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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第9話(10) 『聖女のために』

 メイトに言われこうして部屋の前へとやって来た俺だが、セリシアの部屋を訪ねることなど地味に初めてのことなため少しだけ緊張してしまい、ノックした指が震えているのを自覚した。


 だが行動を起こしてしまった以上はセリシアからの応答を待つしか選択肢がない。

 ほんの短い時間の静寂がやけに長く感じながらも、ノック音に気付いたであろうセリシアが扉越しに少しだけ明るさの落ちた声を響かせてくれる。


「鍵は開いていますので、入って大丈夫ですよ」


 ……え、いいのか?

 てっきり扉の前で食事だけ受け取って、その後は扉越しで話すのだとばかり思っていたから少しだけ意外だった。


 女の子は男がアポも無しに部屋に入るのを嫌がるものだと思っていたのだが、セリシアはそうではないらしい。


 ……いや、彼女の男への免疫の低さを考えると知り合いとはいえそんな何ともないように招こうとするとは到底思えない。


 少々引っ掛かる。

 だが招かれた以上、ずっとここで立っているのもそれはそれで疑念を残してしまう可能性があるだろう。


「……じゃあ入るぞ?」


 なので俺は大人しくドアノブを回してロックを解除しながら、両手にお盆を持っているため肩の力だけで扉を開けて部屋へと入った。

 初めてセリシアの部屋へと入るが内装はテーラ程ではないが非常に飾り気がなくシンプルで、天界で幼馴染みの部屋を見てる俺からするとやけに無機質な感覚を抱いてしまう。


 この感覚は俺が初めて天界から人間界に来た時に抱いたギャップと同じものだ。


「――え、えっ!? メ、メビウス君!?」


 ……が、そんな呑気にデリカシーなく部屋の観察をしていた俺の耳に聞こえてきたのは、ベッドに寄り掛かっていたセリシアが驚き慌てる声だった。


 どうやら、やはり部屋の前に来たのが俺だとは気付いていなかったらしい。

 柔らかめの寝間着姿を見せるセリシアは急激に顔を赤く染めたかと思うと、どうすればいいのかわからなかったのかベッドの上でわちゃわちゃと動き、慌ただしく布団の中へと潜り込んでしまった。


 ……そして目元だけ外へと出して、可愛らしく眉を潜め羞恥と困惑の混じった目を俺へと向けている。


 そんな目を向けられてしまえば、俺としても冷静に諭すことなど無理に等しくて。


「あ、わ、悪いセリシア。入る前に声を掛けるべきだったよな」


「い、いえっ。私も勘違いしてしまって……! お見苦しい姿を見せてしまいすみません……」


「見苦しいなんて……」


 セリシアが自分のことを卑下しようとするから即座に否定しようとした俺だが、これ以上言うとセクハラみたいになりそうだと気付き口を閉じた。


 ……とにかくセリシアが勘違いしていた以上長居したままも良くない。

 俺はそそくさとベッドの傍にあった小型タンスの上に料理の入ったお盆を置こうとするが、そこには『聖書』が置かれていたためそれをセリシアに抱えてもらい、お盆を置いたあと部屋から出ようと踵を返す。


