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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第10話(11) 『理屈と感情に挟まれ』

 男の高らかな声を聞きながらも、俺の意識はずっと自身の右腕に向けられていた。

 蠢き、気持ち悪ささえ感じる闇の粒子は俺の右腕を覆い尽くし、その見た目を漆黒へと変色させているように見せている。


 感覚も、違和感もない。

 だけど全てが覆い隠されているせいで、自分の腕がどうなっているのか、視覚上では全くわからなかった。


 だが『何か』が腕に起きているのは確かで、俺は訳も分からず動揺の声を上げる。


「な、なに!? なにをして――!?」


「【契約】には嘘を吐けない。だがそれは君も同じだ。君もまた、一度交わした【契約】を反故にすることは出来ないんだよ。だから君の選択肢を増やすために、君に力を授けよう。その力を使えるに値するかは君次第だが……きっと今の君なら、【契約】は君の願いに応えてくれるはずだ。僕がそれを……保証する」


「意味、が……」


「だが君が力を得る代わりに――君が僕の願いを叶えるのもまた、君がやるべき【契約】の条件だ」


「――っ!!」


 そう言われて、俺はこの人と【契約】を交わした日のことを思い出した。


 確かに――言っていた。

 エウスを助けるための力を得る代わりに、【契約】してこの人の願いも叶えるって。


 ……妹を助けたい。

 助けられるのは俺しかいないと、そんな気持ちばかりが先行して改めて【契約】の詳細をきちんと理解していなかったことに気付く。


 それは最初に、力を貰ったという実感が無かったからだ。

 あくまでこの人に騙されただけで、結局自分で成し遂げたものだという驕りがあったからそのことが頭に定着していなかった。


 『次に殺す相手は、自分で決めろ』。


 それがこの人にとっての願いだとしたら、それはつまり、俺がこれからその願い通りのことをしなければならないということで。


「そんな、こと出来ない!」


 言われた人を殺すのと自分で選んだ人を殺すのとでは、結果が同じでもその抵抗は大きく異なる。


 自分で決めるなんて出来るわけもないから、俺は必死になって首を横に振った。


「そんなことしなくたって、言ってくれさえすれば――!」


 言われた通りの人を殺す。

 だがそう言おうとした俺の言葉を、男は上から掻き消してゆく。


「言っただろ? 【契約】は……反故には出来ない」


「――っ!!」


「もういい加減覚悟を決めろよ……君はもう『選んだ』んだ。妹を、君自身が助けるって。今更辞めるなんて出来ないよなぁ? 喚いた所で……妹の死が近付くだけなんだから」


「~~~~っ!」


 結局は……そうなるのだ。

 いくら逃げようとしても、この人が考えを変えない以上動かなければその未来はまた俺達の身に降りかかってくる。


 俺が逃げれば、拒否すれば。

 良くなり始めてるエウスの容態はまた悪くなる。


 せっかく少しずつ苦痛が和らいで来ているのに、俺のせいでまたエウスに辛い思いをさせてしまうことになる。


 エウスが完治するまでのカウントはあるが、時間を空ければ空ける程容態は戻り始めると、以前この人に告げられたのだから。


 ……一度希望を見てしまった以上、またあの時と同じエウスの姿を見たくなんてなかった。


「そんなこと、言われても……」


 だけどその理屈と感情が比例するかと言われれば、そんなことは絶対に無くて。

 理屈ではやらなければならないと分かっていても、感情が訪れる自分の行いに躊躇しないわけがなかった。


 言われてやるのと自分で決めてやるのとでは心情的にも大きく違う。

 責任の重さも何もかもが俺にだけ伸し掛かるのだと思うと、恐怖で足が竦むばかりだった。


 だけどやっぱり、男は口角を吊り上げるばかりで。


「どうするかは君の自由だ。君の『選択』を……僕に見せてくれ」


 そう言って男が軽く指を弾いた瞬間――世界は、また黒く染まる。


 自分が何処にいるのかもわからなくなって、立っているのか座ってるのかもわからなくなって……男は黒に溶けて消え、新たな絶望の世界を構築した。



――



 ……巨大なガラス片のようなものが重なり映し出された世界は、月明かりに照らされる外の世界だった。


 街灯も夜に光を与えていて、それでも人の気配など微塵も感じられない広場の中央に俺は一人立っていた。


「なんで……なんで俺が、こんなこと……」


 もう6回も繰り返してきたことだ。

 自分が何処かに飛ばされたのだという摩訶不思議な現象には今更疑問など抱かない。


 だけどこれまでと違うことは確かにあって、胸が苦しくなる想いに駆られながら、包丁を持つ右手が小刻みに揺れた。


 こんなことをしたいわけじゃなかった。

 ただ俺はエウスを救うことが出来れば……それだけで、よかったのに。


 今から……俺自身が、本当の意味で加害者になる。

 誰かに責任を押し付けることも出来ず、俺が何の罪も無い人の命を奪って妹の命を救うという、エゴに満ちた醜い行動を起こすことになる。


「……っ」


 俺にそれが、出来るのか……?

