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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第11話(8) 『話し合い』

 帝国に在籍している何人かの司祭のうちの一人、カルパディア。


 年齢は恐らく20代後半ぐらいだろうか。

 口元を隠しているため目元での情報でしか判断出来ないが、人の良さそうな笑みを浮かべていることから一見人畜無害な風貌を醸し出している。


 この世界の司祭という役職がどれ程の権力を有しているのかは知らないが騎士団長と呼ばれたへレスティルの態度を見るに、少なくとも聖女の次にこの場では偉い存在なのは間違いない。


 だからこそカルパディアも一介の隊長でしかないコメットさんを無視して堂々とセリシアの前へと立った。


「お久し振りです、三番街の聖女様。またしても貴方様のお姿をこの目に収めることが出来て光栄でございます」


「カルパディア司祭もお元気そうで何よりです。ですが、どうしてカルパディア司祭がここに……?」


「それはもちろん、聖女様の身に危険が迫っているからでございます」


「わ、私にですか?」


 確かに考えてみれば騎士団はともかく帝国の権力者である司祭が自ら足を運ぶなど少々引っ掛かるものがある。

 てっきり聖女と会う機会があったら必ず来訪するのが仕事なのだと勝手に思っていたが、セリシアの反応を見るに毎回必ず来ているわけでもないらしい。


 実際、今回に至っては急を要する話であった都合上必要な手続きをほとんど取ってないみたいだから、セリシアに断りもなく司祭もついて来るなんて帝国内でもあまり良しとされる行動ではないはずだ。


 だが困惑するセリシアを前にカルパディアは笑みを浮かべる。


「彼を前へ」


「――っ!?」


 セリシアの驚きも束の間、顎を突き出すように騎士たちにそう目配せすると、騎士たちは一斉に俺を取り囲み数人で無抵抗の俺を押さえ付けた。


「――ぃっ」


 流石に権力者を前に抵抗するなどという愚策を行うわけにはいかないため素直に押さえ付けられてはみたが、一人の騎士の手が横腹へと入ったことで風穴となっている傷口を抉り俺は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。


「ここ最近になって三番街に咎人が現れる機会が急激に増えています。たった数ヶ月で二度もなど、これまでの歴史の中でもあり得ないことです。……ですがこの少年が三番街を陥れるために裏で手を引いていたというのならその辻褄も合うのですよ」


 それはそうだ。

 きっと俺がここに来てしまったから、三番街はここまでの悪意に晒されてしまった。


 アルヴァロさんはともかく、クーフルの一件と前の件はベルゼビュートが深く関わっていたものだ。

 ベルゼビュートが俺の思考を変えるために行ってきたことが結果として三番街の平穏を壊していたのは間違いないだろう。


 だから俺は否定しない。

 拘束され、更に痛みで悲鳴を上げてしまったことでセリシアはすぐにカルパディアへと声を上げた。


「カルパディア司祭! メビウス君に乱暴しないで下さい! 彼は怪我人ですよ!?」


「申し訳ございませんが、これも聖女様のためなのです。……ですが、怪我人ですか。それは不思議ですね。聖女様がそれを知っているのなら【聖神の祝福】により傷など一瞬で治癒出来る筈ですが」


「そ、それは……」


「怪我人を放置しているのは、聖女様ご自身も彼が貴方様に害を成す者であるとお思いだからではありませんか?」


「――っ!? 違いますっ!」


「では、何故」


「……っ」


 カルパディアの言葉にセリシアは言い淀む。

 この場において、あの男の主張は非常に理に適っていた。


 教会にいる俺。

 そして俺の名を呼ぶ聖女様。

 三番街を二度も守り抜いたという功績。


 それらがあって、それでも尚俺の身体に多くの傷が残っているのであればそれは何も知らない奴にとっては聖女の判断であると思って当然だ。


 だって、聖女様が非情であることなんて、有り得ないのだから。

 指摘されても尚行動に移さない聖女の姿はまさにカルパディアの予想が的中していると言っているように見えなくもない。


 ……けど実際はそうじゃない。

 そうじゃないが、この場においてその真実を口にすることは俺の立場を危うくするものであるとわかっているから、セリシアも迂闊に真実を告げることに躊躇しているみたいだった。


