二十一日目 どうでもいい話
書いた量は、計15ページ。
残りの日数は、18日になる。
今に始まった事ではないが。
なろうのエッセイを見ていると、人というのは他者に関心を抱かないのだろうと思う。それは、違った思考や意見に対して、寛容であるかないかという話ではなく、作品に興味はあっても作者に対して興味を抱く事はないだろうという事だ。
基本として僕のような行動をしている人間は、目的を達成としても創作家として成功している者はいない。それは、単純に成功した人間をまだ見ていないという事だ。
自分は違うと、いう気はない。
僕もまた、大成する事はないだろう。
僕のような人間達は思考の中で、成功した妄想に浸るだけで形にまで辿り着かないのが常だ。経過や過程などよりも成果を夢見ていると言っていい。
そんな人間達は、大抵として成功する事はない。
それは、妄想だけで満足するからだろう。
形だけでも作ろうとしたとして、妄想の中の完成形に達する事はないので張り合いもなく。一番の見せ場も乗り切れずに終わる。形にしないからこそ、美化した空想に浸れるというのは一種の芸術ともいえるのかも知れない。
そういった事を考えれば、人間が今日まで行ってきた芸術とは、空想を形にするという苦悩そのものなのかも知れない。
別に意見や意思を語るつもりはない。
だが、やはり。
何もかも形にする事こそ、大切なのだろう。