「じゃ、じゃあ俺出るな。おおお大事に!」


「えっ、ま、待って下さい! だ、大丈夫です。もう平気ですから……!」


「そ、そうか?」


 明らかに無理をしてるようにしか見えないけど、そう言ってくれるのであれば彼女の動揺に当てられて挙動不審になってしまってる俺も落ち着くことが出来そうだ。


 とりあえずお互いに深呼吸をして場を和ませる。

 多少ギクシャクしつつも、俺は大人しく近くにあった椅子をベッドの傍へと持って来てゆっくりと腰を落とした。


 セリシアもゆっくりと身体を起こす。


「……」


「……」


 ……俺は、ケジメを付けなかった。

 教会の一員としての責務を放棄し、みんなを心配させてしまった。


 だからこそ不安なままでいさせないように、本題に入らなければならない。


「……き、昨日。何も言わずに帰って来なくて、ごめん」


 心無しか声が震えてしまっていた気がする。

 セリシアが怒る所など想像が出来ないため怒られることはないだろうが、心配させてしまったという罪悪感が絶えず俺の心を支配していた。


 ……幻滅されただろうか。

 いつまでも成長しない俺に嫌気が差してしまったかもしれない。


 無いとわかっているのに、どうしてもそんな不安が心の奥底に芽生えてしまう。


 セリシアに嫌われたら、みんなにも嫌われてしまう。

 それは人間界での終わりを意味していた。


 もちろんみんなに嫌われるのが嫌だからセリシアにゴマを擦ろうとしてるわけじゃない。

 何よりセリシアに嫌われるのが嫌で、嫌われる心当たりもたくさんあると自覚しているからこそこうしていつも怯え続けてしまってるのだ。


「……ふふっ」


 だがそんな俺の怯えとは対照的に、セリシアの口から出たのは嬉しそうな笑みだけだった。

 呆然とする俺を尻目にセリシアは思わず笑みを浮かべてしまったことを「すみません」と形式上謝りつつも、心無しか身体の緊張が解けているみたいだった。


「昨日メビウス君が帰って来ていないと子供たちから聞いて凄くびっくりしました。ですが早朝にコメットさんが教会に来てくれまして、事情を説明して下さったんですよ」


「……!? コメットさん言ったのか!?」


「はい。メビウス君は聖神騎士団の代わりにお仕事をしているのだと。メビウス君が頑張っていると聞いて、私もより一層頑張ろうって思えましたっ」


「あ、ああ……なるほど」


 てっきりコメットさんが真実を言ってしまったのかと思ったが、どうやら誤魔化してくれていたみたいで安心する。


 でも確かに言っていることは嘘じゃないけど、随分と具体性に欠ける説明だ。

 それで納得するセリシアもセリシアだが、多少は心配も不安も取り除けていたみたいで良かった。


 だから子供たちもそこまで騒がなかったのか。

 一日いなかったことについての言及がそこまで無かったから多少疑問に思っていたのだが、その説明なら納得出来る。


 けれど、説明されたからといって俺のことをそんな好意的に受け取ってくれる意味がわからなかった。

 セリシアだからと言えばそれまででしかないが、それでも俺は人としてやって当然のことすら出来ていないというのに。


 ……それでも、これ以上は掘り下げない。

 いつまでも理由を聞いてセリシアに励ましてもらってばかりじゃ駄目なんだ。


 俺は人間界に来てからセリシアという女の子に甘え続けてしまってる自覚があった。


「……体調はどうだ? ご飯、食べられそうか?」


 だからセリシアが大丈夫だと言ってくれるのなら話を変えることにする。


「……はい。食欲もありますので日常生活に支障が出る程ではありません。メイト君が主導となって子供たちも頑張ってくれていますので、私の負担もとても少なくさせてもらっています」


「……だいぶ、無理してるんだろ?」


「……あはは」


 気を取り直して多少の探りを入れてみると、やっぱりセリシアの笑みは少しだけ弱々しかった。


 さすがに起き上がれない程ではないだろうが、明日のことも考えると少しでも多く体力を回復させなければならないのだろう。


 今日だけじゃなく、明日も、明後日も。

 華奢な女の子一人に背負わせていい重荷じゃない。


 ……だけどその重荷を自ら課してるのもまた彼女自身だ。


「……どうして。そんな早く儀式を終わらせようとするんだ?」


「……知っているんですね」


「子供たちが心配してた。ホントは、もっと余裕を持って行うべきものなんだろ? そりゃあ君にとっては住民たちのことを大事に思うからこそなんだろうけど……それで君が無理をしてたら意味ないだろ……」


 君が三番街のみんなのために頑張り続けるのと同じように、三番街の住民たちだって君に無理をしてほしくないって思ってる。

 儀式がどれだけ体力を奪うものなのかはわからないけど、これで儀式の最中に君が倒れてしまったら元も子もないはずだ。


 語り掛けるように言う俺の言葉を受けたセリシアは、弱々しい笑みを浮かべたままゆっくりと肩を落としている。


 自分が無理をしていると、きっと彼女も理解しているんだろう。

 それでも止めない理由は、決して『善意』だけではないのだと思う。


「……私」


 その考えが合っていたのかはわからないけど、セリシアはゆっくりと口を開いた。


「初めて『聖女』としてこの場所に来た時、迷惑ばかり掛けてしまったんです」


「……そうなのか?」


「はい。最初は教会を維持することさえままならなくて、『聖女』としての役割も簡単なマニュアルだけを【帝国】から頂いて、それをこなすだけで良いと言われていました」


 最初は誰だって失敗する。

 何年前にセリシアがこの街に来たのかは知らないが、きっと今みたいな家事などを最初から出来ていたわけではないのだろう。


「今思えばとても未熟な行いでしたけど、拙いながらも何とか『聖女』として求められていた役割を果たすことは出来ていたんです。ですが私はそれを続けることで精一杯で……『信者』が街にいるということを、本当の意味で理解していませんでした」


「……」


「人が一人……死んでしまったんです。原因が過労死だと知ったのは埋葬が終わった後でした。ずっと教会の中で暮らしていたので何も知らなかったのですが、聖女が不自由なく暮せるようにするために信者の方々は長い時間を労働に費やしていたんです。……昔は、『捧げ物』というものまであったんですよ」


 名前から察するに、聖女に献上する供物か何かなのだろう。

 その名前を口にするセリシアの表情は悲しそうで、少なくともそれが更に住民たちの負担になるようなものなことは聞かなくてもわかった。


「それを知ってから……本当に『聖女』の役割はこれで良いのかと思うようになったんです。外の世界に出た時、初めて『聖女』とはたくさんの信者の方々に支えられて生きていることを知りました。皆さんを守るために、救うために『聖女』がいるはずなのに。その聖女のせいで人の命が消えてしまったら本末転倒だと気付いたんです」


