第9話(13) 『手は届かずに』
扉を開けた先にも道が続いていた。
だからてっきりこの先も変わり映えのない一本道が続くんだろうと思っていた俺の考えは、またしてもすぐに裏切られることになる。
「なんだか、遺跡みたいな風貌やね」
きょろきょろと辺りを見回すテーラも俺と同じことを思ったらしく代弁してくれた。
そうなのだ。
地下への入口から施錠された扉までの道も確かに整備されていたが、どちらかと言うと炭坑とか洞窟とかに近い直線的な穴でしかなかった。
だが扉を進めば進む程壁や地面、天井の景色は変わり始めていて。
だいぶ進んだ先では、既に景色は石造りの人口物へと姿を大きく変えてしまっていた。
ルナも徐々に景色が変わったことに興味を持ったのかぺたぺたと壁を触っている。
「……これ、魔力が練り込まれてる」
「そうなのか?」
「うん。土魔法で作られてるから凄い魔力の持ち主かも」
これまでは長い時間を掛けて作ったのだと思い込んでいたが、確かにこの世界において非常に便利な力である魔法なら、それこそテーラ以上に魔力が高ければ案外この風貌含め地下を作ることなど容易なのかもしれない。
ただ問題は、どうしてわざわざ扉の先にこんな通路を作ろうと思ったのかだ。
「……お前らなら、扉の先に道を作ろうと思ったらどんな理由で作る?」
「んー……解除される前提だったら、うちだったら侵入者に辿り着いてほしくない場所に向かわせないようにするため、かな。でもちゃんと一本道にしないで入り組ませたり罠を仕掛けたりするよ」
「……奥に向かわせたい理由があるならする。距離を離す程出来ることがあるとか」
「つまりあくまで侵入者が来る前提で作られてる、か」
だが仮にそういった意図があったとしても、墓地の下に地下があるという事実が露呈してしまった時点で本来であれば無策で中に入らず聖神騎士団と協力して調査を行うはずだ。
そうなれば幾ら時間稼ぎをしたところで必ず終点に辿り着いてしまうだろう。
まさか死ねばもろともを最初から考えるわけじゃないだろうし、そう考えると努力の方向性が違うと言わざるを得なかった。
俺だったら最初の扉をもっと厳重にする。
鍵の形を模した石や氷を魔法で作られた場合の対策も考える必要はあるが、それこそテーラが言っていたように実物の鍵も必要になるようにすれば所有者が見つからない限り開けられないはずだ。
なんにせよ、俺達が進み続けることを想定されているのは確かだ。
本来なら一度立て直して充分警戒を強めてから再度突入するべきなのかもしれない。
……だが聖神騎士団に何か出来ることがあるとは思えなかった。
むしろ誰か一人を人質に取られる方が動きにくくなる。
今回の件に限れば、量より質の方が重要性が高いはずだ。
「ま、ここにはテーラもルナもいるしなんとかなるだろ。悪党側の気持ち悪い真意なんて分かりっこないんだ。警戒だけしとこうぜ」
「そうやね。自分の信頼に応えられるように、うち頑張るよ!」
「……うん」
なんにせよ結局俺達は先に進むしかないし、戻れないのなら犯人の意図を考えても仕方ないことだろう。
そう言うとテーラは信頼されていると感じたからか小さく拳を握ってやる気をアピールし、ルナも小さく頷いてくれた。
俺が二人を信頼してるように、二人も俺を信頼してくれているのが伝わって内心嬉しさを抱く。
そもそもこの三人がいても勝てない相手なら、もうセリシアの力無しで三番街を救うことは出来ないだろう。
これまでもどうにかなって来たのだ。
どんな困難が待ち受けていようと、俺達なら乗り越えられるはずだ。
――
そう思いながら通路を進み続けて数分。
遺跡としての風景になってから変わることのなかった視界の先に、突如として空洞が映り出した。
「――っ」
これまでは一本道でしか無かったため心情的にも慣れてきた頃合いだったが、こうして景色が変われば当然警戒に力が入る。
足を止め、俺はいつでも聖剣を抜けるよう柄に手を添えて構えつつ左手に持っていたランタンを空洞に向けて光を送った。
……光の先には、広々とした円状の空間があった。
それだけじゃない。
空洞として認識していた入口を照らしてみればすぐ傍に輝きを失った魔導具が設置してあって、道と部屋との境目には最初と同様の扉が仕舞われている。
「……扉が開いてるぞ」
そして魔導具に光が灯っておらず尚且つ扉が開いたままだということは、既に施錠としての役割を持つ魔導具が完全に停止していることを意味していた。
だが入口とこことで扉が二つあるということは、元々二重扉としての機能を期待して設置されているはず。
それなのに仮に二つ目の扉を開けっ放しにして地下から外に出て行ったのであればその期待との辻褄が合わない。
ここまで露骨に開いてるとなると、さすがに何かしらの意図を感じざるを得なかった。
「……」
「「……」」
だがセリシアや三番街のみんなのためにも、ここで戻るわけにはいかないのだ。
静けさが緊張と共に風に乗って神経をピリつかせる。
二人も俺の心情を理解してくれているからかお互いに顔を見合わせて小さく頷くと、俺はアイコンタクトと顎の動きでこの後の行動を二人に示した。
一見入って下さいと言わんばかりだが、もしかしたら一連の犯人が潜伏していて隙を伺っている可能性もある。
もし目の前の部屋に犯人がいたとしたら、既にランタンの光で部屋を照らしてしまったから俺達の存在はバレてしまってるだろう。
それでも姿を現さないということは俺達が部屋の中へと入ってくるのを待ち伏せしようとしてるのかもしれない。
であれば、相手の思い通りに動くわけにはいかなかった。
ランタンをテーラへと預け、俺は聖剣の柄を握って姿勢を低くし左腕に雷魔法の魔力を纏わせた。
いつでも照明として機能するように、そして【閃光爆弾】で先手を取れるように手の平に小さな光球を創り出しておく。
「――――ッ!」
そして強く地を蹴り、俺だけが室内へと一気に飛び込んだ。
更に流れるように照明として機能するよう出力を抑えた《ライトニング【閃光爆弾】》で室内を照らす。
威力を調節した光球は薄暗い部屋を一気に明るくさせて、部屋の全貌を明らかにさせると共にいるであろう人影を大きく映し出そうと光量を強くさせる。
「……誰もいない、のか?」
だがそんな俺の予想とは打って変わって、この部屋には……何も無かった。
いや厳密には部屋を囲むように火の灯ってない篝が並べられていて、中心部には若干高さのある台座が設置されている。
でもただそれだけだ。
人が隠れられるような物や場所なんか何処にも無くて、警戒してた手前なんだか拍子抜けだった。
それに。
「生活してるような形跡も無い。寝床にするにしたって食料すら備蓄してないなら隠れ家としても機能してない。なんなんだよ、ここ……」
生活感が一切見えないのだ。
仮に長時間隠れ家として利用していたなら、生きる必要がある以上どうしても必要な物は結構あるのに。
俺達がここに来ることを察知されて逃げられたか……?
