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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第9話(11) 『神託に背き』

 メビウスが部屋から出た後、セリシアは少しの時間だけ閉まっている扉を見続けていた。

 部屋を出る直前の彼は、何だか考え込んでるみたいだった。


 顔を落とし、申し訳なさそうに眉を潜めながら。


 もしもそれが自分のせいだったならと、セリシアは反省すると同時にフォローしきれなかった自分を悔やむ。


「メビウス君……私にも言えないことなのでしょうか……」


 これでもセリシアは、出来る限り悩みを打ち明けられるように場を整えようとしていたのだ。

 少し勇気が必要だったけど、それでも自分の身の内を語ることで、彼もまた内に秘めた苦悩を言いやすくなるのではないかと、そんな淡い期待を籠めて。


 けれど結果はそうはならなかった。

 本当だったら「何か悩み事でもあるのか」と聞くのが一番なのだろうが、彼の性格上それで素直に話してくれるとは思えない。


 きっと彼にとってはまだ頼っても良い相手だと思われていないのだと、セリシアは何となく察してしまい肩を落とす。


 そしてメビウスのソレは、決して今回だけに留まっているわけではなかった。


「お互いに頼り頼られの関係を築こう……」


 目的はあったが、初めてピクニックに行った時のことを思い出す。

 言い争いに近い言葉を投げ合っていた時、折れた彼が苦手なことをサポートしていこうと言ってくれた。


 けれどその関係性は未だ構築出来ていないとセリシアは思う。

 そんな関係でいられたらいいなと思っても、どうしても彼には何か言えないことがあるのかもしれない。


 きっと彼がそれを伝えてくれる日が来るまでは、その関係性が構築されることはないのだろう。


「どうしたら、メビウス君に信頼されるようになれるでしょうか」


 頭を捻って考えてみるが、メビウスがセリシアのことを深く知らないように、セリシアもまたメビウスのことを深く知らないことに気付いた。


 優しくて、頼りになって、ちょっぴり警戒心が高い人だけど、それでも彼が教会にいるだけでセリシアは今までよりも安心して生活出来ている。


 子供たちに懐かれていて、三番街の人達からの評価も高い。

 でもそれは彼が【イクルス】に来て培ってきたものに過ぎない。


「明日は……少しだけ早く儀式を終わらせましょう。言われるのを待つだけでは駄目だと、メビウス君と出会ってから気付くことが出来たんですから。頼りになる姿を見せないとメビウス君も安心できませんよね」