「だから……結界を小さくしてみんなとの交流を増やそうとしたのか」


「……! ……それも知っていたんですね」


 知ってるさ。

 そして同時に納得出来るものがあった。


 きっとまだ一番街と二番街ではセリシアが突き付けられた現実を続けているはずだ。

 セリシアと違い、残り二人の『聖女』はそのことに気付かずに……いや、見てみぬフリをして世界にとっての『当たり前』を遂行し続けているのだろう。


「私はもう、『聖女』の役割で皆さんに辛い重荷を背負ってほしくないんです。皆さんは私に救われていると言ってくれますけど……私の方が皆さんに助けられてきましたから、その恩返しがしたいんです」


 「だから」と、セリシアは柔らかな笑みを俺へと向けて。


「メビウス君も是非私を頼って下さい。私、メビウス君の悩みを解決するお手伝いをしたいって、ずっとそう思っています。子供たちも、メビウス君も。教会の一員であると共に大切な『家族』なんですから」


「……かぞ、く?」


 俺の心を強く打ち付ける言葉を、慈愛の籠った笑みで口にしてくれた。


 一瞬だけ思考が停止する。

 呆然と言葉の意味を呑み込めずにいた俺だったが、セリシアの言う『家族』の意味を理解した時、俺の中で芽生えたのは嬉しさではなく不安だった。


「君は俺を……『家族』だって、言ってくれるのか?」


「当然ですっ。子供たちもきっとそう思っているはずですよ。ふふっ、同年代の男の子と一緒に暮らすというのは初めてのことでしたが、今はとっても楽しいと思えるようになれました!」


「……」


 そう言ってセリシアは日常の一幕を思い出してるかのように柔らかな笑みを俺へと向けてくれる。

 そんなセリシアの笑みに、俺はどうやって返せばいいのかわからなかった。


 頼って……いいのだろうか。

 家族とは、隠し事をせずに唯一ありのままの自分を曝け出せる関係性だと俺は思う。


 仮に本当に、俺たちが家族だと言ってくれるのなら。


 本当であればこれから俺がやろうとしていることだって、彼女には真実を伝えなければならないはずだ。

 きっとセリシアが協力してくれればもっと簡単に事は解決するものなのかもしれない。


 ……セリシアの疲労や重荷を無視して協力を求めれば。


 それが俺に出来るのか。

 コメットさんたち三番街の人達の気持ちを振り切って、セリシアに協力を求めることが出来るのだろうか。


 セリシアの手が、俺の手を優しく包み込んでくれた。

 だけど俺は……俺は、彼女の手を握ることが出来る立場じゃないんだ。


 ……労わるように、俺はゆっくりとセリシアの手を離す。


「――そっか。そう言ってくれるのは嬉しいな。ま、話も纏まったことだしそろそろ俺は行くよ」


「もうおやすみになりますか?」


「……いや、もうちょっと起きてようかな。セリシアも明日のために早く寝ろよ」


「はいっ」


 そして椅子から立ち上がってそれをもとの定位置に戻すと、踵を返して扉へと足を運ぶ。


「おやすみ、セリシア」


「はい。メビウス君もおやすみなさい」


 そう言い合って、俺は扉を開き部屋を出る。

 廊下を歩きながら……俺はセリシアに握られていた手の平を視界に収めた。


 ……無理だよセリシア。

 俺みたいな奴が君の家族であっちゃいけないんだ。


 隠し事もたくさんある。

 到底許されないことをたくさんしてきて、こんな真っ赤に血塗られた手をホントは君が握っちゃいけないんだ。


 セリシアに話すことは出来ない。

 やっぱりこれは俺達だけで解決するべきだと判断した。


 コメットさんたち三番街の住民を裏切れないし、何よりセリシアの体調を無視して協力してくれなんて言葉、俺に言えるわけがない。


 礼拝堂を通って、庭へと出て鉄門を開く。

 鉄門のすぐ傍には俺の用事が終わるのを待っていてくれたテーラとルナがいた。


「自分っ! 聖女様に挨拶は出来たん?」


「……ああ。ちゃんと誤魔化してきたよ」


「……そっか」


 ……そうだ。

 誤魔化した。


 また、何も言わずに俺は教会に背を向けようとしている。

 子供たちにも出掛けることを伝えず、わざわざ礼拝堂から出ることによって教会の一員としての責務をまたしても放棄した。


 でもこれが正しいことなんだ。

 セリシアの想いを裏切ることになっても、子供たちの心配を振り切ってでも、平和と平穏が続く世界を手に入れることがみんなにとっての幸せなのだから。


 だけど、理屈と感情は絶対に交わることはなくて。


「……辛い顔してる」


「……!」


「何かあった?」


 そんな後悔が顔に出てしまっていたらしい。

 ジッと俺の瞳を見つめるルナに気付いて、俺はいたたまれなくなって反射的に目を逸らしてしまった。


「何でもねぇよ。それより、もう夜は始まってる。俺達だけがこの街を救うことが出来るんだ。みんなの平和を取り戻すために……行こう」


「うん」


「……」


 テーラもルナも俺の感情の迷いに気付いている。

 それでも何も言うことなく俺の後ろについて来てくれた。


 三番街を救えるのは俺達しかいない。

 神サマが何もしてくれないから、俺はみんなの気持ちを裏切ることになっても……みんなを救うべきなんだ。

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