第8話(5) 『依怙贔屓』
今回のお仕事体験をするにあたっては俺とテーラ、そして三番街の聖女であるセリシアと話し合い、教会の敷地内で開催することとなった。
そして教会が関与するのであれば、狂信的な信仰心を持つこの街の住民も何処からか情報を聞きつけ自分から協力を惜しまないと言ってくれたのだ。
だからその中で家具屋の店主に協力を依頼しそれなりの大きさがあるテーブルや椅子を用意することが出来た。
この場にいる全員の協力もあって表庭に数個のテーブルと人数分の椅子を用意し、テーブルの上には今回作る簡易魔導具の組み立て説明書と部品が置かれている。
「さて、ちゃんと全員分配られとるね。一応組み立て方法は用意した説明書に書かれとるけど、分からないことがあったらいつでも言って大丈夫やから」
「「「「はーい!」」」」
「よしっ。じゃあこのケースに入ってる魔石の中から一つ選んで、作業開始や!」
そう言うと同時に待ってましたと子供たちが一斉にテーラのもとへと群がり始め、一人ずつ魔石を手に取って作業は開始された。
作業と言っても、正直子供たちが出来ることはあまりない。
既に作成する魔導具の型番は作られていて、その中から一つ選んで組み立てるだけだ。
だがそれでも体験ということ自体ほとんど人間界では行わないようで、子供たちは飽きもせず好奇心に導かれるまま作業に没頭してるみたいだった。
テーラも、ちょこちょこ見回って子供たちにアドバイスすることが出来ている。
俺も当日になるまでに今日作る全ての魔導具の作り方は既に頭に叩き込んでいるので軽く教えるくらいなら容易に出来る。
暇だからとだらだらしてるのも大人たちへの評価が悪くなるかもしれないので、やってるふりだけでもしようと軽く子供たちの作業を見て回ることにした。
「兄ちゃん見てみて! これぞ魔導人造犬ケルベロス!」
「カイル……説明書通りに作らないと、後で師匠に怒られるよ」
「えー」
「……!! カイルっ! それ凄いカッコいいね……!」
「――! へへんっ! だろ? パオラももっと自分らしさを出しなよ!」
「で、でも怒られないかな……? 私、作るなら虎がいい……」
「大丈夫だって! バレるわけないじゃん! 怒られたら俺からガツンと言ってあげるからさ!」
「大丈夫なわけないでしょ~。……ほら、リッタ。これとこれをくっつけてみて」
「――! ――っ! ……出来たっ!」
「うん、出来てる。……それにカイル。お兄さん見てるけど」
「――げっ!!」
「おい、何が『げ』だコラ」
三番街の子供たちもいる中で教会の子供たちだけを贔屓するのは良くない気もするが、どうしても気になったので近付いてみると、各々楽しそうに魔導具作りに勤しんでいた。
元々みんな学習意欲があって協力し合える関係だ。
分からないことも分かる奴が教えてるみたいだし、正直来たはいいものの俺の出番は無いように見える。
……ていうかカイル。
俺は将来お前がバチバチの反抗期少年になってしまう未来に戦慄してるんだけど。
え、俺そんなピンポイントで嫌われるようなことしたっけ?
いやむしろ甘やかし過ぎてたのか……?
