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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第9話(3) 『敗走の末に得たもの』

 魂が現世へと戻ってくる。


「――ッッ!!」


 虚ろな目で空を見上げて立ち尽くしていた『メビウス・デルラルト』という存在が『俺』だということをようやく理解し、自分の身体に訪れた疲労を全て一身に受けてしまった。


「はあっ……はあっ……!!」


 同時に強烈な脱力感を感じて膝を付き、衝動的に肩で息をする。

 失っていた酸素を必死に供給させてすぐさま辺りの状況を確認しようと首を振った。


「一体、何が……!」


 全体を見渡してみれば状況は一切変化しておらず、三番街の住民たちは揃って生気の失った目をしながらその場に立ち尽くしている。

 だが同時に俺は先程まで父さんや母さんと話していたことも思い出して、混乱する記憶に戸惑いながらもゆっくりと噛み締めるように記憶を整理しようと試みた。


「あの世界は一体……いや、そうだ。俺は確か悪魔みたいな悪霊に襲われて、そして父さんと母さんと話すことが出来て、それで……」


 父さんと母さんに「一緒に暮らそう」って、そう言ってもらえたんだ。

 言ってもらえたけど、こうやって自分を取り戻してみればあれは本当に俺の家族だったのかという疑問が残る。


 それに、俺はこうして現世へと帰ってきたことで先程までの世界についてあることに気付いた。


「あの世界で俺が見た人は全員……亡くなった人だ」


 そう。

 父さんの取り巻きのように歩いていた天使も、父さんに稽古をしてもらって、それを観戦していた騎士たちも……アルヴァロさんも。


 父さんも、母さんも。


 みんな俺が存在を周知したことがある人で、同時に全員が何かしらの事件や病気で亡くなった人たちだった。


 確かに我が家に暗転するまでは俺の記憶をなぞったものだったとは思う。

 けれどその記憶に登場していた人物が明らかに少なすぎる。


 つまり。


「あそこは亡くなった人ともう一度話せる死者の世界ってことか……」


 そういうことになるのだろう。

 つまり今悪霊に取り憑かれている住民たちも、全員記憶の中の故人と一緒に過ごしている真っ最中だということだ。


 そして取り憑かれている人全員が笑っているのを鑑みるに、故人に未練を持つ者たちに幸せな世界を見せることで俺のように幻想に縛り付けようとしているのだと気付いた。


 ……それだけじゃない。


「記憶も無くなってた。現世の記憶を曖昧にすることで死者の世界へと堕ちやすくなるように誘導させられてたんだ」


 記憶を曖昧にすることで、現世の幸せの度数を少なくさせられていた。

 現世よりもあの世界の方が幸せだと、擦り合わせられた。


 ……確かに、死者の世界は理想だったのは事実だ。

 俺が失ってきたものが目の前にあったんだ。

 会話も出来て、俺を甘く溶かしてくれたあの世界に抱いた感情は、俺の本心じゃ無いとはとても言えない。


 それに今俺が教会に当然のように居座っていることに関して思う所があるというのも嘘じゃない。


「でも……何が『こうなりたい』だ。都合の良い考えを持つなよ、俺」


 ……それでも、一つだけ俺が絶対に持ってはいけない感情があった。


「間違ってるってわかってるんだ。わかった上でこれしか方法が無いから、俺は父さんと違って悪党を【断罪】することに決めたんだろ。ならアルヴァロさんを救う代わりにあいつの人生を妥協させろって、そう思ってるわけじゃないだろ……!」


 あの世界では父さんもアルヴァロさんも笑っていた。

 実際、もしも父さんが生きていてアルヴァロさんの悪事を見つけたとしたら、きっと正当な手段で罪を償うように促すはずだ。


 そしてきっと会えるかはともかく、テーラについても何かしらの対処を取ろうとするはずだ。


 ……それでも。

 俺とテーラが12歳になったあの日までに父さんはアルヴァロさんの悪事に気付けなかった。


 そして仮に天界でアルヴァロさんに罪を償うようにしたとしても、テーラはいつ来るかわからない悪党に怯え続け、そして結局転移したアルヴァロさんに縛られることになる。


 なのに『こうなりたい』だなんて、アルヴァロさんではなくテーラを選んだ俺が思っては一番いけないことなんだ。

 そしてテーラを救ったことを後悔することは、あいつに対しての裏切りなんだよ。


「あの世界は……危険だ」


 あの世界に囚われてしまったら、自分が自分では無くなってしまう。

 もしも助けられていなかったら、俺は永遠にあの世界こそが正しい世界なのだと信じてずっと堕とされて行ってしまっていただろう。


 俺が今こうしてここに帰って来れたのは、まさしく『聖女の聖痕』とあの禍々しい魔の手のおかげだった。


 おかげなんだが……


「でも聖痕はともかく……あの手は一体何だったんだ……?」


 あの世界で俺の心が惑わされそうになっても、聖痕は何度も何度も俺を助けようとしてくれていた。

 聖痕の理屈はよくわからないけど、それでも俺を見捨てることなく死者の世界に呑み込まれるのは間違ってるんだって伝えてくれた聖痕には今回の件で愛着のようなものすら芽生え始めていた。


 が、問題は魔の手の方。

 あれに関しては本当に意味がわからなかった。


 俺の身に宿ってる聖痕ならともかく、あれは外部から侵入してきたようにも見える。


「……」


 誰かが……助けてくれた、のか?

