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【第四章完結!】堕落天使はおとされる  作者: 真白はやて
第三巻 『1クール』
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第8話(9) 『評価のない善意でも』

 子供たちを対象にした『魔導具作成体験』は無事終了し、当初の予定通り俺はテーラから多額の報酬を渡された。


 あまりにも一日の労働に対しての正当な額ではない。

 普通の職業で働いた一か月……いや、二か月分は軽く見積もってもある量だった。


 もちろん一度受け取りは拒否したのだ。

 これだけで良いと、俺にしては欲張らずむしろ少なめの金額を提示した自負はある。


 だがテーラは「もし今回の一件を一人でやっていたら、喋れなくて絶対に失敗していた」と言って、結局押し負ける形で報酬を受け取ることとなったのだ。


 正直に言えば、俺はもう給料よりもよっぽど大切な物を貰えたのでお金のことなんか今はもうどうでもいい。

 むしろこんな贈り物まで貰ったのに更に金まで取ろうだなんて到底思いなどしない。


 ……だがその感情のまま受け取りをずっと拒否するのもまた良くないことだと気付くことが出来た。

 それこそ先程テーラに念を押されたことを無視することになるし、なによりそれでは俺が仕事をしたいと思うようになった理由を後回しにするだけだ。


 仕事が完全終了した後、入口の前で軽く手を振りながら寂しそうに出て行く俺を見送ってくれたテーラの姿を思い出す。


『今日はありがとね。……また、いつでもここに来てくれてええから。ただ紅茶を飲みに来るだけでも、話し相手になってほしいと思った時だけでも、いつでも……』


『ああ、今日は楽しかった。腕輪も、ありがとな』


『うん……ばいばい』


 扉も窓も直ったことでテーラはしばらく店としての機能維持をする必要があるそうで、しばらく教会には戻らないということになった。

 それは一重にテーラが俺とは違い自分の力だけで生活基盤を整え、稼いでこれまで生きてきたからだ。


 ……それこそ本当だったらテーラは今回の依頼を受ける必要なんてなかった。

 金にも困ってないし、実際つい先日までは聖女とはいえセリシアからの依頼をずっと断ってきていたのだ。


 それなのに俺に提案したのは、俺が金を求めてると知ったが故のテーラの気遣いなんだと思う。

 ただお金を渡そうとしても俺が受け取らないと理解し、かといって俺が嬉々として動こうと思える仕事を考えた時、この一件を思い出したのかもしれない。


 本人には聞いてないから、あくまで可能性の話だ。

 でも……やっぱり俺はテーラには頭が上がらない。


 たとえテーラが良しとしても、俺はずっとテーラに寄り掛かったまま楽な方に逃げ続けるような愚者になったままではいたくなかった。


 それに今日気付くことが出来たんだよ。


 だから俺は。

 もうテーラと一緒に金の絡んだ仕事をすることはないと決めた。


 俺は変わりたい。

 少なくともテーラとは金勘定抜きにちゃんとした関係で居続けたいと……そう思うから。



――



 そしてテーラと別れた後、俺は働いた結果手に入れた報酬を持ち三番街の中央広場へと訪れていた。

 目的は当然、当初の予定だったセリシアへの感謝の証を決めるためだ。


 セリシアにも、そして今日子供たちにも、物だけじゃなくこれまでたくさんのものを貰ってきた。

 居場所とか感情とか……天界にいた頃の俺とは考えが大きく異なり始めたのは全て教会に居させてくれたみんなのおかげだ。


