メルンの焦燥
「お義母様、貯金だって大事な勉強ですわ」
「ハッ、どこが」
「嫁ぐ上で必要な事かと。
女主人として屋敷の管理を任せられる時に、資金繰りが上手く出来ないといけませんから」
「なっ‼︎ 」
上級貴族の夫人ともなれば、屋敷の管理に使用人の采配、大きな金額を任せられる事になる。
見事な手腕で回せたら良し。失敗を重ねれば名ばかりの女主人として、軽んじられる。
もっとも、我が家は家令のセバスが管理を任せられているけど。
ただ、お金遣いが荒いだけなら問題はないのだけれど、使い方が上手くないのよね。
だから、お父様も権利を渡せないままでいる。
「夫が留守の間、キチンと家を護るのが妻としての手腕の見せ所だと思いませんか? 」
「小癪なっ。私が劣っているとでも言いたいの!
社交界の華である、この私がっ⁉︎
母親を侮辱するなんて、あり得ないわ!
とにかく、貴方は言う通りメリーにドレスをプレゼントなさい。いいわね! 」
そんなに怒って、血管が切れてしまいますわ。
「言い忘れてましたけど、今週から領収証の提出はセバスにする事になりましたよ」
「えっ」
「ん〜、マイクだったかしら。その人は実家に戻ったそうです。
だって、領収証が偽造されているのに気付かないなんて、困りますもの」
黙認していたマイクが黙って去ったと聞いて、さすがに分が悪いと思ったのか、顔面蒼白で震えている。
あら、もしかして気付いちゃった?
本当おバカよね。私が告げ口しないって、どうして安心しきってこれたのかしら。
「お父様が、後任が決まるまではセバスに目を光らせると仰ってましたよ。
でもご安心下さい。お義母様がした事は、特に罰しないで欲しいとお願いしてあります。
私が対処しなかったのが悪いんですもの」
「あ、あなた……っ」
「けれど、あまりに額が大きかったから、少し返して頂きたいですわ。
私に身に覚えがなく、尚且つお義母様とメリーが購入したと判明しているリストをお父様にお見せしてあります」
「ああっ」
「驚いてらっしゃいましたよ?
甘やかせ過ぎたか、と嘆いておいででした」
ガクンと膝から崩れ落ちて、へたり込むメルン。
情けないわ。もっとシャキッとしなさいよ。
「まっ、マリア゛」
「まあ! 恐い顔。シワが寄ってしまいますわっ。
――せっかく母を死に追いやって、公爵家の妻になったというのに……しばらくは、お買い物出来ませんね」
今度は、信じられないモノを見る目で私を凝視してくる。
ころころ変わるわねー。ヒロインものよ、ある意味。
「何……を、言っているの。貴方の母親は病死でしょっ」
「ええ。直接の死因は、ですが。
メイドに言って、薬の量を少しずつ減らしたり、母が断ったと嘘をついて、往診の先生を返したり。
病状が悪化する様、頑張ってらっしゃいましたね。
当時は分かりませんでしたが、良心の呵責に耐えかねたメイドが辞める際、教えてくれましたの」
「そっれは、、、そのメイドが私を貶めようとしているのです! 」
「彼女は抜いた分の薬を保管してましたよ。
恐くて捨てられなかったって」
「っっじゃあ、ソイツが犯人じゃない!
愚かなメイドが私に罪を着せ、貴方の母親を殺したのよ!」
「6年経った今も、まだ持っているそうです。
ココに呼んで、お父様の前で証言させても良いのですよ」
「フンっ、呼べるもんなら呼べばいいじゃない!
どうやって呼ぶのかしら。とっくに死んだメイドなんて」
チェックメイト。
自分から言うだなんて、もう喋らない方が良いんじゃない?
「彼女は生きてます」
「嘘よ。そんな作り話で私を騙す気?
だって、アレは5年前に死んでるじゃない!
