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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第9話(1) 『幸せ』

 街行く人の声がする。

 賑わいを見せる人々の声がまるで静寂を強引に打ち消すかのように俺の覚醒を促していた。


 ぼんやりとした意識の中で、自分が何をしていたかどうかすら曖昧だった。


 俺は、何をしてたんだっけ……

 確かとても大事な、大切な人のために何かをしようとしていた気がする。


「そう、だ……俺はみんなを助けるために」


 けれど思い出すことが出来たはずなのに、何故か記憶が俺の脳に定着することはなくて。


「みんなって、誰だっけ……?」


 まるで思い出すことを誰かが邪魔しているかのように、思い浮かべた記憶はすぐに何処かへ散って行ってしまった。


「――ッ!?」


 だが逆に思い出すことを止めて視野を大きく持ったからこそ、俺は現状の光景に驚きの声を上げることになる。


 ――天使が、道を歩いていた。

 俺の傍を通り過ぎ、店に顔を出し、ベンチで休憩して、友達と世間話に花を咲かせる。


 それら全ての存在が背中に純白の翼を、頭上に特徴的な光輪を浮かばせていた。

 それはいつも見てきた光景のはずで何の驚きも出て来ないはずなのに、どうしてか俺は驚きに目を見開きつつも辺りを見回している。


「天界……なのか?」


 そう言葉にすることで、俺は改めて今この場にいる自分と向き合うことが出来るようになった。


 俺が人生で何度も通ってきた大通りだ。

 それ以外の光景なんて見たことないはずなのに、どうしてか俺はこの光景に違和感のようなものを感じてしまう。


 まるでそれ以外の世界を見たことがあるような、そんな気がするのだ。


「そうだ……俺は天使以外をっ……あれ? 違う。天使、なんだよ、な……?」


 だがどうしても黒いモヤのようなものが俺の記憶を阻害してきて、何か引っ掛かりを覚えつつもその『何か』を思い出すことは出来なかった。


「……ていうか、なんで俺はこんな所に」


 それに、仮に俺の思い出そうとしている記憶自体が無かったとしても、であればそもそも俺が天界の外で突っ立っている理由がわからない。


 困惑で眉を潜めながらも、俺は辺りを見回しながら状況確認に勤しんだ。

 もしかしたら誰かと待ち合わせをしているからここにいるのではないかと、そんなパッと思いついただけの可能性を考えてみる。


 そんな約束をした覚えなど全くないが、現状の記憶すら曖昧な以上あり得ない可能性を強く否定することは出来ない。


 ――だがそんな考えは、丁度俺の目の前を通り過ぎた集団の中心にいた人物を視界に収めることによって一瞬で消え去ってしまった。


『ようクレス! いつも悪党退治お疲れ様、精が出るな!』


『この前も潜伏していた魔族に襲われた子を助けたんですって! さすがクレス団長!』


『そんなおだてんなよ。あげられるもんなんてねーぞ』


 みんなからの注目を浴びてそれを軽くいなしながら笑みを浮かべる人が俺のすぐ傍を通り過ぎていった。


 姿も、声も、名前も、温もりさえも。

 何もかも忘れるはずのない大切な人を呼び、それに応える人が確かにいたのだ。


「……ぇ」


 幻聴かと思った。

 意地の悪い妄想なのかと自分の目と耳を疑った。


 けれど、その声は一度だけ聞こえたわけじゃなくて。


『ねえ騎士団長さま! また新しい絵本書いてよー!』


『それ言うなら俺じゃなくて母さんに言ってくれっての。ま、今度それとなく聞いてやっから、大人しく待っとけ』


『うんっ! 絶対だよ!』


『ああ。……それに、息子にも急かされちまってるしな』


 取り巻きのように一緒に歩く子供に向け柔らかな笑みを浮かべつつもそう答える姿をしっかりと見てしまったから、俺の感情は強烈に昂っていく。


 天使特有の白髪を持ち、制服である騎士服を大きく着崩した一見だらしなく見られがちな装い。

 でも実際は強くて、優しくて、誰からも好かれ頼られる俺の憧れの人。


 間違いない……聞き間違うのも見間違うはずもない!