 その感謝を伝えたい。

 まずは一番最初に俺をこの場所に居させてくれた恩人のセリシアにも、俺と同じような感情を抱いてほしかった。


「セリシアって何が好きなんだろ……? 何が欲しくて、何をしたら喜んでくれるんだろうなぁ……」


 日も沈んできているが、中央広場のベンチに座り腕を組みつつ一人考えていた。


 喜んでくれる贈り物とは、必ずしもその人が欲しいと思ってる物ではないと俺は思う。

 その人が欲しいと公言した物を渡した所でそれはあくまで無難な選択肢でしかなく、俺以外の誰にでも渡すことの出来る個性のない贈り物だ。


 少なくとも俺はみんなが考えて、そして選んでくれた物を貰って嬉しかった。

 感動したんだ。


 だから俺も同じことがしたい。


 もちろんリスクはある。

 それで微妙な反応をされれば立ち直れないだろうし、そのリスクから逃げ出したくなる気持ちも同様にあった。


 だが無難とは現状からの逃げだ。

 俺は逃げたくない。


 逃げては本当の幸福を手にすることは出来ないから、俺は気合を入れることにした。


 ……けれどいくら気合を入れても、セリシアが喜んでくれる物というものがどうにも思い浮かばなくて。


 ぶっちゃけ、何をあげても喜んでくれる気はする。

 だからこそ俺はセリシアの喜びの1と10の差が出る物が思い付かなかった。


「……とにかく考えても仕方ない、か。三番街の店を回りながら候補だけでも決めよう」


 だからといってここで悩み続けても仕方ない。

 店の中を回りながら、良い物があったらそれにしようと何処か安易な考えを持ちながらも俺はベンチから立ち上がり、早速行動に移すことにした。



 ――とはいえ。



「……う~ん」


 それなりの時間を掛け、じっくりと色々な店の商品を物色してみたもののイマイチ目を惹かれるような物は見つけられなかった。


 三番街最後の店を出て舗装された道を歩きながら、俺は首を捻り唸っている。


 この【イクルス】の三番街は農業と林業が盛んで、今俺が求める店のほとんどが一番街から委託されているものだ。


 当然一番街にある本店に比べれば明らかにその品揃えは劣る。

 物の価値は値段や見た目ではないものの、三番街の品揃えでは到底聖女であるセリシアに相応しい物は見つかりそうになかった。


「セリシアには喜んでもらいたい。そもそも服はセリシアが前々から準備してオーダーメイドで作ってくれたものだし、子供たちのはテーラと一緒に頑張って作ってくれたもの。で、そんな俺はただの既製品……そこからもう駄目なのか?」


 別に既製品が悪いということは決してないはずだが、どうにも俺の身に付けてる贈り物に比べると既製品に頼るのは甘えではないかと囁く俺もいる。


 だが他と被らず、尚且つ俺が作れる物など限られていた。


 自然工作はそれなりに得意だが、それ以外はからっきしだ。

 セリシアのようにオーダーメイドを使用しようにも今回贈り物を渡す相手は『聖女』なわけで、店側に依頼したら全部駄目出しされて指摘され続け、結局別物になる未来すら見える。


「駄目だぁ~思い付かない! 仮にも聖女って呼ばれてる子にあげる物を決めるなんてハードル高すぎるだろ……生半可な物なんてあげられないし、三番街の中で決めるのはもうお手上げだ」


 仮に既製品にするとしても妥協は絶対したくない。

 マシな物なら良いかと、そんな思いを持って三番街の店で物を買うのも失礼だ。


 となると本店がある一番街で探すのが一番手っ取り早いだろうが、迷わず夜までに帰って来れる保証だってなかった。


 今日は諦めるか……?

