プロローグ
久しぶりの投稿になります。書き上げているので一気に最後まで行けたらな、と思います。
蒼天に真っ白な入道雲が立ち上がる。
夏休み、午前とはいえ焼け付く日差しに揺らめくアスファルト、立ち上がる熱気は暑さで人が死ぬには十分で。薄青の制服の裾を揺らして大音声の蝉時雨を行く。
見上げれば青い空。空との境目、この道の先、坂道を上った先にあの人がいる。
9:37。
約束の時間まで、あと、30分。あの人がいた、時間。
暑い。
うだるような暑さ。
クーラーの調子が悪い。昨日の夜はまだ生きていたのだが。
朝になってみれば室内はサウナの様相を呈している。これから日がさらに真上に上昇ってくると考えるとほとほといやになる。
「あっづ……。」
窓を開けた方がまだ若干涼しい。ため息と共に窓から顔をのぞかせる。
「おいっす。」
隣の窓からクラスメイトの樹が顔を出していた。寮暮らしにプライバシーなぞない。
「おい、お前のところの涼しい空気をよこせ。……てか、早くね?」
大きく身を乗り出して隣の窓に近づいた。樹が休みの日に午前中から活動しているのを見かけることはほぼないのだが。
「今日朝一で帰るっつったろ。てなわけでもうエアコン切ってるけど……。」
「ぬる……お前に用はない。」
だるん、と窓枠にもたれた。なんのやる気もなくなった。
「ハイ、うちわやるよ。」
「サンキュ。」
多少風が来たところで熱風が来るだけだがないよりはましだ。
「そっちいくわ~。」
樹がひらひら手を振って窓を閉めた。面倒だが仕方ない。だらだら扉を開けに行く。歩いて6歩。狭い部屋である。
「おいっす。」
立て付けの悪い扉が腕力で開けると、箱のアイスを持った樹と、廊下の向こう側に巧が見えた。だいたいいつも3人でつるんでるやつら。
「た、巧が上裸じゃない、だと……。」
激レア服を着た巧。寮限定。
「上裸で公共交通機関アウトなのくらいはわかるわ。」
聞こえたらしい巧が俺と樹に合流しにくる。
「は、お前も本日帰省組かよ。」
「何かあったのか?」
「エアコンがお亡くなりに……。」
肩を落とす俺に樹が合掌する。
「それはそれは。完全に?」
「まだ微妙だけどな。とりあえず後でカバーだけ外してみはするけどな。」
うーん、と巧が首をかしげた。
「俺このまま帰るから寮母さんに言っとこうか?」
「オナシャス」
大きくため息をついてうなだれた。と、樹が何かを持っているのが目に入った。
「ん?ああ、アイス持ってたわ。とりあえず中に入れてくれー。」
なぜかついてきた巧含め3人も入ると部屋は狭い。というより暑い。とりあえずアイスを救助して、早く出ろと二人を促す。
「男が3人もいると体感温度が上がるから早く出てくれ、頼むから。」
「はぁー?人がせっかく親切に……いや、暑いわ。出よ。」
ぶつぶつ言いながら廊下に脱出した樹が、ふと俺の方に顔だけ向けた。
「そういや俺のとこ脚立あるけど使う?夏休みの間とか使わんから貸しっぱなしでいいけど。」
「ありがたき。」
樹から借りた脚立をエアコンの下に置き、ちょっと足をかけてみる。
「おい、落ちるなよ。窓開けっぱなしだから死ぬくらい落ちるかもだぞ。」
具合の宜しくないエアコンの真下に窓があるので滑ったら寮の外まで落ちる。それはまずい。
「やべ、閉めてくれ。」
「おー。……あれ?」
巧が窓を閉めかけて何かを見つけた。
「あれ、西條女子の制服じゃね?」
「さすがにそこまでは見えねぇよ。」
我ら男子校、寮は他には何もない小高い丘の上にあり、生徒たちからは監獄と呼ばれている。故に見晴らしはよく、遠くまで見通せはするが。
「いやこの距離で制服とかまでは見えんわ。」
「さすが変態。」
上裸はいう事が違いますわ、と樹と俺で揃って肩をすくめてみせる。
「いやほら、髪、長めで青の制服……。」
「ひくわぁ……。」
「でも、あの道歩いてるけどこの先うちの寮しかなくないか?」
巧と樹が一緒に振り向く。目が輝いている。暑苦しい。
「おっこれは?」
「ついに俺の時代が来たか?」
樹の掌返しは実に鮮やかである。
「いや西條確定なのかよ。」
そんなに言うなら、と巧が目線だけこちらに投げる。
「検索してみろよ」
「うぃっす」
じっとりと汗ばんでフリック入力が上手くいかない。検索候補に出れば一発だが。
「西條……おっ出た、西條 行方不明。」
「いや違うわ。気にはなるけど」
「制服 画像……うん。分からん。たぶんそうだろ。」
「クソ雑」
樹は見えてもないくせに罵倒だけはしてくる。
「ふーん。てか、この時期に制服とか珍しくね?」
「補習とか、塾とかじゃね?頭いいんだろ、西條。」
「いや、それだったら朝からあの道歩いてないだろ……。」
九十九折りのぼり坂。無駄に下界から隔離されたこの寮には、結構長めの一本道を上ってこないと辿りつかない。
「俺、天才かもしれない。」
巧がスパン、と窓を閉める。
「は?」
急になんなんだ。暑さでとうとう完全に頭がいかれたか。
「今から下のバス停に向かえば確実にあの子とすれ違う。」
俺と同じくこいつ大丈夫かな、みたいな顔をしていた樹が真顔で振り返る。
「天才か?」
そのまま速やかに俺の部屋を後にして、顔だけ振り返り、
「脚立、持ってていいからな、じゃあな!」
素晴らしくさわやかな笑顔で立ち去った。
「エアコン、がんばれよ!」
巧もグッと親指を立てて出ていく。
「あ、ちょ、おい……」
不安定な脚立の上でまごついている間に悪友2人はさっさと自室に戻り。
隣室からどたんばたんと大きな音を立てた後、
「たっしゃでな!」
という謎の挨拶を残して静かになった。
「うっそだろ、あいつら……。」
ぽつん、と一人残された俺は脚立の上で呆然とするしかない。こんなにも友情とは脆いものだったのか。
「……はぁ……。」
脚立から降りるのも面倒で、とりあえずスマホを見る。エアコン修理の動画でも探せばいいのか。ぼうっと画面をスクロールしているとおなじみの広告が表示される。ファンタジー系の広告が多いのは、自分の趣味が反映されていそうで怖くもある。じわじわと汗が噴き出してくる。薄情な奴らが去った後は余計に暑い気がする。脚立の上だから、窓も開けられない。
目的になかなかヒットしない。検索をかけなおそうと入力しかけて、履歴に「西條 行方不明」が残っていた。とりあえず検索してみる。
「最近じゃん……。いや、普通に見つかってるのか。」
詳しいことは特に書いていない。というより頭に入ってこない。分かったことといえば制服のが水色だったくらい。汗が滴る。
「とりあえず、窓開けるか……。」
頭がぐらぐらしている。スマホを布団に放って、脚立を降りる。と、手が滑る。視界がまわる。汗で滑ったな……などと、思考が遅れてついてくる。天井が見える。遠ざかる。
落ちた。