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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第12話(6) 『その身の証』

 本部の連中は役に立たない。

 俺が行動しなければならないのは話を聞いた上で尚変わらなかったが、それでもへレスティルが告げたものの数々は決してどうでもいいものばかりではなく俺にとって重要なものばかりだったのは確かだ。


 へレスティルの言ったカルパディアの問題。

 以前にセリシアと握手しようとしたことで発動したという【聖神の奇跡】は、それ即ちセリシアに害を与えようとしたか考えていたということになる。


 だがそれは今回、発動しなかった。

 だからあの時セリシアは握手することに躊躇し、そして安堵した姿を見せていたのだろう。


 自分はもう司祭として正しい心を取り戻していると、セリシア含め本部の連中にそれを示した。

 それはきっと、三番街に来るに当たってカルパディアが最も早く成し遂げたかったことであるはずだ。


 そう考えれば幾分か辻褄が合う。

 コメットさんたちを押し退けていち早く教会へ足を運んだのも、一度三番街の聖神騎士団と接触することで全員が行く必要は無いと本部の連中が分散するのを防ぐ必要があったからだろう。


 だがそれは……自分が【聖神の奇跡】に弾かれないという絶対的自信が無ければたちまち非難を浴びてしまう行動だったはずだ。

 そこまでのことをしてまで【聖神の奇跡】に弾かれてしまった場合、今度こそカルパディアの司祭としての立場は無くなる。


 にも関わらずカルパディアはそれを強硬した。

 まるで……セリシアの力が発動しないことを予期していたかのように。


「……ただいま」


 もうみんなが寝ているであろう時間帯に教会へと戻り、礼拝堂の中心部で俺は立ち止まった。


 明かりなど既に消えているから、礼拝堂を照らすのは多くの大窓から映る星々と月光だけだ。

 その薄明りに僅かな心地良さを感じながら、俺は更に思考を動かす。


 ――視線の先にあるのは、俺がセリシアを突き飛ばしてしまった床だけだった。


「……」


 ……ずっと引っ掛かるものがあった。

 あの時俺は彼女を突き飛ばしてしまったが、本来であればそれこそ【聖神の奇跡】によって防がれるべき行為だったはずだ。


 にも関わらずセリシアは恐らく初めて受けたであろう痛みを訴えた。

 だからこそ俺は取り乱した。

 彼女に痛みを与えてしまった自分が許せなくて、もうここには居られないと思い逃げ出そうとした。


 でも、思い返せば俺以上に驚くべきだったはずのセリシアはどうしてか驚いていなかったような気がする。

 まるでそうなることを知っていたかのように、自分の事よりも俺を止めることを優先していた。


 そして彼女は言っていた。

 違うと。

 これは俺が悪いわけじゃない、と。


「……まさか」


 ……カルパディアが改心したんじゃない。

 もしかしてセリシアの聖女としての力が、弱まった故のことなんじゃないか?


