を諦めてしまうようなことだけはあってはならない。


 セリシアに笑みを返し、そのまま彼女の細い両手を包み込むようにして持ち上げる。


「君は何も気にしなくていいんだ。カルパディアの戯言なんかに、耳を傾ける必要なんかないんだよ。ただ君は、君自身がやりたいことをやりたいようにするだけでいい。それが信者であるみんなの……俺の、祈りでもあるんだから」


「ちが……違います。そんなのっ」


「俺達は、大丈夫だから」


「……っっ」


 セリシアの表情は晴れない。

 それでも言うべきことは言ったから、後の行動はセリシア次第だ。


 君がどんな選択をしようとも、それが君の本当の意思であるのなら俺達はそれを尊重する。

 でも仮に、その選択が他者によって引き起こされたものであるのなら……それは俺達の持つ考えとは大きく離れてしまっているものだ。


 ……だから。

 労わるようにゆっくりと包んでいた両手を離すと、そのまま俺も踵を返して鉄門を超えた。

 そんな俺を見て、セリシアは慌てて俺を引き止めようと声を荒げた。


「ま、待って下さい! 何処に、行くんですか……?」


「……」


「私も……連れて行ってはくれませんか?」


 わからないだろう。

 わからないから、また俺が何をしようとしているのかが不安で仕方が無いはずだ。


 知りたい、自分も役に立ちたい……聖女としての役目を果たしたい。

 そんな強い想いが俺にも確かに伝わってくる。


 ……でも。


「これからの準備をすることが、君のやるべきことなんだろ? 俺のことは気にしなくて大丈夫だから、君は君がしたいと思ったことを堂々とするべきだ」


「でも私はっ」


「ただの散歩だからさ。ほんとに、気にしなくていいから」


「……っ」


 ……本当のことは言えない。

 だから今日もまた、誤魔化す言葉を吐き続けている。


 でも俺の胸が痛くなる事実は変わらないから、俺はセリシアの顔を見ずにそのまま教会を出て行くことにした。


「……どう、して」


 僅かに聞こえた、消えて無くなりそうな声すらも……聞こえないフリをして。



――



 ずっと……ずっと、歩き続けてる。


「カルパ、ディア……」


 みんなの笑顔が、みんなのあった信用が、みんなの平穏な日々が……徐々に壊れていっている。


 全部あいつのせいだ。

 あの悪党がいとも容易く俺達の聖域に入って来るから、セリシアがあんな思いをしてしまっているんだ。


 だから、悪党は俺が【断罪】しなければならない。

 いつもいつもみんなの平穏を壊そうとして来るくせに何か起きてからしか誰も対応することが出来ず、その結果そのしわ寄せが大切な人たちにも降りかかることになる。


「……」


 殺意が紅い瞳に宿りながら、歩く速度は速くなっていく。


 カルパディアは言ってた。

 用事を終わらせるために、帰ってくるのは夜になるのだと。


 つまり今日一日は三番街から出て行くということだ。

 奴の立場からすれば一応職務中であるため、行動範囲は三番街から帝国間でなければならないはず。


 だというのに勝手な行動をするとなれば……それはつまり、奴個人の中で成さなければならないことがあるということになる。

 先程の様子から鑑みるに、自分の思惑をより確実にするための行動をしようとしているはずだ。


 ……この予想が外れてもいい。

 むしろ、外れた方が良いに決まってる。


『人生は、選択の繰り返しだ』


 でも奴の背中には確かに【原罪の悪魔】の巨大な影が纏わり付いているように見えて仕方が無いから。


「ベルゼ、ビュート……!!」


 その真実を知るためにも、俺はカルパディアを尾行することにした。

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