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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第9話(4) 『覚悟ある決断』

 闇魔法を使用することが出来る人物。

 それは魔族以外にあり得ない。


 黒色ではなく紫色の髪色を持つルナだけは異質な存在であると言えるが、だとしても今回の騒動を引き起こしているのは魔族だと見て間違いないだろう。

 ルナが魔族なのかそれとも人間なのかの真意は結局聞けていないことを今更思い出すが、これまで一緒に過ごしてきて信用に値する人物なのかは分かったし深くは聞かないようにする。


 とにかく、相手が生物であるのなら出来ることはたくさんある。

 それにルナがあの世界に干渉することが出来るのであれば、三番街の人達をノーリスクで救出出来る可能性も見出すことが出来た。


「ルナ。お前があの世界に干渉出来るんだったら、俺の時みたいにみんなを現世に引っ張り出すことが出来るんじゃないのか?」


「……それは出来ない」


「……っ。なんで」


「シロカミ以外は『聖女の聖痕』を宿していないから」


 けれどそんな俺の考えは、簡単にルナによって否定されてしまった。

 出鼻を挫かれ思わず言葉に詰まりつつも、先程ルナが聖痕について『閉じ込められてどうしようもなかった』と言っていたことを思い出し理由を聞こうと口を開く。


「どういうことだ?」


「シロカミは聖痕の結界によって呪いを跳ね返していたけど、あのまま結界の外に出ていたらルナの魔法も届かない。他の人はそもそも結界が無いから、悪魔の呪いを防ぐことは出来なかった」


「……聖痕はストッパーの役割を担ってたってことか」


 確かに俺が父さんの姿を見て近付こうとした瞬間に聖痕によって守られた。

 恐らくほとんどの住民たちがその時点で死者の世界へと侵入してしまうのだろう。


 人は余程特殊な状況で無い限り視覚情報でしか安全か危険かを判断出来ない。

 しかも記憶が抜け落ちて混乱している最中でのことだ。

 誰もが何か裏があると思い立ち止まるなんてことは出来ないだろう。


 そしてルナでさえ助けられないということは、即ち現況を打破しない限り二度と住民たちは帰って来れないことが確定してしまった。


 だがそれはそれとして、少し疑問に残ることがある。


「でも確か『聖女の聖痕』があれば闇の力は通用しないんじゃないのか? あの悪霊が闇魔法の延長線上のものなんだったら、そもそも俺は死者の世界に行かないはずなんだが……」


「『効かない』じゃなくて『受けない』が正しい。あの闇魔法は呪いを付与させて縛り付けるのが効果で、シロカミの言う死者の世界に行くことは過程に過ぎない。だからシロカミが自我をしっかりと持てていたら、ルナの力が無くても聖痕ですぐに帰って来れたよ」


「……よく知ってるな」


 つまりは俺が父さんと母さん、そしてあの世界に固執していなければ何の弊害もなく帰還出来たということらしい。

 俺がもしも父さんと母さん、そしてあの世界にいたみんなを故人だと受け入れていればまた結末は変わっていたということになる。


 ……だけどきっと、それを聞いた上であの世界に送り込まれたとしても、俺はそれを受け入れることは出来ないんだろうなと、なんとなくそう思った。

 結局自分の意志だけでは戻ろうとせずに、ルナに助けられるのは変わらないのだろう。


 ルナの『聖女の聖痕』に関する知識の多さには感服するが、その知識のおかげでこれまで俺一人では理由付けすることが出来なかったことが分かるようになって、未知の恐怖というものはいつの間にか俺の心から消え去っている。


 恐怖は無くなったが、その恐怖を生み出した悪霊の件はまだ解決していない。


「なら知ってるついでにもう一つ聞くけど、あの悪霊はなんで中央広場から動かないんだ? あのペースで人々を呪うことが出来るんなら、あそこで固まってる必要なんてないと思うんだけど」


「……わざと」


「……わざと?」


「シロカミに取り憑いていたのを全て消したけど、またすぐに空で復活してた。短い距離で魔力を滞留させることで呪いの維持を優先しているんだと思う。発動し続けた闇魔法は月明りに照らされる度に強力になる。だから日にちが経つにつれて徐々に三番街を呑み込もうとしてるのかも」