 いや、結果的に助かった形にはなったが、もしかしたらそれは副次的な結果であり本命は別にあった可能性もある。


 けれどあの世界に干渉出来るということ自体がおかしい気もする。

 それこそ、あの世界を創った本人で無い限り何の弊害も無く俺を引っ張り出せるとは到底……


「……大丈夫?」


「ぇ――うわあっ!?」


 だがそこまで考えた先に、不意に真後ろからの気配と呟きを身体全体で感じた俺は一瞬だけ状況を理解出来ず放心してしまったもののすぐに無機質な声を脳が理解し、叫び声を上げて前方へと思わず跳ねた。


 地に尻餅を付きながらも慌てて背後を振り向き、その存在を確認すると、


「何処か痛む?」


 そこには地に座る俺を無表情のまま見下ろしながら、小首を傾げたルナが立っていた。

 心配してくれるのは素直に嬉しいものの、それよりも聞きたいことが多く悲鳴に続き驚きの声を上げてしまう。


「ルナ!? お前、なんでここに!?」


「ずっとここにいた。でもシロカミが考え込んでたから、邪魔したら駄目だと思って」


「そういうことじゃねぇよ! お前、一体何処に行っていたんだよっ。全然顔見せないからもう来ないんじゃないかってちょっと思ってたのに」


 そうだ。

 ここ最近ルナはめっきり教会に泊まることは無くなってしまって、それだけではなく姿すらも見せることが無かったのだ。


 だからあの魔法花火を打ち上げた日もルナにだけ見せることが出来なかった。

 セリシアにルナの所在を聞いても、こうして突然いなくなってしまうのは良くあることで、俺と出会った時も丁度いなくなった後に戻って来たと言っていた。


 以前いなくなったのは半年前だと言っていたから今回もそれぐらいなのかと思ってたのに、こうしてひょこっと現れると拍子抜けしてしまう。


「「「「「『イヒヒヒヒヒヒヒッッ!!』」」」」」


「――――ッッ!!」


 だから今まで何をしてたのかを聞こうと口を開いたが、言い終わった直後に上空から甲高い声が中央広場に轟いていく。


 その気味悪い嗤い声を聞いたことで、俺はトラウマに似た恐怖が呼び起されて全身を震わせ反射的に上空を見上げた。


「……ぅ、あ」


 先程までは静かだったのに、悪魔の姿をした悪霊が嗤い声を上げながらぐるぐると空を舞っている。

 それだけなのに俺は身体が固まってしまい、それでも隣にルナがいることを思い出し必死に力を入れて立ち上がった。


「と、とにかくまずはここから離れるぞ! コメットさんのもとまで一緒に行こう!」


「え……でも」


「いいからほら! 行くぞ!」


「ぁ……」


 このままここにいたらいつまた悪霊に襲われるかわからない。

 何故かその場でくすぶってるルナの手を強引に握ると、俺はそのまま一気に走り出す。


 ……女の子一人安心させることが出来ないなんて情けねぇ。

 頼りになる所を見せられず、ただただ女の子に背中を見せている自分が恥ずかしくて仕方が無かった。


 それでも俺はルナがジッと繋がれている手を見続けている気配を感じながらも決して振り返ることなく、ただただ恐怖に支配されて逃亡するしかなかった。


 俺は変われない。

 俺は……無力だった。



――



 生命の存在を再確認した悪霊がまた一斉に突貫してくるんじゃないかと不安だったがそれは杞憂に終わることとなる。

 どうしてか悪霊は中央広場からは離れることはせず、俺達のことなど眼中に無いかのように簡単に逃亡を赦してくれた。


 遠くから動きを観察しても、やはり悪霊が行動範囲を広げようとする様子は見られなくて。


 俺は肉体と精神による疲労を感じながらも悪霊が見えなくなった所まで赴いたことで、ゆっくりと足を止めて浅い呼吸を繰り返した。


「はぁ、はぁ……悪い」


「ううん。大丈夫?」


「お前に心配されるなんて、情けねぇよな、俺……」


「そんなことない」


「……」


 ルナは相変わらず俺の心配をしてくれているが、俺のスピードに強引について来させたのに彼女に疲労感は一切感じられない。


 最早俺のちっぽけなプライドすらズタズタに引き裂かれた気分だ。

 だからなんだという話ではあるので開き直って大人しく地べたに座り込むことにする。


「コメットさんのもとに行く前に、少し休憩しよう」


「……うん」


 座り込んだことで離した手をしばらくジッと見つめながらも、ルナもそんな俺を真似してかゆっくりと腰を落とした。