カイルに限らず今好意を向けてくれる子供たちに反抗的な態度を取られたら俺ショックで倒れちゃうんだが。
「ねえねえ見てよシロ兄! 魔法王犬ケルベロス!」
「名前変わってんじゃねーか。……てか作るのは良いけど魔石だけは絶対セットするなよ。俺はセリシアにもテーラにも怒られたくはない」
「は、は~い」
「……あ、あれ?」
「あっれ~? ガツンと言う気もないのに見栄なんか張ってるのは男らしくないんじゃないの~?」
「み、見せれたからいいの! 姉ちゃんもパオラもこっち見ないで!」
ちょっと不安だったので気を遣って当たり障りのない言葉で注意してみたが、どうやらカイルも元々反抗する気などさらさらなかったらしい。
戸惑うパオラと揶揄うユリアから逃げつつ、そそくさと魔導具を分解し始めていた。
ユリアもそんなカイルに苦笑しつつ再度リッタの方へ視線を向け直していた。
面倒見の良いお姉ちゃんであるユリアを見て俺も微笑ましく思いながらも、お節介と分かっていながら傍へと身を寄せてみる。
「……お前、魔導具あんま好きじゃねーの?」
「……どうしてそう思うの?」
「お前にしては珍しく反抗的な態度取ってたからさ。いつもだったらああいう場面で話の邪魔をしようとは思わないだろ、お前」
「……露骨だったかな?」
「ちゃんとテーラにはフォローしといたから、あんま気にすんなよ」
「……うん」
あくまで予想だったものの、やはりユリアは魔導具に対して何か思う所があるみたいだった。
教会陣営だけならともかく、三番街の子供たちや大人が見ている中で自分から主張する程ユリアは目立ちたがり屋ではない。
それにあの冷たい目付き。
あれを見て魔導具との関連性を見出せない程俺は鈍感ではないと自負している。
ユリアも少しだけ顔を落としながら、自身の手に置かれている魔導具の部品を見て口を開いた。
「魔導具は、良くない物だよ。限りない可能性がある物は人の姿を大きく変えることになる。出来ることが増えれば増える程、人はもっと、もっとって、欲望を増幅させることになるとは思わない?」
「ず、随分と大人的な意見だな……まあ、人は現状に慣れればそれに満足出来なくなる生き物なのは確かだ。その結果どうなるかと言われれば、欲望の被害に合う奴が生まれることになるかもな」
「でしょ? ……魔導具を作ることは好きだよ。こうしてみんなと一緒に勉強するのも作るのも、良い経験になると思う。だから私はお兄さんみたいな、人を楽しませながら教えようとしてくれる人に教わりたかったなぁ~って、ちょっと思っちゃったんだ」
「でもお前、魔導具についてはある程度知ってるみたいだったが」
「…………」
「……っと。それは言わないお約束か。悪い」
ユリアの暗くなる表情から察するに、きっとそれはユリアが教会に来る前の日々と何か関係があるのかもしれない。
きっとそういった経験が子供のユリアを少しだけ年齢に不相応な大人にしてしまったのだと思う。
でもその理由を暴くことは良くないと、俺も教会で過ごしてきた日々の中でよく知っている。
知りたい、気を楽に出来るかもしれないとこちらが思った所で当事者が話したくないというのであれば無理に聞き出す方がおかしいのだ。
だから俺は先程の視線の理由だけ分かれば、それだけで満足だと思うようにした。
これ以上ユリアの暗い顔を見たくなかったから、揶揄うように笑ってみせてポンっとユリアの頭に手を乗せる。
「――わっ」
「そしたらお前には俺が個別授業でもしてやろうか? お前を注目の的にしてやってもいいぜ?」
「……子供扱いしないでよ、もうっ。でも、気にしてくれてありがと」
「ばーか。別に気にしてねーつーの」
「何の感情なのそれ……」
子供に気にしてくれてるって思われるのはなんか嫌だろうが。
さり気ない気遣いがカッコいいのだからとりあえず適当に否定の言葉を投げつつ、俺はユリアの変化に心の中で小さく安堵した。
「……ん?」
……しかし、今度はどうにもユリアの隣にいるリッタが喋らない。
むしろ意図的に喋るのを我慢しているように見えた。
何故か両腕を後ろに回し、下を向いている。
……まだリッタは5歳だ。
いつも元気なリッタだが、もしかしたら何か嫌になったことでもあるのかもしれない。
だからリッタにも楽しんでほしいと、俺はなるべく柔らかな表情を再度意識しながら姿勢を下げようとすると。
「……リッタ、どうし――」
「そ、それよりっ! お仕事でもずっとここにいるのは良くないんじゃないの?」
俺の行動を見て目を見開いたユリアが、何故か慌てたように声を上げた。
俺も思わず顔を上げる。
「ん? ……あーまあ、それはそうだけど」
「なら私達のことは気にしなくて良いから、お兄さんはお兄さんの仕事する! ほら、テーラさんのこと手伝ってあげたら!?」
「いやでもリッタが」
「良いから! お兄さんも暇じゃないでしょ! 暇じゃないよねっ!?」
「そ、そうですよ師匠! ボクたちのことは気にしなくていいですから!」
「は? なんでメイトまで――わ、わかった! わかったよ! 押すなっての!」
ユリアの焦った姿に疑問を抱いていると何故かメイトまで参戦し、年長者二人組が俺の背中をどんどん押してきた。
そんな二人の奇行に困惑しつつも、子供たちから大きく距離を離されてしまったため仕方なくその場を離れる。
まあ事実やっぱり教会の者だからと贔屓目に見るのは仕事としてはあまりよろしくないだろう。
一度振り返ってみると何故か二人揃って安堵の息を吐いている気がして。
若干後ろ髪を引かれつつも、俺はメイトとユリアの言う通り渋々テーラの方へと足を進めることにした。