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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第10話(14) 『欲望だけを求めた先に』

 手を離した包丁は終始ラックスさんの横腹に刺さり続け、ラックスさんは激痛に呻きながら信じられないような顔で自身に突き刺さる包丁を見続けていた。


 仮にも騎士として刃を交え続けてきた人だ。

 刺し傷による耐性はやはりあるのかショックで叫ぶようなこともなく、何とか状況を整理してるようだった。


「メ、ビウス……!? おま、え……!」


「本当は痛くなんかしたくなかったんです。ラックスさんも俺にとってとても大事な人ですから、アルカさんの時みたいに何も分からないままでいてほしかった」


「な、にを……! ――ぐあああっ!?」


「……動かないで下さい。苦しませ続けさせたくなんて無いですから」


 ラックスさんの横腹に刺さっていた包丁を引き抜き、その衝撃で飛び散った鮮血が俺の顔に振り掛かる。


 二重のダメージを負ったラックスさんの悲痛な声に顔を顰めながら、俺は素早く包丁の刃先をラックスさんの心臓へと向けた。


 早く殺さなくちゃ。

 痛みが続けば続く程ラックスさんに嫌われてしまう。


 何もしてくれない神様の代わりに俺がエウスを助けなくちゃいけないだけで、決してラックスさんに恨みがあるわけじゃないんだ。

 ただあの女天使やラックスさんの言葉に則って、神様のお導きとやらに従ってあげているだけのこと。


「……」


 だから躊躇せずしっかりと狙いを定めて包丁を突き付けた。


「ぐ――っ!!」


 だがラックスさんは激痛に耐えながらもすんでの所で横にズレ、俺の包丁を回避する。

 躱されたことなんて初めてだったから、動揺しつつも俺は再度ラックスさんに焦点を合わせた。


「……俺に協力してくれるって、そう言ってくれたじゃないですか」


「……なんで、だ!? お前はっ、こんなことをするような奴じゃなかった!」


「……何も変わらないですよ。俺は昔からいつも、大切な人を守るために生きていたじゃないですか。そのやり方が……これだっただけです」


「そのやり方が……! どうして助けを求めない!?」


「あんたたちじゃ出来ないからだよっ!!」


「――っ!?」


 俺だって助けを求めたくて堪らないよ!

 本当に、妹を助けるための方法を教えてくれるのなら、俺はいつだってこんなことやらなくて済むようになる!


 だけど……!

 神様なんかを信じて人生を決めてるような人達に、一体どうやって確信を持ってエウスを助ける方法を探すことが出来るって言うんだ。


 どうせ……他に方法があるはずだ、妹を助けるために罪も無い人を殺すのは間違ってるって、そんな他人事だから言える綺麗事を並べ立てられるのがオチだ。


「助けてほしいよラックスさん! でも、じゃあどうやって助けるつもりなの……? 誰も助けてなんてくれなかった! ただあいつが弱っていくのを見続けて、神様に願っても、何も変わらなかったんだよ!! 父さんだってその方法を見つけられなかった! わかるでしょ!? これまでも上手く出来てたんだ! だからもう、俺がやらなきゃ駄目なんだよ!」


