第9話(6) 『導かれるように』
遠くから悪霊の甲高い嗤い声が聞こえながらも、ルナを頼りに俺は森の中を歩いていた。
先程中央広場まで行ってみたが、やはり中央広場の様子に変わりは無かった。
住民たちからは生気が失われていて、見ているだけで胸が痛くなる光景だ。
また悪霊に存在を察知されたら堪ったものではないため、俺の手を引きつつ何の躊躇もせずスルーするルナに助けられながら、俺は後髪を引かれつつもその場を離れることが出来た。
「……どうだルナ。魔力の残滓は途切れてないか?」
「すごく鮮明に見えてる。ここまで濃いのはおかしいくらい」
そしてライトニング【閃光爆弾】の応用で光球だけを維持し明かりとして利用しながら、俺達は中央広場から大きく離れた森の中を歩いていた。
これまではそういった魔力の細かい調整というのが難しかったのだが、テーラと子供たちに貰った腕輪型の魔導具のおかげでかなり安定して凝縮した魔力の維持を行うことが出来るようになっている。
「眩しすぎてないか?」
「うん、平気」
調整が上手く行くようになったおかげで閃光としての能力をだいぶ落とし明かりとしての機能だけを残すことが出来て、ルナの邪魔になっていないことに少しだけ安堵する。
少し前を先導してくれているルナに何が見えているのか俺には分からないが、それでも自信のある頼りになりそうな背中を見ていると気落ちしていた感情が減ってきたような気がした。
魔力の残滓というと、初めてテーラと会った時も魔力の流れがどうたらこうたら言ってたから、やはりある程度魔法に精通している奴なら案外簡単にわかるのだろう。
……とはいえ三番街でこれまで生活してきた感じ、問題が起こる以前にこの立地についても怪訝を向けざるを得ない。
「森、森、森って……こんなん悪党からしてみれば絶好の隠れ家過ぎるだろ。二番街とか一番街だったらこうはならなかっただろうに」
街の特性上仕方のないことではあるが、そもそもの話三番街の外側を覆うこの巨大な森も、そして簡単に悪党の侵入を許す【イクルス】の防衛体制にも問題がある。
結局【イクルス】のそういったものの知識も無いから憶測でしか話が出来ないが、多分その検問も別番街の聖神騎士団が行ってるんだろうし責任を追及するならこっちじゃなくてそっちだろ。
転移してしまったアルヴァロさんはともかく、クーフルや今回の黒幕のような魔族は恐らくその検問に引っ掛からない何かを持っているのだと思う。
狙う聖女が誰でもいいのなら、当然自然豊かな三番街に狙いを定めるのは当然のことだ。
「……それだけじゃないと思う」
だが、そんな俺の考えを補足したのはルナだった。
「三番街は街全てに結界が貼られてないから。だから侵入するのが簡単なんだと思う」
「……どういうことだ?」
「他の聖女は街全体に結界を貼ってる。だけど、三番街は教会にしか結界が貼られてない」
「はあ?」
ルナの言葉に思わず俺は首を傾げ疑問を示す。
一番街や二番街には全体に結界を貼られているのはわかった。
だがそれならどうして三番街には貼られていないというのか。
さすがにセリシアが聖女として非常に弱い~なんてことはないだろう。
聞いた限りでは【イクルス】の聖女として選ばれているのはかなり上位の力を持つ聖女らしいし。
「な、なんでだよ」
「街全体に結界を貼れば、厄災から街全てを守護する代わりに聖女は結界の維持のために教会から出られない生活を送り続ける。だけどここの聖女はみんなの話を聞いて、一緒に悩んであげたいんだって。普通聖女の姿は誰も見ることが出来ない」
「そうな――! いや、そういえば……」
驚きの声を上げそうになったが、魔導具作成体験のあったあの日、確かにセリシアも『一般人は通常聖女の姿を見ることは出来ない』と言っていたことを思い出す。
ルナの言葉を要約するなら、教会にだけ結界を集中させれば聖女の負担が減って行動範囲が広がり住民たちの交流に時間を割くことが出来るということなのだろう。
だがその代わりに街が危険に遭いやすくなるし、同時にセリシアに危機も訪れやすくなる。
「それが、三番街が執念深く狙われ続けてる原因なのか……!」
そしてそれは今まで非教徒含め数多くの悪党が接触を図ってきた行動原理と合致していた。
……だったら、セリシアに言って街全体に結界を貼ってもらえばいい。
そう理屈で思う俺がいると同時に、それではセリシアらしくないと思う俺もいた。
聖女と誰も会えないということは信者たちの悩みや傷、そして平穏を知ってあげられないということになる。
そしてそれは仮に俺のような結界を通り抜けられる悪党が襲来した時ですら、聖女はその事実を知ることが出来ないということを意味していた。
三番街の人たちがそれを受け入れているということは、きっとみんなも同じ考えなんだと思う。
みんなは『聖女』ではなく、『セリシア』という一人の聖女を愛してくれているのだと気付いてしまうと、俺はセリシアに物申すことは出来そうになかった。
「ルナは、そんな聖女だから会いたいって思った」
「……そう、だよな」
俺だってそうだ。
神サマみたいにいるかもわからず世界を俯瞰するような奴らより、親身になって寄り添ってくれる人にこそ信仰することが出来る。
だったらせめて番街を変えてくれとも思うが、三人の聖女が各番街に割り振られている以上、何かしらの意味はあるのだろう。
それにきっと【帝国】や世間からしてみれば三番街の聖女は変わり者と卑下されているのかもしれない。