 確信も確証もない。

 それに未だ教会を覆う結界が機能している以上、やはり断言することは出来そうにない。


 ……だけどもしも。

 もしも俺のこの予想が合っていたとしたら、それをカルパディアが知っているのはあまりにも不可解だ。


 仮に知ってて接触したのであれば、その理由は一つしかない。

 そして何より、その一つの理由を用いた上でカルパディアが単に何事もなく帰るつもりなど毛頭ないことは既に奴自身から示されている。


 奴はぺらぺらと耳心地の良い言葉を並べながら言っていた。

 セリシアを……三番街から遠ざけ、帝国へ送ると。


 何を企んでいるかなんてわからない。

 どうやってそんなことが出来たのかもわからない。


 でも仮に『聖女としての力が低下している』という予想が合っているのだとしたら、そのターニングポイントはまさしく先日起きた異常事態の副産物であると考えるのが普通だ。


 そしてそれが原因であるとカルパディアが知っているのだとしたら、奴はベルゼビュートと繋がっている可能性があることを暗喩していることになる。

 昨日まで来ていた悪党共がカルパディアが来た途端いなくなったのも、繋がりがあるが故のことであれば納得出来ることだろう。


「また、俺から平穏な日々を奪おうとするのか……」


 わなわなと憎悪の感情が心を支配し、肩を震わせながら両手には力が入った。


 悪意を持った悪党がセリシアに近付いている。

 そしてその悪党、カルパディアの要求はこうだった。


 セリシアを帝国に向かわせる……と。

 その行為の過程で何かを狙っている可能性は充分にある。


「どいつも、こいつもっ……!!」


 静かな激情が瞳に宿って、紅い瞳が月明かりに照らされて輝きを見せている。


 ――【断罪】しなければならない。


 何か動きを見せて、そうしてみんなを不幸にしようとするのならそれが行われる前に悪党を裁かなければならないのだ。


 目を瞑ればすぐに脳裏にあの惨劇が浮かびあがる。

 俺の今立っているこの場所で、無慈悲に残忍に殺された子供たちの姿を。

 無力感と絶望でぐちゃぐちゃになりながら吊り落とされた一人の女の子の死体を見下ろして、既に終わった惨状を見ていることしか出来なかった自分自身を。


「……今度こそ、守るから」


 もう絶対にこの日々を壊させはしない。

 月夜の下で、俺の瞳には確かな憎悪が宿り続けていた。



――



 司祭カルパディアが何かを企んでいるからといって、証拠も無しにカルパディアを悪党だと決め付けるわけにはいかない。

 それは常識云々ではなく、単純に何をしようとしているかで【断罪】の大きさが変わるからだ。


 だから俺はカルパディアの目的を暴くべく行動を開始しようとした。

 だがそんな俺の心情を置いていくかのように、カルパディアの行動はあまりにも早かった。


「もう【聖現物】の作成が完了しているとは驚きました。流石は三番街の聖女様ですね」


「子供たちや信者の皆さんのご協力の賜物ですよ」


 朝。

 ようやく目先に見えた本物の悪意を裁くべく周囲の見回りを制限した俺が教会に残っていると、突然カルパディアが変わった騎士二人を連れて教会へとやって来たのだ。


 奴は教会にやって来るなり昨日の話の続きだと称して敷地内へと入ってきた。

 そして今は礼拝堂にて積まれた『聖水』を見ながら嬉しそうに笑みを浮かべている。


 仮にも司祭であるカルパディアの突然の訪問をセリシアが無碍にすることは無くて、こうして奴の隣で教会の案内をしているわけだ。

 先程まで笑みを浮かべていたカルパディアは「それで……」と前置きをして後ろを振り向く。


「どうして彼がここにいるのでしょう」


 その視線の先には当然――俺が立っている。

 何食わぬ顔でセリシアの後ろをついて来ていたのだが、安心してる様子のセリシアとは違い流石にカルパディアが気にしないようにするのは無理だったみたいだ。


「これから私達は【イクルス】三番街と聖女様の安全を保つための話し合いを行います。申し訳ありませんが部外者は即刻立ち去って下さい」


「い、言い方が良くないです! 部外者だなんて……!」


「ですが事実です。ここから先は帝国の問題も関わってきます。素性の知れない者が会話に割り込む権限はありません」


「それは、そうかもしれませんけどっ……」


 セリシアは俺のことを庇ってくれているが、言ってることはカルパディアの方が正しい。

 あくまでもカルパディアは『司祭』だ。

 その役職がある以上たとえ奴の胸の内にどんな思惑があろうとも、俺がこの場に留まっているのは間違っている。


「聖女様、私のために怒ってくれてありがとうございます」


「……っ」


 だからここで無策のまま自分の都合を語ることには何の意味もないのだ。

 土俵に立てていないままその場に留まろうとするなど、ただセリシアに無駄な心労を負わせるだけだということもわかっている。


 そう……無策のままなら、な。


「会話に割り込むつもりはありません。言葉を発しないと約束もします。ですからどうか私も、話を聞くことだけは許可頂けないでしょうか?」


「残念ながら、これは好奇心で許可出来る事柄ではないのですよ。神様に愛されていると証明も出来ず、更には立場のない浮浪者がこの教会に滞在出来ていることだけでもあり得ないことなのです。この話し合いには貴方の処遇の件も含まれています。もう一度言いましょう。――即刻、立ち去って下さい」


