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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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エピローグ(3) 『小さな光』

 ベルゼビュートに、あの【悪魔】に全てを壊されて、そうした結末の後に起きたのが今であるなら、教会を燃やし尽くした後近くの木々にも炎が引火して更なる業火に呑まれるはずなのに、そこにはまるで何も無かったかのように木々は太陽の光を一身に浴びていた。


「――――」


「あ、おい!」


 それに気付いた瞬間、俺は住民たちの静止の声も振り切って急ぎ足で教会へと進み続けた。


 息が荒れて、視界が揺れて、全員死んでしまった絶望の地に立つ限りこれ以上頑張ることなんて無いと思っていたのに、俺はこうして今も必死に坂を上っている。


 それは一重に、あるはずもない期待を抱いてしまっているから。

 期待を裏切られた結果自分が何を感じるかなんてわかっているのに、それでも僅かな希望に縋ることで傷付くことから目を逸らしているからだ。


「メイト、ユリア、カイル、パオラ、リッタ……」


 一度失ってしまった大切な子供たちの名前を呟きながら、紅い瞳はただ一点を見つめている。


 教会に戻ったらきっと笑顔を向けてくれるのだと信じて、見たくない結末から自分を誤魔化すためだけにその名を呟き続けている。


「セリシアっ……!」


 守ることも、救うことも出来なかった大切な少女の名前を呟く。

 死んで、もうそれ以上傷付く必要なんてないのに、俺が無力なばかりに更に傷付いてしまった大切な少女の名前を呟いた。


「――――ぁ」


 そうして坂を上りきると……俺の視界には炎の一つも映り込んでなどいなかった。

 教会が崩れているわけでも、ましてや礼拝堂に続く扉が傾いているわけでもない。


 ただいつも通り平和と平穏の象徴であるその姿を見せて俺を歓迎してくれているだけだ。

 鉄門に触れても高温により手が焼き尽くされるわけでもなく、ただ冷たいままに俺を受け入れてくれるだけだった。


 鉄門を開くがやはり手の何処にも痛みなど感じなくて、もたつく足を強引に動かし綺麗に整備された表庭を歩いた。


 ……悲劇など何処にも無かった。

 鳥はさえずり木々は揺れ、心地よい風が俺の肌を撫でるだけで、何ら変わらないいつも通りの教会を形作っている。


 だから俺は無意識のうちに歩幅を大きくして礼拝堂の前へと立った。


「……っ」


 外見上はあの悲劇とは似ても似つかない程に異なっている。

 だが室内はどうか、と。


 どうなっているのか知りたいと思う自分と、これ以上嫌な光景を見たくないという自分が交差していた。

 だから扉を開けるのに躊躇してしまって、どうしても開ける踏ん切りが付きそうになかった。


「……みん、な」


 それでも、知らなければならないと思うから。

 だから俺は意を決して、礼拝堂に続く扉を開いた。



――



 ……何も、変わってない。

 俺がずっと守りたかった場所がそこにはあった。


 何処にも炎は無くて、崩れた場所も無くて。

 【聖別の儀式】に使用していた道具も倒れてなくて、礼拝堂の一番奥に積み上げられた聖水の瓶が入ったボックスも倒れていない。


 仮に今俺がまだベルゼビュートによって過去の世界を追体験しているのなら、少なくとも積み上げられた聖水の数は俺が最後に見た時の個数で固定されているはずなのだ。


 だが聖水の入った瓶の数は、俺が最後に見た時よりも明らかに増えている。

 それはつまり、今の俺は確かにある程度の日数の立った世界に立っているという証拠でもあった。


 俺の耳に、あの頭が痛くなるような聖歌の声は聞こえてこない。


「――ああ~! お兄さんやっと帰って来たぁ!」


「――――」


 だがその代わり、ずっと聞きたくて聞きたくて、もう二度と聞こえないと思っていた声はしっかりと耳に届いていた。


 反射的に視線を向ければ、人の出入りの音に気付いたであろう紫髪の女の子がリビング側の扉を少し開けて礼拝堂に顔を出している。


 そして大声を出すことで全員に俺の存在を周知させたかったのだろう。

 その子の思惑通り、リビングからドタバタと無数の足音が礼拝堂に響いていた。


「シロ兄帰って来た!?」


「カ、カイル押さないでよぉ……」


「お兄ちゃん! シロお兄ちゃんかえってきたって!」


「いつまで帰って来ないつもりだ~って、怒ってあげなよリッタ」


 全員揃ったのを待って、紫髪の少女……ユリアを先頭に子供たちが礼拝堂へと入ってくる。

 笑顔で、騒いで、動いて、はしゃいで、光の灯った目を俺に向けて。


「……ぁ、ぁあ」


 ちゃんと生きている証をこの目で見てしまったが故に、俺は身体に力を入れることが出来ず脱力し、そのまま両膝を床に付けてしまった。

 ずっと強張っていた顔も、固くなり震えが止まらなかった身体も全て柔らかくなる。


 そんな俺の突然の脱力にぎょっと驚いた目を向ける子供たちを見て、どうしようもないくらいに愛おしさを感じてしまった。


「だ、大丈夫お兄さきゃあっ!? ちょ、ちょっとお兄さん!?」


「え、ちょっ、なんですか師匠!? 子供扱いしないで下さいっ!」


