第8話(6) 『君は君らしく』
……テーラの所へ向かおうと最初に思った俺だが、とはいえ今テーラの方に向かった所で大体のアドバイスは既に終わってしまってるだろう。
いつの間にか三番街の子供たちに懐かれたのかテーラは囲まれてしまっていて、あたふたしながらも対応するという微笑ましい姿を見せていた。
そんな空気感をわざわざ俺が入り込んで壊したくはない。
テーラも苦手を克服する良い機会になるはずだ。
まあそうなると、今度こそ俺のやることが無くなってしまった。
だが仕事をしてるフリでもしなければ大人たちに怪訝な顔をされてしまうだろう。
……いや、逆にこちらから大人たちに歩み寄ればそれが仕事してる風に見えるかもしれないな。
俺としても良い暇潰しになるし、早速セリシアたち保護者が見学してる奥へと向かうことにした。
「セリシア。退屈じゃないか?」
「メビウス君っ!」
見学エリアへと視線を向けてみれば、お仕事体験が始まってから今の今までずっと大人たちに話しかけられているセリシアが見えた。
セリシアも別に苦には思ってないだろうが、やはり熱心な信者が多い【イクルス】では聖女と会話出来るということがとても素晴らしいことらしく、これではセリシアの負担が大きいので助け船を出してみる。
俺が声を掛けると、セリシアは表情を明るくさせ数歩だけこちらに近付いてくれていた。
「退屈ではありませんよ。私は聖女としての暮らししか知りませんから、こうして信者の皆さんの子供たちへの対応を聞いて今後の参考にさせてもらってるんです」
「ふーん。つってもセリシアの前だから負の出来事は隠してるだろうけむぐぅっ!?」
「い、いえいえ! 私共も聖女様同様、真剣に悩みつつ親として正しくあるよう教育しているつもりです! やっぱり子供たちは元気遊び回るのが仕事と言われることもありますから!」
「そ、そうですよ! 子供達がどうしたら喜んでくれるか。どうしたら勉学に励むためのやる気を出してくれるかを悩む日々は、親としてとても素晴らしいことだと私達も思いますからね!」
「な、なるほど。あの……メビウス君、大丈夫ですか?」
「むぐっ」
俺が無神経なことを言おうとしたらその口を母親たちに手で塞がれ、慌てて訂正の言葉を口にしていた。
親たちの鋭い視線が俺へと突き刺さっているのを感じる。
嘘は言ってないみたいだが多少誇張してる感は否めない。
だがさすがにみんなの信仰する聖女の前で負の出来事を口にするのはデリカシーに欠けていたと俺も思ったので、心配してくれているセリシアを安心させるよう一度親指を突き立ててから両手を軽く上げて降参のポーズを取ってみる。
まだ疑念の視線を感じるがセリシアを心配させたくないのは彼女らも同じだ。
大人しく拘束を解除してくれた。
「……こほん。大丈夫だセリシア。身から出た錆だから」
「そ、そうなんですか?」
そういうことにしといてくれ。
俺としてももう既に三番街の住民たちとは友好的に接しようと思ってる所だ。
俺の嫌いな……神サマを信仰している信者たちだけど、そういう世界に生まれた以上信仰者でなければこの世界では生きていけない。
それに、神サマを信仰しているからというだけでその人の評価を決めることは酷く傲慢な考え方だ。
みんなが非教徒になってくれればいいのに……なんて、非教徒たちの人生の落差を多く知らない俺が軽々しく口にしていいことではない。
それに、信者のみんなには助けられた。
打算的だとしても、俺より先に向こうが俺への先入観を無くして接してくれたのは事実だ。
だから俺は教会のみんなと同じように、三番街の住民の日々も崩したくないって、心底そう思うんだ。
「まあさっきの代わりじゃないが、案外教会の子供たちと三番街の子供たちの仲はそこまで悪くないんだな。俺はあの子ら同士で遊んでる所を見たことが無いが、それでも誰も人見知りしてないように見える」
