そんなこと言われても
約束ってなんだろう? 当事者のはずの私は蚊帳の外だ。
陛下、王妃様、王太子殿下、父の4人だけが知る話なのか?
「結婚とはどういうことなのでしょうか? 私は何も聞いておりませんわ」
デビュタントだけでもめんどくさかったのに、今の状況はとんでもないことになっている。
王太子妃なんて嫌だ。
絶対嫌だ。
このまま公爵令嬢でぐうたら生きたいのに、王太子の婚約者なんかになったら地獄の王妃教育が待っているし、いずれは王妃。
無理〜っ。無いわ〜。嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 絶対嫌だ!
「ヴィー、すまない。ヴィーが15歳になってデビュタントが無事済んでから、婚約の話を進めることになっていたんだ」
アイク様は私の機嫌が明らかに悪いのを察したようで下手に出てくる。
「ですから、今日ではなく日を改めて話をしようと朝に話し合って決めたではありませんか」
父は怒りを滲ませてはいるがあたふたしている。
「アイザックの勇み足ね。ヴィヴィアンヌのことが好きすぎて我慢できなかったの?」
「はい。デビュタントでヴィーの美しい姿を見たら、我慢できなくなりました。私のものだと皆にアピールしておかないと、不埒な者が出てくると困りますので」
何この母子の会話。
「最初からきちんと私に判るように説明していただけませんでしょうか?」
キツく冷たい口調で私は説明を求めた。
「私から説明する。まずは皆座ろう
」
国王陛下が口を開いた。
「はい、お願いします」
そう言って座った私を見てゆっくり話しだした。
「あれは7年くらい前だったかな。アイザックが突然、シュラット公爵の令嬢と結婚したいと言ってきたのだ。フィリップ卿が怪我をし、公務を休んでいた時に見舞うためにシュラット公爵邸を訪れた時、其方に会い一目惚れしたらしい」
「私にですか? お会いした記憶がないのですが」
本当に記憶がない。人違いでは無いのか?
私がそう言うと、隣で私の手を握ったまま座っているアイク様が口を開いた。
「正確には会った訳ではない。見たと言うべきか。フィルの部屋に向かう時に通った廊下から中庭のガゼボで本を読んでいる美しい妖精のような人が見えた」
美しい妖精って? 確かに私はよくガゼボでお菓子を食べながらのんびりしている。
アイク様は話を続ける。
「案内してくれている使用人にあれは誰かと聞いたら、『ヴィヴィアンヌお嬢様です。お嬢様はお身体が丈夫でないのであまり外出なさらず、お屋敷の中で本を読んだり、刺繍をしたりされております』と答えた。優雅にお茶を飲みながら美しく微笑み、本をめくっていた。その姿に心を奪われた」
「しかし、フィル兄様が怪我をした頃の私はまだ8歳位だと思います。殿下から見ると子供ではないでしょうか」
アイク様はロリコンなのか? 多分10歳位年が離れていると思う。
いくら周りに年齢の合う女性がいないからといって、子供を見初めるのはマズイんじゃないか?
「あの時のヴィーは大人っぽくてそんなに年齢差があるように思わなかった」
前世の記憶が戻ってからは年齢より老けていたかもしれない。
「その日に公爵に婚約の打診をし、父や母にも話を通した」
そんなに早く決まっていたのか。私は本当に何も知らなかった。
父が立ち上がり、私の隣にくる。そして肩をぽんと叩いた。
「あの時まだヴィヴィは8歳だった。殿下は18歳。どう考えても殿下の勘違いとしか思えなかった。だから、ヴィヴィが15歳になってデビュタントを迎えた時に、まだ殿下の気持ちが変わらなかったらその時にもう一度考えようと言うことになった。それまでに殿下に好きな人ができ、婚約した場合、この話はなかったことにする。それまではヴィヴィを誰とも婚約させないが、殿下もヴィヴィに直接の接触はしないと約束をした」
父は話し終わりため息をついた。
アイク様は立ち上がり私の前にきた。
やっと手を離してくれた。
そして、ひざまづき私の手をとった。
「ヴィヴィアンヌ嬢、私と結婚してほしい。私、アイザック・ジェフ・ラックノーランはこの命をかけてヴィヴィアンヌ嬢を一生愛し抜くことをラックノーランの名にかけて違う」
いや、そんなこと誓われても困る。重い重い。
「無理です。私に王太子妃など勤まりません。お許し下さい」
私は首を横に振った。