はじまりました
家名を呼ばれたら入場する。
我が家は筆頭公爵家なので一番早い。
“シュラット公爵家令嬢ヴィヴィアンヌ嬢”
呼ばれたのでフィル兄様と一緒に入場した。
結局、父は国王陛下に呼ばれ、『くそっ!』と言いながらお側に行ってしまった。
フィル兄様は25歳で独身。
この世界では25歳で独身はなかなかいない。
だいたいみんな20歳前後で結婚する。
女性は16歳くらいで結婚するのも普通だ。
貴族は大抵、家が決めた相手と政略結婚するので、10歳位で婚約し、20歳までには結婚するパターンが一般的だ。
イケメンで王太子殿下の側近だし、将来も有望なフィル兄様がなぜこの年まで独身かと言うと、フィル兄様の生まれる2年前から10年間この国に女の子がまったく生まれなかったのだ。
それは呪いのせいだと言われている。誰がかけたのかは不明だが前世でいう都市伝説みたいなものなのだと思う。
いよいよ国王陛下、王妃様のところに挨拶に行く。
私がトップバッターだし、ちょっと緊張する。
「ヴィヴィ、大丈夫だよ」
フィル兄様が背中を押してくれた。
「ヴィヴィアンヌ、久しぶりだな。しばらく見ない間にそんなに美しくなっていたとは驚いた。ディックが外に出したくないのもわかる」
国王陛下、前世ならセクハラだな、
「敬愛なる国王陛下、ありがとうございます。これからは貴族の一員として精進して参る所存でございます……」
「しっかり頼むぞ」
丸暗記した挨拶を終え、今日のヤマを越えた。ほっとしていたら王妃様から声がかかった。
「ヴィヴィアンヌ、身体はもう大丈夫なの? 以前は体調が良くないとあまりお茶会にも参加していなかったようだけど」
「ありがとうございます。大丈夫です」
あっ、ヤバい。本当のことを言ってしまった。身体が弱いふりしなきゃいけなかった。
「フィリップス、本当にヴィヴィアンヌは大丈夫なの?」
王妃様はフィル兄様にも振る。
「大丈夫でございます。子供の頃は身体が弱かったですが、今は元気で乗馬も楽しんでおります」
「そう、それはよかったわ。ヴィヴィアンヌ、またクラウディアと一緒に遊びにきてね」
「有難き幸せに存じます」
私はこれ以上上手な人がいないであろう位最上級のカテーシーをして下がった。
確か王妃様のご実家と母の実家は懇意にしていて小さい頃から王妃様とは姉妹のように育った為仲がよかった。
母と父との仲を取り持ったのも王妃様だった。
母と王妃様のところへ遊びに行くなんて考えただけでも面倒臭い。勘弁してほしいわ。
顔は優雅に微笑みながら、お腹の中でこんなことを考えているなんてきっと誰も知らないはず。
あとはダンスを一曲踊ってお役御免といきたい。
「ヴィヴィアンヌ嬢、私と踊っていただけますか?」
突然声をかけられた。
ダンスはフィル兄様と踊るはずなんだけど、誰? そう思いながら隣にいるフィル兄様を見ると顔色が悪い。
「フィル、いいだろ?」
その人は凄い威圧感でフィル兄様を見ながらそう言った。
「仰せのままに」
フィル兄様はそう言うと私の手を取り、その人に渡した。
「ヴィヴィ、踊ってきなさい」
まぁ、いいか、フィル兄様がOKなら大丈夫か。さっさと踊って、さっさと帰ろう。
私はその人の手を取った。
これが、これから起こるめちゃくちゃめんどくさいことの始まりとはその時私は全く気がついていなかった。