「教会では大人になるまでの経験として、三番街での奉仕期間というものを設けているんです。今回は奉仕ではありませんが、それでも教会の子供たちはよく信者の皆さんやそのお子さんとお話しているんですよ」
「奉仕期間、ね」
「経験を積み、神様が見るに相応しい姿になれるよう切磋琢磨する。それが【帝国】の考え方みたいです」
「……ふ~ん」
それでまだ子供のコイツらの人生のレールを縛り付けることが正しいと、そう【帝国】は思うわけか。
別に奉仕活動を悪いことだと思ってるわけじゃない。
むしろ人として成長するための観点で見れば強制は良くないとは思うが正しい方法だと俺も思う。
だが、それがいるかわからない神の為だと言うのであれば……悪いが俺は素直に賛同することは出来ない。
むしろ子供の頃から正しい行いだけをして成長してしまうというのは、ただ【帝国】にとって都合の良い人間を創り出すためのカリキュラムにしか過ぎないだろう。
それは三番街の人たちも少しだけ疑問に思ってるみたいで。
「まあ……教会の子らにはその選択肢しか無いから、受け入れるしかないと思うけどね」
「信者の子供たちも教会に対してそういった活動は行うんですか?」
「行えるなら行った方が良いんだろうけど……本来教会の中に入るのは正式な書状が無いと入れないのよ。私達が今この場にいるのも全て、聖女様の計らいのおかげだからね。奉仕活動なんて以ての外さ」
となると、やっぱり教会の子たちはこの世界にとってもそこそこ特別な扱いを受けているのだろう。
俺はその子供たちがどうなるのかは以前セリシアに軽く教えてもらったことしかわからないけど、聖女をこの目で見続けられているという事実がどういう意味を持つのか……少なくとも、『普通』ではいられないはずだ。
そして同時に、この世界にとっては三番街自体もそれなりに異例なことをしているようで。
「聖女様の慈愛の御心のおかげで私達はこの目で聖女様を見ることが出来てる。でもお姿を見れるのは三番街だけなんだよ。聖女様、あなたのお姿を見れて私達信者は本当に幸せです……! ありがとうございます……!!」
「い、いえいえ! そんなっ! あ、頭を下げないで下さいっ!」
「……そんなに珍しいことなのか?」
「そう、ですね……少なくとも二番街と一番街では教会の中に入るのは礼拝の時だけですし、そもそも三番街とは施設の規模も異なるため、信者の皆様は礼拝堂のみ時間指定で滞在することが出来ます。礼拝の際も……聖女が姿を見せることはありません」
「それはまあ随分と格差社会が生まれてるもんだ」
俺は二番街にも一番街にも行ったことが無いから教会の規模の差を感じたことは無いが、聞いてる感じだとかなり大きな施設を想像させられる。
この教会は三番街の情景にマッチした風貌だが、もしかしたら他の教会は素材からしてここと違うのかもしれないな。
いや……さっきの言葉から察するにもしかしたらこの状況自体がセリシアの意志なのかもしれない。
俺は聖女の役割や【帝国】との関係について、詳しくは知らない。
聞けばまた俺の嫌な神サマとの関連性を彼女の口から吐き出されてしまうだろうから、この平穏な心情を崩されたくないとずっと聞けずにいる。
最早そういうものなのかと、俺は簡単に受け入れることにした。
「ま、なんにせよ。信者のみんなとこうやって話す機会を作ろうっていうのは凄いことだと思うぜ、セリシア」
「……! そうでしょうか?」
「ああ。誰もやろうとしないことを一番最初にやるってのは想像以上に勇気がいることだ。どうなるかわからないままでも行動して、結果的に今みたいな日々を創り出すことが出来たんだから……俺は胸を張っていいと思うけどな」
本心からそう思う。
他の聖女を見たことが無いから確証を持った言葉ではないけど、それでもセリシアの頑張りだけなら信者たちと比べ出会って日が浅い俺でもわかる。
でも当の本人は心配になってしまうものだ。
それはセリシアも同じなんだろう。
自分の行動が正しいことなのか、まだわからないみたいだ。
「……まだ不安なんです。私、聖女として上手くやれてるでしょうか」
