ぶりっ子ヒロイン登場?
◆◇◆◇◆
「お嬢様、よくお似合いですわ」
「ありがとう。それじゃ行ってくるわ」
ゴクリ。
ここが私の運命の舞台ね。
入学式を終え、友人と談笑する生徒や、寄親の子供にゴマを擦りに行く者が教室や廊下に溢れかえる。
ゲームでは、私もジオンの元へ行ってたわね。
ヒロインとジオンか出会うシーンに映ってたもの。
「ご機嫌よう、フィロース公爵令嬢」
「あら、お久しぶりですね。フォルト様」
フォルト・スピナー侯爵令嬢。
彼女はマリアと一緒にヒロインを虐めた取り巻きの1人だ。
「ところで、殿下の元へ行かれないのですか? 」
不思議そうに首を傾げる。
今までの私を知る彼女からしたら、おかしいわよね。
でもこれからは違うわ。
ヒロインと会っても注意もしないつもりよ。
するだけ時間の無駄だし。私の役目と言われても、公女の私が子守する必要なんてないわ。
だったら、世話を焼きたい人がすれば良いの。
上手くいけば、将来ヒロインの侍女になれるかもよ?
「ええ。落ち着きを持った行動を心がけようと思いまして。殿下のお邪魔になってはいけませんわ」
「(ジオン様じゃなくて、殿下? )変なことを申しますが、公女様は殿下のお妃様になりますのよね? 」
もう、探り?
侯爵令嬢ってすごいのね。勘が鋭くてらっしゃる。
「未来のことなど誰にも分かりませんわ」
「⁉︎ さ、左様でございますね」
さて、入学から1ヶ月。
ジオンとの面会は別途設けられているから、わざわざ会いに行く必要もなく、ヒロインも徹底的に避けまくり。
――何もない。驚くほど平和。
初めの頃は、以前との私の違いに驚く生徒が殆どだったけど、今では受け入れられている。
休憩中に話しかけてくれる子達も増えた。
フォルトに至っては、様呼びもやめたからね。
友情最高。さよなら取り巻き。
「ねえ、お聞きになった?
ジオン殿下が特待生の子と密会してる噂」
「まあ。初耳ですわ。何かの間違いじゃありませんの? 」
というのは嘘で、バリバリ知ってるわ。
ヒロインと学園の畔の近くで密会してるんだな、コレが。
しかもヒロインちゃんお手製のお弁当orお菓子付きで。
恐らく、街で出会ったのがジオンである事に、ヒロインはまだ気付いてない。
入学直後のエピソードは、ジオンが「街で出会ったのは俺だ!」と、気付いてもらう為にアプローチを重ねる内容だったはず。
そもそも何で、攻略対象がアプローチかけてんのよ。
逆でしょ、普通。乙女ゲームとは。
「それが、私も最初はそうだと思っていたのだけど、目撃者が多数いるの。中には噂話を好まれない、アデリシア嬢までいらっしゃるわ―――だから…」
「そうですか。では事実なのかもしれませんね。
心配要りませんわ、フォルト。きっと何か理由がお有りなのでしょう」
ここで不安そうに瞳を揺らし、視線を落とすのがポイントです!
フォルトにはバレてるだろうけど、周りで聞き耳を立てていた、ご令嬢達にはバッチリ効いたわ。
あの完璧なマリアが心を痛めながらも、気丈に振る舞っている―――彼女達の目には、そう映っている事でしょう。
今からでも深窓の令嬢にシフトチェンジしようかしら。
いや、無理だわ。お茶会に呼ばれまくってるから、俗世を知らないとは言えない。
「マリアっ――ぶっ、ああ、気を落とさないで。
ただ、貴方の耳には入れておいた方が良いと思いましたの。ごめんなさいね」
ちょ、表情管理!
笑いが漏れちゃってるじゃない! 顔は完全に笑ってるし。
「いつもありがとう。私は大丈夫ですわ」
という出来事があったのが、つい先日。
おかげで、あっという間に広まりました。
「第2王子が平民と恋仲に⁉︎ 」「マリア・フィロースが棄てられた」「傷心の公爵令嬢」などなど。
棄てるのは私であって、アイツじゃないと声を大にして言いたい。
同情的な声から、嘲笑う声まで、移動する度にヒソヒソ話がついてくる。
程々にしなさいよ。ちゃんと顔覚えてるからな。
――ダダダダダッ
「「えっ」」
どしんっ
「いっ」
「きゃあっ! 」
何? イノシシが突進してきたの?
