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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第9話(9) 『教会の一員としての責務』

 あの後テーラとルナと一緒に『魔導具店』を出た俺は早速聖神騎士団の詰め所へと向かい、コメットさんに得た情報と今後の計画を伝えた。


 やはりコメットさんも墓地の下にそんな通路があることなど知らなかったようで、感謝の言葉と共に三番街封鎖の手続きや住民たちへの説明が終わり次第すぐに調査に向かうと言ってくれた。


 墓地の下がああなっている以上、外部からの侵入をかなりの時間許してしまっていることになる。

 三番街の結界についてはルナから聞いたため一概に聖神騎士団が悪いとは言い切れないが、今回の一件が終わった後、今一度警備体制と人の出入りの規制により力を入れる必要があるだろう。


 ……とはいえ、クーフルの一件があって騎士団側もより警戒心を高めていたはずだ。

 なのに【イクルス】の人間でなく、更に要件も満足に言うことが出来ないであろう非教徒を普通何の抵抗もなく通過させるかどうか疑問が残った。


 たとえ神云々で人を信じることが大事とかなんとか言ったとしても、民を守る責任がある聖神騎士団だけは何かしらの規定を【帝国】側で用意しているはずなのだ。


 俺は人間界でのそういった常識に疎いからイマイチ確証に欠けて結論を出せずにいるものの、どうにも引っ掛かることが多く出始めているような気がした。


 ――だが俺達は既に今ある三番街の状況で戦わなければならない。

 現状が悪かったからといってその改善を待てる時間は当に過ぎ去っている。


 だから俺達は現状を受け入れて、三番街が封鎖されたことにより動揺している住民たちが少しでも安心して一日を過ごせるように日中は聖神騎士団と協力して出来る限りのことをして過ごした。


 ……こういう時だけは神を信仰し、未来があることを信じて疑わない信者たちが羨ましく思う。

 誰もが明日を信じて、救われることを信じて、何の気概もなく食料や必要な物を分け与えている姿は暖かさを感じると共に俺の中にあるちっぽけな嫌悪感を刺激した。


 神様という『存在が有る』だけで人々の役に立っているのでは無いか、なんて思いたくなかったんだ。


 だから目を逸らし、耳を塞ぎ、偽りながら住民たちに溶け込んで。

 住民たちの協力もあって、魔の手に掛かっていない人だけなら何とか数十日は命が持てる確証を得ることが出来た。



 そして太陽が沈んだ後――俺は一人教会の中へと帰って来る。



「……ただいま」


「「「――!! おかえりなさい!」」」


「うおっ!」


 裏口の扉を開けて住居スペースであるリビングへと入ると、俺の声にすぐさま反応した子供たちが昨日の夜と同様の格好で勢いよく出迎えて来てくれた。

 リッタとカイルから抱き着かれよろけそうになるのを何とか堪えた俺だったが、視線を少し上にあげると、パオラもユリアの背中に隠れながら安心したようにホッと息を吐いてくれている。


 そして料理を中断しこっちに寄ってきたメイトと、パオラに壁にされていたユリアも俺が帰って来たからか少しだけ表情を緩ませていた。


「お帰りなさい師匠」


「お帰り、お兄さん。随分遅かったね」


「ああ、ただいま……心配掛けさせたみたいで悪いな」


「良いんですよ。幸いにも師匠が懸念していたようなことは教会に起きませんでした。聖女様にも昨日のことは伝えていませんが、酷く心配していましたよ」


「儀式はちゃんと行ってたけど、あんまり集中出来てはいなかったみたい。前と違って『聖書』の神託も無かったっぽいから昨日よりも疲れてると思うよ」


「……そう、か」


 アルヴァロさんの時はセリシア自身が『聖書』の神託によって行動を制限されていたからこそボロボロの状態で帰ってきた俺を受け入れてくれていたけど、今回に至っては『聖書』の神託も無く、俺も何も言わなかったため俺が帰って来ない理由がわからなかったはずだ。