「不安だなんて! 聖女様はとても立派で尊敬に値する人物ですよ!?」
「そうですよ! 身近な存在になれたからこそ、私達信者は心の底から聖神ラトナ様に祈りを捧げることが出来るのですから!」
「……ありがとうございます、皆さん」
『上手くやれてない』だなんてたとえそう思ってたとしても口が裂けても言えないだろうが、少なくともこの場に多くいる親の全てはセリシアの言葉に本心から否定を唱えていた。
それでもセリシアの顔に映る曇りは晴れない。
それは自分自身でまだ納得出来ていないことの表れだろう。
……俺も信者たちとほとんど変わらない意見だ。
だがこれは俺個人の話だけど、『聖女』としてのセリシアに対する言葉はあんまり好きじゃないな。
聖女として正しいかなど、そんなの俺にはわからない。
でも一人の女の子としてならそこまで気負う必要はないはずだ。
それに信者のみんなと同じように上手く出来てるか、なんて君が悩むことじゃない。
「ていうか、別に上手くやる必要もないだろ」
「……え?」
「君は君らしく、三番街の聖女として過ごしてくれればいい。きっと信者のみんなもそれを望んでると思うぜ」
「……そうなんでしょうか」
「そうだよ。な?」
会話を流すように親たちに流し目を送ると、案の定信者のみんなもこくこくと深く頷いていた。
みんな、今こうやって悩んでいるセリシアのことが好きなんだ。
だから自信を持っていいんだぜ。
――それでも、セリシア自身の考えを誰かに否定されて、自信が持てなくなった時は。
「まあ安心してくれ。もし誰かの評価に惑わされそうになって間違ったことをしそうになったら……そうなる前に、俺がそいつを排除してやるからさ」
「ぶ、物騒なことは駄目ですよ?」
「わかってるって。冗談だ」
俺が、なんだってやってやる。
そもそもセリシアの行動や考えが間違ってるかどうかなんて俺なんかが決めていいものじゃない。
だからもし。
もしもセリシアが誰かの言葉で傷付いたり、深く悩むようなことがあったら。
その時だけが俺の出番だ。
光がずっと輝いていても何処かで必ず影が残るように。
セリシアという光を包み込もうという闇は、俺という影が包み込んでやるから。
「君がいる場所だからメイトたちも楽しく過ごせてる。もちろん俺もな。だからせめて、それだけでも自信を持ってくれると嬉しいかな」
「……はいっ。ありがとうございます、メビウス君」
他の教会のことは知らないが、少なくとも俺も、セリシアも、この三番街で生きてる。
他者のことなんて気にしなくていいとそんな言葉を籠めながらそう言うと、セリシアも分かってくれたのか、本心からの微笑を浮かべてくれた。
「よ~し! みんな魔導具ちゃんと作れたみたいやね! じゃあ実際に起動出来るかどうか確認してみよか!」
「「「「おー!!」」」」
そんなセリシアの笑みに内心ホッとしていると、不意に耳に届いたのはだいぶ自己を取り戻した声量を出して指示をするテーラの声だった。
どうやら予定通り、特に中断することなく魔導具作成が完了したみたいだ。
「じゃあ俺はもう戻るな。あれだったら教会の中に戻っても良いんだぞ?」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ。こうして子供達が楽しそうにしてる姿を見る機会も当分無くなってしまいますし、少しでも長く見ていたいですから」
「……? そっか」
ずっと外にいるのもアレかと思ったが、セリシアがそうしたいというのなら俺もその意志を尊重するつもりだ。
『見る機会が無くなってしまう』という言葉には若干引っ掛かる所はあるが、それを追求する時間は残されていない。
あまりにサボってるとテーラがイジけるかもしれないし、子供たちの親と世間話をしてる体で話していた以上、暇潰しをしていたとバレるのはバツが悪いからな。
なので少しだけ気が引かれる思いを抱きながらも軽くセリシアと手を振り合って、俺はそそくさと持ち場へと戻ることにした。