結果的には守るべき民を危険に晒してはいるのだから、どっちが良いのかなんて俺には決めることなんて出来ない。
――けれど。
「……セリシアがそうしたいって言うなら、その想いを守り抜くのが俺達住民の役割だろ」
セリシアについて行くとみんなが決めた以上、それを最大限支えてやるのが俺達の役目だ。
むしろ俺は世間一般的な行動から外れていたとしても、他者の共感を得て実際に行動することが出来るセリシアのことを尊敬出来た。
「人のために善意を持って行ってることを利用するような悪党の好きにさせるわけにはいかない。結局狙われてるのには変わりないなら、俺達は俺達の出来ることをしよう」
「うん」
どの道やることは変わらない。
神サマには出来ないことを、俺がやってやるだけだ。
――
森の奥、上り坂を進んだ先でルナは進んでいた足を止めた。
「……ここから出てる」
「お……?」
これまでは木々が生い茂っていていかにも視界が悪く俺の明かりも遠くまで届かなかったが、ここでは辺り一面に俺の光が届いている。
ルナが視線を固定させていたので、俺も一緒になった視線を中央へと向けた。
「ここは……墓地か?」
そこは開けた場所だった。
広場に近い所の周りには密集するように石造りの墓石が置かれていて、その中心部にはそこそこの大きさがある石板のようなものが設置されている。
ただ墓石自体はそこまで多いわけじゃない。
50あるか無いかで、明かりに照らされた墓石にはそこまでの年季は入っていないように見える。
「こんな遠い場所にあるにしては随分と清潔だな……」
墓石が新しめなのもそうだが、森の奥深くにあったにしては意外にもちゃんと地面が整備されているみたいだった。
まあ墓地を綺麗にしておくのは当たり前っちゃ当たり前なのだが、三番街に墓守の役割を持つ人がいるというのは聞いたことがない。
誰かが整備しているのだろうか。
魔力の残滓がこの場所から出ているということでそれなりに警戒はしているものの、人の気配は全く感じられなかった。
「こっち」
「あ、おお」
だが何も見えない俺と違い、ルナにとっては確証を持つに充分な証拠が見えているようで、足を止めていた俺の手を軽く引っ張って進むことを促してきた。
……ので、俺も大人しくルナについて行く。
俺からしてみれば何の変哲もない墓地なため、仮に一人でここに辿り着いたとしてもルナのように何の躊躇なく進むことなど出来ずむしろスルーしていただろう。
「いやぁ助かるなぁ」
「……?」
しみじみとルナの有能性を噛み締めている姿を小首を傾げて見られつつ、俺達はある一つの墓石の前に立った。
「ここから出てる」
「……ここから、ねぇ」
……そうルナは教えてくれるが、俺には特に何の変哲もないただの墓石の一つにしか見えなかった。
ここから出てると言われても特段おかしい部分も無いし、魔力なんて感じられるはずもないからどうにもピンと来ない。
とはいえ、ルナがそう言っている以上この墓石に何か手掛かりがあるのは間違いないだろう。
「……どうすっかな」
……だが問題はどうやってこの墓石を調べるか、だ。
「……? これを破壊すればいいよ」
「それは駄目だ。ここは死んだ人が唯一安心して眠れる所だろ。俺達が荒らしていい理由なんてない」
「……そうなんだ」
この下には死んだ人が眠ってる。
天界と同様に、人間界でも墓参りぐらいはするはずだ。
そんな時、自分の家族が眠ってる墓石が荒らされていたなんてことを知ったら、俺だったら絶対にそいつを許すことなんか出来ない。
生きてるだけでも辛いんだ。
死んだ人ぐらいは、ずっと平穏でいるべきだろ。
ルナも悪気はなく素直に受け入れたみたいだ。
否定したからには俺自身が他の方法を考える必要がある。
「けど、この中には死体は無いよ?」
「――! そうなのか?」
「うん」
――あ、ならいいや。
「よし、なら壊そう」
「……いいの?」
「中身のない墓石なんてただの石だ。そう遠くないうちに入る予定の物だったとしても、みんなが助かるためならなりふり構っていられないだろ」
「わかった」
恐らく魔力の流れ的なものでわかったのだろう。
ルナがそう断言するのであれば、俺としても否定する理由が消え失せてしまう。
ここ最近住民内で死者が出たという情報は教会に入っていなかったと思うし、恐らく未来に向けて事前に用意しておいたものがこれなのだと思う。
元々所有していた家族は憤りを感じるだろうが、これも全部みんなを助けるために必要なことなのだ。
人は感情で動く生き物だから物を助けるために者を死なせるという本末転倒なことをやりがちだが、それも全部命あっての物種だろう。
……まあその要因として膨れ上がる金額とか、家族の思い出とかがあるからこそなんだろうし、それを真っ先に行うであろう俺が一概に否定することは出来ないのだが。
……少なくともその賠償に関しては、聖神騎士団に背負ってもらうとして。
「じゃあやるか」
俺は墓石の前に立ち、雷魔法を放つために右手を墓石に向け突き付けた。
左手には《ライトニング【閃光爆弾】》の光球を。
そして右手にも雷の魔力を凝縮させるよう魔力を操作して新たな光球を創り出す。
左の光球とは違い、倍以上に光を放ち続けていた。
「《ライトニング【爆弾】》!!」
そして墓石に向けて雷魔法を放つ。
その瞬間左手にあった【閃光爆弾】の光球が消え去ってしまったのを横目に、俺は同時に勢いよく踵を返していた。