公衆の面前で尻餅ついちゃったじゃないっ。
「「「フィロース様!大丈夫ですかっ」」」
「え、ええ。大丈夫ですわ。ありがとうございます」
周りにいた生徒に助け起こしてもらい、前を確認して血の気が引いた。
「え〜んっ、いったぁーい! 」
お前か‼︎
というか、せっかく1ヶ月も凌いだのに。くっ。
「あら、大丈夫ですか。さ、手をお取りになって」
渋々、ヒロインことキャローナに手を差し出すが、無視された。
え。何故。
「うゔっ、痛いですぅ。授業が長引いて急いでたのにっ、ジオン様をお待たせさてしまいますぅ」
「「「(何だ、コイツ)」」」
急いでるなら、早く立ちなさいよ。ジオンが待ってるんでしょ。
差し出した手をどうしたものかと思案していると、尻餅をついて泣いたまま、キャローナがチラチラ私を見てくる。
何、何なの。
ん? 私というより、私のもっと後ろ?
「これは一体どういう事だっ!」
げっ、タイミング最悪。
やだ、キャローナがキラキラした目で王子様の登場を見てるじゃない。
え、ハメられたの、私。
お花畑かと思ったら、腹黒なの?
まさか素? え、素とか言わないよね。だとしたらタチ悪いよ、めちゃくちゃ。
「ぐすっ、ジオンさまぁ!
私、お待たせしてはいけないと思って急いでいたら、急にこの方が出て来られて、ぶつかってしまって」
「何⁉︎ それは本当か、キャローナ。
―――全く、恥ずかしくないのかマリア」
キャローナに駆け寄って抱き起こすと、ジロッと私を睨んだ。
廊下を猛ダッシュしてぶつかって来たのは、そちらですよ。殿下。
「ええ、驚きましたわ。歩いていたら、急に走って来られた彼女と当たってしまって」
「白々しい。では何故お前は立っていて、キャローナは転んだままだったんだ! 」
「それは、皆さんが助けて下さいましたので……」
「うっ、ひどいわ!
私には、誰も手を貸して下さらなかったのにっ」
「「「(いやいや、フィロース嬢が手まで差し出したじゃん)」」」
「そうか。平民だからといって、軽んじたのだな。
恥を知れ、お前達。これからを担う貴族がお前達の様な人間かと思うと反吐が出る。
特にマリア、嫉妬に駆られた醜女は目も当てられない。
今はまだ婚約者なのだから、大人しくしていろ! 」
その未来を担う人材を貶しましたけど、大丈夫ですか? 将来。
だいたい、私のこの手は目に入りませんの?
引っ込みがつかなくて、出したままですわよ?
「今はまだ……ですか。
ええ、もちろんご安心下さいまし。私は、この国とフィロース家の為に自覚を持って行動しておりますわ」
「ハアッ、ああ言えばこう言う。
貴様は小舅のみたいな奴だ。純粋なキャローナとは大違いだな」
「あら、殿下。当たり前ですわ。
私は幼少期より、貴方様の婚約者である為に学んできましたのよ? 同じでは困りますわ」
「そんなっ、あんまりですわ! マリア様」
「あらあら、先程まで私が誰だかも分かっていない物言いでしたのに、いきなり名を呼ばれるとは――これが殿下の仰る純粋さですの?
でしたら、私にはとても真似出来ませんわ。
ねえ、皆さん? 」
―――クスクス―――
おっと、悪役っぽくなってしまったわ。
その場に居合わせた令息、令嬢為に馬鹿にされて恥ずかしくなったのか、キャローナは泣きながら去って行き、ジオンは「下衆がっ」と、私に吐き捨てて追って行った。
うーん、君達お似合いだね。本当に。
なんだか頭が悪くなった気がするわ。数分話しただけで。
でも面倒な事になったわね。
ヒロインとの初絡みでいきなり、虐めた認定をジオンにされてしまっただろうし。
やはり、このままではいけないわ。
避けるだけでなく、私も行動しなきゃ。
――ピコン
〈ジオン好感度60%〉
また、これっ?
それに60ですって! あり得ないわ。
……ちょっとして、この好感度はキャローナのもの?
だとしたら、フリドの好感度がゼロで当然だわ。
入学前に、フリドとヒロインは出会わないもの。
ふぅ〜ん。悪くないわ。
各攻略対象の好感度が分かれば、選択肢が広がってくる。
ふふ。そうと分かれば、こっそり偵察に行こうかしら。
別に何人攻略しようが、ハーレムを築こうが構わないけど、私と私の大切な者を傷つけるなら、全力で邪魔させてもらうわ。
あっ、お義母様はどうぞ巻き込んで下さいな。公爵家に害が及ばない程度に。お願いします、キャローナ様。