メリーの暗躍
(メリー視点)
――ガンッ
「め、メリー様、いかがなさいましたか?
お怪我はございませんか? 」
「あっ。え、ええ、大丈夫よ。少し躓いてしまって…」
「まあ! 大丈夫ですか? お怪我がなくて何よりです」
「ありがとう。喉が渇いたから、お茶もらってもいいかしら」
「かしこまりました。すぐお持ちします」
いけない、私とした事が。
イライラし過ぎて、メイドがいるのにチェストを蹴っちゃったじゃない。
堅物で無愛想な完璧主義者と違って、優しくて儚げな愛される令嬢でいなきゃ。
あ゛ー、でも何なのっ⁉︎
最近のマリアはおかしいわ! 変よ!
緑のドレスだって、そう。黙ってやり過ごしてきたじゃない。
今までは、自分も他人のミスも許さず、人を寄せ付けなかったのにっ。
それが突然、たまに笑ったり、メイド達にも優しくなった。
しかも、警備の平民と仲良く話したりして。
平民にも分け隔てなく接するってアピール?
自分が聖女にでもなったつもりかしら。
「ふん、どうせジオン様が平民の女なんかに取られて必死なのね。
あの女はムカつくけど、未婚の令嬢で1番と謳われるマリアが棄てられたかと思うと、感謝も出来るわっ!
ああ! なんて惨めなのっ、マリア!
フフッ、アハ…アハハハハッ」
あらやだっ、笑いが止まらないわ!
もうすぐ、あの気の利かないメイドが戻って来るのに。
フフフ。あーいい気味。
所詮平民では、ジオン様もお遊びでしょうし。
かと言って、これだけ醜聞が広まっているのに、姉をそのまま婚約者にする可能性も低い。
まあ普通だったら、そんな事で婚約者は変わらないけど…。
お母様がこのチャンスを逃すはずがないわ。
マリアが婚約破棄されて、1番に順番が回って来るのは、この私。
だって、婚約の決まっていない歳の近い令嬢の中で、最も位が高いのは、公爵家の私しかいない。
もちろん、侯爵家や伯爵家にも近い令嬢はいるけど、それじゃ時間がかかり過ぎるもの。
お母様に言われて、マリアの真似事ばかり勉強させられたけど、我慢したかいがあったわ。
◆◇◆◇◆◇
「ねえ、お母様。明日、マダム・ガーナが来るでしょ?
お姉様のドレスの仮縫いをしに来るって聞いたわ。
私もドレス作りたい。お姉様だけズルいわ」
「ダメよ。あれは旦那様が直々に呼ばれたんだから」
「どうして? 王室御用達のドレスなんて、頼んでもなかなか来てくれないじゃない。
私だって欲しいわ! 」
「マダムが作るドレスがいくらすると思っているの?
あなた、今月のお金はほとんど残ってないでしょう」
はあっ。あの件以来、お母様はずっとピリピリしている。
マダム・ガーナのドレスを着るチャンスなんて、そうそうないのよ?
どうしてダメなの!
「それは…そうだけど。
でも、いつもみたいにお姉様のお金を使えば良いじゃない。どうせ今月だって、全然使ってないわ」
「無理よ」
「何でなのっ?
お母様だって、毎月お姉様のお金使ってるじゃない」
「無理だって言ってるでしょ⁉︎
私達は毎月決められた額を自由に出来るけど、領収証は必ず出しているでしょ?
だから、あの子のお金を使う時は、マリアの名前で書かなきゃバレるのよ」
それぐらい分かってるわ。
領収証と額に差がないか、経理担当のマイクがチェックしてるのよね。
馬鹿正直に自分の名前で出したら、超過分をどうしたのか、問い詰められてしまうもの。
まっ、マイクは薄々勘づいてる様だけど。
お姉様、全然お金使わないんだもん。
「つまり、マリアの名前でドレスを作ったらおかしいの」
「? 」
「今回のドレスは、旦那様がプレゼントなさるのよ。
それなのに払う必要がないマリアが、自分でドレスを買うわけないでしょ」
「あっ…」
「分かったら、諦めることね」
「でも、でも困るわ!