 違う方法を考えた方が良いなんてそんなの俺だって分かってる。

 だけど、エウスが死ぬギリギリまであるかもわからない『方法』を見つけるのを待つなんて俺には出来ない。


 だから俺は【契約】をしたんだ。

 神様にも父さんにも頼ることなく、自分で妹を助けると決意した。


 仮にエウスを助ける方法が見つからなくて俺の最愛の家族が死んでも……みんなは寄ってたかって神様によってそういう未来が訪れただけだと言うんだろ。


 考えてみれば母さんが死んだ時もそうだった。

 悲しんでくれこそすれど、俺の家族以外の人達はみんなそれをいつか乗り越えていた。


 結局、真剣に家族を助けようとしてくれるのは家族しかいない。


 俺にはもう、父さんと姉さんとエウスさえいてくれればそれでいいんだ。


「――くっ!」


 涙を流しながら包丁を振るう。

 抵抗する大人の心臓に完璧に狙いを定めるなんて無理だから、俺は胸の痛みを感じながらも抵抗する意志を削ごうとラックスさんの身体に切り傷を作った。


「――――!!」


 だが横腹を負傷したと言えどラックスさんも頑丈な天使だ。

 武器を持って戦ってる以上、負傷したからそのまま殺されるのを騎士は待つわけにはいかない。


「――らっ!!」


「――ぐっ!?」


 だからラックスさんは痛む身体に鞭を打ちながらも回避した流れで腰に掛けられた剣を抜いて斜め上へと振るう。

 それは俺の包丁へとぶつかり強烈な力が働いて、包丁を手から離させようと小さな身体ごと俺は吹き飛ばされていった。


 だが仮にも武器である包丁から手を離すわけにはいかない。

 俺はすぐさま左手でも包丁を持ち、右手から離れようとする包丁の持ち手を両手で掴むことに成功する。


 ――けれどラックスさんは、やはり俺の憧れる父さんの弟子だった。


「ふっ!」


「――っ!? いっ~~!?」


 僅かによろけた俺を、ラックスさんは決して見逃さない。

 そのまま捻りを付けて回し蹴りを放ちそれが俺の両手へと直撃すると、そのまま俺の両手が勢いよく壁へと叩き付けられる。


 そのあまりの激痛と衝撃により、大事に持っていた包丁が手から滑り落ちて地面へと落ち甲高い音を上げた。


 急いで拾おうにも両手は完全に痛みと痺れでごちゃごちゃに混ざり合ってしまって、しばらくは指を動かすという当たり前のことすら難しそうだ。


 更に拾おうとしたのを見てラックスさんは包丁を真後ろへ蹴り上げて遠くへと飛ばす。

 これにより、完全に抵抗するための武器が無くなってしまった。


 ……地面に膝を付く俺を見ながら、ラックスさんは小さく安堵の息を吐く。


「いっつ……! 隙を付かれたとはいえ、まだ負けるわけにはいかねーな。……悪いが、アルカのためにもまだ殺されるわけにはいかねーんだよ」


「俺、は……」


「……師匠ですら見つけられなかった、か。そりゃ確かに信用出来ねーわな。そんなお前を安心させることが出来るような言葉を、俺は多分かけられないんだろう」


 ここで格闘戦を繰り広げた所で、負傷していたとしても俺じゃラックスさんには勝てないだろう。


 身長も大きく違うしガタイも違う。

 武器という物が無い以上、やっぱり子供は大人には勝てなかった。


 だから放心し脱力する俺のことを、傷口を手で抑えながらもラックスさんは悲しそうな目で見つめている。


 抵抗するつもりが無さそうとはいえ、ラックスさんも二度同じ手を喰らうわけにはいかないと思ってるはずだ。


 先手から一気に畳み込めなかった時点で俺の負け。

 ラックスさんももう今の俺に隙を見せようとは思わない。


「だから悪いがもう説得はしない。……無理矢理にでも連れて行く。一瞬痛むだろうがお前が安心出来る環境に着くまで、しばらく眠っててくれ」


 そう言ってラックスさんは剣の柄を持ち直し、俺の首へと狙いを定めた。


 今の俺は危険だと判断したのだろう。

 後ろにいようが隣にいようが前にいようが、何の拍子で負傷した自分が隙を見せるかわからないから、いっそのこと気絶させてしまおうという魂胆らしい。


 もしも俺が気絶したら……きっと目を覚ました時そこには父さんと手当てを受けたラックスさんがいるはずだ。

 そして……そのあるかもわからない『方法』を見つけるまでの間俺を拘束し、俺をエウスから離れさせようとするのだろう。


 確実に助ける方法があるのに、きっとみんなそれを受け入れない。

 ありもしない希望に縋って、エウスがまた弱っていく様を見せられることになる。


 ……嫌だ。

 もうエウスに、これ以上俺のせいで苦しんでほしくないんだ。


「この方法しか、ないのに」


 だけど俺ではなく、俺にとって大切な人達がこれからエウスを苦しめようとしている。


「……一度落ち着いてから、もっかいちゃんと話し合おうぜ。頭ごなしに否定するつもりはねぇ。冷静になってから、他に方法を考えるんだ」


 ……やっぱり、それじゃないか。

 結局どう足掻いてもこのすぐに結果の出る方法を選ぶつもりはないんだ。


「――――」


 もう話すつもりはないのだろう。


 目を伏せたラックスさんの持ち直した柄が俺の首元に向け横薙いだ。

 まるで時が遅くなったかのように、俺の視界は迫り来る柄を見続けている。





 ――だがどうしてか迫り来る柄に付随するように俺の右腕に呪刻印が出現し、手の甲には『60』と表示されると同時に真っ黒な粒子が右腕に纏わりついた。





 ……力が欲しい。

 妹を助けるための力を……いや違う。


 目の前の『敵』を殺すための力が今は欲しくて欲しくて堪らない。


 ……もう、殺さなきゃ。

 初めてアルカさんを殺した時から、俺はそういう決意を持って立っていたのだから。


 そして粒子は俺の右手へと集結し、『何か』へと形を作り始めていた。


「……くはっ」


 ――無意識に、嗤う。


 その刹那――ラックスさんの薙いだ柄は強烈な衝撃によって大きく上に弾かれた。


「――なっ!?」


 子供では出せないあまりの威力にラックスさんは驚きを隠せないように目を見開く。

 そのまま俺へと視線を向けると、俺の右手に持たれた真っ黒な棒状の塊を見て再度驚いたように顔を歪めていた。


「……そっか」


 右腕を取り巻く粒子が『剣の形』となって俺の手に掴まれている。

 更には真っ黒な粒子が異常な音を響かせながら右腕だけでなく全身に駆け巡り、身体中に闇の力が増幅していくのを俺は感じていた。


「あの人が言ってた力ってこれのことか」


 そして俺は、ここに来る直前にあの人に言われた言葉を思い出していた。


 力が漲る。

 これが【契約】により手に入れた力の正体。


 殺す為の力を、力を受け取るに値する『殺意』を、ようやく俺は手に入れることが出来た。

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