「……それでだ。いなくなった理由はこの際聞かないけど、なんであそこにいたのかだけは聞いてもいいか?」


 そして先程聞こうとしたこと……ではなく、そのまま本題に入ることにした。

 今まで何をしていたか、だなんてことを聞いた所で現状ルナがここにいる事実は変わらないのだから、それを聞くのはただの自己満足だろう。


 きっと何度も同じことを繰り返して、更にセリシアにもその全貌を伝えていないということは言いづらいことなんだと思う。

 教会で日々を過ごしてそういった話は無理に聞かないようにしているから、代わりに現状の擦り合わせを優先することにした。


 ルナも俺の問い掛けに小さく頷いて口を開く。


「教会に戻ろうとしたらシロカミが【悪魔の呪い】に支配されてた。だから助けないとって思って」


「助けないと……? ――もしかして、あの魔の手ってルナがやってくれたのか?」


「うん。シロカミが『聖女の聖痕』の警告に反応してなかったから。あのまま結界の外に出ていたら閉じ込められてどうしようもなかったから良かった」


 そしてルナから告げられた言葉に、俺は驚いて目を見開いた。

 つまりはルナは死者の世界での俺の状況を把握出来、更にあの世界に干渉出来るということになる。


 そのことから、俺を現世へと引っ張り出したのは何か裏があった故の行動ではなく、純粋にルナによって助けられたものだということがわかった。


「なんでお前はあの世界に干渉出来たんだよ?」


「あれが闇魔法による呪いだったから。だから入れた」


「闇、魔法……」


 魔法についての知識は未だ乏しいが、確かに同じ魔法属性であれば案外干渉することが出来るのかもしれない。

 それこそその魔法に対しての知識があるのなら、そういったことは造作もないことなのだと思う。


 だからそれについてはすんなりと納得出来た。

 だが納得出来たと同時に俺はその闇魔法を使える唯一の種族を思い浮かべ、怒りに顔を歪め全身に力が入る。


「またっ、魔族か……!!」


 クーフルの時と同じだ。

 恐らくまたしてもセリシアの『聖女の聖痕』を奪おうとする奴でもいるのだろう。


 けれど憎悪に近い感情を姿の見えない魔族に向けると共に、むしろ俺の心には安らぎのようなものが芽生えていた。


 ……悪霊にはどうしようもなかった。

 奴らに何が効いてどうしたら倒すことが出来るのかも、倒した結果どうなるのかも不明瞭だったから逃げることしか出来なかった。


 ……でも、相手が魔族だと分かれば話は別だ。

 奴らには命がある。

 存在がある。


 生きるために必要なことが山ほどあるんだ。


「……ははっ」


 そう思えば何だか笑えてきて口元を手で押さえた。

 散々情けない姿を見せてしまったが、相手が『人』なら俺だけが出来ることがある。


 ……殺してやるよ。

 【断罪】してやる。


 どんなに命乞いをしても、どんなに地を這い蹲っても、肉を抉って叫び声を上げさせて懇願させて尚、自分が何をしたのかをその心に叩き付けてやる。


 そうだよ。

 『俺』には、『俺』だけがそれが出来るんだ。


 魔族を裁くのは天使の役目なんだから。


「……どうしたの?」


 思わず吊り上がりそうになる口角を手で隠し続けていると、そんな様子を見ていたルナが再度小首を傾げつつ疑問を向けた。


 ……ルナにも情けない姿を見せてしまった。

 冷静沈着で余裕のある姿を見せて物事を解決するのが『メビウス・デルラルト』なはずなのに、こんな醜い姿を見せるわけにはいかない。


 だから俺は瞬時に表情を作り変えて、いつものように不敵な笑みを浮かべて見せる。

 絶えずルナは無表情なのにその表情が何だか心配しているように見えたから、俺はルナの頭に軽く手を置いてその不安を解消するように努めた。


「ん、何でもねーよ。ただお前が助けてくれたおかげで本来の自分を取り戻せたってだけだ。ありがとな、ルナ」


「……ならよかった」


 そう言ってお礼を口にすると、ルナもコクリと頷いてくれる。


 ……俺一人じゃ何もわからない。

 この世界のことも、魔法のことも、聖女のことも何もかも。


 いつもそうだった。


 けれど、今俺の隣にはルナがいる。

 頼りになる誰かが傍にいてくれている。


 それなら後はもう俺の出来ることをやるだけだ。

 …………俺なら何だって出来るって、その時は疑いもしなかった。

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