 あの優しいセリシアなら当然心配するに決まってる。

 それが分かっていたのに、俺は昨日一度帰って来た後セリシアに教会を出る理由を伝えなかった。


 たとえ昨日ルナが教会に入れなかったとしても、一度帰って書置きだけでも残しておくことは出来たはずだ。


 なのにそうしなかった理由はただ一つ。

 もしかしたら心配なんてしないかもという、情けない自虐的思考を持っていたからに他ならない。


 セリシアに対する罪悪感が俺の心を支配する。

 だが有難いことに嬉しさを俺へと向けてくれているリッタとカイルが俺の手を引いてテーブルへと招待しようとしてくれていた。


「シロお兄ちゃん! きょうはごはん食べるでしょ?」


「俺達、シロ兄が帰ってくると思っていつも以上に頑張って作ったんだぜ!」


「あ、いや……」


 俺が帰って来ることを楽しみにしてくれていたみたいだ。

 そのことが嬉しすぎて愛おしささえ感じてしまうけど、リッタとカイルの期待に応えることは出来ず曖昧な声だけが小さく吐き出されてしまう。


「……もしかして、今日も出掛けちゃうの……?」


「……っ」


 そんな俺をジッと見ていたパオラがそう思うのも無理はない。

 何も言えず顔を逸らす俺を見て、俺の手を引くリッタとカイルの力が弱まってしまった。


「…………悪い」


 年少組の気遣うような視線が痛くて、俺は答えにもなってない謝罪を口にすることしか出来ずにいる。


 住民たちや聖神騎士団のためにも、教会のみんなに本当のことを伝えるわけにはいかないんだ。

 かと言ってこの場を収めるために嘘ばかりを並べて納得させようとすることは、長い時間人間界で過ごしてきて大切だと思えるようになってしまったから、到底そんなこと出来そうになかった。


 だから吐き出せるのは沈黙だけ。

 俺を困らせてしまっていることに、年少組の子たちも気付いたのだろう。


 気遣ったような弱々しい笑みもまた、俺の心を深く傷付けた。


「――はい! ほら、料理の配膳の続きするよ!」


 だがそんな空気を強引に変えてくれたのは、手を重ねたことによる音で視線を集めたユリアだった。


「お兄さんは今頑張ってるの。全部が終わったらお兄さんもあんたたちを甘やかしてくれるんだから、今は私達がやらなきゃいけないことをする! そうでしょ?」


「でも、シロ兄だって少しぐらい休まないと……」


「ずっと頑張ってたら疲れちゃうよ……」


「『大人』は長い間頑張り続けなきゃいけない時もあるの。私達にはわからないけど、きっと今がその時なんだよ。だから待つ! いいね!」


 姉らしく念を押すようにそう口にするユリアには誰も逆らえず、渋々納得したようにみんな頷いていた。


 俺には到底出来そうにないことを姉としての自覚を持って行動してくれるユリアには感謝しかない。

 だが有難さを感じると共にユリアの言葉がやけに頭の中に響いていた。


「……大人、か」


 俺は……『大人』になれているのだろうか。

 メイトと喧嘩した時も『大人に任せればいい』なんて責任も取れないような世迷言を言ったけど、俺は何一つ『大人』になれるようなことをすることが出来なかった。


 こいつらにとっての理想像になれているのか不安でしょうがない。

 そもそもこんなことを思ってしまってる時点で大人になんてなれていないんじゃないかと、負のスパイラルへと陥ろうとしている。


「師匠」


 けれどそんな俺を前に、キッチンの方で何か作業をしていたメイトがこちらに寄ってきて両手を向けた。


 渡そうとしてきたのはお盆だった。

 お盆の上に乗せられていたのは簡単ながら咀嚼の負担が少なく、胃に優しい料理ばかりで、これを誰が食べるのかなんて言われなくてもわかるものだ。


 でもそれを俺の前に出す理由が俺にはわからなかった。


「これ、聖女様の部屋に持って行ってあげて下さい」


「俺が、か……?」


「聖女様も師匠の顔を見れたら安心出来ると思うんです。ボクは師匠の決めたことに対して何か言える立場じゃないですけど……でも、教会の一員として心配させた責任は取るべきですよ」


