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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第10話(13) 『希望も虚しく』

 見られたのが、知り合いじゃなければよかった。

 それに、たとえ知り合いだったとしても両手に持つ包丁さえ見られていなければまだ言い訳を押し通すことが出来たかもしれない。


 少なくとも凶器を持ってるだけだったら、ラックスさんの性格上盛大に叱られるだけで済んだはずだ。


 だけど……ラックスさんは俺の姿を見て、俺の凶器を見て、そして……俺が目の前の人を手に掛けようとしてる場面を直接見てしまっていた。

 刺し殺そうとした現場を見られ、そして実際に防がれてしまったことから言い訳もとぼけることも何もかも、いくら言葉を重ねた所で最早俺の醜さが露呈するだけだ。


 だから俺は放心して、喉から出た息は風に乗り何物にもなれずに散っていった。


「あの、どうしてその子は包丁なんて……」


 恐らくこの状況を理解出来ていないのは、実際に俺の犯行を見ることが出来なかったこの人だけだ。


 未だ俺に疑いや恐怖の目も声も向けず困惑した姿を晒すその人に、俺は何一つ言葉を放つことなんか出来なくて。

 後ろめたさと未遂になったことで一気に押し寄せてくる罪悪感が俺の身体を縛り付けている。


「……この子は少々問題のある子なんだ。後は我ら騎士団が引き受けるから、あなたはもう家に帰った方がいい」


「騎士様がそう言うならそうするけど……」


 だから何も言えない俺に変わって、ラックスさんが気を利かせて嘘にならない誤魔化しを口にした。


 ラックスさんがわざわざ本当のことを言わずに誤魔化したのは、自意識過剰でなければきっと俺のことを想ってのことなんだと思う。


 俺がこの人を狙おうとしたという事実を本人に伝えさえいなければ、それは誰かが口にしない限り一生『真実』にはならない。


 だからラックスさんは、この場のことはこの場限りの二人の話で収めようとしてくれている。


「でも騎士様。その子、家には帰りづらいみたいだから、ちゃんと話を聞いてあげてね」


「……もちろん分かっています。一度王城に連れて行きますのでご心配なく」


「それならいいけど。じゃあ、あとは頼みました」


「はい。道中お気をつけて」


 ラックスさんが言葉を紡ぐ度に俺の肩は小さく跳ねるが、その姿はラックスさんの大きな身体によって隠れ女天使がそれを視界に収めることは無かった。


 だから小さく会釈してそのまま路地裏を抜けて外へと出てしまう。

 それでようやく俺は自分がもうエウスを助けることが出来なくなったという事実を実感してしまった。


「……」


「……」


 この場には俺とラックスさんの二人だけが残っていて、夜風が互いの純白の髪を靡かせ、それでも尚静寂が終始俺の心を刻み続けている。


 ……だがそれは多分、ラックスさんも同じだったのだろう。


「家に帰りづらい、か」


「……っ」


「家族が大好きなお前が帰りづらいと思うなんて、お前を知ってる奴らからしたら大事(おおごと)過ぎて大慌てするだろうよ」


 その中の一人になるであろうと、ラックスさんは自虐的な笑みを浮かべて悲しそうな目で俺を睨む。

 いつもだったらアルカさんの隣で豪快に笑いながら俺を揶揄ってくる姿は何処にもなくて、ただ騎士としての責務を果たすべくここに立っているように見えた。


 何も言わず下を向く俺を見下ろしながら、ラックスさんはただ事実を告げるために口を開く。


「……ここ最近。関連性のない天使が複数人、連続的に殺される事件があった。死因は全て心臓を一刺しされたことによる即死。そして抵抗の形跡も無いことから全員が眠ったまま殺害されたと報告されてる」


