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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第8話(13) 『タイムリミット』

 三番街の隅々まで足を運んだはずだ。

 三番街の風景全てを記憶しているわけではないが、それでも異常などがあればすぐに分かるくらいの記憶はある。


だが結局クーフルの時のような魔導具も、三番街の住民ではないよそ者や不審者を見つけることも出来なかった。


「……くっそ。闇雲に探したって成果は出ない、か」


 やはり素直にテーラに協力してもらった方が良かったのかもしれない。


 人間界は摩訶不思議な現象が多く存在する世界だ。

 俺にとっては不可解な現象だとしても、案外知っている奴ならその現象の真意を教えてくれる場合がこれまでも多くあった。


 けれどそれに気付くには既に遅すぎて。

 太陽は沈み、現時点で満月が夜空を照らしていた。


 今日のタイムリミットだ。

 教会に戻らなければみんなに心配させてしまうだろう。


「明日はテーラに事情を説明して一緒に考えてもらうしかないな。あんまり頼りたくは無かったんだけど……」


 セリシアも子供たちも三番街の信者たちも……そして、テーラも。

 みんな生きるために仕事をしている。

 ずっと自由に生きていけるわけじゃない。


 俺の身勝手な理由でテーラを振り回そうとするのは無神経だと、最近思うようになった。


 森を出てショートカットし、教会の門前へと辿り着く。

 鉄門を開け教会内へ入ると、リビングの明かりが付いており人の気配が感じられた。


「……もう今日の分の儀式は終わったみたいだな」


 ホッと、安心したように息を吐く。

 教会を出てから一日も経ってないのに、ここにいるだけで何処か落ち着いた気持ちになれた。


 もしもまだ儀式をしている最中だったら迷惑だろうと、いつもの「ただいま」を言わずに入ったがこれなら何の気概もなく敷地内を歩くことが出来るだろう。


 ただ礼拝堂には明日以降にも使用する道具が多く残ってるだろうし、それを仮に壊しでもしたら目も当てられない。

 リスクを抑えるためにもと、俺は礼拝堂からではなくリビングのある裏口から入ることにした。


「ただいまぁ~」


「「「「「お帰り(なさい)っ!」」」」」


 そうして裏口を開けてリビングに入ると、まず初めに温かく思わず舌を打ちたくなる匂いが鼻孔をくすぐり、続いて駆け寄ってきた子供たちの歓迎の声が部屋に響いた。

 年齢別で表情や態度に差はあるが、みんな俺を待っていてくれていたのが良くわかる態度だったから、俺も先程までの気を引き締めていた姿が緩み思わず顔を綻ばせてしまう。


「なんだ、お前らまだその服のままいんのかよ」


 そんな気の緩みを悟られないよう表情を作りつつも、俺は子供たちの衣服が未だ礼拝や儀式で使用する礼服のままなことに疑問を抱いた。


 今日の儀式はもう終わったんじゃないのか。

 俺の疑問にメイトが答えてくれる。


「このペースだと儀式はあと三日程続きます。服に着せられたままでは聖神ラトナ様もボクたちの存在を把握してはくれませんから、儀式期間中は常に礼服を着用し恥ずかしくない姿を見せ続ける必要があるんですよ」


「……ふ~ん」


「でも俺この服固っくるしくてきら~い。動きにくいしご飯も溢さないようにしなきゃいけないんだよ」


「そ、そんなこと言っちゃ駄目だよカイル……! ラトナ様が見てるって、今お兄ちゃん言ってたよ……!」


 カイルの本音にパオラが慌てているが、実際の所どうせ神云々は関係なくあくまで【帝国】が一般人への威光を示すために提示した決め事なんだろう。


 馬鹿馬鹿しいったらありゃしないな。


「リッタはこのふくすき! 聖女様とおそろいだから!」


「文句言ってるのはカイルだけだよ。……どう? お兄さん。私も聖職者に見えるでしょ」


「馬子にも衣装って言ってほしいのか?」


「そんなわけないじゃん!」


 お揃いと言っても聖職者としての雰囲気が似ているだけだ。

 特に現状では子供たち全員が礼服の上にエプロンを身に付けているため、むしろ雰囲気すら怪しいまである。


「……セリシアはいないのか?」


 それこそエプロンを身に付けているのは食事中に礼服が汚れないためなのだと最初は思っていた。

 この部屋には料理中特有の良い匂いが漂っているし、これから夕食が始まるからだろうと。


 ……しかしキッチンにはいつもいるはずのセリシアの後ろ姿は無くて。

 きょろきょろとそこまで広くはないリビングを見渡しても、何処にも隠れてる様子は無かった。


 だから子供たちに居場所を聞こうと視線を向ける。

 けれど俺の軽い考えとは裏腹に子供たちはみな少しだけ陰を落とした表情をしていて。


「聖女様は今自室で休んでます。なので今日はボクたちでご飯を作ってるんです」


「……っ。そんなに儀式ってのはキツいのか?」


「普通はそうならないために長い時間を掛けて【聖現物】を創るんだけどね。三番街の聖女様は……それを共にする私達や信者のみんなを少しでも休ませてあげたいって、通常よりも遥かに長い時間儀式を行ってるんだよ」


