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瞼を開いても、目の前に広がるのは変わらぬ闇だった。

王都が王都たる所以、泉のごとく魔力の沸く大地の裂け目。その魔力を使って人々はこの国を繁栄させてきた。最も今は――別の用途に使われているけれど。

私を、ここに押し込めておけば王都の人々は私の脅威を被らないから。私を見えない場所へ隠して、濃い魔力の底に沈めてどこにも行けなくする。粘度の高すぎる魔力と、長らく動くことを忘れて萎えた手足は私から逃亡の意思すら奪ってしまった。

でも。もしも仮に逃げられたとして。この世界のいったいどこに私の居場所があるというんだろう。一人きり、ああ、今はもう一人いるけれど、でもけっして彼はここに置いて行かれることはないのだ。

ひとりぼっちで歩くのは、もう疲れてしまった。

寂しくて、苦しくて、ただ、帰りたかった。




「俺に、あいつを倒せって?なにが?」

倒す。RPGとかでは攻撃して、HPが0になったところで倒せるが。あの、可愛くて得体の知れないチュートリアルを倒す?あまりにも、結びつかない。

賢者は不思議そうな顔をした。言葉を探すように髭をしごいて宙を眺める。

「殺す、ともいうのでしょうかな?あなた方の言葉では。同じ意味だと認識しておりますが。」

現実との断絶が、どうしようもない。俺はまだ、あの灼熱の部屋で脚立から転がり落ちているはずで。

「は」

だからきっと、俺が誰か人を殺すとか、そんなことはない。

「貴方に酷な事を頼んでいるという事は重々分かっております。だが、貴方にも我らにもまた時間がない。迷っている間にも時間は進み、彼女もそれを望んではおらぬ。」

チュートリアルは何を思って俺の前に居たんだろうか。

「なんで、あいつを殺さなきゃいけないんだ?」

「先ほど、魔力が吸われるという話をいたしましたな。今までも異邦からの客人がいないわけではなかったが、此度がこれほど我らが手をこまねいているのはここが王都であることに他ならぬ。」

異界人が来るとして、俺たちの寮と東京との間に変わりなんてないと思うが。

賢者は王にちらりと視線を投げて続ける。

「辺境や森の奥、果ては海の中のことであれば我らとて何もここまではせぬ。あるいは我らのあずかり知れぬところで消息を絶っているのであれば、それに越したことはない。」

変わらぬ明日が来るだけだ、と。

異邦人からすれば薄情に聞こえるが、実際にはそうかもしれない。特にこの場にいる立場や責任のある人間は、全てに対して義務を背負っている。王の憔悴っぷりがそれを雄弁に物語っている。

「放っておけるなら放っておいたのに、わざわざ追加で俺まで呼んだ理由は。」

賢者は重たげに目を伏せる。

「王都は魔術の粋を集めた都市。それゆえ王都としてここまで発展した。複雑に細緻に編まれた魔法がそこここに在る。それ自体が財であり人生である。」

このように、と賢者が人差し指をはじく。ぽっと指先に光がともって、消える。

「そこに、あいつが落ちてきたら、」

賢者は深く首肯する。

「然り。一瞬でその場の何もかもが破綻した。ありとあらゆる魔法が機能を失い、暴走し、果ては王の民が死んだ。」

やっと魔法が腑に落ちた。電気に似ている。現代社会において技術が魔術で、便利な生活を支えてるのが魔法。それがイかれたら、復旧が見込めないとあれば。確かに、東京はまともに機能しないだろう。

「でも、そこに追加で災害を追加で召喚するのは?」

「我らで対処できぬので、貴方をおよびした次第ですな。我らは体そのものも魔力を帯びている。故に幻像とまではいかぬが異邦の方へ触れることは難しいのです。」

疲れてきたのか、賢者が車いすへ深く沈む。先ほど目覚めたと言っていたし、そもそもこの齢だ。というか、ずっと動きっぱなしで疲れもしない俺がおかしい。

「じゃあ、あいつを倒した後の俺はどうするんだ?」

仮に、と声には出さない。

「お帰り頂きますな。彼女は既に境界を通れぬが、貴方は通れる。元の場所との繋がりが薄い故。」

また出た。世界との繋がり。しかし既にと言ったが、チュートリアルもかつては帰れる可能性があったのだろうか。

「その、世界との……元の場所との繋がりってなんだ?」

質問しかしてない。まぁ、分からないのだから仕方ないだろう。

「これも、聞いてはおられなかったのか。……生命力、とでもいえばよいのか。健康で元気な方ほど世界と密接に繋がっておる。私もまた、貴方のように此処との繋がりはずいぶん薄くなってしまった。長らく伏せっておいでではなかろうか。」

長い、ため息をつく。車いすの上の背がいっそう小さくなってしまったみたいに見えた。あれぐらいには俺も熱中症で死にかけていたのか。やばい。

「さて……。まだ、何かありますかな?」

くぼんだ眼窩の底から、賢者の深い緑の目がこちらをさし覗く。手足も弛緩して、だらりと車いすから投げ出されている。眼光だけがこちらに向いている。賢者だけでなく、王も。

「……俺が。もしもあいつを殺さないって言ったら、どう、なる……?」

賢者は無言で車いすを俺の正面へ向けた。車いすの横に括られていた杖を外して両手で持つ。そのまま、杖の石突で床を叩く。ゴトン、と音がして四角く床が外れる。俺と賢者の間に、奈落が口を開けた。片開きの扉が地下へと開き、闇の中へ階段が下っていく。この下に、チュートリアルがいるのだろうか。

「その時は、彼女が貴方を殺すだけだ。」

王も、賢者も能面の無表情で俺の方を見ていた。


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