屋敷に戻りました
とりあえず今日はこのくらいにして、また後日話をしようということになり、私はやっと解放された。
「兄上! ヴィヴィ! どこにいたのですか、探しましたよ」
父と帰ろうとエントランスにむかっていると、フィル兄様が気楽な顔をして話しかけてきた。
「フィル、帰るぞ」
父の圧が何だかすごい。
フィル兄様も付いてきて、私たちは馬車に乗り込んだ。
「お父様どういうことですの? 私だけが知らなかったのですか?」
私は父に詰め寄った。
「いや、エディも知らない」
「当たり前でしょ! エディ以外はどうなのですか?」
弟のエディはまだ8歳。エディまで知っていたら、本当に怒り狂う。
「ああ、母も祖父や祖母達も知っている。だから今まで婚約の話もなく、悪い虫がつかないように出来るだけ外にも出さなかった。一応王太子妃候補だし、何かあったら大変だからな」
父は罰が悪そうに目を伏せる。
「えっ、あの話バラしたのですか? 今日のヴィヴィはめちゃくちゃ可愛いから殿下は我慢できなかったのだな。ダンスまで横入りして、余裕なさすぎる」
フィル兄様はそう言いながらケラケラ笑う。
「屋敷に戻ったら、きちんと話をしてもらいますからね」
私の出す殺気に恐れをなしたのか、ふたりは馬車の中で神妙にしていた。
「お帰りなさいませ。随分お早いお帰りですわね。デビュタントはどうでしたの?」
母が私たちを出迎える。
「どうもこうもない。殿下の勇み足で散々だった」
父は大きなため息をついた。
着替えてからサロンで話そうということになった。
私は部屋に戻り、デビュタントのドレスを脱ぎ、緩いドレスに着替え、髪も一度といて、まとめ直してもらった。
それにしてもいつの間に王太子妃候補になっていたのか?
私は、悪い虫がつかないように外出の制限をされていたのを自分がお茶会などに行くのが面倒だから、うまく我儘が通っていると思い込んでいたおめでたい奴だったのだ。
よくよく考えれば半軟禁状態だ。祖父母のところやサマーハウスや領地に行く時位しか外に出てない。
つまり、王太子の為に軟禁したい父母の意志とぐうたらだらだらしたい私の意志が合致してしまった訳だ。
目的は全く違っていたけれど。
さて、困った。どうしたら断れるだろう。王太子妃なんて嫌だし、王妃なんてもっと嫌だ。どちらもぐうたらできないじゃない。何とかしないとこのままなし崩しに結婚させられる。
王家の命令には公爵家でも逆らえない。怪我でもしてみるか? 一生消えない傷とか作ったら諦めてくれるかもしれない。でも痛いのは嫌だなぁ。
私はひとりで頭の中であれこれ考えを巡らせていた。
父に呼ばれ私がサロンに到着すると父、母、フィル兄様が座っていた。
「ヴィヴィも座りなさい」
父に言われ座るとメイドが紅茶を入れてくれた。
私はひと口飲んでため息をついた。
「さぁ、色々と聞かせて下さいませ」
父の話は王宮で聞いたものとほとんど同じだった。
元々フィル兄様と仲が良かった殿下がうちに来た時に私を見染め、求婚したが、まだ私が8歳だった為15歳まで保留にし、その時にもう一度考えようということになったらしい。
きっと陛下は7年経てば諦めるだろうし、ほかの年相応の女性を好きになるかもしれないと思いそうしたようだ。
「しかし、陛下と約束をしたとはいえ、7年も全く接触もなく、いきなりあの態度には驚いた」
父よりも私の方が驚いた。
本当に全く面識のない人にお姫様抱っこされるわ、ずっと手を握られるわ。訳がわからない。
「実は全く接触がなかった訳ではないんです」
フィル兄様が恐る恐る口を開いた。
「陛下からは直接接触してはいけないと言われていたそうで、殿下は直接でなければいいのではないかと考え、ヴィヴィとはずっと手紙のやりとりをしていたのです」
手紙?
いやいや、してないし。
「私、殿下と手紙のやりとりなどしておりませんわ」
「いや、してるだろ。毎回私が運んでいた」
運んでいた? まさか?
「まさか、ジェフ様の手紙ですか……」
「そうだ、ジェフ様は殿下なんだよ」
フィル兄様の言葉に愕然とする。
ジェフ様とはフィル兄様を介して、もう何年も手紙のやりとりをしている。
まさか殿下だったなんて。
「偽名で私を騙していたのですか?」
私は騙されていたのか? なんだか腹が立ってきた。
「騙してないよ。ジェフは殿下のミドルネームさ。アイザック・ジェフ・ラックノーラン。それが殿下のフルネームだよ」
ミドルネーム? そんなのありか?
「手紙とはどんな手紙なんだ。私は聞いてないぞ」
「私も存じませんわ」
父と母に睨まれフィル兄様はゆっくり話しだした。