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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第10話(8) 『選択の結果』

 『子供』だから人生にやり直しが効くかと言われれば、そんなことは全くもってありはしない。


 どんなに未熟であろうと、どんなに経験が少なかろうと。

 一つ選択をしてしまえば、それだけで人生を歩く道は決まってしまう。


 あの時、ああ言えば良かった。

 あるいはあの時、ああ言わなければ良かったと。


 そうやって何かを選択する度に露呈する結末に嘆く結果論が、個という存在の人生を決め続けていた。


 だがそんな選択を子供がしないように見守るのが親の役割であり大人の役目だ。


 けれど、少なくともこの場には子供の選択を止めてくれる大人などいなくて。


「う、そ……?」


 絶えず襲い掛かる吐き気に耐えながらも、俺は訳も分からず男の言葉を復唱するように呟いた。

 だがそんな困惑の籠った瞳さえも男にとっては面白可笑しいのか、男は俺の問いに答えることなく、くつくつと溢れ出そうになる嗤い声を我慢している。


 肩を揺らし、顔を片手で抑えながらも指の隙間から見える金色の瞳は絶えず無様な俺を捉えていた。


「さっきまで警戒してたくせに知らない相手の誘惑に簡単に乗るなんて、子供の警戒心は残酷な程に続かないな。本当に……子供は愚かで欲深い」


「い、意味、が……」


「まだわからないのか? 右腕、見てみろよ」


「え――」


 俺の視線を誘導するように、男は軽く顎を引いて俺の右腕へと視線を向ける。

 そう言われて、俺も男の視線に追従するように恐る恐る未だ気持ち悪さの残る右腕へと視線を移した。


 ――瞬間、俺の瞳が大きく揺らぐ。

 そこにはまるで俺の身体を這うかのように蠢く、エウスと同じ禍々しい模様が刻み込まれていた。


「……え。えっ!? な、なんで!?」


 驚き、必死に模様を消そうとしても刻み込まれた模様が落ちることはない。

 エウスにあるものがどうしていきなり俺の右腕にも現れたのか、パニックになった俺にはその理由が全くわからなかった。


 なんでこれが俺にも――


 模様はあくまで右腕にだけあり、左腕には何一つ異常は見当たらない。

 であれば右腕で何かが起きたからだという簡単すぎる仮説が生まれる。


 そこまで考えて、ふと先程の自分の行動が脳裏を過った。


 俺は先程右手で――黒色の炎に見立てた『何か』を受け取ったのだと。


「――――」


 右手と模様が紐づけられ繋がってゆく。

 それに気付いた瞬間、俺はゆっくりと……怯えるように顔を上げた。


 俺の視線に映る黒髪の男はあくまで口角を上げて俺を見下ろしているだけで確証のある言葉を告げることはない。


 ……だけど。

 確証は無いけど、これまでの話の流れと俺の現状から今俺が考えていることが杞憂でないということは確かだった。


 黒い模様によって妹が苦しんでいて、俺の右腕にもそれと同じ模様がある。

 そしてその模様を刻んだのは目の前にいる天使ではない見知らぬ男。


 その事実の不可思議さと異常さに改めて気付いてしまって、俺はようやくこの男に対して『恐怖』という感情を抱いた。


 ……エウスをこんな風にしたのは、この人だと。

 それに俺が気付いても尚、そんな俺にすら男は楽しそうに笑みを浮かべている。


「疑問に思わなかったのか? ここまで話して、妹が叫び声を上げて……それでもどうして君の姉は僕という他人の存在に気付かないのかって。まあ、天使にはわからないか」


「~~~~っ」


「この結末に至るまでの分岐点はいくつもあった。だがそれに気付かなかったのは君自身だ。妹を自分が助けたいという君の『欲望』が、その選択をさせたんだ。――僕のせいにするなよ。選んだのは……()()だろ?」