「なら時間を掛ければ掛ける程三番街は崩壊していくってことか……!?」


 俺の予想していた他の場所も全てああなっているという仮説を否定されたのは安心だが、結局時間が無いことには変わりない。

 一日で中央広場全体を悪霊が支配したと考えると、あの悪霊が三番街全てを呑み込む時間は多く見積もっても一週間程しかないだろう。


 ……いや、違う。

 三番街の住民全てを救うのであれば、今まさに呪いを受けている住民たちの生命についても考慮しなければならない。


 水も食料も睡眠すら取れず、魂が抜けたような人達は一体何日生きれるのか。

 天使である俺には人間の生命事情など知る由もないが、それでも貧弱な人間では精々三日が関の山な可能性がある。


「……時間はない、か」


 中央広場の中には子供もいたため実際には三日もない。

 とにかくまずは当初の予定通り聖神騎士団の詰め所に向かうべきだと俺は気合を入れることにする。


 知りたかったことも博識なルナのおかげで概ね知ることが出来たため俺は勢いよく立ち上がると、そんな俺を見上げるルナに向け手を差し伸べた。


「なら善は急げだ。ほら、行くぞルナ。コメットさんの所に」


「……うん」


 手を差し出すとルナもすんなりとその手を支えに立ち上がってくれる。


 ……ルナは教会に戻ろうとしていたと言っていた。

 もしかしたらそれ以外にも何か予定があって、こんなことをしている場合ではないのかもしれない。


 それでもルナが何も言わないのであれば、俺も自分からそれを聞こうとはしない。

 中央広場が壊滅したあの時、俺は思い知らされたから。


 気を遣い、判断を鈍らせたことで結果何も出来ず悲劇を生み出してしまったのだと。

 だから今だけは気を遣うことを止めることにする。


 そしてルナの手を取ったまま再度詰め所へ向かうべく一歩を踏み出した。

 三番街を救うこと以外に大事なことなどあるはずがないと、そう思うことにして。



――



 中央広場から完全に離れ聖神騎士団の詰め所へと向かった俺達だが、ルナの言う通り悪霊の姿が遠くから見えても奴らは俺達に狙いを定めることはなく、滞りなく目的地へと辿り着いた。


 扉を軽くノックすると以前セリシアと一緒にここに来た時と同様にコメットさんが出迎えてくれて、早速俺とルナは詰め所内の椅子に腰を掛けつつ手に入れた情報をコメットさんへと共有した。


 一つ、今中央広場では大量の悪霊が飛び回り、朝と同じ現象が中央広場全土に及んでいること。

 一つ、三番街の住民を救うためには、元を絶たなければどうにもならないこと。

 一つ、夜になるにつれて悪霊が呪いをばら撒く距離が増幅し餓死の関係上タイムリミットは三日も無いこと。


 ルナはどうしてか終始聞き役に徹しているがそれら全てをコメットさんへと伝えると、コメットさんも疑問に思っていたことがあったのか眉を潜めしばし思考する様子を見せていた。


「……そうか。情報感謝する。警備交代の時間になっても騎士が帰って来なかったから、丁度中央広場へと様子を見に行こうとしていた所だったんだ」


「やっぱりそうでしたか。とにかく今は中央広場を封鎖して他の住民が不用意に入らないようにしなければいけません。コメットさんと同じように、一度誰かが様子を見に中央広場へと向かって戻って来なかったら、そこからは連鎖的に呪いの効果を受けることになってしまうでしょう」


「そうだな。残った住民への注意喚起は我らが聖神騎士団で行おう。……だが中央広場が使用出来ないのは問題がある」


 確かに中央広場は三番街で一番活気のある場所だ。

 それは人や物が多く入り乱れるからで、それを封鎖するのには問題があるのかもしれない。


 そんなことをパッと思い浮かべる俺だったが、中央広場を封鎖するということは決して三番街だけが被害を受けるものではなかった。


「中央広場は各番街からの出張を受け入れる場でもある。幸いにも他の番街の商人が今朝の異常事態に強い疑問を抱かれることは無かったが、情報を聞く限りではもう隠し通すことは出来ないだろう」