 先程彼に事情を言ったばかりだけど、きっとこういう無理が彼に不安を抱かせる原因なんだと自己分析する。


 とにかく明日をきちんと迎えるためには、お腹を満たして早めに寝ることが重要だ。

 なのでセリシアは小さく頷いた後、彼が置いていったお盆を取ろうと手を伸ばす。


 ――だがその刹那、セリシアが抱いていた『聖書』が突如として神秘的な光を放った。


「――っ!!」


セリシアは本能的にお盆に伸ばしていた手を引っ込め、すぐさま『聖書』を開いて神託を確認する。


 神託は今後の聖女の行動を示す重要な指標だ。

 聖女として生きる以上切っては切れないものであり、神様に仕える者としてセリシアもまた他の聖女と同様に神託を最重要視していた。


 だから今回もその神託通りに行動しなければならない。

 そう思いはするものの、セリシアは『聖書』に記された神託の内容を上手く呑み込めずにいた。


【悪魔の誘惑から救うため、大切な者を引き止めなさい】


「悪魔の、誘惑……?」


 『聖書』には、そう書かれていた。


 『悪魔』とは悪意を具現化させた空想上の怪物だと言われている。

 人の欲を増幅させて堕落させ、道を踏み外し続けるよう仕向け不幸にさせると『聖書第二版』でもそう書かれていた。


 そんな空想上の悪魔の名前が『聖書』に記されている。


 比喩表現だろうか。

 だが神様の言葉である神託が人によって解釈の分かれるあやふやなものを告げるはずがないし、実際にこれまでは疑問に思うような神託は記されなかった。


 けれど『悪魔』という言葉は置いておくとしても、セリシアはその続き。

 【大切な者を引き止めなさい】という文字に言いようのない不安を抱いた。


「大切な……人」


 セリシアにとっては三番街の人たちも、教会のみんなも等しく大切な人たちだ。

 けれど神託に記されている文字はあくまでたった一人のことを差しているように見える。


 そして引き止めろということは、『教会に引き止めろ』ということになるとセリシアは判断した。


「……っ」


 ――どうしてか、心がざわついた。

 すぐさま聖書を閉じて起き上がったセリシアは慌てて部屋を出て教会を見回ろうと行動する。


「……ぅっ!」


 だがセリシアの蓄積された疲労では、決して何の障害もなく歩き続けるなどできなかった。


 視界が大きく歪み、身体の力が抜けてしまう感覚に陥りながらも何とか階段の目の前で壁に寄り掛かることに成功する。


 勢いよく飛び出してしまったせいで、気持ち悪さと頭痛が終始セリシアを蝕んでいた。

 けれど神託が現れてしまった以上、止まることなど出来なくて。


 セリシアは壁に寄り掛かりズルズルと身体を引き摺らせながらもなんとか階段を降りて礼拝堂を経由しリビングへと入る。


 その間、何処にもセリシアが求めている人が視界に収まることはなかった。


「――!! 聖女様! 身体を起こして大丈夫なんですか!?」


「――え!? ぐ、具合悪そうですよ! お兄さんは何やって……!」


 リビングにも、求めている人の姿は無くて。

 変わりにセリシアが入って来たことに驚いた子供たちが慌ててセリシアへと寄り添い、心配そうに眉を潜めてくれている。


 心配を掛けさせてしまったことによる申し訳なさがセリシアの心を痛めるが、それでもセリシアは必死になって子供たちへと声を掛けた。


「メ、メビウス君は……メビウス君はどちらにいらっしゃいますか……!?」


「えっ、聖女様にご飯を届けに行ったんじゃないんですか……? まだ、こっちには戻って来てないですけど……」


「てっきりご飯を食べ終わるまで部屋に残ってるんじゃないかなって、さっきみんなで話していたんですが……」


「あ、でもさっき向こうのとびらから音がしてたよ!」


「そうなのリッタ?」


 子供たちはみんな教会に残っていた。

 けれどリビングに戻って来ていないことやリッタの証言が本当だとすれば、唯一ここにいない彼は部屋に戻らず何らかの意図を持って外へと出たということになる。


 外へ出たということは神託に記された【引き止めなさい】という指示が成し遂げられていないことを意味していた。

 そして神託通りにならなかった場合、それは聖神ラトナの意図しない未来が訪れるということでもあって。


「――っっ!!」


 それだけは彼のためにも何としても阻止しなければならなかった。

 ひいては外に出てしまったメビウスを教会へと連れ戻さなければならない。


 どうして『聖書』の神託に遅延が起きてしまったのかはわからないが、現実として起きてしまっている以上少しでも時間を長引かせるわけにはいかなかった。