 以前、セリシアは言ってくれた。

 俺の特性のことや【聖痕】のことを帝国に告げるとしても、それは俺の気持ちを尊重して決めるって。


 けれど、地面に押さえ付けられ虚ろな瞳で無抵抗を貫く俺の姿を見て何かの決心を抱いたのだろう。


「彼には……【聖神の祝福】が効かないからです」


 セリシアは目を逸らすことなく正面からカルパディアを見据えてそう言った。

 当然、この場にいる本部の人間全員がざわめき始める。


 神の祝福が効かないというのは、まさしく神に見捨てられた存在であると言っても過言では無い。

 そしてそれはこの宗教世界にとってはどんな善人だろうと悪人と断定される事柄だ。


 まるで大罪人を見ているかのような鋭い眼光が俺に突き刺さり、俺を押さえ付けていた騎士の力が更に強く躊躇が完全に無くなっていた。


「ほう。では尚更そこの少年をこの場に留まらせるわけにはいきません。へレスティル殿、あの非教徒はそのまま捕らえ帝国に送る手筈を――」


「ですが彼には【聖女の聖痕】が刻まれています!!」


「…………は?」


 だがもちろんセリシアもただ不利な事実だけを告げるつもりなど毛頭無く、それこそこの宗教世界にとって先程とは真逆の結末となる重要な事柄を大声で告げてしまう。


 当然【聖痕】というものは秘匿されているものであるため、コメットさんを含め全ての一般騎士たちは困惑の表情を浮かべながらセリシアの言葉を聞いている。


 だがその中で、恐らく【聖痕】が何を意味するのかを理解しているであろうへレスティルとカルパディアだけが大きく目を見開いていた。


「…………今、なんと?」


「彼、メビウス・デルラルトには私と交わした【聖痕】が刻まれています。それに彼は結界を聖女の許可無しに通り抜けることが出来る特別な力も有しています。決して邪険に扱っていい人ではありません!」


「……いや、いやいやいや」


 聖女相手に表に出すことは無いが、カルパディアのその否定はまるで馬鹿げたものと一蹴しようとしているかのように肩を竦めてみせている。


 だが全てセリシアの言葉通りだ。

 理由は知らないが俺は俺は教会の結界をすり抜けることが出来て、尚且つクーフルの一件でセリシアに【聖痕】を共有してもらった。


 どれだけ誰かが否定しようとも、それだけは変わらない事実だ。


「あれは司祭以上の位を持つ者にのみ与えられる神聖な力です。それに、結界を通り抜けることが出来るなど……空想上の産物でしかありませんよ」


「ですが事実です。それは三番街の全ての方が知っています。実際にお見せすることも可能です。【聖痕】も……確かに帝国ではそうするよう推奨されていますが、誰が【聖痕】を持つに相応しいか、その決定権を持つのは聖神ラトナ様です。聖女セリシアは、彼に力を授けることが最善だと判断しました」