この間の伯爵家のお茶会で自慢してしまったの。
お父様が私の為にマダムを呼んだって」
「っ何ですって⁈
ああ、どうしましょう……いえ? 大丈夫よ。
私達が書かずとも、本人に書かせれば良いんだわ」
「え。お姉様がそんな事してくれるかしら」
「問題ないわ。あの日がおかしかっただけ。
あの子が私に反抗したのは、あの朝の、たった1回だけよ」
◆◇◆◇◆◇
(マリア視点)
家に帰ると、メルンが部屋にいた。
無断で入るなんて、お行儀の悪いこと。
「あら、お義母様。私に何かご用事が? 」
「遅かったわね。まあ、いいわ。
貴方にお願いがあるの」
はあ? どの面下げて言ってるの。
嫌に決まってるじゃない。
「……何でしょう」
「明日、仮縫いの日でしょ?
マダムにメリーの分のドレスも仕立てるように言ってちょうだい」
「お伝えはしますが、お忙しい方ですので、お約束は出来ませんわ」
「大丈夫よ。姉妹のドレスを作るだけだもの。フィロース家を軽んじる様な事はしないわ」
「そうですか。
ところで、お支払いは大丈夫なのでしょうか?
確か、お義母様もメリーも宝石やドレスを既に購入されてますよね」
引き受けてもらえたとして、お父様に強請る気?
「そうなの。だから可愛い妹の為に、貴方がプレゼントしてくれない? 」
「はい? 」
「それに、貴方が“2着目は気がひけて自分で出す事にした”と言えば、旦那様が全額出して下さるかもしれないわ。
そうしたら、貴方はお金を出さずに済む。ねっ」
呆れた。よくそんな事、私に頼めたわね。
ある意味恐ろしいわ。いや普通に恐ろしいか。
「何故、私がそんな事をしなければならないんです? 」
「まあっ! よくも母にそんな事を言えたわね!
何よりメリーが可哀想だと思わないのっ⁉︎ 」
「ご自身の使い方が悪いのでは? 」
「何ですって」
「まさか、私が気付いてないとでもお思いで? 」
「な、何よ」
母娘で私のお金を使ってるのは、初めから知ってたわ。
必要な物しか買ってないのに、お金が2/3も無くなるなんてあり得ないもの。
毎日の妃教育で交遊費なんて使う暇もないし、お茶会用に必要なドレスだって、よっぽどな会でなければ既製品で十分。宝石はそもそも興味がないわ。
「あまり使っていないはずなのに、毎月少ししか余っていないんです。変ですよね。
ああ、変と言えば、お義母様は毎月新しい宝石を身に付けられてますね。メリーはドレスを」
「買ってるのだから当たり前でしょ?
フィロース家の名に恥じない様に、着飾らなくてはなりませんわ。それが、淑女の義務というもの」
「1つ2つであれば、ですけどね。
どう考えても予算オーバーなはずですわ」
「なっ、まさか私が貴方のお金を勝手に使ったとでも言いたいの! 」
そんな真っ赤な顔で言われてもねぇ。認めてる様なもんじゃない。
嫌だわ、ヒステリックなオバサンって。
「ええ。
ご存知ですか? 私達や屋敷にかかった費用の明細は、全て保管されているのですよ。毎年度。
ですから、前年度と今年度合わせて、私名義で通った領収証は、全て裏を取りました」
「……そう。それで? 」
「頻繁に私が購入した事になっている、宝石商やドレスショップの方が教えて下さいましたよ。
メルン夫人とメリー嬢が贔屓にしてくれてますっ、て」
「くっ、いいじゃない!
どうせ使わないんでしょ?
だから私が使ってあげてるんじゃない! 」
おおう、開き直ったぞ、この人。
すっごい神経してるわね。尊敬するかも。
「初めからなんとなく、気付いてはいました。
ですが、特に問題はないから調べもせずに放置して。
しかし、そうもいかなくなったので、今後は守って頂きますよ」
「欲しい物でもあるの? 」
「貯金です」
「は? 冗談でしょ 」
「いえいえ、本当です」
「笑わせないで、公爵家の娘が貯金ですって?
貧乏くさいったらありゃしない。
恥ずかしいわ。フィロースに泥を塗る気! 」
ええー。貴族分からん。
この人がおかしいのか、貴族がおかしいのか――…
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メイン更新『転生令嬢の優雅なティータイム』も宜しければ、お読み頂けると幸いです。羊