 その結果がこれだと、男は言う。

 たとえ己がそう思うように唆したのだとしてもそれを受け入れたのはお前だと、選択した責任から逃げさせないように嗤っていた。


 男は脱力し絶望感を抱く俺の肩に手を乗せる。


「けど安心しろよ。全部嘘だけど、【契約】にだけは嘘を吐けない」


 呆然とする俺を見ながら言葉を続ける。


「君の、父親みたいな英雄になりたいという願いは叶えよう。それが君の『選択』なんだから。――僕が起こした悲劇を、僕の力で解決するんだ」


 そんなのはただ俺が間違えた選択を『修正』するだけだ。

 結局俺がこれからするであろうことは、この男によって創り出されたものを何も無かったことにするだけ。


 それは最早妹を助けることじゃない。

 ただこの男の道楽のための、人形と化すだけだった。


「なん、で……」


「ん?」


「なんで……俺達なんですか」


 そんな希望の無い未来を想像してしまったから、零れるように疑問に思ってしまったものを吐き出してしまう。


 そもそも、どうしてこの男は俺達家族だけを狙ったのか。

 少しの時間考えてみたけど、それがどうしてもわからなかった。


 誰かに恨みを買ってることは……無いはずだ。

 姉さんも、俺も、エウスも、確かに立場的に色々と期待されるし優遇されることはあるけど、そうされるに相応しいようそれなりに努力して証明してきたつもりだ。


 父さんを嫌う人だって絶対いない。

 少なくとも、俺は父さんに悪意を持つ人なんて見たことが無かった。


 だからわからない。

 けれどそんな俺の問い掛けが男にとって面白くて仕方ないのか、楽しそうな瞳で俺を射抜いた。


「くはっ! じゃあ何か? 君は自分たち家族が毎日平和に暮らせるなら、他人がどうなろうが知ったこっちゃないと! そう言いたいわけか?」


「え……ち、ちがっ!」


「違わねぇさ……自分たちが幸せなら赤の他人が幾ら苦しもうが叫ぼうが死のうがどうだっていい。君はそう言いたいんだよ。それはなんとも……英雄を名乗るに不相応だとは思わないか?」


「――っ!」


 そんなことを思ってたわけじゃない……はずなのに、男の囁いた言葉はやけに心に溶け込むように俺の中へと侵入してきた。


 故に動揺し上手く否定の言葉を吐き出せない俺だったが、男はそんな俺に構うことなくただただ金色の瞳を俺に向けて。


「――だから、僕達が出会ったのは運命なんだよ」


 『運命』という簡単な言葉だけで、俺達家族が悲劇に合う理由を片付けてくる。


「――――」


 意味が、わからなかった。

 仮に……仮にこの人の言う通り俺がそう言った感情を持っていたとしても、そんなの俺以外にだってたくさんいるはずなのだ。


 みんな自分の周りの幸せを求める。

 そんなの当たり前の話だ。

 全ての人の幸せを望んでる人なんて、そんなの父さんみたいな力があって余裕のある人たちだけしか思うことなんて出来ない。


 ……父さんに憧れていたのが、いけなかったって言うのか。

 醜い考えを持っている天使が、英雄になることを夢見ちゃいけなかったって言うのか。


 だけどそもそもそんなことを俺が思ったことなんて一度だって無くて……


「ほら……もう一度右手を見てみろ」


 それでも困惑し混乱し、力なく垂れ落ちた俺の右腕を男は掴み上げ、右手の甲を強引に俺の視界へと入らせた。


「――ひっ」


 そうやって自分の手の甲を見せられて、今度は喉を締め付けられるような感覚を抱く。


 エウスと同様に禍々しい模様が刻まれた俺の右腕。

 その手の甲には、先程まで無かった模様とは違う『66』という数字が浮かび上がっていた。


「66回。それが君の妹の呪いを完全に解くための鍵だ。君の右腕に宿る『契約の呪印』は妹の『呪刻印』に繋がっている。君を通じて呪刻印を死者に明け渡していけば、妹は昨日までの姿を君に見せてくれるだろう」


「あ、明け渡すって……それに、し、死者……?」


 わからない言葉だらけで全てをすんなりと受け入れることは出来ない。

 だがそれでもわかる言葉は確かにあって、そしてそれすらも受け入れることが出来そうになかったから、意味がわからずに思わずそう問い掛けた。


「わからないか? なら、教えてやるよ」


 すると男はそう問われるのを待ってましたと言わんばかりに軽やかなバックステップで後方へと下がると、そのまま再度窓枠の上へと座って俺を見下ろす。


「――君の『欲望』のためだけに、君の手で66人殺すんだ」


 呆然とする俺を見下しながら指を軽快に鳴らした瞬間――まるで世界が崩壊したかのように、視界に映る全てが黒く染まっていった。



――



 ――世界が、暗転する。

 そんな真っ暗な世界にただ二人、俺と黒髪の男だけが取り残されていた。


 それ以外に何も見えない。

 何も聞こえない。


 だけど男の姿と声だけは聞こえたから、俺の心は孤独感と恐怖を感じて辺りを見渡す。

 けれど何も見えないから見渡すことに意味などなくて、ただただ男の声だけが耳に届いた。


「世界は有るものじゃない。神によって創られたものだ。だが神のためだけに全ての生物が生きるなんて、そんな世界は退屈過ぎて死にたくなるだろ? 誰しもが自分のエゴを貫き通せる世界を夢見てる。少なくとも、自分の見ている世界だけは、と。だからこれもまた……現実であり夢でもあるんだ」