 ……確かに、そうだ。

 メイトの言う通り、俺は俺の責任を果たしていないことに気付いた。


 俺にはセリシアに言えないことがたくさんあるけど、それでも言わなければならないことまで言わないのは違う。

 心配を掛けないように、不安にさせないように……そうやって言わなかった結果前者も後者もセリシアに抱かせているなら意味がない。


 それをメイトが教えてくれたことに、自虐を含めた笑みを浮かべる。


「ははっ……まさかお前に窘められるとは思わなかったな」


 今日もまた俺は、セリシアに何も告げず教会を出ようとしていた。

 セリシアは疲れてるだろうからといっちょ前に気を遣った体を装って、その実セリシアの気持ちなんて考えていなかったんだ。


 それに気付けたから俺は大人しくメイトからお盆を受け取ると、メイトもはにかんだ笑みを浮かべてくれる。


「わかった。責任持って話してくるよ」


「……はい。頑張って下さいね、師匠」


 本当に優しくて、目に入れても痛くない子たちだ。

 もう初めて会った時とは比べ物にならないくらいに、俺は教会の魅力に取り憑かれてしまっているのかもしれない。


 子供たちに見送られながら、俺はお盆を持ち礼拝堂を通る。

 すると礼拝堂にある聖神ラトナの石像、そのすぐ傍にある小綺麗なボックスに液体が入った大量の瓶が置かれているのが見えた。


「……あれが『聖水』か」


 確か【聖現物】とか言ったか。

 大量に積み上げられているボックスを見れば、セリシアが一体どれだけ頑張っているのかが良くわかる。


 ノルマの数がどれだけなのかは知らないけど、かなりの数を用意しているのは間違いないだろう。

 二日でこれだけの量を揃えてるとなると、セリシアは本当に短い時間で儀式を終わらせるつもりなのだと、彼女の覚悟が俺にまで伝わってきた。


 明日も続けるつもりだからか、礼拝堂には儀式に必要な道具がまだ残っている。

 これも子供たちが頑張って用意したのだと思うと、人間界に来てから何も変わっていない俺が途端に恥ずかしく見えた。


「俺はどうやって生きればいいんだろ……」


 今俺がやろうとしているのだって、言ってしまえば余計なお世話に他ならない。

 仮に今回の一件を解決したからといって報酬が貰えるわけでもないし、言ってしまえば手に入るのは人々の信頼だけだ。


 信頼も大切だけど、その信頼を担保に養い続けてもらって生きるのは違うと思うんだ。

 初めて来た頃と違って、俺はもう養ってもらい続けるためにこうやって動いているわけではないのだから。


「もう、『どの道天界に帰るから人間界で生きるのはおまけでしかない』なんて、思ってる時じゃない」


 これまでは、教会は天界に帰るための基盤でしかないから厚意に甘え続けようなんて思ってたけど今は違う。


 俺は『今』、この人間界で生きている。

 それに自分でももうわかってるんだ。

 基盤を整えたからといって、天界に帰る方法を自分から探す気なんて微塵もないことに。


 帰る方法を探す気なら、もう俺はここにいないはずなんだ。

 天界に帰ることを最優先にしていたのなら、俺はあの時アルヴァロさんに協力していた。


「自分に嘘を吐くのはもう止める」


 俺はもう人間界を……いや、三番街を放っておくことなんて出来ない。

 みんなが頑張っている中、俺だけは人間じゃないから関係ないとはもう思えない。


 俺はホントに教会のみんなのことを考えてあげられているのか。

 それは俺には断言出来ないけど。


「三番街を救えない限りそれに悩むための明日も来ないんだ。みんなを救えなかったら、何も知らなかったセリシアが悲しむことになる」


 それだけは駄目だ。

 だからきっと、俺は教会のみんなのことを考えられているはずだ。


 それ以外に明日を来させる方法など、ありはしないはずなのだから。


 大切な料理が置かれたお盆をしっかりと持ち直して、礼拝堂を出て住居スペースに続く階段を登りセリシアの部屋の前に立つ。


 まずはセリシアに心配を掛けさせないために話をする。

 それを第一に考え、俺は部屋の扉をノックした。

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