プロローグ(4) 『地縛』
三番街を取り囲む森の中を、俺は身体をふらつかせながら歩いていた。
最後に寝たのはいつだっただろうか。
そんな疑問が浮かぶ程に、俺は移り変わる空の景色を何度も見てきた。
……寝たら必ず夢に見る。
子供の頃、俺がしてきたことの光景を。
耐えられなかった。
また寝ようだなんて、そう思うことが出来なかったんだ。
だから仮眠も取らずに歩いてた。
月が落ち、太陽が昇る度に俺は今日もまた平穏な日々が壊されなかったことに安堵する。
少しでも気を抜けばすぐにそんな日々が壊されてしまうことを、誰よりも理解していたから。
……あの日。
俺の数々の間違いのせいで全てを失ったはずだった。
ルナを奪われ、テーラに助けられ、けれど俺の手だけは届かなかった。
三番街の住民全員は餓死し、肉を虫に喰われ……教会は燃えて崩れ落ち、まだまだこれからの人生だったはずの子供たちは惨たらしく殺された。
今でも死臭が鼻にこびり付いている感覚がある。
そして、絶対に失ってはならない聖女……セリシアの身体は赤く染まっていた。
それら全てが、【原罪の悪魔】ベルゼビュートによって引き起こされたものだ。
俺は全てを失ったはずだったんだ。
……それでも。
それはあくまで起こったはずの事柄でしかなかった。
現実は違う。
現実はそれとは真逆の結末を迎え、俺がまた三番街の危機を救ってみんなからの信頼を勝ち取った。
勝ち取った、ということにされたのだ。
自分の間違いが正解だということにされて、みんなから信頼の籠った目で見られることが気持ち悪くて仕方が無かった。
けれど絶望が無かったことになったのは事実で平穏は今も尚続いてる。
たとえそれが偽りの平穏だったとしても、その創り出された小さな光が決して消えないよう必死に抱えて、俺は今日も僅かな悪意を見逃さないよう森の中を歩き続けていた。
「今度こそ……誰も失わせない……」
少しでも気を抜けばすぐに平和は崩されてしまうのだ。
もしも俺が寝ている間に三番街のみんなが殺されてしまったら、それだけで教会の結界は壊れセリシアが殺されてしまうことを知った。
たとえベルゼビュートでなくとも、セリシアに手が届く方法を知っているというだけで全ての悪党が脅威となってしまっている。
俺が教会でのんびりと寝ている間に三番街の住民を全員殺せば、それだけで教会へ入るための切符が手に入ってしまう。
それをベルゼビュートは俺に示したんだ。
悪党はいつ如何なる時でもセリシアを狙っているのだと。
聖女を守るはずの結界が街全体に唯一張られていないが故に、守りの手薄な聖女のことを悪党は必ず狙ってくるのだと。
それは今日か、はたまた明日か一週間後か一か月後か。
途方もない、非現実的な考えだ。
だけどこれは悪意を受けた者だけが思える思考でもあった。
悪党が……犯罪者がまだ生きているせいで。
今度こそ取り返しのつかないことになってしまうのではないかと、そう当事者は恐怖しビクビクと怯えながら毎日を生きる。
それはきっと、以前までテーラが抱いていたものと同じものなのだろう。
全ては何の罪もない人を必ず守りきる保障が成されていないのによりにもよって悪党が生かされ、被害者ではなく加害者の権利を重視した法によって守られているが故に起きていることだ。
仮に悪党が捕まっても、人々の平穏は取り戻せない。
一生牢屋から出ることのない人生を送ることも、二度とこの世に足を踏み入れることが無いよう死刑になることだってほとんどない。
特に犯罪が起きてしまったらもう遅いのに、未遂で捕まえたらより刑が軽くなるという意味の分からないことが当たり前に存在しているんだ。
……法は無力だ。
少しでも悪意を持つ者がこの世界にいるとわかっているだけで、被害者は完全に不安を取り除くことなんて出来ない。
だから、俺は。
「そのために、悪党は【断罪】する……」
もう二度と、平穏な日々を送ろうとしている人の前に悪党が現れるようなことが無いように。
「悪党は、【断罪】するんだ……!」
もう二度と、俺がそんな不安を抱いてしまわないように。
俺はボロボロの身体でいながら自分の命を削り、紅い瞳を煌めかせ途方もない考えを抱いたまま昼夜を問わず三番街を守り続けていた。
そんな闇夜に溶け込もうとする少年に手を差し伸べようとしているみたいに。
左手に宿る【聖痕】はあの日以来、まるで自身の存在を確認するかのように、絶え間なく点滅し続けていた。
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