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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第四巻 『2クール』
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第11話(3) 『平和の象徴』

 カイルの指摘した至極当然の疑問。

 今まで見てきた色んな人が出入りし活発だった三番街が鳴りを潜め、静けさが空気を通して伝わって来ているからそんな疑問にすぐに気付いてしまったのだろう。


 その言葉を受け思わず息を呑む俺達を前に、セリシアとリッタも辺りを見回し改めて街の様子に気を配ってしまっていた。


「ほんとだ! どうして?」


「確かに今日は他の番街から来て頂いている方々も見当たりません……何かあったのですか?」


「そ、それは、ですね……」


「え、えっと……」


「「「「…………」」」」


 セリシアの純粋な問い掛けに思わず全員の言葉が詰まる。

 俺も息を呑んで事の成り行きを見守っていた。


 セリシアは三番街に起きた一連の流れを知らない。

 既に終わったことなのだから事後報告として伝えてもいいが、きっとセリシアは優しいからその間に儀式を行っていた自分を責め、またみんなに頭を下げてしまうのだろう。


 だからきっとみんなは言いたくない。

 けれど、だからといってセリシアに嘘を吐くことなど出来るはずもなかった。


 だから……起こるのは沈黙一つ。

 セリシアもみんなの表情からただならぬ気配を感じ、少しだけ心配そうに視線を向けてしまっていた。


「……くっ」


 ……どうする?

 どうすればセリシアを誤魔化すことが出来る?


 心配させては駄目なのだ。

 平和と平穏の混じった日々を送るためには、その核であるセリシアを悲しませることは絶対にあってはならない。


 だがここで俺が飛び出したとしてどうなる?

 俺だって彼女に嘘を吐きたくなんかない。

 言い訳をすることは得意だから、飛び出せばセリシアを言い包めることは出来るかもしれない。


 ……けれど、今の俺のボロボロの姿を見て彼女が納得するとは到底思えなかった。

 それらに繋がりがあるとは思わないだろうが、今度は俺に心配の眼差しを向けられてしまうだろう。


「……」


 それでも……それが俺のやるべきことであるのなら。

 そう思い俺は意を決して話に割り込もうと身体を動かす。


「不安を抱かせてしまい、大変申し訳ございません。聖女様」


「……! コメットさん」


 だが、その俺の動きを止めたのは俺と同じくこの状況を打開しようと割り込んだ聖神騎士団たちだった。

 中央広場の一角にみんなが集まっていることに気付き警備を中断して集まってくれたのだろう。


 多分、途中までの会話は聞こえていたはずだ。

 それを証明するようにコメットさんは話の流れを理解しながら街のみんなの前へと立った。


「ですが聖女様が気に病むようなことがあったわけではありません。ここ最近、森の中に生息している動物が徐々に人里に近付いていると報告がありました。その調査と他の番街の者が不用意に森に入らないようにするため、現在三番街では安全が確認出来るまで一時的に各番外に続く門を封鎖しています」


「動物……ですか?」


「はい。報告によれば問題視されているのは群れの狼だそうです」


「狼……ぁっ」


 信者も含め、聖神騎士団は嘘を吐かない。

 各門の封鎖がそのことに直接影響しているわけではないが、実際にそういう報告はあったのだろう。


 明らかにこの状況下では関係のない話題ではあるが、話をすり替え興味を持たせるための話題としては充分過ぎる効果があった。


 何故ならそれはセリシアにも心当たりのあるものだから。

 依然俺と森に入った際に現れた狼の群れ。

 コメットさんはその狼たちのことを言っているのだと、セリシアは理解していた。


「その狼たちは姿が赤く変色してしまっているようです。以前に三番街を襲った罪人が喰われた際にもあの狼が関係していました。恐らく多くの人血じんけつを摂取したことで体内に魔力が溜まり突然変異したものだと思われます。所謂……魔獣と化している可能性も否定出来ません」


「そんな……それではその子たちは」


「人の味を怯えた獣は危険です。もしも魔獣にまで変異していた場合、討伐も視野に入れる必要があります。ですからその判断が必要かどうか確認が取れるまでこうして街の皆さんに強力して頂いているのです」