 実際今日でなければならない理由も無いし、変に悩み続けるよりかは一度帰宅してじっくり考えた方が賢明かもしれない。


「……帰るか」


 ……うん、完全に諦めた。

 というかテーラであれば一番街にも行ったことがあるだろうし、後日また相談して一緒に一番街巡りでもしよう。


 そう思い、教会に戻るため一度中央広場へ戻ろうと足を進める。

 最後の店はかなり端の方にあったため正規ルートだと大回りする必要がある。


 だから時短のために横の林道を突っ切ろうと小さな林の中へ入った。


 ――そんな時、恐らく近くに一番街に続く門がある場所。

 俺が通る予定だった道の先に、一台の屋台のようなものが止まってるのが見えた。


「……なんだ?」


 よく見てみると、そのすぐ傍で茶髪の青年らしき人物が何かしているように見える。

 大体身長は俺より少し高いくらいか。

 特徴的なのは頭に装着しているゴーグルのような物で、右目のガラス部分には星形の魔法陣らしきものが描かれている。


 遠目でも何か困っているようにも見えたため、疑問を抱きつつも俺はその青年へと近付いてみた。


「あぁ……これどうすればいいんだ? こんな所じゃ誰も来ないだろうし、一度置いてくしかないかなぁ」


「……何してるんですか?」


「ん? うわぁっ!?」


 完全に肩を落としていたため思わず声を掛けてみると、誰にもいないと思ってたのか青年は大きく肩を震わせて勢いよく俺から距離を離した。


 その瞬発力と反射神経の良さにはさすがの俺も口笛を吹いて褒めるに値する動きだ。

 そして青年がその場から動いたため、青年で隠れていた屋台の全貌が明らかになる。


 ……なるほど。

 どうやら車輪の一つが完全に外れてしまったらしい。


 それで立ち往生してしまったけどこんな所誰も来ないからどうしようもなく途方に暮れていたのか。


 納得する俺とは裏腹に青年はこほんと咳払いすることで意識を切り替えると、冷静さを取り戻し苦笑いを浮かべていた。


「大声出して悪いね……もう夕方だし誰もこんな所来ないと思ってたから、このままここで朽ち果てるのかと思ってた」


「朽ち果てるって……さすがに大袈裟過ぎでしょ」


「それが、そうでもない! 夜になれば一番街に続く門は閉鎖されるしこれをここに置いたままにするわけにもいかないからな。もう野宿は懲り懲りだ!」


「……? 一番街の人なんですか?」


「住んではないけどね。滞在してるだけ」


 なるほど。

 三番街の住民の中でこんな人見たことなかったから少しだけ警戒もしていたが、やはり外部の人間だったらしい。


 屋台を見れば確かに商品らしき古臭い物が多く置かれていて、これを置いて離れるわけにはいかないのだろう。


 ……ふむ。

 俺は屋台の車輪部分にしゃがみ、しっかりと状態を見てみることにした。


「ああ……まあそんな感じで完全に車輪が外れちまってな。留め具も壊れちゃったんだよ。しょうがないけど商品だけ何とか回収してこれは捨てるしかないかな」


「なるほどね……」


 確かに車輪の固定具が変形しまってる。

 若干木製の車輪にもヒビ割れがあるため、これも交換しなきゃ駄目か。


 ただ逆に問題箇所はそれだけだ。

 軽く他の部分も見てみるが特に異常は見当たらないため、単純に一部に過度な力が掛かってしまったか単なる劣化だろう。


 ……うん、いけるなこれは。


「これぐらいならすぐに直せますよ」


「……! 本当か?」


「まあ部品と、あと工具も必要ですけど。でも良かったですね、ここが三番街で。木材なら店側に言えばすぐ用意してくれるでしょうし、加工されてる物も売られてると思います。動けないなら俺が買って来ますよ」


 というか先日テーラの扉を直す時にその店の店主に世話になったばかりだ。

 それぐらいならそこまで時間掛からないだろうし、車輪もまあ転がしながら持てば一人でも大丈夫だろう。


 そんなことをぼんやりと考えていた俺だったが、俺の思いとは裏腹にどうしてか青年は驚いたように俺を見ていた。


「……なんですか」


「あ、いや……やけに親切にしてくれるなって思ってさ。お前ならオレを放置するのも簡単だっただろうに」


「いや初対面で失礼過ぎるだろ」


 なんでいきなりそんなこと言われなきゃいけないんだ。

 だが実際確かに前までの俺が赤の他人に対してそこまで世話を焼くのかと言われれば答えはNOかもしれない。


 俺の平和や平穏に他人など関係なくて、他人など知ったこっちゃないという俺の気持ちは昔からずっとあるものだ。


 ……でも、どうして手を貸してくれるのか。

 そんなことを聞かれたから俺はしばし考える。


 考えた上で思い浮かべるのはやはり教会のみんなで。


「まあ、良い事があったんですよ。気にしないで待っててください」


 そっぽを向きつつそう言って俺は青年の言葉を待たず森を出た。


「……俺も、お人好しが移っちまったかな」


 天界にいた頃の俺はクズだった。

 それは人間界に来ても変わらない。


 それでも、この場にセリシアがいたら必ず手を差し伸べるはずだと。

 子供たちがこの場にいたら、子供たちに恥ずかしくない姿を見せるだろうと。


 そう思うとほっとけなかった。

 これが成長と言えるのかどうかはわからないけれど。


「……ま、悪くはないか」


 思わず小さく破顔する。


 誰の評価も上がらない、意味のない善意だったとしても胸を張って歩けることは心地よいものだって、なんだか俺はそう思えるようになれた気がした。

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