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起きてください、起きてください!」
声が聞こえる。頭上、女の声が降ってくる。
瞼を細く開けると、まぶしさに目がくらむ。木漏れ日が差し込んでいる。中天よりも少しかしいだ、昼下がり。
「う……?」
若干、眩暈を引きづっているのか。軽い熱中症かもしれない。視界が明滅する。光の内側から掌が下りてくる。白く、たおやかな。誰かがのぞき込んでくる。
「……はっ?!」
跳ね起きた。世界は鮮やかで、ぼやけているがそれどころではない。驚いたのか、反射的に掌は引っ込められた。
「っうわびっくりした……。起きてるならそう言ってくださいよ。」
丁寧なのか、適当なのか。後者の割合が高そうだ。不満げな口元と、かすかにひそめられた眉。じっとりとした視線を投げつけられてはいるが、黒目がちな大きな瞳。控えめに言って可愛い。ほっそりしているのに柔らかそうな顎ののラインをつんとそらして俺を見下ろしている。
「何ですか人の顔をじろじろ見て……。失礼では?」
雑木林に似合わない薄青、水色の制服。
「いやお前に言われたくはない。」
女はむ、と非常にわかりやすい表情をした後、何を思ったのか急ににこっ、と笑った。笑った顔も可愛い。
「もしかして、私、貴方の理想通りでした?それは何よりです!」
何も言っていないのに勝手に話が進む。確かに可愛いが。
「申し遅れました、私、貴方のチュートリアルです!あなたの快適な異世界ライフをサポートいたします!」
ぱっと両手を広げてニコニコ笑う。可愛いがそこはかとないうさん臭さが漂っている。美人局とか、そういうものを連想する。
そもそも。
「異世界ぃ?」
幻聴か?
「ええ、そうです。最近はやりの。」
最近はやりなのは知っているが。
「俺、死んだのか?」
定番でいくとそうなるような気がした。落ちたし。
「さぁ……?ちょっと管轄が違いますので、その辺りは……。」
「じゃあ、戻れるのか?」
「さぁ……?ちょっと管轄が違いますので……。」
余りにも適当過ぎる答えが返ってくる。何の窓口だよ。
「嘘だろ?」
「冗談です。まぁ、帰れるかどうか、ですが変える方法はありますよ。とりあえず、そのためにも私のためにもチュートリアルを進めましょう!」
何のためにここにいると思っているんです?と胸を張って見せる。よくわからない。しかし、とにかく帰れはするらしい。本当に現実なのかどうかも怪しいところだが。
「さて。まずここですが。王都のはずれの森!です。もちろん異世界です。」
よっこいせ、と立ち上がる自称・チュートリアル。あたりに他の人影はなく、木の葉のさざめく音しかしない。
「そういわれるとすっごいファンタジー感あるなぁ。」
立ち上がったチュートリアルと、自身の周りを見渡す。どこにでもある、すこし郊外の、道を外れたあたりの雑木林。そんな風景だった。穏やかに吹き抜ける風は爽やかで、少し湿った臭いを運んでくる。落ちている木の葉の種類だって知りはしない。異世界かどうかもよくわからない。
だが。
あのうだるような暑さと、最後に見たスマートフォンの表示、10:07、は紛れもなく現実だった。今は、心地よい風に、少し傾き始めた陽光、伸び始めた影が。どうしようもなく、あの瞬間との断絶を突きつける。
まぁ、考えても仕方ないか、と俺も落ち葉に埋まりかけた腰を上げる。がさがさとひっつく落ち葉と格闘しながら立ち上がれば、チュートリアルの頭は思ったよりも低い位置にある。なんだか可愛い。
「……なんだか腹の立つ顔ですね。まあ、いいですが。さて、では最初のミッションです。賢者の家へ参りましょうか!」