「……そう、なんですね」


 多分……いや、確実にそれは俺のせいだ。

 あの狼たちもクーフルを食べただけではそこまでの狂暴性は無かっただろう。


 だがここ最近は大量の人間が殺されている。

 一応埋めてはいるが、恐らくその死体たちは全て狼たちによって掘り起こされ捕食されてしまっているはずだ。

 それが重なりに重なって、コメットさんの言うような事になってしまっているのだと思う。


 一応、あの狼たちは俺とセリシアとの思い出に欠かせない奴らだ。

 俺が直接の原因とはいえ討伐されてしまうのは心が痛む。

 だが俺にそんなことを思う権利なんてないから、軽く目を伏せコメットさんの言葉を素直に受け入れていた。


「どうにか、その子たちを外に出してあげるわけにはいきませんか?」


 けれど……そんな俺とは対照的にセリシアは諦めきれてはいないみたいで妥協案を提示している。

 だがもちろんコメットさんもその主張を素直に受け入れるわけにはいかなかった。


「外に出せば、次に狙われるのは【イクルス】に物資を届ける行商人たちです。聖女様の優しさを尊重するからこそ、無駄な悲劇を生まないためにもこちらで処理するべきだと私は思います」


「……コメットさんの言う通りです」


 コメットさんの言葉は正論だ。

 それはまさしく俺がやって来ていることと同じで、変わることは無いのだから殺すしか選択肢が無いという、話の通じない相手に行う最後の方法だった。


 そうしなければ守らなければならない人たちを守れない。

 でも、諦めるしかないというのは彼女にとっては辛いことなのだと思う。

 仕方のないことではあるが彼女が悲しむ顔を見たくはなくて、思わず様子を伺ってしまう。


 けれど……視界に映るセリシアの顔に諦めの文字は一つも無かった。


「ですがそれでも、決してその子たちに罪があるわけではありません。生きるために食べようと思ってしまうのは仕方のないことです。大事なのは、食べてはいけないことが何かをわかってもらうこと。食べる必要が無いくらいに、お腹を満たしてあげることだと私は思います。それがたとえ人間都合であったとしても……私は、生かすことを諦めたくありません」


「……!」


 ……そんな選択肢が、本当にあるのだろうか。

 俺にはそんなこと、一度だって考えられなかった。


 どうせ変わることは無いのだから。

 人同士ですら分かり合えないのに知性のある人と欲望に忠実な獣が分かり合うことなんて出来るわけもないから、殺すことが最善なのだと思っていた。


 けどセリシアはそれじゃ駄目だと言う。

 獣も生きているのだから幾らでもやり直せるのだと、夢物語に近いことを本気で思ってしまっている。


「し、しかしそうは言っても奴らは狂暴です。言うことを聞かせるようにするなど到底……」


「……私に。チャンスを頂けませんか」


「なっ――!?」


 しかもやり直せると本気で相手を信じているから、彼女はリスクをリスクだと思わずにいつも手を差し伸べようと前に出るのだ。


「いけません! 聖女様が自ら危険に飛び込むなど! たとえ『聖神の奇跡』があったとしても聖神騎士団として許可するわけにはいきません!」


「守られてばかりでは駄目なんです。私はただ願いだけを言って、皆さんを振り回したいわけではありませんから。騎士の方々の判断を待ってもらう以上、私も私の責任を果たすべきだと思います」


「そうは言っても……!」


 セリシア一人森に入り危険な目に遭うことを許容する奴なんて三番街にいるわけがない。

 俺が後ろからこっそり見守ることも出来るがこの場においてはそんな考えが出るはずもなく、コメットさんはどうにか説得しようと言葉を探してるみたいだった。


 聖神騎士団は三番街を守る以上に聖女を守ることを最優先としている。

 だからいつもならセリシアについて行くという判断を取れるが、今回に限っては三番街自体の警備体制を強化しているのもあってすぐにとはいかないのが現状なのだろう。


 本当は狼の件自体後回しにしても構わない事柄なのだろうが、これを三番街封鎖の原因として使用してしまったため後回しにすればセリシアに疑念を抱かせることにもなる。


 板挟みになっている以上、コメットさんも難しい判断を迫られていた。


「いいじゃないですか」


 だがそんなコメットさんの悩みを後押ししたのは、守られるべき街のみんなだった。


「俺達のことより、聖女様が正しいと思ったことに手を貸すべきです。聖女様にしか出来ない事の方が多いのですから、聖神騎士団としての責務を優先してください」


「そうですよ。聖女様のしたいことが私達にとっても大切なことなのですから。聖女様のおかげで私達は豊かで安心した生活を送ることが出来ています。神様が私達を見てくれていることこそが最も有難いことなのです」