 大切な人であるアルカさんを俺は殺したけど、だからといってそれで吹っ切れて何でもかんでも命に手を掛けることが出来るようになったわけじゃない。


 俺は自分の意志で刃を突き立てるなんてこと、出来るとは到底思えなかった。


「だけどそれじゃエウスが……」


 だが殺さないという選択肢も許されないのだ。

 そうすればエウスの容態は更に悪化し、そのままくすぶっていたらいつかエウスの命が消え失せてしまう。


 あの人はどうするかは俺の自由だって言ったけど、既に『選択肢』なんて一つしかないようなものだ。


「……行こう」


 だからやるしかないんだ。

 結局俺は他に現状を打破する方法なんて思い付かないから、人を探すためにとぼとぼと歩き始めるしかなかった。



――



 俺は初めて……意思のある人を殺さなければならない。

 あの人の力で室内に転移されなかった時点で外にいる誰かをターゲットにしなければならないのは確定していた。


 仮に室内に狙いを定めても、それを成すには自分で窓を割って不法侵入しなければならなくて、当然物音で家主は起きてしまうだろう。


 だから中だろうが外だろうが、結局意思のある人を狙わなければいけないのは変わらなかった。


 だからこそ、これまでやってきた時とは違い相手も俺の姿を視認することが出来ることになる。


「……っ。……っ」


 包丁を懐に忍ばせ、顔を軽く下げながら歩く俺は他の人が見たらどんな風に見えるのだろうか。


 きっと挙動不審な子供がいると思うはずだ。

 しかもこんな真夜中に一体何をしているんだろうと、疑問を抱かないはずがないだろう。


「――ひ」


 市街地に規則的に設置された街灯が俺を照らす度に、ビクリと身体が震えてしまった。

 何処にも天使はいないはずなのに、全方向から俺がこれからやることを見られてるような気がして、更に身を縮め少しでも影を薄くしようと躍起になってしまっている。


「エウス……」


 ……それでも。

 最愛の妹を助けるためには覚悟を決めるしかなくて、怯え続けて、逃げたいと思っていても俺が足を止め背を向けることなんてなかった。


「――――っっ!!」


 だがその行動は、俺の挙動不審さを更に強めている。


 視界の奥。

 街灯に照らされた先には一人の女天使がこちらへと近付いて来ていて、俺は顔を見られないように慌てて顔を下げてしまった。


「……?」


 すれ違った、女天使がチラリと横目で俺を見る。

 周りには他に人の気配なんかなくて、俺の目的を達成するなら絶好のタイミングだと言えるだろう。


 懐から包丁を抜き、今すぐ後ろを振り向いて心臓を一刺しすれば今日のノルマは終わるんだ。


 そうすれば、この恐怖から今すぐ解放されるんだ。


「――――」


 だから……。

 動け……動け、動け、動かなきゃ駄目だろっ!!


「~~~~っっ!!」


 ……だけどやっぱり、足が竦んで動けなかった。

 女の人はそのまま俺に疑問を抱きつつも通り過ぎてしまって、徐々に離れていく足音だけが耳に届いた。


「もう、どうすればいいんだよ……!!」


 ……やっぱり、俺には出来ない。


 ここで覚悟を決められなかった時点で、俺はあの人の言う通り、あの人のせいにして自分を正当化していただけだということに気付いてしまった。


 先程以上に重い足取りで、ゆっくりとすぐ傍にあった路地裏の中に入る。

 行き止まりまで進むと、そのまま壁に背を重ねてズルズルと崩れ落ちるように座り込み、そのまま膝を抱えて蹲った。


 ……やっぱり、こんな覚悟すら持てない俺では、妹を助けられないのだろうか。

 父さんみたいな……おとぎ話の英雄みたいには、なれないのだろうか。


 だけどそれを認めてしまったら、俺がアルカさんや他の人達を殺した意味さえも無くなってしまうことになる。


 ここで諦めた結果妹を助けるためという目的が無くなってしまったら、俺はただあの人に命令されたままに人を殺したという、何の意味もない殺人者というレッテルだけが残ることになるだけだ。


 大義が無ければ、俺はただの犯罪者だ。

 父さんにも姉さんにも顔向けできない、天使としてあるまじき堕落天使になってしまう。


「そんなの、いやだ……」


 今まで俺がやって来たことが、家族に誇らしく語れることだとは思わないけれど。


「やだよ……」


 エウスを助けられず、更に家族からも見放されて一人ぼっちになるのも嫌だったから、俺はこれから先もこのことを隠し続けなければならない。


 目尻に溜まる涙を隠すように顔を膝に埋めて蹲る。

 それでもやっぱり俺にはそれを隠し通すために『妹を助ける』という行動原理がこれから先ずっと必要だった。


 だから逃げることなんて出来ない。


 だけど……だけど、と。


「――あの。君、大丈夫……?」


「……!」


 そうやって理屈と感情との狭間に悩む自己に苛まれてどうしようも無くなってた時、不意に俺の耳に軽やかな足音と聞き覚えのない女の人の声が届いた。

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