「……っ」


「……凶器として使用されたものはその刃渡りから長剣や槍、銃のような武具では無く、あくまでナイフのような刃物だった。それこそ……今お前が持っている物みたいな、な」


 そう言ってチラリと俺の視線を誘導させたラックスさんの視線には、俺の右手にしっかりと握られている一本の包丁があって。

 弁明も何もせず、諦めたような絶望の籠った目でラックスさんを見つめる俺の態度から、ラックスさんは公私を分け、騎士としての自分のままでいる気すら無くなってしまったみたいだ。


「……どうして、アルカを殺した」


 だからただ……憤りと困惑の混じった感情のままに震えた声で眉を潜めてそう呟く。


「それだけじゃない。子供に老人まで……なんでだ!? お前はそんなことをするような奴じゃないだろ!? 師匠みたいになりたいんじゃなかったのかよ!? それなのにっ……なんで、アルカを……!!」


 きっと俺が子供じゃなかったら、胸倉を掴みたくて堪らなかったはずだ。

 ラックスさんにとってアルカさんは同じ部屋の仲間というだけでなく、共に苦楽を分かち合い、父さんの弟子同士ということもあって親友みたいな関係だった。


 だからもしもアルカさんを殺したのが赤の他人だったら。


 もしかしたらラックスさんは犯人を痛め付けようとしたかもしれない。

 実際はどうあれそれ程までの怒りが俺にまで伝わってくる。


 だけど殺したのは……ラックスさんにとって大切な天使の一人である『メビウス・デルラルト』だ。

 だからラックスさんはこんな状況下でも子供の俺を気遣って優しく両肩に手を置き、語り掛けるように大人として自分の感情を抑え込んでくれた。


「お前はそんなことをするような奴じゃない! お前に何か理由があるんだってことは分かる。アルカを殺したことは許せないけど、それでも何か、理由があったんだろ……?」


「――――っ」


 ……理由はある。

 俺だってこんなことをしたいわけじゃなかった。


 今だって助けてほしくて堪らない。

 もうあんなことしたくなんてない。


 一人ぼっちだった俺にようやく手を差し伸べてくれる人が目の前にいる。

 俺を信じて、寄り添ってくれようとしてくれたから……だから俺の感情もぐちゃぐちゃになって、零れ落ちるように弱音を吐き出してしまいそうになる。


 全てを言えば、ラックスさんは助けてくれるのだろうか。

 俺の代わりに、エウスを助けてくれるような英雄になってくれるのだろうか。


 だったら俺は……


「俺、はっ……」


 ――だけど自分が弱音を吐き出していい立場ではないことを、思い出してしまった。


 俺のやってきたことは……正しい選択だったとしても悪行と呼ばれるものだ。

 エウスを救うためだったとはいえ、それでアルカさんや何の罪もない人たちを殺したことが許されるわけじゃないことはわかってる。


「……」


 だから何も言えない。

 開きかけた口を、また閉じてしまった。


 助けを求めることも、何かを言う資格だってないから、ラックスさんがどんなに辛そうな顔を向けてくれても、ただ俺は無言で立ち尽くすことしか出来ずにいた。


「どうしても、言えないのか……?」


「……」


「……そうか。でもお前が何かを抱えてるってことは、わかるんだよっ。もしもお前にそんな顔をさせる奴がいるのなら……俺はそいつを許すことなんか出来ねぇよ」


 ――なのにラックスさんは俺がどんなに不誠実な態度を取っても、ずっと俺のことを信じてくれて。


「俺には言えなくてもいい。俺がそこまで頼りになる奴だとは自分でも思ってねぇ。……だけど師匠には。お前の父親には、ちゃんと話をするべきなんじゃないのか。師匠なら必ずお前の抱えてるもんを解決してくれる。もちろん俺だって協力する! だから、一緒に帰るぞ」


