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05.公爵夫人へ捧げる愛

 確かにエリンに魅了される者は後を絶たず、面倒ごとに巻き込まれることも少なくはなかった。一方通行の好意は、時に暴力的なものでもある。


「それでは、どうして?」


「ケルディン伯爵のことをご存じですか? このところしつこく彼女に言い寄っている」


「エリン様からも聞きましたわ。どう断っても、何を言っても通じない、エリン様と結婚すれば自分が国王になれると信じてるらしいと」


「ああ、まあなあ。王太子殿下も敵がいないわけではないから、ちょっとばかり厄介なことになってるな」


「そうなのです。もちろん、エリン様も打てる手は打っておられますし、いざとなれば国外に出るつもりでいたようですが……お父上のことでそうもいかないようで。それに何と言っても王族ですからね」


 エリンの数少ない弱点は、身内に弱いところだとジュリアは思う。親族に限らず、ジュリアやジョージ、スミスのためなら彼女は泥をかぶることも厭わないのではないか。これは決してうぬぼれではないはずだ。


「それでエリンにプロポーズしたのか?」


「友人関係から一歩踏み出す決断をしたのは、はい、そうですね。今後も同じようなことがないとも限りません。それなら、と。結婚は王族といえども引き裂けぬ()()()ものですからね」


 ジュリアはエリンとの会話を思い返す。スミスの行動原理は一貫している。エリンを守る、という。


「それが、スミス先生の愛の形というわけですね。エリン様へ向けた――エリン様だけに向けた」


 ジュリアが含みを持たせてそう言うと、スミスは咳払いして「誤解してほしくはないのですが」と言った。


「私はエリン様がサンドラ様の娘だからではなく、彼女自身を愛していますよ。彼女こそは私の人生を救ってくれた人でもあります。どうもエリン様は誤解されていたようですが」


「まあ、エリンはあれで意外と臆病なところがあるからな。スミス先生も、もっと情熱的に迫ってもよかったのでは?」


 ジョージが分かったような顔でスミスをからかった。スミスは少し思案してから、元聖職者らしく穏やかな声で返した。


「彼女が私に寄せる信頼を、いかなる形でも一生涯裏切らず全うすること、私のことで彼女を一切不安にさせぬこと、それが私が彼女に捧げる愛の形です」


 しみじみと初老の紳士が紡いだ言葉に、ジョージとジュリアは口をつぐんだ。そんな彼女たちにいたずらっぽく微笑みかけて、スミスは続けた。


「そして、一足先にあの世へ行って、私が待っているのだと、彼女が穏やかな気持ちで生を終えられるようにすること、ですかな」


「……今のは老人ジョークなのか? 笑っていいやつ?」


「ちょっと、ジョージ様! まだ老人とお呼びするには早いですよ!」


「はは、もう老人ですよ。まあ、それはおいておいて。

 ここを訪れた目的である『相談』をしてもよろしいですか?」





 エリンとスミスの結婚式は、婚約から数か月後に執り行われた。ケルディン伯爵は相変わらずエリンに言い寄っていたので、異例の速さでの結婚となったが、新郎新婦は平民なら普通のこと、と気に留めた様子もなかった。

 会場は下町にほど近い小さな聖堂で、参列者は最小限のこじんまりとした式だった。こじんまり、といっても参列者にはクラーク大公に、シーモア公爵に、ウラン伯爵の妹にして元チャーチ伯爵夫人のエレノア、ポールの息子である現チャーチ伯爵と、指折りの人物もいたのだが。

 しかし、誰よりも祭壇に近い席にいたのはアダム・リードだった。

 シーモア公爵夫妻は彼の隣の席で、主役の登場を待つ。


 と、静まり返った聖堂で、いつものごとく空気を読まないジョージが、隣のアダム・リードににこにこと尋ねた。


「しかし、自分とさほど変わらない年の男と娘が結婚するというのは複雑な気分じゃありませんか?」


「いいえ、公爵閣下」


 周りはぎょっとしたが、彼に悪意があるわけではないのはアダムも分かっているらしく、苦笑しながら答えた。


「彼の隣にいる時の、娘の笑顔がすべてです。

 ただ、まあ――」


「ただ、まあ?」


「いずれエリンもいい相手を見つけるだろうし、私はいつ妻の元へ行ってもいいと思っていたのですが、こりゃ長生きせんとなあとは思いましたね。

 私と彼と、どっちが先にくたばっちまうか分かりませんので、残った方がエリンを支えなきゃならんでしょ?」


 サンドラが愛したチャーミングな劇団長は、碧い瞳を片方、ぱちりと閉じて見せた。ジョージがジュリアの方を振り返る。


「ジュリア、これは笑っていいやつか?」


「私に聞かないでくださいな!」


 このやり取りに最初にふき出したのは誰だったか。主役を待つ聖堂は、朗らかな笑いに包まれた。



 アダムの言う通り、スミスにエスコートされて現われたエリンは、幸せそうだった。そして、スミスの言う通り、心から彼を信頼しているのが、彼を見つめる表情からもよく分かった。

 エリンが身に着けるドレスはウラン家が提供した東方の絹を、シーモア公爵家で染めて仕立てた深紅のドレス。装飾はデコルテに施された精緻なレースのみと最小限だが、そもそも布地も染料も職人の腕も最高級のものだ、それをエリンが身にまとうのだから、美しくないはずがない。耳飾りと首飾りはいつぞやの真珠とダイヤモンド。

 彼女を目にした、平民の友人達が歓声を上げる。劇団関係者が多いので、声の大きいこと。エリンは歯を見せて笑うと、空いている方の手を大きく振った。


 いい式だな、とジュリアは思った。

 エリンの愛する、エリンを愛するものたちが、小さな聖堂に集まっていた。

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