 4年前にガルクによって奪われたはずの父さんが今目の前を歩いていた。


「~~っ! 父さんっ!!」


 それを理解した瞬間、俺は表情を明るくさせて父さんのもとへと駆け出した。

 父さんは遠くて、遠くて、俺なんかじゃ到底追い付けない程に遠い存在だけど、それでも物理的な距離だけでも近付けることは出来ると確信して。


 抱き締めてほしかった。

 少しだけでもいい。

 失ってしまった家族の温もりを、もう一度だけでも感じたかった。


 どうして父さんがここにいるのかはわからない。

 あの日死んでしまったはずなのに、どうしてまた俺の前に現れてくれたのかなどわかるはずもない。


 それでも、理由なんてものは些細なことで。

 今目の前にいるという事実だけで俺は良かったんだ。


 ……なのに。


 俺の大きく伸ばした手は、突如として光り輝く結界が正面に現れることで防がれてしまった。


「――ッッ!?」


 勢いよく腕が弾かれ俺と父さんの邂逅を結界は妨害する。

 バランスを崩さまいと何とか踏ん張って吹き飛ばされることを避けることは出来たが、何度結界を叩こうとも、目の前の城壁が壊れることは決してなかった。


「なんだよこれ……! なんで俺の邪魔をするんだよっ!?」


 意味が分からなくて俺は激怒の感情に支配されたまま結界に向け怒声を浴びせる。

 けれど同時に輝きを持った光は結界だけでなく、自身の左手の甲にも照らされていることに気付いた。


「――ぅっ!?」


 それを脳が理解した途端、強烈な頭痛に襲われて俺は頭を押さえ蹲る。

 血管が何度も跳ねるような鈍痛によって俺は顔を歪めつつも、どうしてか自身に宿る聖痕から目を離すことが出来ずにいた。


「……ち、がう。なん、だっけ……? 俺は、誰かを……ぐぁッ……!」


 聖痕を見ていれば、何か大事なことを思い出させる気がする。

 けれど今度は逆にそれを阻もうとするかのように、頭の痛みが強くなっていた。


 忘れようとすれば聖痕が邪魔をして。

 思い出そうとすれば『何か』がそれを阻んでくる。


 この状況に俺は不信感を抱いていた。

 まるで何かの意思と意思がぶつかり合っているような、そんな感覚さえ抱き始めている。


 ……だがそれでも、現実として父さんが俺に反応を返してくれることはなくて。


「父さん……」


 父さんは一度も後ろの俺に振り向いてくれることはなく、ただただ楽しそうに街のみんなに平穏を与えていた。


 ――視界が、暗転する。



――



 耳に届くのは金属同士が弾かれ、擦れ合う音だった。


「――っ!」


 暗転していた世界に色が彩られ世界は色素に染まって行った。

 徐々に創り出されていった風景では、しっかりと手入れされた雑草が並び植栽が来訪者を歓迎している。


「ここ、は……城の庭、か」


 そしてそれを俺は見たことがあった。

 思わず呟いた言葉の通り、ここは天界エンデイルの王城。

 その中庭に設けられた騎士訓練場の一つだ。


 子供の頃はよく王城に幼馴染みたちと忍び込んで遊び惚けていたから何だか感慨深く感じる。

 けれどその思いすら、しっかりと焦点を合わせた光景によってすぐさま消え去っていった。


『――ぐあっ!』


『……一本! クレス・デルラルト騎士団長の勝利!』


 風に乗って響いていた音が止み、一人の若手騎士が尻餅を付いて首に当てられた剣先を凝視している。

 そして聖剣を当て、若手騎士を不敵な笑みを浮かべながら見下ろしていたのは父さんだった。


 父さんはほんの数秒だけ形式上の勝利を見せ付けたあと聖剣を鞘にしまい、尻餅を付く若手騎士に手を差し伸べている。


『大丈夫かアルカ。何処か怪我してるなら我慢しないで言えよ』


『はは……やっぱりクレス団長には敵いませんね。指一本触れられる気がしません』


『団長じゃなくて師匠と呼べって言ってるだろ。ま、焦るなよ。俺に勝つことを考えるんじゃなくて、自分がどうすれば生き残ることが出来るかを考えろ。俺に勝った所で平和は守れない。……お前にも、帰りを待ってくれる人がいるんだろ。な?』