「――っ!」


 そう言って、路地裏から僅かに降り注ぐ月明りに照らされながら、ラックスさんは俺に手を差し伸べてくれた。


 ……本当に、助けてくれるのだろうか。

 父さんにこのことを話して、ラックスさんも協力してくれて。


 それでエウスを助けることなんて、本当にできるのだろうか。


 出来る筈がないのだ。

 あの人との【契約】で、エウスを苦しめる呪刻印を消滅させるには俺があと『60人』殺さなければならないのだから。


 協力するにしたって、そんなものありはしないけど『殺しても良い天使』を見繕うことしか出来ないはずだ。


 ……それでも。

 それでも、他の方法を探してくれて、一緒に悩んでこの罪を背負ってくれるのなら。


「……うん」


 もう一人ぼっちは嫌だから、俺は僅かな可能性に賭けてゆっくりとラックスさんの手を取ってしまった。


 手を取ったからラックスは安心したように小さく息を吐いて、少しだけ表情が柔らかくなる。

 先程の女天使の代わりに俺の手を引いて路地裏を出ようと歩き出してくれた。


「師匠と話をしよう。もしかしたら怒られるかもしれないし、失望されるかもしれねーけど、そん時は俺がお前を守ってやる。それに……それでも師匠は絶対にお前を見捨てねぇよ。それはお前が一番分かってることだろ?」


「……うん」


「言いづらいかもしれねーし、もしかしたら覚悟のいることなのかもしれねぇ。だけどお前のことを気に入ってる奴は俺以外にもたくさんいる。みんなで相談して協力すればきっとお前の抱えてるもんも解決出来るはずだ」


「……うんっ」


「だから、全部解決したら神様に懺悔するんだぞ。ちゃんと誠心誠意神様に奉仕して赦しを得るんだ。お前の人生はまだ長い。これから先神様のために生きていくことを誓えばきっと神様もお前を赦してくれるはずだ」


「…………は?」


 全部、心に響いていた。

 ラックスさんの言葉は俺に希望を持たせてくれるものばかりで、きっと大丈夫だって思わせてくれるそんな力があったから、本当に……全部その通りだと思ってたんだ。


 ――だけど、最後の。

 最後の言葉だけは、どれだけ考えても意味がよくわからなかった。


「か、み……?」


 どうして……そこでまた神様が出てくるんだよ。


 どうして、俺が神様に謝らなくちゃいけないんだ。

 どうして俺が神様に赦しを乞わなくちゃいけないんだよ。


 それだけのことを神様はやってくれなかったじゃないか。

 何も……してくれなかったじゃないか。


 それなのに無条件で膝を付き、頭を下げ、そうして俺達を見下す声も姿もわからない『何か』にひれ伏せって言うのか?


「くはっ……はぁ」


 笑いたいのに、俺の口から最後に零れたのは失望を含んだため息だった。


 ……結局、ラックスさんも同じことを言うんだね。

 神様神様神様神様。


 もしかしてそうやって俺にとって大切だと思える人達ですら、神様が見ているから俺を助けようとしてくれるんだって、神様のお導きだからって、そう言いたいの?


 じゃあ、赤の他人と一緒じゃん。


 希望を宿していた紅い瞳が、黒く、濁る。


 ……俺はあの人に教えられたんだ。


 みんな馬鹿の一つ覚えみたいにそう言うけど、何もわかっちゃいない。

 本当にわかってない。


「――神様なんていないよ」


 神様がいるんだったら、最初からこうなってないんだよ。


「なに――がっ」


 …………そう言って俺の言葉に疑問の声を上げようとしたラックスさんの声は――途切れた。


 どくどくと、脈を打つ振動が俺の右腕を通じて伝わってくる。

 腕を突き出した俺の右手は徐々に赤く染まり始め、俺の指を通じて赤黒色の水滴が地面へと垂れ落ちていた。


 ……ゆっくりと、ラックスさんは視線を下へと落としていく。


 ラックスさんの視界の中心。


 その横腹には、俺が持っていたであろう月明りに輝く包丁が血の色に染まり、ラックスさんの身体に突き刺さっていた。


「――――っ!? い、がっ……!?」


 それを脳が理解した瞬間、ラックスさんは全身の神経から転送される鋭い激痛により顔を顰め脱力して膝を付く。


 それを無表情のまま見下ろしながら……俺は以前アルカさんから聞いていた不意打ちの話を思い出していた。

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