「――は!?」


 聞けば通常の聖別の儀式は午前中に行い、長い期間を設けて【聖現物】を創っていくのが通常のスケジュールなのだそうだ。

 それは一重に『儀式』というものがより強い集中力と精神力、そして聖女としての祈りを維持する必要があるからだそうで、午前中ですら疲弊は相当なものだと言われているらしい。


 なのにセリシアはそれを短時間で済ませようとしている。

 それは自分のためではなく、『聖女』が教会に籠り続ける時間を少しでも減らしたいと願う慈愛の心があるからだと。


 ……つまり周りのために自分を痛め付けて、苦しい思いをして、それでみんなが幸せになってくれるならそれで構わないんだって、セリシアはそう思ってると言うのか。


「なんでっ、そんなに……」


 頑張れるんだろう……


 結局はどいつもこいつも他人だろ。

 俺も、子供たちも、三番街の住民だって、結局はただの他人じゃないか。


 他の聖女はそんなことしてないんだろ。

 それで他の街の信者は納得して、何の弊害もない毎日を過ごしてるんじゃないのか。


 なのに……君は、君だけはどうしてそこまで頑張ろうって思えるんだよ。


 思わず頭を抱えて理解出来ない感情を持ちつつも、それならと俺は顔を上げた。


「……そっか。お前たちは疲れてないか? 儀式って大変なんだろ? お前たちも体力は少ないんだし家事は俺に任せて休んでていいぞ」


 セリシアがそれだけ疲弊しているのであれば、それに付随して子供たちだって疲れが出ているはずだ。

 子供はそういったことに気付かないケースも多いし、元気いっぱいな笑顔を見せるカイルもリッタも内心では疲労を溜めている場合だってある。


 だがそんな俺の心配を他所に、子供たちは本心から疲労は無いと首を振った。


「いえ、大丈夫ですよ師匠。ボクたちも結局は聖職者の代わりでしかありませんから。ボクたちは儀式の準備と儀式中のサポートに回っていただけです。……聖女様の計らいで、仕事もかなり減らしてもらっています」


「『みなさんは儀式に縛られず、自分のしたいことをして人生を豊かにして下さい』って、いつも言うんだよ。そりゃあそう言ってくれるのは有難いけどさ、私達だって少しだけでも聖女様の役に立ちたいって思ってるのに」


 不満げにユリアは呟くが、それは俺も感じたことのある感情だった。


 セリシアはあまり人に頼らない。

 自己犠牲ばかりでいつも他人の心配や気を遣ってばかりで……それでも疲れを表に出さないよう努めながら毎日を生きている。


 聖女として相応しいかどうかをいつも考えながら。

 そういう所には好感が持てるけど、セリシアが俺達のことをそうやって気遣ってくれてるのと同じように、みんなだってそんなセリシアの助けになりたいと思ってる。


 俺だってそうだ。

 この世界に来てセリシアと過ごしていくうちに心の底からそう思うようになった。


「コメットさんの言う通りだった……」


 セリシアに協力を頼むわけにはいかない。

 きっとこの件をセリシアに告げ口すれば必ずセリシアは疲労してる身体に鞭を打ってでも三番街へと足を運ぶはずだ。


 みんなを励まそうとして、そしてまた『聖神の加護』を使う。

 クーフルが襲撃してきた時と同じように、寝る間も惜しんで問題解決に取り組もうと躍起になるだろう。


 無知は罪なのだと実感する。

 そして同時に、今ここで俺が休むこと自体が間違っていることにも気付けた。


「メイト」


 だから俺は真剣な面持ちで一番の年長者であるメイトに視線を向ける。

 メイトも最初は気の緩んだ目で顔をこちらへと向けたが、俺の瞳に籠められた想いを察して眉を潜めた。


「はい」


「詳しくは言えないけど、俺はこれから三番街に戻る。だから俺がいない間、みんなをお前が守ってくれ」


「何か――……いえ、わかりました」


 信じていないわけじゃない。

 けれど子供は単純で、それこそこの場で聞いている誰かがセリシアにこのことを言ってしまう可能性もあるから俺は敢えてメイトに隠し事をしてることに気付かせながら言葉を紡いだ。