「それは……そう、ですね。ならやっぱりセリシアに伝えるんですか?」


「いや……中央広場だけでなく、三番街も封鎖するしかない」


 三番街だけでどうにかなる問題であれば話は別だが、今回の一件が他の番街にも共有されてしまえば事は非常に大事おおごとになる。

 だから悪霊がそれで止まるかは置いておくにしても、元を完全に封鎖し被害を三番街だけに抑えるというコメットさんの判断は理に適っているだろう。


 けれど聖神騎士団隊長のコメットさんとはいえ、結局は三番街で強い地位があるわけではなく、ただ聖女の守護を最優先にするだけの自治組織だ。

 そんなコメットさんの言葉一つで三番街を自由に出来るものなのだろうか。


「そんなこと、簡単に出来るんですか?」


「当然出来ない。だからこそ、これは聖神騎士団三番街隊長である私の独断で行う。……住民を、そして聖女様をお守りするのが聖神騎士団である私の責務だ。首は飛ぶだろうが致し方あるまい」


 やはりコメットさんの地位でそんなことを出来るわけもなかったが、コメットさんの言葉に俺は目を見開き思わず眉を潜めてしまった。

 慌ててコメットさんの顔に焦点を合わせると、彼は既に真剣な顔で俺を射抜いていて、己の考えを変えるつもりのない決意を持っていることに気付く。


「首が飛ぶって……封鎖しなくても、明日までに解決出来れば問題ないはずです! コメットさんがそこまでする必要なんてないでしょ!?」


「あるんだよ、メビウス君。事は三番街だけに留まらず一番街や二番街にまで被害が及ぶ可能性がある。各番街の騎士団はそこを守らなければならないため、一番街や二番街の騎士団に応援を要請することは出来ない。そうならないように【イクルス】ではエリートだけが隊に抜擢されているのだから。……まあ、その自信も無くなってしまいそうだがな」


 そう言うコメットさんの表情は悔しさを噛み締めているみたいだった。


 【イクルス】では聖女が三人も滞在している関係上、その傍にいるに相応しい者でなくてはならないと聞いた。

 そして実際、これまではコメットさんたちは数多くいる聖神騎士団の中で選ばれた者としてその力を遺憾なく発揮してきたのだろう。


 正直、俺は聖神騎士団が凄いという姿を見たことが無いためいまいちその感覚を掴めないが、彼らが街の住民にも聖女であるセリシアにも信頼されているというのはわかる。


「これ以上聖女様に負担を強いるわけにはいかないのだ。守らなければならない人に守られるなどあってはならない。たとえ自信が消え失せようとも、私は……我が『聖神騎士団』は。騎士として最後まで聖女様のために己を差し出す所存だ」


「……っ」


 俺も学生時代の職場体験で王城の騎士として働いたことがあったから、コメットさんの言う騎士としての理念のようなものを否定することは出来なかった。

 むしろその潔い覚悟には共感を通り越して尊敬の念すら覚えてしまう。


 そして実際コメットさんの言う言葉はまさしく俺が教会のみんなに対して思っていたことと同等のものだ。


 だからそう言われてしまえば、ただただ隣で静観しているルナの視線を一身に浴びながらも何も言えず口を結ぶことしか出来なくて。

 チラリと詰め所の奥にいる他の騎士たちへ視線を移すが、彼らもまたコメットさんの覚悟を受け入れて全てを三番街に差し出すつもりみたいだった。


 であれば……俺はもう何も言えず、肩を落とす。


「だから我らは【イクルス】ではなく……【帝国】の本部に救援要請を出す」


 どうしていつもいつも真剣に平和を望んでる人ばかりが辛い思いをしなければならないのか。

 みんなの言う神サマとやらがいるのなら、どうしてこうも俺の大切な場所ばかりをこんな簡単に奪い取ろうとしてくるのか。


 この腐った現実に怒りを通り越して喪失感すら抱きながらも、コメットさんの口にした言葉に俺はピクリと眉を跳ねさせていた。

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