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世界の敵となってしまった時のことを思い起こす。

ただの不幸な偶然の重なりだったのに。

誰とも知らない他人に憎悪を向けれられ、一人残らず私の死を願う。有象無象の人々は無辜の己を振りかざし、私を殺せと叫ぶ。お前達の事など知りもしないのに。私がここにいるだけなのに、彼らには私を打擲する権利がある。応報を。

あの叫ぶ群衆に比べれば目の前の沈黙する暗がりは、ずいぶんと優しい。

けれど、この揺蕩う闇は、いずれ私を飲み込んで、文字通り王国の暗がりに消えるのだ。闇に溺れて、足掻いて、手を伸ばす、独りきり。

あの優しい年老いた賢者は、私をこの闇の底へと放逐した。白いひげを豊かに蓄え、齢とともに知恵と善行を重ねた老人。王国の賢者の最後の善行は、私を此処へ閉じ込めた事。いずれ賢者も息絶える。けれど先に息絶えるのは、きっと私。独りきり、ここで誰にも看取られず消えていく。そのとき私の死体は、どこにあるのだろう。

どうか、その前に。





「早く……。」チュートリアルが何かを言いかける。立ち止まっている。

風の立てる音とは違う。草むらを、枝葉を踏み折る音が、俺たちは足を止めたのに、まだ、する。

「……っは?!おい、どうすれば……。」

傍らのチュートリアルは特に焦る様子もない。チュートリアルというだけあって、想定の範囲内という事なのか。

「え、どうって……逃げる以外に何が?」

「戦えたりしないのか?異世界だし……。」

期待を込めた目でみると憐みの目が帰ってきた。

「その恰好で何を……。そもそも無職では?」

Tシャツ、半パン、クロッカス。樹の脚立がきれいだったら裸足だった。ありがとう樹。クロッカスは異世界でも通用する。

「ニートじゃない、学生だ!」

じりじりと音のする方から距離を取る。木立にの奥の暗がりで、何がいるのか見えない。何かの息遣いが聞こえる。長く、深い。人よりも、巨大な。

「そんなこと言ってませんよ……だから早く逃げなくっていいんです?だいぶアレだと思うんですが。」

「わかってるって!」

踵を返す。今一つ危機感のないチュートリアルの腕をとって走り出そうとして、失敗した。いつの間にか横にいたはずのチュートリアルが前方を走っている。腕を取ろうとした事が妙に気恥しい。滑るように駆けるチュートリアルの後ろを何とかついていく。クロッカスは異世界でも通用するが、異世界に向いているわけではなかった。

「とにかく、ついてきてください。今はここを離れるべきでしょう。」

こちらを振り向く余裕すらあるチュートリアルと、柔らかな足元がおぼつかない俺と、少しずつ距離が空く。

「なぁ、おまえ、おまえって、アレ?に、襲われる、と、ダメ、なのか?」

あっという間に息が上がる。というよりも、チュートリアルの方が異常なのだろう。耳の奥で血液の音がする。ここが夏でなくてよかったと、思う。

「いえ、私は別に。ですが貴方のチュートリアルが私。貴方にこんなところでドロップアウトされるのは困るので。」

急に振り返って立ち止まり、貴方は先へまっすぐ進んでくださいね、と言い残す。

「はっ?!」

しっし、と猫の子でも追い払うように手の甲を振られる。

「そのまま進んで。行きつく先に賢者の家があります。まもなく結界がありますから、そこからは歩いて行っていいですよ。」

「いや、でも……。」

「貴方にここで立ち止まられると迷惑なのだそうで。さくさく、いきましょう。」

適当に手を振ってさっさと行けと言う。

「俺も……」

残ったところで何ができるのか。何の役にもたたない。

「先、行ってるからな!」

賢者の家だとか、結界だとかは何もわからない。だが、とにかくまっすぐ進む。木立に阻まれ、草むらに足をとられ、前に何があるとも知れなくても。俺には選択肢が、ない。


「絶対これだよな……賢者の家。」

そもそも他に建物もない。

あれからほんの50mもいかないあたりで結界を越えた。正直何のことやらさっぱりわからないが、一番近いのは高層ビルのエレベーターだった。高層階へ向かう途中で耳抜きをする感じ。ぽっ、と何かが抜けた。だからと言って何かが変わるわけでもなかったが。ぜいぜい言いながらそのまま歩いて行くと、獣道のような、踏み固めれられた跡が出てきたので、それを辿って付いたのがここだ。

地元の神社の裏と大差ない雑木林の中に、急に巨大な見慣れぬ木が生えていた。マングローブや、ガジュマルのような根と幹の違いが不明瞭な、立ち上がる巨木。ぎっしり詰まった幹と枝葉であたりは薄暗く、木の上の方は見えない。その、不明瞭な根と幹のあたり。地上からわずかに立ち上がった場所、幹と根に挟まるようにして小さな家があった。魔女の家は鶏の足の上にある、という話を思い出す。

「まぁ、鳥の足、に見えんこともない?のか……?」

「ババ・ヤーガの小屋ですね!」

心臓が出るかと思った。チュートリアルが俺の後ろからひょっこり顔を出している。毎度のことながら、物音がしないのだ。

「ほんとに大丈夫だったんだな。」

「ええ、当然!」

ふふん、とチュートリアルは胸を張る。ちょっとかわいいがそれはそれとして。

「なんかもっと言っててくれてもいいと思うんだが……事前情報的な。」

「すみませんね、初めてなもので。」

全く悪びれるそぶりもない。俺の心は繊細なのに。

「まぁ、でもほら、一応直前には言いましたし。結果オーライ、ですよ。」

チュートリアルは肩をすくめてごまかして、それから小屋の方を向き直った。

「で、こちらお察しの通り賢者の家です。その休日ベランダに出たみたいな装備をどうにかしてもらいに行きます。」

にこっと笑って掌で小屋を示して大仰に一礼する。

「ああ、私、貴方以外の人には見えませんので。私だけ完全にのけ者で話されるのも寂しいので。こちら、お一人でどうぞ。」

「え?いやいや……」

きぃ、と音がした。小屋から。扉が開くような、軽い音。

「さぁ、どうぞ。」

にっこり笑ったチュートリアルと、間違いなく開け放たれた小屋の扉。

行くしかなかった。

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