 年長組としての判断力の高さ故に一番早く傍に駆け寄ってきてくれるメイトとユリアの心配そうな顔を受けて、俺は衝動的に二人を思いきり抱き寄せた。


 さすがにまだ子供とはいえ、もう自立を始めようとしている年齢だ。

 当然俺の突然の奇行に驚き身をよじって拘束から抜け出そうとするが、俺は決して……もう二度と離さないように全力で二人を抱き締め続けていた。


「お、お兄さん! 離れ……お兄さん?」


 力では勝てないと悟って何とか説得しようと顔を上げたユリアの言葉が止まる。


「……な、泣いてるの?」


「……師匠?」


 その間ずっと俺の身体は小刻みに揺れ喉が鳴り、嗚咽を洩らし続けていた。


 その様子からあることを察したのだろう。

 メイトとユリアは驚いたように目を丸くし、俺の状況を理解したからか困惑したようにお互いを見合っていた。


「えー!? 姉ちゃんがシロ兄泣かせたー!」


「わ、私じゃないよ! お兄さん……大丈夫?」


「お、お兄さん、元気出して……?」


「リッタもだきついてあげるー! ぎゅー!」


「……師匠」


 二人の後からついて来た年少組も俺の泣き顔を見て騒ぎ出し、少しでも元気になってもらおうとみんなが俺を抱き締めてくれた。

 その温もりが、その声が、生きているという証があ、俺の心に止めどない激情を流し込んで、絶え間なく涙を流し続けてしまった。


 何処にも傷はない。

 何処にも、血は流れてないっ……!


 みんな……みんなっ、生きてる。

 死んだって、もう絶対に生き返らないんだって、そう諦めていたというのに、みんなは俺の声に応えてくれてる。


 みんなの鼓動も、熱もちゃんと感じてる。

 それがどうしようもなく嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらなくて、子供の触れれば壊れてしまいそうな身体をめいいっぱい抱き締め続けていた。


「皆さん……どうかしましたか?」


「――――ぁ」


 ずっとこのままでもいい。

 そう思っていた矢先、二階の方から軽やかに階段を降りる音と、そして何度も聞き続けてきた声が耳に届いて、俺は反射的に顔を上げた。


「――えっ!? だ、大丈夫ですかメビウス君っ!」


 顔を上げたことでその足音の主に泣き顔を見られ、俺の泣き顔など初めて見たであろう少女は慌ててこちらへと近付いて来る。


 麦藁色の絹のような綺麗な髪を靡かせて、純白に染まった聖女服に身を包んだ、神に愛されているという俺にとって大切な少女。


 その少女の何処にも赤く染まった場所は無くて……心臓も、きちんと動いているのが伝わってきた。


「せり、しあ……」


「はい、セリシアです。大丈夫ですか? メビウス君――きゃっ」


 名前を呼べば応えてくれる。

 それが当たり前では無いことを知ってしまったから、俺はセリシアの手を取って体温を確かめた。


 ……冷たくない。

 冷たく、ないっ……!


 最初は俺に手を握られて驚き顔を赤くしたセリシアだったが、ずっと涙を流し続け嗚咽ももっと大きくなってしまった俺を見て、セリシアはより心配そうに俺の顔を覗き込む。


「何か、あったんですか……? やはり【神託】の通り……いえ、私に協力出来ることなら何でも言って下さい。私、メビウス君の役に立てるように精一杯頑張りますから」


 深く事情を聞かずに、あくまで俺の意志を尊重したからこそそんな言い回しになったんだろうということはわかった。

 なんだかそんなセリシアの気遣いもやけに懐かしく感じて、泣いているのか安心しているのか段々とわからなくなっている自分がいる。


 ……でも心配しなくていいよ。

 もう、全部どうでもいいんだ。


 今ここに守りたかった人達がいる。

 救いたかった人達がいる。


 三番街の異常事態を解決したことになっていて、それを教会のみんなは知らずに平和と平穏に満ちた日々を過ごし続けていたという事実だけがここにある。


「……ううん。何も、無かったよ。ただ、ちょっと疲れただけだ」


「そう、ですか?」


 だから何も無かった。

 俺が傷付き、絶望に呑まれ、人殺しという過去を突き付けられ。


 そうして壊れた俺の心はこんな小さな希望によって包み込まれて、生きる理由となってしまった。


 全部、ベルゼビュートの思惑通りだ。

 きっと俺が【悪魔】に見せられていたものは在ったであろう『選択の結末』であり、俺が『欲望』を無くさないように敢えて奴は俺の失敗を成功に変えたのだ。


 俺に絶望を与えることで『変わらない』ように。

 俺が堕落した天使のままでいるように、と。


 事実、先程まで抱き続けていた自殺願望は既に消えてしまってる。

 もう決して『選択』を間違えないように、みんなを死なせないようにと、強い欲望を抱き続けている。


「……」


 そっと抱き寄せていた子供たちを離して、俺は溢れ出る涙を手の甲で拭いた。

 心配そうに寄り添う子供たちと、取り出したハンカチで俺の涙を甲斐甲斐しく拭いてくれるセリシアの慈愛に魂が溶かされていきながら、


「……ただいま、みんな」


 俺はあの人の思惑通り希望という可能性を持ち続けて、【悪魔】によって意図的に創られた小さな光に縋り続けていた。




 第三章(完)

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