 そう言って男が大きく手を広げると、突如背景が映し出された巨大なガラス片のようなものの塊が頭上に現れ、真っ暗な世界に張り付いてゆく。


「だから僕は俺は私は、神に縛られることのない本当の理想の世界を創る。欲望とエゴにまみれた、醜いだけの世界を」


 まるで新たな世界を創造するかのようにガラスを形作った欠片はパズルのピースを合わせるみたいに繋ぎ合わさって、真っ暗な世界に色を創り出した。


「そのための第一歩として――神の庇護下にある天使は、堕としていかないとな」


 そうして創られた世界は最早先程までいたはずのエウスの部屋なんかでは無くて。

 いつの間にか俺は何処か別の、誰かの部屋の中へと侵入を果たしていた。


「な、なに、ここ……」


 世界が彩られたとはいえ、恐らく時刻は夜。

 電気も付いていないためここが部屋ということしかわからない。

 ただ一つある光源はカーテンから僅かに漏れ出た月の光だけだった。


 だが当然、ここに俺を連れて来た男はこの場所が何処かをわかっているようで。


「王城の寮。その二人部屋の一室だ。……君も、来たことがあるんじゃないか?」


「……っ!」


 そう言われて俺はきょろきょろと辺りを見回してみる。


 ……確かにここは騎士寮の一室だ。

 何度か城に忍び込んで探検してた時、色んな人達に一時的な隠れ場として招いてくれたことがある。


 そこで丁度休暇を貰ってた騎士の人達を集めたりして、たくさん遊んでもらったこともあったっけ。


 そんな良い思い出ばかりある場所に、俺はどうしてか今立っていた。


「な、なんでこんな所に……」


「丁度良いことに、この部屋を使ってる騎士の一人は夜間警備の時間だ。そしてもう一人はこれから何が起こるのかも知らずに夢の中。……ま、眠らせたのは僕だけど」


「――っ!?」


 確かに男の言葉通り二つあるベッドのうちの一つは空いていて掛け布団が乱雑に置かれているが、もう一つのベッドに敷かれた布団は盛り上がっていた。


 ここからじゃ誰が寝てるのかわからない。

 だがもしもここで大声を上げてしまったら起きてしまうのではないのかという不安で反射的に両手で口を塞ぐ。


 ……誰、なんだろう。

 これでも城の騎士の人達の顔は大体覚えてるから知り合いの可能性は高いが、どうにも暗くて部屋の特徴も寝てる人のシルエットもわかりづらい。


 ゆっくりと怯えながらもベッドの傍へと足音を潜めて近付いてみる。

 そして恐る恐る顔を覗き込むと、


「――ふぁっ」


 瞬間――あまりの驚愕に喉に入った空気が抜ける音を響かせてしまう。


 視界に映るベッドには……父さんの弟子であり、俺の大切な人の一人であるアルカさんが、純白の髪に影が掛かりつつ無防備な寝顔を晒していた。


「ア、アルカ、さん……」


 動揺と混乱で頭の中が真っ白になって、瞳が大きく揺らいでいた。


 アルカさんがここにいるということは、今夜間警備に出ているのはもう一人の弟子であるラックスさんなんだろう。

 きっと今頃ラックスさんは天界の平和を維持するために騎士として頑張っているはずだ。


 ……だけどどうして俺がここに連れて来られたのかがわからなかった。

 何をどうしていればいいのかわからなくて、心が逃げようとしていると同じように俺の身体も数歩後ろに引いていた。


「……ほら」


 だが後ろに引いた身体はすぐに何かによって阻まれてしまって。

 慌てて後ろを振り向くと男が急激に距離を詰めて来ていて、まるで俺の心情など気にしないかのように金色の瞳が俺を射抜いた。


 ――ぞるっと。

 気味悪い感覚が右腕に伝わって慌てて自分の右手に意識を向けると、いつの間にか俺の手には家で使ってる一本の包丁があった。


 包丁の刃に俺の顔が反射する。

 動揺と混乱の混じった顔は弱々しく子供のように怯えていて、この刃物を持たせられた意味がわからず瞳には困惑も宿っていた。


「……え。え……?」


「何してるんだよ。サクッとやっちゃえって。僕がここまでお膳立てすることなんか中々無いんだぜ? こんなので躓いていたら……妹を助けるなんて夢のまた夢だ」


「な、なに、を……」


「本当はわかってるくせにとぼけるなよ。……だからさぁ」


 わからない。

 わからない。


 わかりたくもないから、要領を得ずに震えた声でそう言葉を投げる俺は、きっと男からしてみれば酷く滑稽で仕方がなかったはずだ。


 それでもやっぱり男が態度を変えることは無かった。

 逃げようとする俺の姿ですら面白いのか口元は緩んだままで、男は包丁を握る俺の手を掴み、寝ているアルカさんの目の前へと突き付ける。


 男がカタカタと包丁が揺れる姿に焦点を合わせられない俺を逃がそうとすることなんて絶対になくて。


「妹の呪いを解く為に……君がこの天使を、殺すんだ」


 俺が選んだ『選択』を絶対に無かったことにしないように、男は『現実』を俺に突き付けてきた。

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