 メイトも一度反射的に聞き返そうと口を開きかけたが、俺の意図にも気付いてくれてグッと出そうになる言葉を呑み込んでくれた。


「教会のことは任せて下さい。ボクが出来ることは限られてるかもしれないけど、師匠の期待に応えられるよう頑張ります」


 そして覚悟を持った瞳を向け強く頷いた。

 聖神の結界があるとはいえ、全てセリシアの匙加減で善人だろうが悪人だろうが教会内へ入って来てしまう。


 その時、誰かが止める役割を持たなければならない。

 それをメイトも分かっているから、俺も少しだけだが安心して任せることが出来る。


「お兄さん、また出掛けるの……?」


「もう夜だし聖女様が心配しちゃうよ?」


 メイトの言葉に頷いて立ち上がると、一連の流れを聞いて何となく俺が出掛けようとしていたことがわかったんだろう。

 パオラは不安そうに、カイルは後頭部に両手を置きながら不服そうに声を掛けてきた。


 ……なんて説明しよう。

 あまり心配を掛けたくはないから納得しやすい理由を探そうとしていると、それを察したユリアが小さく息を吐き、ここぞとばかりにパオラとカイルの背中を押した。


「お兄さんは大人なんだから私達とは違うの。ほら、それよりあんたたちはお皿の準備の続きする」


「……ユリア」


「何するか知らないけど、そんな心配しないでよ。お兄さんも……頑張ってね」


 そして俺のことを鼓舞してくれる。

 メイトもユリアも……俺のことを信じてくれているんだ。

 だからそれ以上は何も聞かずに俺のサポートをしてくれようと動いてる。


 ……そうだ。

 信じてくれてるのはセリシアだけじゃないんだ。


 何が起きても俺ならきっと何とかしてくれるって、多大な期待を寄せてくれる人がこの世界にはたくさんいる。


 それが重荷だとは思わない。

 むしろ期待に応えたいって、この背中に伸し掛かる重みが何処か心地よくも感じた。


「いってらっしゃいシロお兄ちゃんっ!」


「……ははっ。ああ、行ってくる」


 だから俺は前を向いて進み続けることが出来る。

 手を軽く振ってリビングを出ようとすると、リッタが手を大振りしてくれたから思わず笑みを溢しつつも裏口を超えて教会を出た。



――



 やる気を充分にしながら三番街へ続く緩やかな坂道を降りていく。

 教会には結界があるため異常現象の被害は受けないだろうが、三番街はそうではない。


 きっと刻一刻とタイムリミットは迫って来ている。

 どのタイミングで起きるのか、それとも発動条件があるかすらわからないけど、時間が無いことは俺も感じていた。


「みんなを守る。それが俺のやるべきことだ。俺の背中に背負ってるものは失っちゃいけないものばかりなんだから」


 俺の背中にあったはずの翼は無くなってしまったけど、その代わりに重いけど暖かくて心地いいものをたくさん背負っている。


 悪党を見つけて【断罪】すれば全部上手く行ってくれるはずだ。


 そんな楽観的な考えを持ち続けていた。

 だが三番街の中央広場へと辿り着くと、その考えも全て散っていってしまう。


 それは俺の視界に映る光景が、あまりにも理解する能力を超えてしまったからだ。


「……っ?」


 自分でも言語化出来ない衝動で、思わず踏み出そうとした足を引っ込めた。


 何かがおかしかった。

 光景は朝と変わらないはずなのに、中央広場の光景があまりにも無機質なものだと思ってしまったからだろうか。


 朝と同じように、人がその場に立ち尽くしている。

 一人、二人、三人、四人と……何も、変わらないはずだ。


 だがあまりにも世界が静かすぎていた。

 近くの家には明かりさえ見えるというのに、家から物音や僅かな声すら聞こえてくる様子はない。


「――――は、ぁ?」


 思わず呆けた息を吐き、後退りしてゆっくりと辺りを見回す。

 そこでようやく俺は違和感の正体に気付いてしまった。


 確かに、地上は何も変わってなどいない。

 朝よりも明らかに数を増やした住民たちの虚ろな瞳が空を見上げていて、俺以外の呼吸音など聞こえないということも些細なものだ。


「『――キャハ!』」


 それすら些細なことだと思う程に、静けさのあった世界に音が鳴った。

 音は住民たちの目線の先から聞こえてきて……俺はゆっくりと、視界の上隅に映るものに焦点を合わせる。


「…………なんだよ、これ」


 そして声を震わせながら、目を見開いてそう呟く。


 ――夜空に浮かぶ満月には縦横無尽に蠢き回る大量の物体が照らされていた。


「『ギャハハハハハハハ!!』」


「『イヒヒヒヒヒヒヒ!!』」


 その全てが半透明な魂を宿し、角と翼を生やした姿を形作っている。

 甲高くて不気味な嗤い声が音の無かった世界に反響し、地上に足を付ける人間たちを嘲笑っている。


 そんな悪霊に近いモノの姿に、俺はどうしてか足を震わせながらも目を離せずにいる。

 見たことなどないはずなのに、どうしてか俺はその悪霊に対してあることに確信を持ってそうだと決め付けることが出来た。


 ……そうだ。

 その姿はまるで――






「……悪、魔」


 ――――悪魔のような、怪物の姿をしていた。

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