「皆さん……!」


 みんなの向けられた信頼に、セリシアは顔を明るくさせる。

 コメットさんたちは小さく息を吐きながらも、判断を後押ししてくれたみんなに感謝してるみたいだ。


 ……けれどみんなの笑顔とは対照的に、俺の顔は俯いてしまっていた。


「……何言ってんだよ」


 こんなの……茶番だ。

 彼女のために行動するのは良い。

 けどそのリスクを考えずに神が見守ってくれているとほざき身を委ねるなど、生きることを諦めているのと同じことじゃないのか。


「それで……それであんたらは良いのかよ……」


 人は簡単に死ぬのに。

 街のみんなの考えはあまりにも異常だ。

 だがここ最近は、むしろ俺の方が異常なのではないかと思い始めている。


 みんなの平穏の中にやっぱり俺だけがいない。

 俺だけがみんなの平穏に共感することが出来ないことに、酷く重いものが身体に伸し掛かったような気がした。


「……わかりました。そちらに関しては後程話し合い、日程を煮詰めましょう」


「……! ありがとうございますっ! 私、精一杯頑張りますね!」


 結局、コメットさんもセリシアの願いを受け入れたみたいだ。

 騎士隊長として真面目な顔で頷くコメットさんを見て、こういう人柄だからこそ三番街の隊長として信頼されているのだと気付いた。


 もっと頭の固い奴だったら、きっとセリシアの夢物語に近い可能性を否定していたはずだ。

 それどころかもっと根本的に、聖女は街全体を守護するだけでいいと喚いていたかもしれない。


 セリシアがここまで何かを信じ続けることが出来ているのはみんなのおかげでもあるのだと思うと、俺に重く伸し掛かった何もかも耐えられるような気がした。


 話が一区切りし、何とかセリシアを誤魔化せたことに小さく安堵の息を吐く。


「……っ?」


 だがふと視界を俯瞰して見ると、何やら店についての異変に気付いたカイルはそれでもまだきょろきょろと何かを探すように辺りを見回していた。

 やがてカイルはリッタと共にセリシアの袖を軽く引き、不安そうな目を向けているのが見える。


「……聖女様」


「……きっと、大丈夫ですよ」


 カイルもリッタも、どうしたんだろう。

 セリシアも柔らかな笑みを向けて安心させるように努めてるみたいだが、その表情は少しだけ無理をしているようにも見える。


 疑問に思う俺を前に、コメットさんは切り替えるように一歩前へと主張した。


「方針も決まった所で話を戻しますが、そういった兼ね合いもあり三番街を封鎖しみなに我慢を強いてしまっているのは事実です。そんな中聖女様が儀式を終えたことで、私達は救われた気持ちでいるのですよ」


 コメットさんは言葉を続ける。


「お祝いまではせずとも構いません。ですが私達にとって聖女様は眩い光でもあるのです。住民としてだけではなく信者としての想いを、受け取って頂けると幸いです。聖女様が私達の話を聞いてくれるだけでも、みなにとっての安らぎになるのですから」


 コメットさんの言葉に賛同するように、街のみんなも大きく頷く。


 みんなの想いが伝わったのだろう。

視線を一身に受けながらセリシアも小さく笑みを浮かべて。


「……わかりました。ではお言葉に甘えて皆さんのお話を聞かせて下さい」


 本当の意味で儀式を終えたことを、街のみんなに囲まれることによって示していた。


「ねぇねぇ聖女様! 久し振りに絵本読んで!」


「えー!? ずるい! 独り占めは駄目なんだよ!」


「ふふっ。一人ずつ聞きますから、喧嘩しては駄目ですよ」


「カイル君リッタ君。良かったらこれ食べるかい? 今日のは採れたてなんだ」


「たべるー!」


「……」


「カイル君?」


「あっ、うん。俺も食べる……」


 セリシアは街の子供たちに手を引かれて、カイルとリッタも大人たちの優しさを受けながらつい先程まで霧が掛かっていた三番街には光が差し込み続けている。


 セリシアが道を歩く度に、住民たちには笑顔が零れていた。

 街の子供たちも楽しそうに話していて、今だけ世界は平和に満ち溢れていると錯覚する。


 そんな景色を、俺はずっと遠目で見続けていた。


「……」


 ……やっぱりセリシアは凄い。

 彼女は、平和の象徴だ。

 彼女が笑みを浮かべられているということが平穏である証なのだと思うことが出来る。


 俺の疲れも優しく包み込んでくれるような平穏をあの子はいつも見せてくれた。


 この景色を失いたくない。

 自分の吐きかけた弱音がどれだけ甘えていたものだったのかを深く突き付けられた。


 この場にいる誰か一人でも欠けてしまえば、それだけで平穏は壊されてしまうのだ。

 休んでる暇も、少しの見逃しもあってはならない。


 頑張らないと。

 悪党がいつか完全にいなくなる日まで、俺が……頑張らないと。


 でも今は。

 今だけは。


 この維持し続けたいと思える景色を目に焼き付けていたい。

 自分が何のために戦っているのかを意識付けるためにも俺は無言のまま平穏な日々を見続けていた。


 でもやっぱり、ただ一つだけ気になったのは。


「……」


 時々視線を彷徨わせ、何かを探すように遠くを見ているセリシアの姿だけだ。

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