首を吊って! 」
「まあ、どうしてお義母様が知ってるんです?
メイドが誰なのか、何故死んだのか」
「―――――っっ!!! 」
「お義母様に公爵夫人は無理ですわ。器じゃないもの。
母を殺さないと家に向かい入れてもらえなかった、妾ですものね。普通は第2夫人にしてもらえるのに、貴方は母が生きている間、ずっと妾のまま!
メリーも産んでいたのに! 」
彼女は初めは知らなかったらしいわ。
メルンに「副作用が強くて苦しんでいるから」と言われて、母を気遣って薬を減らしていたの。
だんだん母が弱ってきて、気付いた時には手遅れだった。
「貴方がやっている事は、殺人未遂よ。バラされたくなければ黙って言う事を聞きなさい」
そう脅されて、どうなるか分かっていても逆らえなかったと泣いていた。
そして、この家を去って直ぐ自殺したのよ。
許せはしない。どうして途中で止めなかったのか。
そうしていれば、まだ母は生きていたかもしれない!
でも彼女も被害者だわ。この女に嵌められた、被害者よ。
「あ…あっ、ちがっ、違うの。私じゃない、私じゃないわっ! 」
「この事はお父様には言いません」
「マリアっ」
「ですが、勝手な振る舞いは控えて下さい。
名ばかりの公爵夫人として、これからもフィロースの為に生きて下さいませ」
「あ、あ゛あ゛ぁ!!! 」
メリーにも黙っておいてあげるわ。
あの子も嫌な子だけど、これとそれは別だもの。
それに、思い出した。たった1回だけ、メルンに黙って母を見舞いに来てくれた事。
庭に咲いていた、母が大好きなガーベラを持って。
◆◇◆◇◆◇
(メルン視点)
――コンコン
「失礼します。あの、旦那様、今日マリアから聞きました。その、マイクの事」
「……金の事だろう。まあいい、マリアも気にしていないから穏便に済ませろと言っていた。
お前達が使った分は、私がまとめてマリアに渡しておいた」
「あ、ありがとうございます」
「別に買うなとは言わない。その程度で家は傾かんからな。
しかし、暫くは控えなさい。
これでは面目が立たない」
「もう、し、訳…ございません」
こわい。いつも優しく見つめてくれる旦那様の目が、私を鋭く貫いている。
まさか、あの女の事もご存知なのっ?
マリアは、ああは言ったけど、本当に?
私を追い出すチャンスなのに黙っているの?
実は旦那様に話してるんじゃ……!
「―――ルン、メルン!
聞いているのか」
「えっ、はっ、すみません。
何でしょう」
「……はぁ。少し疲れている様だな。
メリーの事は、私とマリアに任せて休んだらどうだ」
それってどういう意味ですの。
私に暇を出す、いえ、離縁するおつもり?
「嫌ですわっ!
私、ちゃんとやれます。大丈夫ですわ!
だからどうかっ、私をっ」
「何を勘違いしているのか知らないが、休めと言っただけだ。1ヶ月もすれば頭もスッキリするだろう。
それまではゆっくりしなさい」
「分かりましたわ。お気遣いありがとう、ございます。
メリーを宜しくお願いします。旦那様」
たった1ヶ月。
けれど、完璧な公女が屋敷を掌握するには十分な期間。
そうなれば、私の立場はどうなりますの?
事実上、女主人はマリアになってしまう。
私に社交界で笑い者にされ、惨めな思いをしろと言うのっ?
マリア、可愛くない子。
どこまでも完璧で、綺麗なマリア。
面白いほど、みるみる衰弱していった、あの女の愛娘。
やっぱり、全部、全部、全部、全部!
あの女が持っていく。私の欲しかった物、全て!
マリアには渡さない。
旦那様も、フィロース家も、地位も!
私の娘は最初から、ただ1人。可愛い可愛い、おバカなメリーだけよっ!