「……証明。立場のない者、ね」


 結界を通り抜けることが出来ることを証明するってセリシアも言ったと思うのだが。

 どうやら都合の悪いことは先延ばしにするタイプらしい。


 冗談はさておきカルパディアの声は冷たく、拒否権は無いことを告げるに相応しい態度だった。

 それは偏に、本心から小汚い人間でしかない俺を見下しているが故の行動だと露骨に伝わって来る。


 ……でもそんなお固く並べた言葉が、今は馬鹿馬鹿しく聞こえて仕方ない。


 そりゃそうか。

 俺が結界を通り抜けられることも【聖痕】を所有していることも知らなかったんだ。

 そんなにも俺を、立場のない浮浪者のままで居させたいんだな。


「わかってるくせに、随分ととぼけるのが上手いもんだ」


「……どういう意味でしょうか」


「だからさぁ」


 眉を潜め俺を見るカルパディアに、俺は口角を吊り上げて見せる。


 あんたは俺が、俺の知っていることしか知らないと思ってるだろ。

 でもつい昨日教えてもらったんだ。


「俺は神サマに愛されてる、だろ?」


 あんたは俺が天使だということを……知ってるんだって。

 故にカルパディアに見せつけるように、俺は自分の頭を指で軽く叩いて見せた。


「……えっと」


 セリシアの瞳にもカルパディアの瞳にも、俺の純白に輝く白髪が映り込んでいる。


 だがセリシアにはその行動の意図が理解出来ない。

 それはたとえ彼女が俺が天使であることを知っていたとしても、それを証明する方法がこの白髪にあることを知らないからだ。


「…………」


 だが――帝国に所属し、何度も同族を見てきたであろうカルパディアはそれを知っている。

 だから俺のこの行動を見て露骨に眉が跳ね、マスクの上で柔らかな笑みを浮かべた顔がほんの少しだけ歪に変わった。


 あんたは最初から俺が天使であることを知っている。

 たとえ俺自身が神を愛する天使としての資格を有していない堕落した男であると評価していても、俺が『天使』であることは俺の身体がちゃんと証明しているんだ。


 恐らく奴は、初日からへレスティルが俺に対して友好的に接しようとしているとは到底思っていなかっただろう。

 コイツが俺が天使であると知っていながらそれでも態度を変えなかったのは、俺に奴が天使のことを知っているんじゃないかと不信感を抱かせないためだと思えば納得が出来る。

 俺が天使であると公表しない限り、カルパディアの態度に誰も疑問を抱かないからな。


 だが……俺はもう知っている。


 帝国がまだそれを公にしていない以上、この場でカルパディアがそれを公言することは出来ない。

 だから現状あんたはあんたの判断で俺が天使か否かを決めることが出来るが、ここで知っているのにも関わらず『天使』である俺を否定すればそれこそ神に人生を捧げる『司祭』に相応しくないよなぁ?


 つまり聖女のいるこの場であんたが出来ることは一つしか無いはずだ。


「……貴方が神様に愛されているかを私が決める権限はありません。ですが、本当に話し合いの最中に一言も発言しないと神に誓って約束出来るのであれば、特別に同席することを許しましょう」


「えっ……!?」


「……ありがとうございます。司祭サマ」


 ……だよな。

 わざわざセリシアに二度接触しその身を証明する必要があったということは、あんたの目的に『司祭』という肩書は重要な意味を持つということだ。

 たとえ都合の悪い事柄が起きても、『司祭』の立場であるあんたならそうしてくれると思ったよ。


 俺とカルパディアの中でだけ完結する攻防にセリシアは困惑してしまっているみたいだ。

 後でその理由を告げることは出来るが、どうしてかセリシアは最初の時から俺が『天使』だということについてこれまで一言も言及しなかった。


 だから俺も『天使』という言葉をずっとセリシアの前では使わないようにしているのだが、様子を見るに今回も無理して言う必要はないだろう。


「聖女様。とりあえずそういうことなので、案内……お願いします」


「……は、はい」


 なんにせよ、互いに妥協点を決めた。

 こっちもあんたが妥協しやすくなるように予め何も言わないと約束したんだ。

 何をするつもりなのかは知らないが、あんたの思い通りにいくとは思うなよ。


 とにかく現状で重要なのは俺も同席するという事実だけだ。

 困惑したままのセリシアに進むよう促した後、俺は再度二人の後ろについて行く。


 確かな憎悪をその身に宿したまま、俺は背を向けるカルパディアへ紅い瞳を煌めかせていた。

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