『……はいっ!』


 ……そうだ。

 これは多分、俺の記憶だ。


 聞いたことがある言葉だった。

 確か子供の頃、俺が父さんの勇姿を見ようとここへ忍び込んだ時に言っていた言葉だった気がする。


 仕事をしている父さんは家での父さんとはまた別の意味で頼りに見えて、俺はそんな父さんを幼馴染みたちに見せられるのが嬉しくて、ずっとテンションが上がっていたんだ。


『やっぱクレス団長は強いよな』


『それ以外は全部副団長に任せっきりだけどな。性格さえ良ければ神天使にだってなれたかもしれないのに』


『いやぁ勿体ないな』


『ああ、勿体ない』


『おいお前ら聞こえてるんだけど』


 それでも他の騎士たちからはこんな言われようで。

 父さんは怒ってるフリをしてみんな一緒に騒いでいたけど、当時の俺は父さんのことを分かってないって、ずっと怒ってたっけ。


 でも今ならわかる。

 みんな父さんのことを心の底から尊敬していたんだと。


 一見だらしなく見えるから初対面からの評価は悪くなりがちだけど、父さんには絶対に平和や平穏を守り抜くという強い正義があった。

 それに気付いてからは父さんがただ話しやすくて頼りになる人だということに気付いて、いつの間にか父さんの周りにはいつも人が一緒だった。


 本当に父さんは凄くて、憧れで。

 俺も父さんみたいになりたいって、父さんの真似事ばかりしていた気がする。


 そして俺も……こんな大人になれるんじゃないかって、そんな馬鹿みたいな考えを持っていた。


『やあクレス君。試作品の聖剣の調子はどうだい?』


『ん、アルヴァロさんか』


「――――ッッ!!」


 それでも父さんへの憧れは変わらないと、傍に寄れないもどかしさを感じながらもこの光景を眺めていると、不意に城側から中庭へと入ってきた白衣の男の姿を見て、俺と父さんは互いに対となる反応を見せた。


 眼鏡を掛け、白衣を着て長髪を靡かせる大切な人。

 王城に所属するアルヴァロさんが、気の良い笑みを浮かべながら父さんの傍へとやって来ていた。


 その瞬間、俺の脳裏に止めどなくぐちゃぐちゃになった感情が流れ込んでくる。


「アルヴァロ、さん……ぐぁッ!? ち、違う……俺、は、こんなことを望んでいたわけじゃなくて、ただ、みんなの笑顔を取り戻すためにはっ……! ああするしか……あれ、違う。あれ……?」


 流れ込む感情を整理することは出来なくてそのまま勢いに任せて言葉を紡ぐが、俺は俺の発している言葉の意味が分からず、顔を歪めながらも意味が分からず困惑してしまう。


 それでもただ一つ言えることは。


『良い感じだな。やっぱすげぇよアルヴァロさんは。それにメビウスの世話もしてくれてありがとな。ちゃんと帰ったらきつく言っとくよ』


『良いんだよ。あの子も素直だから、きっと大人になったらクレス君みたいな正義感溢れる子になるよ。その時、君はむしろ幻滅されないよう精進するべきだね』


『手厳しいな……ま、あいつはあいつなりの人生を歩んでくれればいいさ。出来れば自分に胸を張って生きてほしいけどな。そのためなら嫌われても構わねぇよ』


『ははっ。なら今の内に私は好かれるようにしておこうかな。そしたらもしかしたら私の協力をしたいと言ってくれるかもしれないからね』


『勘弁してくれ……』


 俺もまた、今みたいな結末を望んでいたということだけだ。

 一緒に笑って、軽口を言い合って……何もかも失うことのない理想の世界。


 それを俺も求めて、そして足掻いてきたはずなのに、俺の手に残ったものは何だったろうか。


「俺も、こうなりたかった……」


 思わず、幸せな世界と自分とを比べて弱音を吐いた。

 すると俺の気付かないうちに足の周りから、どす黒いモヤのような物が噴き始めていた。

 それは俺が願いを強く持つ度に大きく、より濃く黒を増していっているようで、創り出された世界を隠すように霧が掛かっていく。


「ここにいたい……」


 ……それでも、尚。

 俺の左手の甲に宿る『聖女の聖痕』は闇に呑まれないように、ずっとずっと輝き続けていた。

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