「……そこの小汚い浮浪者にその資格があると三番街の聖女様は仰るのですか」


「小汚くも浮浪者でもありません。彼は私達と共に教会で毎日を過ごす、大切な人です。ですからメビウス君を離して下さい! ……これは聖女としての、命令です!」


 精一杯ではあるがセリシアは強い瞳を俺を拘束している騎士たちへと向けると、騎士たちはビクリと身体を跳ねさせて俺を抑え込む力が見るからに緩くなった。


「結界を通り抜けることが出来るなんて……本当のことなのか……?」


「だが聖女様は嘘を吐かない。ということは……」


「この男が、全ての聖女様方の……?」


 騎士たちは【聖痕】についてはわからない。

 だが『結界を通り抜けることが出来る存在』というのは帝国が長年追い求めて、尚且つ大々的に世界に告げて教会に連れて来た子供たちにも願っているものだ。


 その完成形が目の前にいるという事実は、帝国に忠誠を誓う騎士たちにとってとても重要なことだった。


 だが、事実だからと言って認められるかと問われれば決して答えは一つにはならない。

 それは神聖で潔癖な帝国に所属しているからこその感情でもあった。


「い、いやしかし! 身元が不明なことは事実です! 拘束を解けば聖女様に危害を加える恐れがあります!」


「そ、そうです! それに幾ら結界を通り抜けることが出来るとしても、帝国の許可無く教会の滞在を許すなど前代未聞ですよ!?」


「そうだ! ここの騎士は何を考えているんだ!?」


 本部の騎士ということもあって、聖女に対する信仰心は三番街のみんな以上だ。

 本気で聖女の身を案じているからこそ出る言葉は、初めて三番街に顔を出した時のみんなを思い出させる。


「……」


 あの時は、ここに留まろうと必死だった。

 だけど今の俺はもう、騎士たちの言葉を頭ごなしに否定することは出来そうにない。


 ……俺は聖女を傷付けた。

 ついさっき危害を……加えたんだ。

 セリシアは俺を守ろうとしてくれているが、今はカルパディアや本部の騎士たちの言う通りなんじゃないかと思ってしまう。


 【聖痕】は俺に渡すべきじゃなかった。

 幾ら結界を通り抜けることが出来るとしても、俺を教会に招き入れるべきじゃなかった、と。


 だけど同時に、この【聖痕】を失いたくない。

 唯一残った君と心を通わせた証を失いたくないと思う自分もいて。


 自分の何が本心なのかわからないまま身体の力は絶えず抜け続けていた。


「団長命令だ。彼を離せ」


 どうせ本部の連中が来た以上、街を見回ることも出来なくなるからもう流れに身を任せるままでいい。

 振り掛かる罵声を聞きながらただ時が過ぎるのを待っていると、不意に騒がしい音をも貫く冷たい声が全員の耳へと届く。


 騎士たちはぎょっとした目で声の主であるへレスティルを見て、すぐに俺を掴んでいた手と共に一斉にその場から離れた。


「メビウス君っ!」


 拘束が解かれた瞬間、セリシアは心配そうな顔で俺のもとへと駆け寄って労わるように起こしてくれた。


「何処か痛みませんか!? ごめんなさい……酷い仕打ちを受けさせてしまって」


「……心配しなくていいよ。別に、普通の判断だったと思うし……俺こそ、そんな顔させてごめん」


「謝る必要なんて……」


 彼女に労力を強いてしまったことを反省しながら、俺は抜け落ちていた力を身体に入れて若干ふらつきながらも何とか起き上がることに成功する。


 結局、セリシアに助けられてしまった。

 彼女の権力を使わなければ俺がこの場に留まることが出来ないことを改めて痛感させられる。


「司祭様。聖女様の指示はこの場の誰よりも優先するのが我ら聖神騎士団の、何より敬虔な信者としての生き方です。僭越ながら、彼の処遇は聖女様に任せるべきだと思います」


「…………」


 へレスティルの言葉にカルパディアは無言を貫くが、その実司祭の顔付きは終始穏やかな目をしたままだ。

 実際、そうするべきだとも思っているのだろう。


「事情はわかりました。ですがそこの少年がこの場に相応しくない者であることには変わりません。それに事は何も、彼だけが問題視されているわけではないのです」


 だがカルパディアはへレスティルの主張を受け入れながらもあくまで完全承諾することなく己の主張を掲げ始めた。


「二度の攻撃を受け、帝国では【イクルス】三番街の聖女様の在り方について話し合いが行われておりました。貴方様が数ある聖女様の中で三番目・・・に強力な【加護】を持つお方とはいえ、三番街を担当する司祭として聖女であるためのマニュアルを無視した結果起きた一連の事件を何もせず終わらせるわけにはいかないのですよ」


「それは……」


「帝国で行う来たるべき【神降ろしの儀】を問題なく完遂させるためにも、今聖女様をこのような危険な場所に在籍させ続けるわけには参りません」


 その【神降ろしの儀】とやらがどういうものかは知らないが、確かセリシアはその儀式を行うために必要な『聖現物』として『聖水』を作っていたんだったか。

 各地にいる聖女も同様に『聖現物』を作っているという話だったから、恐らくその儀式は聖女や帝国にとって非常に重要な意味を持つものだと推測出来る。


 そうなって来ると三番街の現状に危機感を抱くのは当然のことだ。

 だが在籍させ続けるわけにはいかないと言ったって、セリシアが居なければその三番街を機能させることだって出来なくなる。


 それは帝国としても許容出来ることではないはずだ。

 ……ならば、どうするか。


「つきましては帝国での儀式を完遂させるまでの間、一足先に帝国に戻り保護を受けるべきだと司祭として主張します」


「――っ!?」


 そうして決めたカルパディアの言葉に、セリシアはきゅっと胸が締め付けられたかのように胸を押さえ小さく肩を跳ねさせていた。

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