仮にそうだった場合、帝国から本部の聖神騎士団が来た際にその点を突っ込まれてしまうだろう。
それじゃ意味がないのに。
ここに悪党がいないと、俺の出来ることが何一つとして無くなってしまう。
「自分ーー! 大丈夫そう?」
「……ああ。まあなんもなさそうだ。多分もう逃げられた。もう入って来て大丈夫だぞ」
「ん、わかった! うちの心配もただの杞憂だったっぽいね」
「……」
俺の心情は抜きにしても、この場所自体が今回の一件に深く関わっているのは間違いないはずだ。
目に付く者は少ないが、それでも調査は続行するべきだと判断して俺はテーラとルナに足を踏み込む許可を出した。
見た感じ何も無さそうだが、ルナが魔力の残滓を察知して、実際にこんな遺跡のような地下がある以上何かしらの手掛かりは必ず残されているはず。
時間が無いから最善策とは言えないが、最悪ここで待機して俺達が調査を諦めたと思って戻ってきた悪党を現行犯で捕まえるという方法もある。
隠し扉がある可能性もゼロではないため警戒を緩めるわけにはいかないが、それでも何も無さすぎて思わず拍子抜けしてしまった俺の心情的に、内心気が緩んでしまっていたのは確かだ。
だから今後についてを漠然と考えながらテーラとルナが室内へと入ってくるのを見届ける。
先にテーラが室内へと入り俺の傍へと寄って来て、追従するようにルナもついて行こうと一歩を踏み出した時。
「……?」
……室内はともかく通路側にまで光は届き切っていないため薄暗くて自信はないが、ルナの真後ろに影のようなものがある気がした。
「おい、ルナ後ろになんか――」
気配も、敵意も殺意すらも感じなかったから、俺は気を緩めていたこともあって眉を潜めつつも声を掛ける。
だが目が薄暗さに慣れてルナの後ろにいる影が徐々に鮮明になって行くと、俺は凝らした先に見えた髪色のようなものに、思わず目を大きく見開いた。
影だと思っていたものは正真正銘の『色』だ。
暗闇に紛れて靡くその髪色は、間違いなく『黒色』だった。
「――ッッ!?」
そして黒色の髪を持つ者は、俺の知る限りたった一つの種族しか無い。
――『魔族』だ。
世界の汚物である魔族は俺を何度も苦しめ、そして俺の大切な者を奪い取っていく。
「――ルナッッ!!」
強烈な焦りが俺の心を支配していた。
既に身体は動き出していて、めいいっぱい手を伸ばしてルナを引き寄せようと駆け出して行く。
「――――わっ」
だが当然『そいつ』もそうなることは理解していて。
動かないルナの手を強く引くと、同時にルナは体勢を崩して後方へとよろけた。
それと同時に外側から紫色のフラッシュが引き起こされると、それによって魔導具が起動したからか扉が素早く閉じられていく。
間に合わない……!
このままじゃ間に合わない!!
ここでようやく、俺達が罠に嵌まったのだと理解してしまった。
一本道しか作らなかったのも後ろから来ると思わせないためだったのかもしれない。
扉を開けたままにすることで可能性を想像させて、本体は外側にある隠し扉か何かで身を隠す。
それにまんまと引っ掛かってしまった。
俺が、俺がその可能性を思い付かなかった結果がこれだ。
このままルナが引き剥がされてしまったら、きっとルナは殺されてしまうだろう。
いくら悲鳴を上げても、助けを求められても手を差し伸べることすら出来ず、ルナの悲惨な姿を見る羽目になる。
そんなの、いやだ。
いやだいやだいやだ!
「シロ――」
ルナが近付く俺へと手を伸ばし名を呼ぼうとしてくれていた姿がやけに鮮明に記憶に残った。
だが閉まる扉は開けた時よりも格段に速くて。
中心部にいた俺ではもう間に合わないと普通だったら諦めてしまいそうになるぐらいの速度で扉は閉まり続けているため、ルナの言葉は途中で遮断されて空を切る。
脳がいくら沸騰しても、いくら強く手を伸ばしても……その手が繋がれることは無くて。
完全に魔導具が起動した扉は固く閉ざされて、ルナが視界に映ることは二度と来なかった。