「――ぅ、あっ」


 だからセリシアは慌てて外に出ようと立ち上がる。

 だがそんな焦る気持ちとは裏腹に、頭の中が真っ白になると同時に視界が大きく歪んでしまったセリシアは踏ん張ることすら出来ず前のめりに膝を付いてしまった。


 そんな姿を見せてしまえば、子供たちも黙っているわけにはいかない。


「聖女様だめ!」


「――せ、聖女様……! む、無理しちゃ駄目ですよ……!」


「そ、そうですよ! 倒れちゃうよ!」


 リッタとパオラ、そしてカイルがセリシアに寄り添い直した。

 セリシアの状態に危機感を抱いていたユリアとメイトも、どうにか妥協点を見つけようと思考する。


「その状態で外に出るのは無理だと思います。何か重要なことがあるなら街の人を呼びますか? 聖神騎士団の人達に言伝するぐらいなら私達でも出来ますよ」


「そうですよ。ただでさえ聖女様には儀式の疲労が溜まっています。状況はよくわかりませんが、もし一刻も早く師匠を探す必要があるならボクが外に出て――」


「それは駄目です!」


 どの道セリシアが動けない以上、選択肢はユリアの案かメイトの案の二択しかない。

 だがセリシアは教会を任された者として、そして保護者としてこんな夜に子供たちだけで外に出させることなど出来るわけがなかった。


 出来るわけがないが、それでも神託は何よりも優先して成し遂げなければならないものだ。


 人の人生を無視してでも、危険を冒すリスクがあったとしても、神様の創り出したレールに沿うことさえ出来れば『聖女』と『神様』、そして『世界』にとって正しい結末へと迎えることが出来る。


 誰か一人の人生をふいにしたとしても『世界』単位で見れば何の障害にもならないからだ。


「……っ」


 ……だが、セリシアはその選択を出来ずにいた。

 たとえ聖女として落第点だとしても、セリシアには子供たちにそんな非情で危険な選択を強いることなど出来るはずもなかった。


「――――っ」


「「「聖女様!」」」


 だから私が行かなければならないとセリシアは自分を鼓舞して立ち上がろうとするが、儀式で蓄積した疲労は非常に強力だった。


 立ち上がれない。

 むしろ頑張ろうとすればする程具合は更に悪くなり、視界が歪み過ぎて今にも意識が遠のきそうだ。


「部屋に戻りましょう! 聖女様が外に出るのはさすがに無理ですよ!」


「明日の朝すぐに私達が探しに行きますよ。ですから聖女様はちゃんと休んで下さい」


「そう、ですね……」


 セリシアも分かっていた。

 選べない以上、神託を無視して諦めるしかないのだと。


「……お騒がせしてすみません。負担を掛けてしまうかもしれませんが、明日の朝ちゃんとお話ししてどうするか考えましょう。早朝にはコメットさんたちも来ますから」


「はい、わかりました」


「聖女様……一人で部屋に戻れますか?」


「リッタ手伝う!」


「お、俺も!」


「私も手伝います……!」


「すみません。ありがとう、ございます……」


 子供たちにも気を遣わせてしまって自分が情けない。

 保護者としても聖女としても、どちらかを優先出来ない自分が本当に正しいのかもわからなかった。


 今まで神託を無視したことがないセリシアの心は不安で不安でしょうがなく、誰かに合っていると認めてもらいたいという思いすら抱いてしまう。


 それだけじゃない。

 神託の内容がメビウスのことを差しているのだとしたら、この選択によってセリシアはまた自分たちを優先したということを意味していた。


 アルヴァロの時も、そして今回も。

 セリシアは後悔と罪悪感によって心を痛めて、身体だけでなく心まで弱って行ってしまう。


 それでも、一日が終わらなければどうしようもない。

 だからセリシアは子供たちに支えられながらなんとか階段を登って自室に戻ることが出来、ベッドに横になりながら後悔の念を抱き続ける。


 一度ベッドで横になってしまったことで蓄積した疲労が一気に押し寄せ、もう立ち上がることすら出来そうにない。

 食事を胃に流し込むことすら難しそうで、大事な時に何も出来ない自分が恥ずかしくて仕方ない。


「メビウス君……」


 心の中はずっと、心配と不安でいっぱいだった。

 だが神託に背いてしまった結果になったとしても、ただ大切な人の安全だけは願っていたくて。


「聖神ラトナ様……どうか。どうか、メビウス君をお守りください……!」


 祈ることしか出来なかったけど、セリシアは残る体力全てを使ってでも精一杯メビウスのことを想い祈りを捧げ続けていた。

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