06.公爵夫人のそれから
そんな結婚式からしばらくして、ケルディン伯爵は国外追放に処された。罪状は王位簒奪未遂と不貞強要未遂だった。スミスはエリンのために大天使の軍勢を呼び出した――国と聖職界を動かしたというわけだ。
王位簒奪罪については、彼は常々王位を狙っていると嘯いていたから、しかるべき筋から告発さえあれば有罪は確実だった。ただ、あまりに馬鹿馬鹿しい話に告発する者がこれまではいなかっただけで。
人々を驚かせたのは「不貞強要罪」の方だ。これは、既婚者の女性に関係を強要したり、未婚の女性に既婚の男性が関係を求めたりした場合に適用される罪だが、はっきり言って適用された事例は非常に少ない。わざわざ告発して不名誉を世にさらすより、内々に片づける類の話だからだ。告発があっても、非公開の法廷で和解を勧められるのが関の山であり、告発する方も恥のかき損というか、骨折り損のくたびれ儲けである、という事情もある。
だが、スミスとエリンは告発した。ケルディン伯爵はエリンが結婚してからも言い寄り続け、スミスとの結婚無効をわめきたてていた。しかしいまやエリンは平民で、貴族からの離婚要求と求愛は強要だと告発できるものだった。
そして、さらにことを大きくしたのは、告発を知った某司祭だった。彼はケルディン伯爵の行動を厳しく糾弾し、聖王国の聖教会まで巻き込み、破門だなんだと大騒ぎ。聖教にとって、結婚は神聖なものであり、権威の象徴でもある。しかもケルディン伯爵は王族だ。王国に権威を軽んじられたと断じた聖教会は猛烈に抗議し、国も通常のように和解を勧めて……というわけにもいかず、彼は前代未聞の不名誉な罪でも裁かれたというわけだった。
もうお分かりだろう。王位簒奪罪で告発したのはジョージ・シーモア公爵、聖王国を巻き込んだのはスミスが昇進を断って還俗した際に、代わりに司祭に推薦した苦労人の万年助祭だった。
☆
「そもそもねえ、既婚未婚、身分にかかわらず、付きまといをどうにかできない法律がおかしいと思うのよ」
結婚と時を同じくして、エリンとスミスは屋敷を王都の片隅に購入した。社交界の一線から身を引いた彼らはそこで、劇団の運営や貴族たちの経営顧問といった本業に精を出すのだが、そうはいってもエリンの周りには人が自然に集まってしまうもので、スミス邸が新たな社交の場になったのは当然のことだった。
ジュリアも時折――いや、割と頻繁にその屋敷を訪れる。
「それについては大いに賛成ですわ」
「まったくです。どれだけ迷惑でも抗議が関の山ですからね」
「とはいっても、エリンならどうとでもできたんじゃないのか?」
秋の色も濃くなったこの日、スミス邸の応接間に集ったのはシーモア公爵夫妻とスミス夫妻だ。
ジョージの言葉にエリンは少し考えてから、隣に座る夫の腕に自らの腕を絡ませて、にっこりと微笑んだ。
「そうね、手段を選ばなければ、どうにかできたとは思うわ。だけどまあ、おかげでショーンと結婚できたわけだし、父も張り合いを取り戻したようだし、終わりよければすべてよしよ。ね、ショーン?」
「そうですねえ。私も捨て身の求愛をした甲斐があるというものです」
「……ジュリア、このいたたまれなさは一体何なんだ」
「……私も大いに賛成ですわ、あなた」
「あら、新婚夫婦のお宅訪問したのだから、このくらいは覚悟するべきだわ」
「エリン様、お二人は社交戦術としての仲睦まじさしか目にしたことがないのですよ、貴族ですから」
確かに、スミスの言う通りかもしれなかった。ジョージとジュリアだって家庭の中ではいちゃつくことはあるが、人前でとろけるような笑みを見せたり、愛情だだ漏れの目で相手を見つめたりはしない。なぜなら、貴族の間では「はしたない」と言われかねない行動だからだ。
「わかってないわね、ショーン。これも社交戦術なのよ。ケルディン伯爵のせいで私とあなたの結婚が契約結婚なんじゃないかって噂が立ってるんだから。これでもかってくらい仲のよさを見せつけないと、また言い寄ってくる奴が出てくるかもしれないのよ」
スミスと腕を組んだままエリンが真面目な顔で解説をすると、スミスもまた真面目くさった顔でうなずいた。
「それでは仕方ないですね。お二方、慣れてください」
「……ジュリア、帰ろうか」
「……賛成したいところですが、堪えてくださいな」
「だって何か嫌なんだよ! 母親が友達といちゃついてるみたいで! 見て! 鳥肌!」
ずい、と差し出されたジョージの手の甲は確かに鳥肌が立っている。ジュリアとて気持ちは分かる。分かるのだが。
「あなた、母親はない、ないですわ!」
「ジョージ様、言わんとすることは分かりますが、ここは妹とかせめて姉とか言うべきところです」
「ほほほ、ジョージはいつまで経ってもボンクラちゃんでちゅねえ。まだまだママが躾けてあげなきゃいけませんねえ?」
「わー! エリン、落ち着け、ティーカップを振りかぶるな!」
☆
エリンは平民となったが、シーモア公爵夫妻は、これまで通りの関係を望んだ。だから、お互いだけの場では変わらず、エリンはジョージには辛辣だし、ジュリアには世話焼きの友達のような態度だ。
そういうわけで、ジュリアは今日もスミス邸を訪れる。今回の用は何かな、と思いながら。先日は新しい劇の衣装の相談だった、その前はスミスの誕生日プレゼント。ジュリアの方からシーモア公爵家の経営についての相談や、新作の布地の宣伝を依頼することもある。
応接室で彼女を待っていると、軽やかな足音が聞こえて、幸せいっぱいといった顔のエリンが姿を現す。その後ろでは、スミスが軽く会釈。
「ジュリア、いらっしゃい! ちょっと聞いてよ!」
「はいはい、今日はどうなさったのですか?」
「まあ、まずは座ってよ。実はね――」
おわり
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